第12話 王女暗殺計画
「――王国への復讐は、やめるわ」
落ち着いて話が出来そうな場所を探してやって来た《イウムの町》の宿の一室で、僕は開口一番、彼女から当初の目的と思っていた物を全否定されてしまった。
当の彼女は、それを目的に僕を仲間にしたがっていた筈なのだが、一体どういうつもりだ?
「いきなりだな、おい」
「といっても、復讐そのものをやめるつもりは無いの。あくまでも標的を変えるだけ」
「標的?」
「ええ。貴方の言う通り、私達二人だけで王国を相手に復讐するのは、流石に無謀だと思うから、やり方を変えようと思って。だから標的を、一人の人間に絞る」
「……誰をやるの?」
「貴方がこっちの世界に来た時、誰か王国の偉い人が近くに居なかった?」
「ん? ああ……、確かロベリア・カーなんちゃらって言う、王国のお姫様が居たと思うけど? それがどうした?」
「ロベリア・カディーナ・フランドル。王国の第一王女ね。なら私は、彼女を暗殺する」
「……正気か? 国を相手に復讐するのと、何も変わらない気がするんだが?」
「大違いよ! 国全部を相手にどうこうしようとしていたのが、たった一人を殺すだけで良くなるんだから! 天と地ほども差があるわ!」
「…………」
こっちとしては、こいつが一時でも、そんなレベルでの復讐を考えていた事の方が驚きなんだが?
身内を一人殺された復讐に国を滅ぼすとか、正気の沙汰じゃない。
「んで? 肝心の王女様をどうやって殺すつもり? 王族である以上、彼女の警備は相当に堅いだろうし、余所者がふらっと近付いて簡単に殺せる様な相手じゃないと思うけど?」
「これを使うの」
そう言って部屋の机の上に載せられたのは、一対の金色の指輪だった。
指輪の装飾全体が、蛇の様な不気味な紋様を象っており、見るからに気味が悪い品だった。
「これは?」
「それは《ミテラの指輪》と言ってね? 指輪を付けた者を、“他の動物の姿に変身させる”事が出来るの」
「他の動物に変身って……、んなこと本当に出来んの?」
「普通の魔法じゃ絶対に無理ね。けれどその指輪には、古い時代の強力な魔法の力が込められているから、今の魔法技術では不可能な事であっても、それを出来るだけの力があるのよ」
「ふ~ん? んじゃ君は、そんなご大層な品を、一体どこで手に入れてきたってわけ?」
「それは国の保管庫から盗――、……借りてきたのよ」
……今、絶対盗んできたって言おうとしただろ、こいつ。
国家転覆を企む前に、既にサラリと犯罪行為に手を染めてやがる。
「指輪の由来はどうでもいいのよ! とにかく私たちは、その《ミテラの指輪》の力を使って、ロベリア王国の第一王女を暗殺する!」
「具体的には? どうやってあの王女様に近付くの?」
「指輪の力で鳥に変身して、空から奇襲を仕掛けるの」
「……なるほどね?」
確かに、上空から奇襲を仕掛けられるのであれば、周りを幾ら警備の兵で固められていようが意味は無かった。魔法が存在するこの世界の常識的にも、人が鳥の姿に変身して空から攻撃というのは流石に想定外のようだし、悪くない作戦なんじゃないだろうか?
「鳥になって空からっつー作戦は、まあ分かったんだけど……、だったら別に、僕は要らないんじゃないの? 最初っから全部、一人でやればいいじゃん」
「そうなんだけど、大体こういった古い強力な魔法には、それに見合うだけの強力なデメリットがあるものなのよ」
「それが、作戦を一人で出来ない理由だと?」
「そういうこと。……いい? この指輪はね? 一度付けるとそれを、絶対に自分じゃ外せなくなるの」
「いや、ダメじゃん!? 二度と人の身体に戻れないとか、いくら何でも捨て身の作戦過ぎるだろ!? 絶対に付き合いたくないんだが!?」
「落ち着きなさい。ちゃんと私の話を聞いてた? 私は、“自分ではそれを外せない”って言ったのよ。……つまり、自分以外の人間であれば、いつでも簡単に指輪は外せるの」
「だから二人必要?」
「そっ。肝心の標的の王女様に近付けても、私達が人の姿に戻れないんじゃ、暗殺も何もあったもんじゃないからね。指輪で変身している時は、他の魔法も使えなくなっちゃうし」
「指輪を外して、本当に人に戻れるかどうかは試したの?」
「一人でどうやって試せと?」
「……それもそうか」
「指輪があった国の保管庫には、過去にそれを試した人の記録もちゃんと残されていたから、多分大丈夫だと思うわ。……まあ、百パーセントの保証は出来ないけれど」
「…………」
「――計画の概要はこうよ。まず私達は、《ミテラの指輪》の力で鳥の姿に変身した後、上空から標的である第一王女への接近を試みる。タイミングとしては、なるべく城の中とかで、彼女が油断して一人になるタイミングを狙うのがベストね。そして標的への接近に成功した後は、期を見計らって指輪の変身を解除して、第一王女の暗殺を試みる。その際、実行役は当然私が務めるわ。……んで、無事に上手く事を成し遂げた後は、また指輪の力で鳥に変身して、気付かれない内に上空へと逃げちゃえば、王国の兵士達も簡単には私達のことは追って来られないって寸法よ。……どう? いけそうでしょ?」
「……確かに」
ざっと聞いた感じ、計画に不備は無いように思われた。
万が一、標的の王女様の暗殺に失敗したとしても、王国側に顔を見られる可能性があるのは、実行役である彼女一人で済む訳だし、こちらに降りかかるリスクは最小限で済む。
肝心の暗殺自体も、実行のタイミングさえ見誤らなければ、成功の見込みは十分にありそうな作戦だった。
「こっちのメリットは?」
――とはいえ、だ。
やはりこちらに何のメリットも無い状態で、そんな死地のど真ん中に飛び込む様な危険な作戦に、同意する訳にはいかなかった。
例え作戦に伴うリスクが低くとも、それがゼロではない事も確かなのだ。
こちらがその危険を冒すだけのメリットを、彼女には提示して貰わないと困る。
「私が貴方に、魔法を教えてあげる」
「……君が、魔法を?」
「そうよ? 昨日聞いた話じゃ貴方、まだ魔法を何も使えないんでしょ? なら、それを教えてあげる先生が必要かと思って。……それに貴方だって、いざという時に自分の身を守れる術を何一つ持たないままで、作戦に同行したくはないでしょ?」
「それは……、まあそうだな」
「暗殺計画の実行は、貴方が最低限、自分の身を自分で守れるようになってから。ついでにそれまでの生活費諸々も、全部私が面倒見てあげる。条件はこれでどう?」
「……ふむ」
なるほど、悪くない条件だ。
こちらは彼女の復讐計画に協力する代わりに、実質的に魔法をタダで教えて貰え、何ならその間の生活費も面倒見て貰えると。
ちょうど日雇いの仕事だけで生計を立てるのは、厳しそうだと実感していた所だったので、タイミングとしてもまさに渡りに船な好条件だった。
あとは僕に、あの王国の王女様を手に掛けるだけの覚悟があるかどうか。
「………乗った」
長い間考えた末に、僕は彼女にそう返事をした。
「その王女暗殺計画とやら、僕も乗ったよ」
「ほんと!? 嘘じゃないわよね!?」
「ああ、男に二言は無いよ」
僕にはあの王国に、これといって滅んで欲しいと思う程の強い恨みは無いが、こちらの世界にいきなり呼び出されて、殺され掛けた件もある。
精々自分の生活費を得る為に王女暗殺を企てたとしても、これでおあいこ、というものだった。
「……ぃよし!」
僕の確かな答えを聞いた彼女は、腰に拳を溜めてガッツポーズをする。
やろうとしている事の恐ろしさに反して、まるで子供の様に無邪気な反応だった。
「じゃあ改めて自己紹介! 私の名前は、スレーナ・ルイスワーデ! 気軽にルイスって呼んで! 貴方の……、名前は?」
「僕の名前は、穂高聖一。呼び方は……、まあ何でもいいや」
「ホダカセーイチね。大丈夫! ちゃんと覚えたわ! これから宜しくね! セーイチ!」
いつか見た、真っ直ぐな瞳と共に差し出された彼女の手を、僕も今度は、しっかりと握り返したのだった。
これにて契約は成立。
僕は彼女の復讐に協力して、《ロベリア王国》の王女暗殺に手を貸す事を、ここに正式に誓ったのだった。
この恐ろしい計画を前にしても、僕の胸に不思議と不安はなかった。
握り返した手の先で、不敵に笑うコイツの姿を眺めていると、何の根拠もなく全てが上手くいってしまう様な、そんな不思議な予感が胸の奥に沸き上がってくるのだった。