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復讐の狂想曲  作者: 路傍の小石
第1章
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第17話  ミテラの指輪

 ――それから、一週間の時が過ぎた。


 あれから魔法の練習は順調に進み、僕も最初に教えて貰った基礎の魔法くらいなら、もう失敗する事は殆どなくなっていた。


 まだルイスみたいに、魔法で生み出した物を自由自在に操れる様な真似は、僕にはちょっと出来ないが、謎に毎回湿った土を生み出す事がなくなっただけでも前進だった。


 他にも幾つか、うろ覚えながらに新しい魔法も覚え始めている。


「う~ん?」


「珍しいな。どうした?」


 いつもの様に夕飯を食べ終えて、僕が適当に町を散策してから宿に戻ってくると、ルイスが部屋のベッドに腰()けて、見覚えのある金の指輪を手に(うな)っている場面に遭遇した。


「いやね? 何だかんだ言って貴方の魔法も、色々と順調みたいだから、そろそろこっちの練習にも、取り掛かった方が良い頃かと思って」


「こっちの練習?」


「これよ」


 そう言って彼女に差し出されたのは、例の蛇の様な不気味な装飾が特徴の、金色の《ミテラの指輪》だった。

 王女暗殺作戦の実行時に、(かなめ)となる予定の魔道具だ。


「それって練習が必要な物なの?」


「貴方、自分が鳥の姿になって、いきなり自由に空を飛べると思うの?」


「……無理だな」


「でしょ? だから練習が必要なのよ」


 生まれたての鳥の(ひな)だって、初めから自由に空を飛べる訳じゃない。

 それを元が人間だった僕らがいきなり鳥の姿になって、何の練習もなく自由に出来る道理(どうり)は無かった。


「まあ練習が必要なのは分かったけど……、ならさっさとやれば? こっちの事は別に気にしなくてもいいからさ。魔法の練習と同時並行なのは、ある意味仕方がないでしょ」


「そうじゃなくて、ちょっと……、私も不安があるから」


「不安?」


「だって、私だってこの《ミテラの指輪》を付けるのは、今回が初めての事なのよ? だから指輪を外した後に、本当に人の姿に戻れるかどうか、自信がないっていうか……」


「ああ、そういう……」


 普段自信家なだけに、こんな風にコイツが不安そうにしているのは、本当に珍しい。

 けれどそれも、今後一生人の姿に戻れない可能性があるとすれば、当然かもしれなかった。


「心配なら、こっちが先に試しても良いけど? その方が本当に何かあった時に、色々と対処し(やす)いだろ?」


 これは僕が彼女を気遣ったとかではなく、純粋に合理的に判断しての言葉だった。


 魔法に関してはまだ素人同然の僕が指輪の力で行動不能になるより、その辺の知識が十全(じゅうぜん)に備わっているルイスが無事でいてくれた方が、不測の事態にも対処し易いだろう。


「ううん、私がやる。だってこれは私が言い出した事だもの。もし危険があるのなら、真っ先に私がそれを(こうむ)らないと、(すじ)が通らないわ。だからこれは、私がやるべき事なの」


「そこまで言うなら……、まあ、こっちとしてはそれでも良いんだけどさぁ? 万が一指輪を外しても、お前が人の姿に元に戻らなかったらどうすりゃ良いのさ?」


「その時は……、見捨ててくれて構わないわ」


「おいおい……」


 随分と覚悟の決まった発言である。


 男の僕よりも、ある意味男らしくて格好良い。


「ま、大丈夫だろ。それがあった国の保管庫には、過去に指輪を試した人の記録もちゃんとあったんだろ? なんとかなるって」


「だと信じたいわね。……………すぅー、いくわよ?」


 ルイスは目を閉じて、一度深く深呼吸をする。


 そして(ひと)思いに、彼女は自分の指へとその《ミテラの指輪》を(あて)がったのだった。


「――――っ!」


 ――部屋の中を、閃光(せんこう)が包む。


 彼女が指輪を()めた途端、その身体から発せられた白い閃光が、狭い宿の部屋を(おお)い尽くしていた。


 眩しさに目を覆い、僕が指の隙間から見ている先で、ベッドの上に座る彼女の輪郭(りんかく)が、その光の中でみるみると縮んでいった。


「……ルイス?」


 光が収まって再び目を開けた時には、もう部屋の中には、自分一人しか居なかった。


 ほんの一瞬、瞬きの瞬間にも彼女の姿は目の前から消えており、着用者が消えて散らばった彼女の衣服だけが、ベッドの上にまるで抜け殻のように寂しく残されていた。


「…………」


 悪い予感に胸を締め付けられながら、僕はまだ温かさの残るその衣服の山へと、恐る恐る手を伸ばす。


 ――大丈夫。ただ身体が小さくなって、衣服の下に埋もれているだけだ。


 そう自分に言い聞かせて、僕は震えそうになる指先で、ベッドの上に散らばっている衣服の山を、一枚一枚(めく)っていった。


「………っ!」


 突っ込んだ衣服の中、指先に何か引っ掛かりを感じて、僕は急いでそれを引っ張り出す。


 丸い身体に、茶色と白の羽毛(うもう)に包まれたそれは、間違いなく鳥の姿をしていた。


「ルイス?」


 自分の両の掌で、僕は大事にその身体を抱えながら、改めて彼女の名前を呼んでみる。


 だが、まだ変身したばかりで身体を上手く動かせないのか、元がルイスであると思われるその小鳥は、(せわ)しなく羽根や足をバタバタと動かして暴れるばかりで、ウンともスンとも返事をしてくれなかった。


「……そうだ、指輪」


 人間と小鳥の間で、虚しいディスコミュニケーションを繰り返す中、僕は肝心な《ミテラの指輪》の存在を思い出した。


 事前に彼女から説明された通りなら、小鳥の身体のどこかに付いているその指輪さえ取り外せれば、彼女は直ぐにでも人の姿に戻れる筈だった。


 僕は(なお)も激しい抵抗を続ける小鳥の身体をひっくり返して、小さな身体のどこかにある筈の、金色の指輪を探し続けた。


「……あった!」


 発見した《ミテラの指輪》は、どういう原理かは知らないが、小鳥の身体の大きさに合わせて、それ自体の大きさも変化していた。


 (はや)る気持ちのままに、僕が押さえ付けた小鳥の足から指輪を引き抜くと、大した抵抗もなくそれは外れた。

 直ぐにでも小鳥の身体が、再びの閃光に包まれ、慌てて僕がそれを置き直したベッドの上で、その光は徐々に大きくなって、やがては人の輪郭を取り戻していった。


「あっ――」


 ――そうして僕の視界を、今度は一面の肌色が埋め尽くす。


 健康美(けんこうび)を感じさせる肌の色と、その先にある小さな桃色の突起(とっき)


 十五年生きてきて初めて目にした奇跡を前に、僕の思考は完全な停止状態だった。


「……っ」


 野生の猫のような素早い動作で、毛布を(まく)り上げベッドの向こうへと消えていった彼女の姿を見届けても、僕の視線は部屋の虚空(こくう)に固定されたままで、いつまでも動けなかった。


 ただ脳裏に焼き付いてしまった、あの一瞬の絶景だけが、乱れて定まらない思考の中、頭の中を何度もフラッシュバックする。


 ――そこからの記憶は、残念ながら途切れていて覚えてなかった。


 思考の硬直(こうちょく)が解けた後、自分が何かを口にしようとした所までは覚えているのだが、その直後にも、魔力を込めた固い(まくら)のような何かがベッドの向こうから飛んできて、僕のその日の記憶はそこで途切れていた。


 ただ目が覚めた時、数分寝ていたにしては妙にお腹が空いていたのが印象的だった。


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