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復讐の狂想曲  作者: 路傍の小石
第1章
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第1話  始まりと過去

――続きです。どうぞ。

 ―――事の発端(ほったん)は二日前。


 僕が中学の卒業式を終えた、その直後の事だった。


 都会ではないが、かといって田舎過ぎる訳でもない。

 そんな中途半端な土地にあるありふれた環境で、僕は陰鬱(いんうつ)とした中学校生活の三年間を終えた。


 友達と涙の別れを済ませたり、親兄弟に迎えられたりしながら、人生の新たな門出(かどで)を迎える元同級生達の背中を、僕はさぞ鬱陶(うっとう)しく思っていたのを覚えている。


 長ったらしい校長先生の無駄話に始まり、どこぞの見知らぬお偉いさんが垂れ流す有り難いご高説。

 そんなただ只管(ひたすら)につまらないだけの卒業式を、どうにか無事に切り抜けた僕は、校門前でどういう訳か一人、真剣に明日の食事の心配をしていた。


 僕は――、孤児だった。

 親も兄弟もいない。


 戸籍や法律上では、もしかしたら今も存在する事になっているのかも知れないが、それも今や、行方知れずとなって二週間近い。

 あの(ろく)でなしの母親が、本当は何処(どこ)へ消えたのかなど、最早興味もない事だった。


 どうせ血の繋がった本当の親でもないのだ。

 いっそのこと、どこか適当な場所で野垂(のた)れ死んでいてくれると助かる。


 生まれて間もない頃、僕は捨てられていたらしい。


 雪の降る季節。(だい)の大人でも、防寒具無しに過ごせば一晩で(こご)え死にしてしまう様な極寒の寒空(さむぞら)の下で、僕は毛布の一つも無しに捨てられていた。


 親に子供を育てるだけの意思や経済力がない場合に、引き取ってくれる児童養護施設。

 そうした施設の入り口に、僕は何の手紙もなく捨てられていた。


 本当の親の顔も知らず、自分がどこの誰かも分からない。

 似た様な境遇の子供達と施設の大人達に囲まれ、僕は物心(ものごころ)付くまでの幼少期を過ごした。


 聞くだけ聞くと酷い話と思われるかも知れないが、僕はこの施設で過ごした時間を、自分の人生の中で一番幸せな時間だったと思っている。


 寝る場所や食べる物にも困らなかったし、最低限言葉を理解して、簡単な読み書きが出来る程度には教育も施してくれた。


 自分に付けられたこの“穂高(ほだか)聖一(せいいち)”という名前も、元はこの施設の人達が付けてくれた名前だ。


 ……まあ、その施設が“穂高市”という場所にあって、自分が一月(いちがつ)に施設へ引き取られてきたからという、随分(ずいぶん)安直な理由で付けられた名前だが、それでも通っていた小学校や中学校で時折(ときおり)耳にした様な、意味が分からない変な名前の元同級生達のそれよりかは、自分でも(はる)かにマシな名前だと思っている。


 けれど、その幸せな時間も長くは続かない。


 僕は小学校へ入る歳にもなると、新しい親の元へと引き取られていった。


 あの手の身寄りのない子供を預かる施設は、どこも経営状態が厳しい。

 大きくなってきた子供、食べ盛り育ち盛りとなってきた子供まで、まとめて面倒を見られる様な経済的余裕はどこにもないのだ。


 そうして引き取られた先の新しい両親、これがまた(ろく)でもない人間だった。

 最初目にした時は、優しそうな人達だし良い人かも?と思っていた時期もあったが、そんなのは引き取り元の施設の人達の前でだけ見せる、見せかけの外面(そとづら)に過ぎなかった。


 引き取られて直ぐ、僕はそれを思い知る事になる。


 新しい家では食事の一つもまともに出てこなかったし、泣いたり文句を言ったりすれば当たり前のように()たれた。

 およそ愛情などと呼べるものを彼らから向けられた記憶は、これまで僕が彼らと過ごした九年間の記憶の中で、一度として存在しなかった。


 ハッキリ言って僕は、彼らにとって都合の良い“金の成る木”に過ぎなかった。


 身寄りのない子供を引き取った家庭には、その子供が義務教育を終える年齢に達するまで、国から毎月支援金が支払われる。彼らはそれを目当てに僕を引き取ったのだ。


 国からの目を誤魔化す為に、僕は学校にも通わされた。


 家庭では食事の一つもまともに出てこない以上、自分が払ってもいない給食費で作られる学校のご飯だけが、僕の唯一のまともな栄養源だった。


 病気になっても、病院に通った記憶はない。


 法律で国から義務付けられている予防接種等の処置を、学校で半ば無理矢理受けさせられた以外、医者から何かしてもらった記憶も皆無だった。


 本当に、今までよく生きてこられたと思う。


 良い意味でも悪い意味でも、僕は運が良かったのかも知れない。


 やがて中学校にも入る歳になると、突然父親の方が蒸発した。


 新しい女でも出来たのか、僕を引き取った筈の戸籍上の父親は、何の前触れもなく僕らの前から居なくなってしまった。

 当然、母親の方からはそれを説明などされなかったし、長い間あの男が家に帰って来ない様を見て、僕が自然とそれを悟っただけである。


 母親と二人暮らしになった事で何か変わったかと問われれば、別段そんな事はない。

 元々彼らは、昼も夜も殆ど家に帰って来なかったし、偶にやって来ては雨風を凌ぐ場所程度にしか、あの家を利用していなかった。


 (むし)ろあの母親に至っては、父親の方が消えた事で、国から毎月送られてくる支援金を(ひと)り占め出来る様になった事を、心の底から喜んでいる様な人間だった。


 本当に、どちらも救いようがない。


 学校も学校で、僕は大嫌いだった。


 無償でご飯が食べられる点だけは、やはり有り難かったが、代わりに僕を助けてくれる学校の友人も、こちらの境遇を知って何か手を差し伸べてくれる様な大人達も、僕が小学校から中学校を卒業するまで、一人として存在しなかった。


 おまけに僕を虐めても、庇ってくれる親や兄弟もいないと知って、必要以上に絡んでくるクズみたいな同級生もいたし、本当に良い思い出が一つもなかった。


 だから僕は学校も家庭も、皆々(みんなみんな)大嫌いだった。


 いっそ皆滅んでしまえばいいと、心の底から本気で思っていたくらいだった。


 そして中学校の卒業を間近に控えた三月上旬のある日、ついには母親の方も蒸発した。


 缶酎ハイやらインスタント食品やらのゴミが、所狭(ところせま)しと散乱する()部屋の入り口に、ある日学校から家に帰ると、こんな張り紙が為されていたのだ。


 ―― “探すな じゃあね ”――、と。


 一見して解読に時間が掛かる様な、とてもじゃないが大の大人が書いたとは思えない酷く汚い字で、玄関の内側の扉にそう貼り付けてあったのだ。


 ――その日は、国からの支援金が送られてくる最後の日だった。


 あの日僕は、初めて心の底から笑ったと思う。


 汚部屋の入り口に書き殴られた、その汚いメッセージの意味も分からないままに、ただポカンと、戸籍上の母親から送られてきた、人生で最初にして最後のその手紙を眺めていると、唐突にお腹の底から笑いが込み上げてきたのだ。


 何を面白いと感じたのか、自分でも一切理解出来ないままに、僕は傾き掛けた陽光が、ゴミ山の奥から(ほの)かに差す薄暗いアパートの一室で、夕陽の赤が黒に染まる時刻になっても尚、一人狂った様に笑い転げていた。


 その日からの僕は、まるで天にも昇る様な気持ちだった。


 何をしても誰に(とが)められる事はない。

 部屋の隅に(うずたか)く詰まれたゴミの山を蹴り飛ばそうが、ベッドの下に埋もれていた賞味期限切れの食品を勝手に食い漁ろうが、僕に文句を言ってくる人間は誰も居ないのだ。


 沸き上がってくるどこか空虚な開放感に酔い()れながら、僕は人生で初めて、“自由 ”という感覚を満喫していた。


 給食目的で通った学校で、意味もなく真面目に授業を聞いたりもした。


 相変わらず教師の話している内容なんてサッパリだったし、珍しく授業中真面目に起きているかと思えば、時折、教室で一人思い出し笑いをしている僕の様を見て、周りの同級生達から気味悪がられたりもしたが、そんなのは僕の知った事じゃなかった。


 寧ろ中学校生活の最後を(いろど)る彼ら彼女らの思い出の中に、僕の不気味な姿が脳裏に焼き付いているかと思うと、それはそれで気分が良かった。


 ――そして迎えた、卒業式の日。


 こんな退屈なだけのクソみたいな行事に、僕がわざわざ付き合ってやる義理もないと思ったが、これで今までの腐った九年間の人生に区切りを付けられるならと、気紛(きまぐ)れで出てみることにしたのだ。


 あの毒親(どくおや)から解放されたばかりで、少し浮かれていたのかも知れない。


 始業式や終業式の日など、これまで学校で給食が出ないと分かっている日は、当然の様に不登校を決め込んでいた今までの僕からすれば、有り得ない選択だった。


 ――この選択を、僕は今でも後悔している。


 一時の気紛れで、あの時あんな選択をしなければ、この後起こる大事件に、僕が巻き込まれる事も無かっただろうから。


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