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復讐の狂想曲  作者: 路傍の小石
第1章
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第15話  魔法に触れて

 ――その後は、近くにあった店で適当に昼食休憩を挟んだ後に、僕達は魔法についての更なるレクチャーを行う為に、人気のない町の郊外まで出ていた。


「まず魔法に関する基礎の知識として、さっき貴方も測った魔力の適性、つまりは魔法の《属性》について教えてあげる。魔法は大まかに分けて二つの分類があって、理論上は誰にでも扱える《無属性》の魔法と、その人によって適性の度合いの差が大きい《属性(ぞくせい)魔法(まほう)》に分けられるの。魔法の基本となる属性は、全部で六つあって、《火》、《水》、《風》、《土》、《光》、《闇》の六つがそれよ」


「じゃあさっき僕に、珍しいとか言ってたのは?」


「貴方が、《闇》属性に適性があるって話ね? 六つある魔法の属性の内、それぞれに適性がある人の割合には、実はかなり偏りがあって、 例えば一番多い《火》に適性がある人の割合が、大体三人から四人に一人くらいなのに対して、一番少ない《闇》に適性がある人の割合は、精々五十人から百人に一人くらいと言われているわ」


「それってつまり……、僕はラッキーってこと?」


「さあ? それはどうかしら? 《闇》属性に分類される魔法って、どれも抽象的で、効果も曖昧(あいまい)なものが多いから、素人向きでない事だけは確かね。私なら、貴方が他にもう一つ適性のあった、《土》属性の魔法から学ぶ事をオススメするわね」


「……了解」


 魔法が使える人間の中でも、特に珍しい属性が使えるというワードには心()かれるものがあったが、魔法の先生であるルイスがそう言うのだから仕方がない。


 あくまでも僕が彼女から魔法を習うのは、例の王女暗殺計画の中で、自分が一人孤立する状況になっても死なない様にする為という建前があるので、自分からそれをわざわざ、ハードモードにしたいと思う理由もなかった。


「この世界で普通、魔法を学ぼうと思ったら、それを専門に教えている学校に通って、一、二年掛けて基礎の部分の理論をしっかりと学んでから初めて、実践の演習に取り掛かるのが通例よ。……けれど貴方の場合、そんな悠長な事に時間を使っている暇は無いから、この際、理論の部分は全部すっ飛ばして、いきなり実践形式での授業といきましょう。その代わり、暴発や不慮(ふりょ)の事故が起きない様に、私が付きっきりで面倒を見てあげる」


「……ちなみに、魔法が暴発するとどうなるの?」


「魔法が自分や、狙ってない方向に向かって飛んで行ったり、最悪は暴発して身体の中の《魔力回路》が焼き付いて、二度と使い物にならなくなったりといった所かしら? まあ初心者が習う様な基礎の魔法で、そんな悲惨な事故になる事はまず無いから安心しなさい」


「……不安だ」


 散々(あお)られて、実践に取り掛かる前から僕の胸には不安しかなかった。


「四の五の言っていても仕方がないでしょ。最初は私が手本を見せてあげるから、貴方はそこで良く見ておいて」


 そのままルイスが右腕を突き出し、魔法の詠唱を開始する。


『ウィル・クァーラ・ディア・フェスティオ』


 青々とした晴天の下、どこからか現れた無数の小さな雨粒(あまつぶ)の様な水滴が集まり始め、やがては彼女が右腕を掲げた先の空中で、十センチ程の水の塊を形成していった。


「…………」


 事情を知っていても、やはり信じ難い光景だ。


 空中に浮いたまま水が落下しないのも、それが彼女の指先の軌道をなぞって、自由自在に形を変えながら空を泳いでいくのも、僕がこれまで過ごしてきた世界の常識とは余りに懸け離れ過ぎていて、思わず頭が痛くなってくる。


 やがてふよふよと(そら)を泳いで、目の前までやってきた水の魚を前にしても、やはり僕の頭には、これまで自分がこの世界で経験してきた事は、実は全て夢だったんじゃないか?という疑惑が、頭のどこかで(ぬぐ)い切れずに残っていた。


「どう?」


「……これ、触っても?」


「どうぞ」


 とりあえず、目の前で空を漂っている、水の魚へと指を突っ込んでみる。


 ちゃんと冷たい、水に入る時のひんやりとした感触があった。


「冷たい……」


 身体から指を引き抜かれた水の魚は、一度身震いして身体を(ひね)る様な、本物の生き物らしい小賢(こざか)しい仕草をした後、また改めて空中を泳いでルイスの元まで戻っていった。


「今私がやって見せたのが、《属性魔法》の中でも一番の基礎となる、《形態(けいたい)変化(へんか)》の魔法ね。魔力をそれぞれの属性に会わせた形で発現させるだけの、何の変哲もない簡単な魔法だけど、術を発動させた後の魔力の扱い次第では、こんな風に自在に形を変えたりと、単純であるが故にかなり応用の効く魔法でもあるわ。……ま、後者のテクニックに関しては、かなり上級者向けではあるけれど」


「出来る気がしねぇ……」


「最初から、そこまで出来る必要はないわ。貴方の場合は、本当に初歩の初歩からのスタートだから、六属性の中でも貴方が適性のあった《土》の属性を、まずは魔力で形作る所から始めないとね。必要な呪文は、こっちで教えてあげるから、貴方は私がさっきやったみたいに、腕の先の方へと魔力を込めながら、教えてあげる呪文を唱えてみて」


「分かった」


「魔法の詠唱は、『ウィル・ロッソ・ディア・フェスティオ』。私がさっき唱えた呪文のうち、《水》の属性を表す《クァーラ》を、《土》の属性を表す《ロッソ》に置き換えただけの呪文ね。――ウィル・ロッソ・ディア・フェスティオ。……覚えた?」


「まだだよ」


 二回言われても、個別の単語の意味が不明過ぎて、覚えきれる物ではなかった。


 しかも途中で余計な説明が入ってので、余計に頭が混乱してしまう。


 その後も三回くらい聞き直して、ようやく正しい呪文の詠唱を覚えた僕は、さっき彼女がやった様に自分も右腕を前へと突き出すと、見様見真似で魔法の詠唱を口にした。


「うぃる、ろっそ、でぃあ、ふぇすてぃお?」


 ――何も起こらない。


 呪文の詠唱を完了させ、(いく)ら待っても何の変化も訪れなかった。


「ダメね。全然ダメ。というか貴方、今、魔力を込めようとすらしてなかったでしょ?」


「……そう言われてもだな?」


 だから魔力を込めるってどうやるんだよ?というのが、僕の正直な感想である。


 ギルドで《星蓋鏡(せいがいきょう)》を使った時は、ルイスからのサポートもあり何だかよく分からない内に、魔力を込める事にも成功していたらしいが、そんな曖昧(あいまい)な感覚を、今ここで自力で再現しろと言われても、不可能というものだった。


「はぁ……、仕方がないわねぇ。また私が最初から手伝ってあげる」


「うっ……」


 僕が魔力の込め方に戸惑っていると、最初の時と同じく、ルイスに横から腕を掴まれた。


 不意に素肌で感じた女の子の感触に、僕はドギマギして狼狽(うろた)える。


 これまで友達の一人もいなかった僕には、当たり前だが異性への免疫(めんえき)も殆どない。


 今朝、ギルドで彼女から腕を掴まれた時は、周囲には他に人目もあったし、半ば仕事の様なものと思って割り切っていたので、そこまで気にはならなかったが、草原の真ん中で二人きりというこの状況で肉体的な接触があると、(いや)(おう)でも色々と意識せざるを得なかった。


 ……それに、今まではあまり意識しないようにしていたが、こいつ言動はちょっとアレだが、見た目だけならかなり可愛いんだよなぁ。


 傍若(ぼうじゃく)無人(ぶじん)なその態度とは裏腹に、存外華奢(きゃしゃ)な身体付きでスタイルも良い。肩口まで掛かったブロンズ色の髪に、エメラルドみたいな(みどり)色の瞳。別に香水を付けている訳でもないのに、彼女の周りからはふわっとした甘い香りが漂ってくる。


 格好は、随分と動き易そうな物を着用している。


 機能性重視のショートパンツに、複数のポーチが備え付けられた茶褐色のベルト。肩からは短いマントの様な物も羽織っており、他にも色々と役に立ちそうな物を服に仕込んでいるようだった。


「何を今更ビビってるのよ。今朝も一回やったでしょ」


「…………」


 僕は別に、自分が魔法を使う事に対してビビっていた訳ではないのだが、今更こいつ相手に理由を正直に話すのも何だか(しゃく)だったので、何も言わずに黙って誤魔化した。


 放っておけばそのうち慣れるだろうと、根拠のない自信があったのだ。


 ――しかし、その後は結局、全然集中出来ないままに時間だけが過ぎていった。


 魔力の感覚に集中しようとする度に、彼女の掌の感触が気になって、僕はどこか上の空の状態で、魔法の詠唱を紡いでいく。


 そしてその度に、彼女から集中力の欠如を指摘されるのだが、妙な気恥ずかしさがあって、やはり全然集中出来なかった。


 草原の真ん中で、何の成果も望めないままに、ただ無意味に同じ詠唱を唱え続けるだけの、地獄の様な時間をその日は過ごしたのだった。



   ※※※



 ――練習を終えて、宿に向かう帰り道。


「つっかれたぁ~……」


 僕は深い溜息と共に、溜まっていたものを吐き出した。


 収穫などゼロに等しいこの状況でも、疲労感だけは人一倍。

 無駄な徒労(とろう)に終わった感が(すさ)まじかった。


「このまま宿に帰るの?」


「そうね。夕飯は頼めば宿で出してくれるらしいから、そのつもり」


 (あかね)色に染まった夕暮れの町を歩き、僕達は今朝、暗殺計画の打ち合わせをした見覚えのある宿まで戻ってくる。


 最初に来た時と違い、僕の格好も大分綺麗になっているので、宿に入って来るなり、女将さんから不審な目で見られる事もなかった。


 疲れたので夕飯前に少し休んでいこうと、僕は教えて貰った宿の自室へと向かう。


 すると、そうしてやって来た部屋の前で、僕は何故か、自分と同じ部屋に入ろうとするルイスと遭遇するのだった。


「……なんで同じ部屋に入ろうとする?」


「ここが、私の部屋だから」


「……僕の部屋は?」


「……? ここよ?」


 もしかして自分が部屋の番号を間違えて記憶していたのかと思い、確認の為にルイスに訊ねてみるも、彼女は堂々と目の前の部屋を指してそう答えた。


「いや意味が分からん。何故に同室?」


「そっちの方が安いから」


「……こっちは一応、男なんだが?」


「私は気にしない」


「……さいですか。じゃなくてだな? えっと……」


 こんな事は絶対におかしいと思い、僕は何か反論出来る理由を探った。


「だって私、貴方に襲われても返り討ちに出来る自信があるもの。それに私達の場合、内密に色々と話し合う事もあるでしょ? その度に一々、相手の部屋に移動していたら不便だし、(かえ)って周囲からも怪しまれるわ。ならいっそ、最初から同じ部屋に寝泊まりしていた方が、合理的だし便利でしょ? ……宿代も安く済むし」


「ぐぅ……」


 ……ダメだ。反論出来る理由が思い付かない。


 こういう時は普通、女の子であるルイスの方が同室を嫌がる筈なのに、その彼女が気にしないと言っている今、只でさえ宿代を払って貰う側の方の僕が、それに文句を言う訳にもいかなかった。


 男なのに、返り討ちに遭うのが当たり前というのも情けない。


 他に、秘密裏に暗殺計画を進める為の合理的な理由もある以上、色々と受け入れざるを得ない現実がそこにあった。


 ――更に悲しい事に、夕飯を食べ終えてまた部屋に戻って来た僕は、今日までの疲労が(たた)って、自分のベッドに入るや(いな)や、悶々(もんもん)とする間もなく眠りに落ちてしまったのだった。


 ふかふかの温かいベッドなんて、何時(いつ)ぶりだろう?などと、考える暇もなかった。


 温もりに包まれた布団の感触を堪能(たんのう)する暇も無く、僕は深い眠りの淵へと落ちていた。


 そして訪れた翌朝。僕は自分でも吃驚(びっくり)する程の快適な目覚めに、もう色んな事がどうでも良くなったのだった。


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