第14話 星蓋鏡
「では、こちらがハンターギルドへの登録を示す記章になります」
登録の手続きが終わり、手渡されたのは、簡素な木製の小さなバッジだった。
掌に乗るくらいの大きさで、表面には何か文字と、植物の模様が焼き付けてある。
「ハンター様の階級、《ランク制度》についてご説明致しましょうか?」
「えっと……、じゃあお願いします」
どうすべきか指示を仰ごうと、僕はいつの間にか隣に戻って来ていたルイスの方を見たが、どうにも彼女は、まだふて腐れている様子で反応が鈍かったので、僕も一旦そっちの方は放置して、職員のお姉さんから説明の続きを聞く事にした。
「畏まりました。――《ランク》とはすなわち、ギルド内におけるハンター様の実力と、その信頼度を表す指標になります。階級は一番下の《コモン》から始まり、順に《ブロンズ》、《アイロン》、《シルバー》、《ゴールド》、《プラチナ》、そして一番上の《ミスリル》までが存在します。また、ギルドが発行している依頼にも、同様の区分けが為されており、原則としてハンター様は、御自身のそれよりも高いランクの依頼は受注して頂く事が出来ません。これは、依頼を受けるハンター様の安全を守る為の措置でもありますので、その点だけはご了承下さい」
「ふむ」
ギルド側としても、実力に見合わない危険な依頼へとハンターを赴かせる訳にはいかないという事か。
ちゃんと組織として、それなりの規律はあるらしい。
いきなり一緒に国を滅ぼそうなどと誘ってくる誰かさんとは、大違いである。
「唯一の例外は、《コモン》ランクのハンター様が、ランクが一つ上の《ブロンズ》ランクの依頼を受注される場合です。その安全性を考慮して、他に《アイロン》ランク以上のハンター様が同行される場合に限って、受注を認めさせて頂いております。これにつきましては、ギルドが発行している《コモン》ランクの依頼には、魔物の直接の討伐依頼がありませんので、ランクが《ブロンズ》に上がり立てのハンター様が、単身でいきなり魔物の討伐に赴かれるよりは、というギルド側の判断です。――と、ランクについての説明は以上になります。ここまでの説明で、何かご不明な点や質問などはございますか?」
「いえ、特には。多分、大丈夫です」
まだ説明された内容の全てを覚え切れていないが、とにかく全体の認識としては、そのギルド内における《ランク》とやらが上がるにつれて、ハンターの実力も受けられる依頼の難易度も高くなる、という認識があれば問題なさそうだった。
今日新しくハンター登録したばかりの僕は、当然ランクは一番下の《コモン》からスタートだが、その点についても特に不満はなかった。
「……終わった?」
「ん? ああ、帰るの?」
「冗談、まだここへ来た、本当の目的を果たしてないもの」
流石に時間が経って機嫌が治ったらしいルイスに、僕も適当に相槌を打って帰ろうとすると、思わぬ形で引き留められた。
こちらの用事は全て済んだのだが、ルイスの奴は他にも何か用事があるらしい。
受付カウンターの前を彼女に譲ると、ルイスは僕と場所を入れ替わる様にして、遠慮なくそこへと進み出た。
「《星蓋鏡》って、ここありますか?」
「はい。ございますよ? お持ち致しましょうか?」
「お願いします」
……セーガイキョーとは、何か道具の名前だろうか?
ルイスの要請を受けた職員のお姉さんは、すぐに受付カウンターの奥にある扉の向こうへと、そのセーガイキョーとやらを取りに引っ込んで行ってしまった。
「セーガイキョーって何さ?」
「簡単に言うと、その人の《魔力適性》を測る為の装置ね。実際に見た方が早いわ」
「ふ~ん?」
魔法に関しての造詣が浅い僕では、どうせ口頭で説明されても理解出来ないと思ったので、ここは敢えて深く聞かずにおいた。
そうこうしている内に戻って来た職員のお姉さんは、人の顔がすっぽり収まりそうな程の、大きな古びた木箱をその両手に抱えていた。
箱の上には随分と埃が被っていて、長い間それが手付かずだった事が分かる。
自分の膝も使って、重そうに木箱を押し上げた彼女は、それをカウンターの上へと乗せた。
「お待たせ致しました」
上の蓋をスライドさせて取り出されたのは、全体を金色の装飾で整えられた、大きな天球儀の様な装置だった。
巨大な装置の真ん中部分には、星空を模したと思われる小さな藍色の球体が固定されており、その周りを幾重もの大きな金色のリングに囲まれていた。
土台となっている台座の部分にも、特徴的な装飾が施してあり、動物の様な模様が描かれた輪の中心に、直径十センチ程の、透明なガラスの円盤が据えられていた。
「これが、セーガイキョー?」
「そっ。そこのガラス盤の部分に魔力を込めれば、その人の《魔力適性》が分かるわ」
《星蓋鏡》は、上のリングの部分を支えている柱が、ちょうどYの字を逆さまにした様な形になっており、その開かれた場所の隙間から、台座のガラス盤に手を乗せられる構造になっていた。
「ほら、早く」
「そうは言うけど、お前……」
ルイスから急かされるままに、土台にあるガラス盤に手を乗せてみるも、素人の僕に魔力の込め方など分かる筈もなく、ただ装置の冷たいガラスと金属の感触だけを味わった。
「大丈夫、私がちゃんと手伝ってあげるから」
言うや否や、ガラス盤に乗せていた腕をルイスに横から掴まれ、今度は引こうにも引けなくなる。相変わらず、心の準備も何もあったものじゃなかった。
「今から私が、貴方の身体の中に眠っている魔力を刺激してあげる。貴方はじっと目を閉じて、身体の中を流れるその感覚に意識を集中して」
「よく分からんが……、まあ分かった」
こうなったら文句を言っても仕方がないので、とりあえず適当に雰囲気だけ作って、自分の身体の内側へと意識を集中してみる。
すると最初こそ何も感じなかったが、やがて彼女に触れられている腕の辺りから、ぞわぞわとしたムズ痒い、今までに経験した事のない独特の感覚が迫り上がってきた。
「……っ」
「どう? 何か感じる?」
「ちょっと、くすぐったい気はする」
時間が経つに連れて、その感覚はどんどんと大きくなってきており、まるで得体の知れない何かが身体の中を這いずり回っている様な、不気味な不安感があった。
「……なぁ、お前、実は何か変な病気とか持って――、いってぇ!?」
「次に変なこと言ったら、はっ倒すわよ!?」
「分かってるよ! ちょっとした冗談だろうが!」
気持ちを紛らわせる為に、軽い冗談を言ったつもりだったのに、ルイスの奴は存外本気で噛みついてきて、隣に立つ僕の左足を思いっきり踏み付けてきた。
……理不尽だ。
「ほら! 集中っ!」
「へいへい……」
若干辟易としつつも目を閉じて、僕も再度、腕の感覚へと意識を集中し直した。
このムズ痒い感覚が、身体の中にある魔力のソレだというのなら、初めは不快でも慣れるしかなかった。ルイスの指示通りに、僕は感覚を集中させ続けた。
「魔力の感覚に慣れてきたら、今度は流れてくるその力を押し返そうと、腕の先へと力を込めるの」
「こ、こう?」
「……違う。物理的に力を入れてもしょうがないでしょ。もっとこう……、肉体的な力で押し出そうとするんじゃなくて、身体の内側に流れている魔力そのものを押し返そうとする様な感じで、身体の内側から力を込めるのよ」
「んな無茶な、説明が抽象的過ぎる……」
身体の内側に妙な感覚がある事は確かだが、それを肉体ではなく、感覚的な力だけで押し返せと言われても、やり方など分かる訳がなかった。
あれやこれやと、身体中の変な場所の筋肉に力を入れては試行錯誤を繰り返し、その上ってくる感覚が、ついには右腕の肩口の辺りにまで差し掛かった所で、ようやく少しだけそれらしい感覚の糸口が掴める。
「……っ!」
「そう、良い感じ」
ムズ痒い感覚の侵食が止まり、逆に少しだけ腕の先の方へと、感覚が戻った気がする。
僅かに掴んだその力を押し返す感覚が消えない内に、僕は慎重に、今し方掴んだその感覚を維持し続けて、ガラス盤に触れている腕の先の方へと意識を伸ばしていった。
「はい、結構ですよ」
「……ふぅ」
ギルド職員のお姉さんから、合格を告げられて顔を上げる。
目を開けてみると、目の前の《星蓋鏡》にも僅かに変化があった。
「なんか……、光ってる?」
装置の真ん中部分にあった藍色の球体が、僅かな光を帯びており、まるでそれ自体が小さな星空の様にして、中で無数の星達が輝きを放っていた。
「《星蓋鏡》は、そこの真ん中部分の輝きで、魔力の適性を測るの」
球体の大きさは、精々四、五センチ程度。
装飾品として見れば、確かに綺麗な品だとは思うが、この小さな輝きから何かが分かるとは、ちょっと僕には思えなかった。
「トーレスさんの《魔力適性》は、《土》と……、《闇》属性ですね。………多分」
球体の周りにある大きな輪っかの部分を弄くっていた職員のお姉さんが、何を判断したのか、唐突に僕へとそれを告げた。
……っていうか今、多分って言わなかったか?
「《闇》属性か。珍しいわね」
「そうなの?」
「ま、その辺の説明は追い追いと。……さっ、ギルドでの用事も済んだ事だし、帰りましょうか。……《星蓋鏡》、ありがとうございました」
こちらの疑問を余所に話は進んでいき、ルイスは早々とギルドを立ち去ってしまった。
僕も慌てて職員のお姉さんにお礼を言ってから、離れて行く彼女の後を追い掛けた。