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復讐の狂想曲  作者: 路傍の小石
第1章
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第18話  罪と覚悟

「いよいよね……」


 紆余(うよ)曲折(きょくせつ)ありつつも、あっという間の一ヶ月間が過ぎた。


 ロベリア王国の王女暗殺計画の実行を前に、僕とルイスの二人は、《イウムの町》の狭い宿の一室で、出発前の最後の確認を済ませていた。


「確認だけど、本当に良いのね?」


「ここにきて今更(いまさら)それ言う? もし()りる気があるなら、もうとっくに下りてるよ」


 この一ヶ月、暗殺計画の準備が進む度に、僕の胸にのし掛かる不安も段々と大きくなっていった。


 自分がやろうとしている事の恐ろしさが、日毎(ひごと)によりハッキリと感じられる様になり、その不安に頭を悩ませながら眠れない夜を過ごした事もあった。


 そんな数々の問題を乗り越えて、僕は今日までを彼女と過ごしてきたのだ。


「そっちこそ。まさか今更、()()付いたとか言わないだろうな?」


「まさか! こっちは貴方よりもずっと前から、そういう可能性を考えて今日までを準備してきたんだから。今更怖じ気付く理由なんて、どこにも無いわ!」


「なら安心だ」


 表面上はこんな風に言い合えても、僕達の胸には当然不安は色濃く残っている。


 万が一にも作戦に失敗すれば、二人とも命は無いかも知れない。


 王国の王女暗殺を企てたテロリストとして捕えられれば、僕達は凄惨(せいさん)な拷問に掛けられ、きっと生まれてきた事を後悔しながら死んでいく事になるのだろう。


 他にも不安の種は、考えればキリがなかった。


 ――けれど、それでも、もう前に進む時が来たのだ。


 これ以上の引き延ばしは、(かえ)ってお互いの決心を(にぶ)らせるだけだった。


「準備はいい?」


「ああ、いつでもどうぞ」


 ――時刻は早朝。

 まだ宿の女将さんも起きていない様な時間だった。


 最後に、部屋で互いの荷物を確認し合った僕らは、抜き足差し足で早朝の宿を抜け出て、人目を気にしながら《イウムの町》の外を目指した。


 往復で、約十日分の水と食糧を(かばん)に詰めているので、かなりの大荷物だった。


 宿の女将さんには、部屋を借りている都合上、仕方がないので先に十日分の宿代を払って話を付けてあるが、それでも早朝に大荷物を持って町を離れていく様子を、他の誰かに見られるのは極力()けたい所だった。


 町を離れた後は、只だだっ広い草原の平野部を、東へ向かって足早に駆け抜ける。


 目的地である《ロベリア王国》西南端のルーペンスへは、()しくも僕が王国から逃げる時に使ったのと同じ、《クユリナの森》を経由するルートで向かう。


 国の王女暗殺を企てる者が、まさか堂々と街道を通って、人目に付きながらそこへ向かう訳にもいくまい。

 背中に背負っている大荷物で、誰かに顔を覚えられたりしても厄介だった。


 陽が昇る前の、早朝に宿を出た甲斐(かい)もあって、その日のお昼過ぎには、地平線の先に広がる《クユリナの森》の姿を視界に捉える事が出来た。


 人目を警戒して、一旦森の中へと入ってから僕達は昼食を()り、その後は陽が沈むまで、身体を慣しつつ足場の悪い森の中を歩き続けた。


「そういえば貴方って、私に出会う前は、一人でこの森を抜けて来たのよね? これだけ大きな森だと、それなりに危険な魔物や野生動物なんかも居る筈なんだけど……、あんな武器も魔法も使えない状態で、よく一人で無事にこの森を抜けて来られたわね?」


 ――出発から、一日目の夜。


 森で夜営の準備を整えて、倒木を椅子に夕食のスープを(すす)っていると、煌々(こうこう)と燃え盛る()き火の反対側に座っていたルイスが、ふと思い出した様に昔の事を訊ねてきた。


「ああ、それな。まあ……、色々とあったんだよ」


「歯切れが悪いわね。ひょっとして私に何か、隠してる?」


「いや隠してるっつーか何つーか……、自分でも未だに、あの時何があったのか、よく分かってないんだよ」


「……どういうこと?」


 夕食のスープを啜る手を止め、こちらの話に興味あり気にしているルイスに、僕は雑談がてらに、あの日森であった事を話してあげた。


「――今にして思えば、まあやっぱりこっちが寝ている間に、誰かが魔法で助けてくれたって事なんだろうけど……、なーんか微妙に気持ち悪さが残るんだよなぁ? それらしい人にも、結局今日まで出会えていない訳だし。あの時は森を一人で倒れていて、どう見たって不審者だった僕を、なんでわざわざ助けてくれたのかもよく分からん」


「…………」


「……って、聞いてる?」


 手にしているスープの容器を、何時までも口も付けずに見続けているルイスの様子に、僕も不思議になって話を止めて声を掛けた。


「――無理よ」


「……何が?」


 突然無理だと言われても、何の話だか分からない。


 僕は、そんなに何かおかしな事を言っただろうか?


「《ルーペンスの町》からここまで、一体どれだけの距離が離れてると思ってるの? それを寝ている間にたった一晩でなんて、どうやったって絶対に不可能よ」


「不可能ったってお前……、(げん)に僕はそのおかげで、今もこうしてここに居る訳だし?」


「北の《魔族(まぞく)領》に居るっていう大型の魔物を使えば、それも(ある)いは可能かもしれない。けれどここは、その《魔族領》からも遠く離れた大陸の南方。それだけの飛行能力を持った大型の魔物なんて、この辺りには一匹だって生息してやいない。ましてそれだけ距離を、人力で一晩で移動するなんて、どんな魔法を使ったって絶対に不可能よ」


「それは……、こっちを脅かす為の冗談とかではなく?」


「私はずっと、最初から真面目な話をしているつもりよ」


「空を飛ぶ魔法とかはないの?」


「飛行魔法自体は……、確かに無くは無いけれど、魔法でそれだけの距離を移動するには、確実に魔力が持たないわね。恐らく半分どころか、その十分の一の距離すらも移動出来るか怪しい所ね」


「……なんか、急に怖くなってきた」


 魔法に詳しいルイスですら、不可能だと断言する事態に自分が巻き込まれていたかと思うと、急に背筋に寒くなってきた。


 意味も無く焚き火の後ろの暗がりを振り返ったりもして、僕は自分の座っている位置を少しだけ前側へと詰め直した。


「でも、僕達をこっちの世界に呼び出した、例の《勇者召喚》みたいな魔法だって、この世界にはあるんだろ? だったら人を瞬間移動させるような魔法が他にあっても、別におかしくはないんじゃないの?」


「失われた古い時代の魔法であれば、それも確かに可能性としてはゼロではないのかも知れない。けれど現代でそういった魔法を使える人は皆無(かいむ)だし、大体そのレベルの強力な魔法となると、発動の代償に、代わりに何かとてつもない代価を要求されるものなのよ」


「つまりそれって、付けると自分じゃ絶対にそれを外せなくなる、《ミテラの指輪》みたいな?」


「その程度の代償で済めば、まあ安いものでしょうね。最悪は《勇者召喚》の魔法みたいに、施術者(せじゅつしゃ)の命まで持っていかれるケースもある。……森で出会った見ず知らずの人の為に、そこまでの代価を払ってくれる人が居たとは、ちょっと考え辛いわね」


「結局は、全部分からず仕舞(じま)いってことか……」


「考えても仕方のない事は考えない。今は、目の前の作戦に集中しましょう?」


「……そうだな」


 森で過ごす一日目の夜は、そうして()けていった。


 夕飯の食器を片付けて、焚き火の火を消してしまうと、夜も遅く辺りは既に真っ暗だった。

 寝袋代わりに敷いた布地(ぬのじ)の上に、僕達は身体を休めて横になる。


 空に浮かぶ半身の欠けた月だけが、夜の森に優しく僕達を照らしていた。


 ――以降の旅路は、順調そのものだった。


 森で何度か、(いのしし)(おおかみ)といった野生動物にも遭遇したが、大抵(たいてい)は少し魔法で脅かすだけで、直ぐにどこかへと逃げて行ってしまった。


 一日、二日――と、その後も順調に時間が流れていき、やがて森に入ってから五日目の夕刻には、ついには森の木々の向こうに、あの崖上に(そび)える《ルーペンス城》の姿を視界に捉えたのだった。


「本当に……、帰って来ちまったんだな」


 森の木々の影に隠れて、僕は崖上に(そび)え立つ白い城のシルエットを眺めながら(つぶや)いた。


 一緒に召喚された他の勇者達を見捨て、一人《ルーペンスの町》を逃げ出したあの日、僕はもう二度とここへは戻らないと(ちか)った筈なのに、僅か一ヶ月という短い時間を経て、また同じ場所へと戻って来てしまっている。


 ――運命とは皮肉なものだ。


 神様なんてものを信じてしまいたくなる。


 ……この一ヶ月で、僕は何か変れたのだろうか?


 こっちの世界に来て魔法を学び、僕だって作戦に備え、少しは実力も体力も付けた。

 狩り方が分かっている比較的弱い魔物くらいなら、もう一人で狩って、自分で生活費を稼ぐ事だって出来る。


 ただ毎日を無気力に過ごし、何も出来なかったあの頃とは違う。


 ……けれど、もしこの作戦の中で、僕は自分が過去に見捨てた他の《勇者》達と対峙(たいじ)するような事態となってしまった時に、僕はちゃんと、彼らと正面から向き合う事が出来るのだろうか?


 僕は自分が逃げ出した後、残された彼らがどういう目に()わされたのかを知らない。


 最後まで王国に反発する道を選んだ者も居れば、中には保身の為に、逆に自ら王国への忠誠を誓った者だって居るかも知れない。


 そんな彼らと偶然出会ってしまった時に、僕には自らの利益の為に彼らを、その手に掛けるだけの覚悟がちゃんとあるのだろうか?


 そんな意味の無い問い掛けを、僕は町へ偵察に向かったルイスが戻って来るのを待つ間、頭の中で何度も繰り返していた。


 ――(じき)に日が沈もうという頃になって、彼女は戻って来た。


 作戦前の確認として、第一王女の滞在を、町へ確かめに行っていたルイス。

 興奮気味に息を切らして戻って来た彼女の反応が、その結果を言わずとも物語(ものがた)っていた。


 これで計画に必要な条件は、全て整ってしまった。


 あとは夜が()け、町が静まるのを待つだけである。


 町の北にある貧民街(ひんみんがい)から、更に少しだけ森へ入った場所に荷物を隠し、僕とルイスの二人は、自分たちの存在を周囲に悟られないよう、沈黙の時間を過ごしていた。


 数分が数時間の様にも感じる、恐ろしく緊張感のある時間が流れていた。


 そして町を夜の(とばり)が覆い、ポツポツと灯っていた家の明かりも次第に消えていく頃を見計らって、僕達は闇に(まぎ)れて行動を開始したのだった。


「最終確認よ――」


 ―――作戦の概要はこうだ。


 まず僕達は、事前の計画通り《ミテラの指輪》の力で小鳥の姿に変身した後、上空から、あの崖上に(そび)えるルーペンス城まで接近する。


 無事に城まで辿り着いた後は、続けて城の上空を飛び回りながら、明かりの灯っている城の部屋を一つ一つ確認して、暗殺の標的である第一王女の寝室を探し出す。


 そして、どちらかがそれらしい部屋を発見した場合には、城で一番高い屋根がある塔の近くを飛び回り、その発見をもう一人へと伝える手筈(てはず)になっていた。


 塔で合流した後は、発見した部屋が本当に第一王女の寝室かどうかを確かめる必要があるので、過去に直接、第一王女の顔を見て知っている僕が、部屋の外から中に居る人物の顔を確認して、改めてその確認を行う必要がある。


 その後も鳥の姿では、お互いに細かい意思の疎通(そつう)が出来ないので、そこからの行動は、予め決めておいた飛び方によって行動を決める事になっていた。


 部屋を発見した後の手順として、部屋の前の上空を僕が二回旋回(せんかい)した場合には、中に居る人物は第一王女ではないので、新しく他の部屋を探す所からやり直し。

 そして三回、空を旋回した場合には、中に居る人物は第一王女本人で間違いないので、続く行動の決定権はルイスへと(ゆだ)ねられる。


 ここからは、どうやって標的である第一王女の元へ接近するかを決める行程だ。


 僕に続き、ルイスが二回上空を旋回(せんかい)した場合には、そのまま小鳥の姿で、どうにかして部屋への侵入が出来ないかを試みる。

 続いて三回、彼女が空を旋回した場合には、どこか手近な場所で人の姿に戻って、強引に部屋への突入を試みる。

 そして最後に四回、鳥の姿で空を旋回した場合には、一度計画を()り直す為に、森で荷物を隠しているこの場所まで戻って、人の姿で改めて作戦会議を行うという手筈になっていた。


 互いに作戦の中でどう動くべきか。


 《イウムの町》を出てからここへ辿り着くまでに、もう幾度(いくど)となく確認し合った行程(こうてい)だ。


 計画実行前、最後の確認を済ませても、お互いの記憶にあるそれと一切の相違(そうい)はなかった。


「覚悟はいい?」


 変身時の邪魔になる衣服を脱ぎ捨てて、僕とルイスはお互いに下着姿で、夜の森を向かい合った。


 ――これが本当に、決断を変えられる最後の瞬間だった。


 暗殺の成否(せいひ)に関わらず、この作戦に協力すれば僕は、一国の王女暗殺に関わったテロリストとして生涯を生きなければならなくなる。


 例え作戦が無事に成功し、今後その罪を誰に(さば)かれる事が無かったとしても、僕は胸の内に“人殺し”の業を背負って、その後の人生を生きなければならなくなるのだ。


 そうしなければ自分が死んでいたかもと、言い訳をして他の勇者たちを見捨てたあの時とは、背負うべき罪の重さがまるで違う。


「ああ」


 ――ただ、それでも僕の決断は変わらない。


 迷うだけの時間なら、もう既に十分にあった。

 ウジウジと悩み、後悔するだけの時間はもう終わったのだ。


 自分の罪が始まった、あの日と同じ場所で、僕は覚悟を決めて重い決意の言葉を口にした。

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