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復讐の狂想曲  作者: 路傍の小石
第1章
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第16話  彼女の本気

 ――魔法を習い始めて二日目。


 その日僕は朝早い内にも、初めての魔法に成功したのだった。


「何かコツでも掴んだの?」


「昨日、魔法には何か具体的なイメージを持つ事も大事って言われたからさ。ちょっとね」


 魔法に重要な理論の部分が抜け落ちている僕は、その分の補填(ほてん)を、自分のイメージでどうにかするしかない。

 昨日、何十回と失敗し、体力の限界まで試行錯誤を続けたおかげで、どうにか魔力を込める感覚だけは、自力でも掴める様になっていたのだ。


 あとはそれが、自分の思い描いているイメージと完全に(ひも)()くまで、何度でも挑戦を繰り返すしかなかった。


「何をイメージしたの?」


「いやぁ……、それはちょっと、内緒で」


 昨日は久しぶりにベッドで気持ち良く眠れたので、懐かしい子供の頃の夢を見た。


 昔、自分が預けられていた孤児院で、他の子供達に混じって泥遊びをしていた時の夢。

 まさかその時に作った、泥団子をイメージして魔力を込めたら一発でしたとは、恥ずかしくてちょっと言い出せなかった。


「魔法で作った土が、何故か微妙に湿っているのが気になるけど……、まあ成功は成功よね。おめでとう」


 ルイスが()まみ上げた指の先で、微かな湿り気を帯びた、焦げ茶色の土がパラパラと、草原の草地の上に零れていった。



 ――その日の魔法の練習は、そこで一旦切り上げとなる。


 ルイスの提案で、その後は実際の戦闘で魔法を使っている所を見せて貰う為に、僕達はハンターギルドで魔物討伐の依頼を受けて、《イウムの町》郊外に広がる平野部へと繰り出していた。


「……こんな所に魔物なんて居るの? 草地しかないけど」


 草原は行けども行けども、どこまでも似た様な景色が広がっているのみで、後ろにまだ小さく見えている《イウムの町》の町並みがなければ、このだだっ広い平原の中で、自分の現在位置さえ分からなくなってしまいそうだった。


「《シーマ・レプス》っていう、白いウサギみたいな外見の魔物が居るわよ」


「どんな魔物なの?」


「頭に、角みたいな小さな突起があって、大きさは普通のウサギとそんなに変わらないわね。繁殖力が高い反面、環境の変化にはとても弱いらしくて、この辺りみたいな他に外敵も居なくて、気候の安定した土地じゃないと、直ぐに絶滅しちゃうんだって」


「ウサギって、元々繁殖力の高い動物じゃなかったっけ?」


「ええ。だからこそ、色々と弊害(へいがい)もあるって事なんでしょうね。頭の角みたいな突起も、元はそうやって早くに世代交代を重ね続けた結果、ただ突然変異的に頭蓋骨の一部が変化したって物らしいから」


「難儀な生き物だな……」


 魔物談議に花を咲かせながら草原を歩いていると、道なりの先に、小高い丘が見えてきた。


 丘の上には数本の木が密集して生えており、この草原の中には、他にもこういった場所が何カ所か点在しているようだった。


「見えてきた。あれが目的の《レップ・スポット》ね」


 ――魔物である《シーマ・レプス》達の巣になっているから、《レップ・スポット》。

 安直だが、分かり易い名前だ。


 彼らは基本的に、草原に新しく生えてきた木の新芽(しんめ)などは食べてしまうらしいのだが、(まれ)にああやって、彼らでも食べ切れない程にまで太く大きく成長した木の周りが、彼らの大きな巣となる事があるのだそうだ。


 彼らの糞や死骸が、栄養となって木は更に大きくなり、病気や寿命で木が腐って倒れると、その下を拠所としていた《シーマ・レプス》達も、また別の場所へと巣を移していく。


 そういうサイクルの場所が、この草原には幾つも点在していた。


「今回の依頼は、あそこに居る《シーマ・レプス》達の殲滅(せんめつ)ね。群れが大きくなり過ぎて、街道を通る人達にも被害が出ているらしいから、一匹残らず殲滅して構わないそうよ」


「こっちは、見ているだけで良いんだろ?」


 魔物の討伐依頼を()ねてはいるが、あくまで今回の主目的は、ルイスが魔法を使っている所を僕が近くで見せて貰うこと。

 自分は戦わなくていいのだから、気楽なものだった。


「ええ。邪魔にならないように、少し離れて見ていて」


「了解」


 こちらが距離をとって退避したのを確認すると、ルイスは羽織っていた外套(がいとう)の下から、一冊の本を取り出した。


 黒革で装丁(そうてい)されたそれは、見るからに年代の古い物で、彼女が左手に持って魔力を込めると、触れてもいないのに本のページが勝手に(めく)れだした。


『ワール・サーレージ、フォルトーア・ミリリト。キース・ガーン・エーデ、オーポ・スー・ロ・ハンディア――』


 魔法の詠唱が始まると、本の中に記されていた文字が、徐々に淡い光を放ち出す。


 その光は、ルイスが一句一句と詠唱の言葉を(つむ)ぐにつれて、その込められた魔力に呼応する様に、徐々に眩しく、段々と強くなっていった。


 詠唱を続ける彼女の足下に、緑色の不思議な光が浮かび出す。


 その光景に、僕は一つ思い当たる出来事があった。


 この世界へ召喚される前に見た、元の世界での最後の記憶。

 確かあの時にも、足下にこんな感じで不思議な色の光が浮かんでいた筈だ。


「……っ」


 どこからか、草原に強い風が吹く。


 草原に根付いていた植物たちが、ザワザワと不安そうに騒ぎ立て、彼女の足下にある円陣の光が段々と強くなるにつれて、まるで草原を流れている全ての風が、ルイスを中心に集まってきているかのようだった。


『アーリ・ヴィンス・ワンダ、イーディマイ・レゲイトン。エマンス・マート・マーティナ、ディーヴァ・ウィル・ソー・サ・ナティア!!』


 声高(こわだか)に紡がれた、呪文の最後の言葉と共に、変化は起こった。


 ルイスを中心に吹き荒れていた全ての風が、ほんの一瞬()いだかと思うと、正面に狙いを定めた彼女の右手から、目に見える程に圧縮された風と魔力の塊が、その込められた濃縮な魔力で視界を歪ませながら前方に飛んで行った。


 丘の木に着弾すると同時、遠方で凄まじい風の大爆発が巻き起こる。


 目標であった《レップ・スポット》へと正確に飛来したそれは、木の根本にそれが命中したのを合図に、猛烈な勢いで膨張する空気の塊となって、大気を弾け飛ばしたのだ。


 魔法の着弾点からは、遠く離れた場所に立っていた僕でさえ、あまりの風圧に立っていられなくなってその場に尻餅を付く。


 遠方で、バキバキと音を立てて崩れていく丘の大木を眺めながら、僕は呆気に取られて言葉を失っていた。


「ふぅ……、ま、こんな所かしらね」


 草原に吹き荒れていた嵐が収まると、ルイスはまるで一仕事終えてスッキリした様な顔で、僕にそれを言う。


「ご感想は?」


「エグいって……」


 ……何というか、もう普通に怖かった。


 あれでは、丘の近くに巣くっていた魔物たちも全滅だろう。

 まだ遠くから、小さな白い影が動いている程度にしか見えていなかったのに。


「……っていうか、丘にあった木まで一緒に折っちゃってるけど、良いのかあれ?」


「問題ないわ。ギルドの依頼にも、ちゃんと書いてあったし」


「なら、良いんだけどさ……」


 こいつが見境(みさかい)ない所為で、僕まで知らずにこの世界の環境破壊に荷担していたらどうしようと思ったのだが、ギルドからの依頼にも書いてあったのであれば、流石に多分大丈夫だろう。


「討伐した《シーマ・レプス》たちの死体を回収するから、手伝って」


「え゛……、持って帰るのアレ? なんで?」


 彼女が向かった丘の方を見ると、草原の緑に紛れて、動かなくなった白い影が(いく)つも点在しているのが分かる。

 魔法の直撃を受けて、すっかり生き物の気配は無くなってしまったが、どれもそれまでは元気に生きていた魔物の死骸たちだった。


「ギルドに持ち込めば、それなりの値段で買い取って貰えるのよ。依頼の報酬金だけだと、二人分の生活費としてはちょっと心許ないし、簡単に手に入る追加の収入源を、わざわざ逃す手はないでしょ?」


「魔物の死体なんか、買い取ってどうするんだ?」


「食べられるらしいわよ、コレ」


 近くに転がっていた死体の一つを、そう言ってルイスが拾い上げ、僕に見せ付けてくる。


 外見は本当に只のウサギそのもので、とにかく心理的な抵抗感が凄まじかった。


「マジか……」


「貴方に持たせた荷物の中に(あさ)袋がある筈だから、二人でそこに詰めていきましょう」


 渡されて背負っていたリュックの中を開けると、本当に麻袋が二つ入っていた。


 渋々と僕はその袋を取り出し、目の前で淡々と《シーマ・レプス》達の死体を集めていくルイスに(なら)って、僕も嫌々ながらにそれを袋に集めていった。


「うぇぇ……」


 死体は、まだ死んだばかりで生温かかった。


 これを大量にこれから袋詰めにする事を思うと、益々(ますます)気が滅入るようだった。


 ――実際、ギルドに持ち込んだ死体は、そこそこの値段で買い取って貰えた。


 死体の状態や大きさに合わせて、一匹あたり大体五百リアから八百リアくらいの値段が付いたので、元の依頼の報酬金二万リアと合せて、合計で倍近い収入を得た計算になる。


 死体の数が多過ぎて、全部運び切れなかったのが悔やまれるくらいだ。


 そしてその日の夕食、宿でちゃっかりと出された彼ら《シーマ・レプス》たちの肉は、(くせ)のない淡泊な味わいで、想像以上に普通に美味しかった。


 僕はウサギの肉自体、これが食べるのは初めてだが、柔らかい鳥肉の様な味わいで、元の姿さえ想像出来なければ、毎日でも食べたいと思えるくらいに普通に好きな味だった。


 彼らが食用として重宝されるのも、納得の理由だ。


 魔物といっても所詮は動物の一種。

 この世界では、単なる生態系の一部という事なのかも知れなかった。


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