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復讐の狂想曲  作者: 路傍の小石
第1章
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第11話  このままじゃ終われない

「ふぅ……、疲れた」


 町の中心街へと向かう道のりを歩きながら、僕は畑の(かたわ)らでほっと一息を入れる。


 (がら)にもなく良い人を演じようと頑張っていたので、(みょう)な気疲れがあった。


 教会(けん)孤児院みたいな、ああいった場所に居ると、どうにも昔自分が預けられていた施設の事を思い出してしまう。

 その思い出が、僕に自然とそうさせるのかも知れなかった。


「にしても、これで二千リアか……、厳しいなぁ」


 手元に残った金額を見て、僕の正直な感想がそれだった。


 もちろん僕だって、教会のあの人達に不満がある訳ではない。

 金銭的な報酬以外にも、色々と世話になった事を思えば、彼女達からは既に十分過ぎる程のものを貰っている。


 だがこれで、新しい衣服を買えるかと問われると、やはり厳しいと言わざるを得ないのが現実だった。


 朝食の席で、さり気なく聞き出したこの町の物価を元に考えてみても、何かもう一つくらいギルドで依頼を(こな)さなければ、安物の服を買う事すら難しいだろう。


「魔物か……」


 昨日、僕が依頼を受けた場所は、正確には《ハンターギルド》と呼ばれる組織の窓口だった。


 この世界に存在するという、魔物の討伐や捕獲依頼。もしくは、それらが出没する危険な地域での仕事を斡旋するのが、彼女たちハンターギルドの本来の業務である。


 それにギルドという言葉自体、元は特定業種の組合みたいなものを指す言葉であり、特別にハンターギルドだけをそう呼称するのは、実はあまり相応しくないのだそうだ。


 ならば何故、町の人達が皆あそこをギルドと呼んでいるのかと言えば、これまたこういった小さな町ならではの事情が関係している。


 如何(いかん)せん町の規模自体が小さい為に、わざわざ職業ごとに建物を分けたりする様な事はせず、市役所的な建物の中に、そういった施設がまとめて併設されてしまっていた。


 だからこの町の人達にとってみれば、ギルド=何でも屋みたいなイメージなのである。


 ――話を戻すと、とどのつまりハンターギルドで正式な登録さえ行えば、僕の様な流れの素人でも、もう少し報酬の高い依頼が受けられるという事だった。


 当然、魔物を相手にする分危険な仕事も多いが、手っ取り早くお金を稼ぐ手段としては一考の余地があった。


 異世界の学生服という怪しげなこの格好で、長時間自分の身を危険に晒すか。

 それとも稼げるが危険な依頼を受けて、その辺の問題を一気に解決してしまうか。


 悩み所だった。


「貴方って、意外と良い奴だったのね。見直したわ」


「………はぁ」


 道端で立ち止まり、今後の事に僕が頭を悩ませていると、もう二度と聞きたくないと思っていた女の声が、ふと頭に響いてきて、僕は大きな溜め息と共に肩を落とした。


「……何の用だよ?」


 ウンザリしながら後ろを振り返ると、案の上そこに立っていたのは、昨日こちらを、いきなり《勇者》呼ばわりして襲い掛かってきた、頭のおかしいブロンズ髪の少女だった。


「何って、決まっているでしょう? 貴方を説得しに来たのよ」


「……意味が分からん」


 あまりの話の通じ無さに、僕はどうしようもなく辟易(へきえき)としてしまった。


「その話なら、昨日ちゃんと断ったじゃん……」


 ―――そう。

 昨日、あのあと結局、僕は彼女の誘いを断ったのだった。


 見たくもないこの女の顔を眺めていると、頭痛と共に昨日の記憶が蘇ってくる。


「なんで!? どうして断るの!?」


 こちらの返答を聞くなり、彼女は開口一番にそう叫んだ。


「いや、どうしても何も、こっちにメリットが無いだろ? あの王国は確かに嫌いだけど、こっちは死ぬ思いをして、ようやくそこから逃げ出して来たんだぞ? なのに自分から、ちょっとした恨みの為にわざわざ死地(しち)に舞い戻るとか、普通に馬鹿以外の何者でもないでしょ」


「で、でもっ! 王国に召喚された《勇者》は、貴方一人じゃないんでしょう!? 貴方だって、他の仲間たちを大勢、そこへ置いてきたんじゃないの!?」


「……悪いけど、僕にとってあの連中は、別に仲間でも何でもないんだよ。この世界に召喚される前、元の世界で偶々近くに居たっつーだけの、殆ど赤の他人だよ。(むし)ろどっちかっつーと、僕は彼奴(あいつ)ら、嫌いなまである。だからとてもじゃないけど、自分の命を危険に晒してまで、そんな連中の為に行動したいとは思えないね」


「そんな……」


「大体、たった二人で国を相手に復讐とか、お前正気か? 他に協力者でも居るの?」


「それは……、居ないけど……」


「なら尚更あり得ないね。こんな子供が二人集まった所で、一体何が出来るっていうんだよ? 馬鹿馬鹿しくて付き合ってられるか」


「でもっ! 貴方は王国が召喚した異世界の《勇者》なんでしょう!? この世界で上位の魔族にも匹敵する様な、優れた魔法の素質を持った最強の魔法使いなんじゃないの!?」


「………あのさぁ? この世界で僕たち《勇者》とやらが、一体どんな風に語り継がれてるのかは知らないけど。お前今の僕を見て、そんな凄い奴に見えるの? 自分を相手に、走って逃げる事も出来ない。体力もなければ、魔法の一つも碌に使えない。……何なら頭だって悪い。そんな情けない今の僕を見て、二人で一緒に国家転覆っていう一大事を成し遂げられそうな、そんな(だい)()れた奴に僕が見えるのかよ?」


「それは……っ! ……でも! だけどっ!」


「……ぁああああ! もうっ! 鬱陶(うっとう)しいな! 諦めろって言ってんだろうがっ! お前に何を言われようが、こっちに協力する気はないんだよ! ハッキリ言って僕は! 自分さえ平々凡々と生きられれば、それで満足な人間なんだよ!? 他の人間の事なんかどうだっていいんだっ! 例え自分の中に、どれだけ優れた力が眠っていようが! それで歴史に名を残す偉人になろうだとか! その力を世の中を良くする為に使おうだとか! そんな高尚な考えを持った人間じゃあ全く無いんだよっ! どうせ無駄死にするって分かってるだけの、お前の無謀(むぼう)な計画に付き合うのも絶対に御免だ! 人様(ひとさま)の為に命を差し出せるご立派な人間なら、精々(せいぜい)他を探すんだな!」


「あっ……、待って!」


 最後にそれだけを吐き捨てて、僕は昨日、あの場を後にしたのだった。


 例え冷たい物言いでも、それが紛れもない僕の本心なのだから仕方がない。


 せっかく元の世界で、九年間も続いたあの毒親の呪縛(じゅばく)から抜け出し、こっちの世界でも死ぬ思いをして自由になったばかりだというのに、昨日今日出会ったばかりの人間の復讐に付き合って命を落とすとか、馬鹿馬鹿しいにも程がある。


 国を相手に復讐がしたいなんて彼女の提案に、僕が乗れる訳がなかった。


 ――その後も結局、彼女は僕の事を追い掛けて来なかったので、こちらとしても、てっきりこの話はそれで終わった物だと思っていたのだが、何を思ったのか彼女はまた今朝になって、堂々と僕の前に現れたのだった。


 ここまで来ると、もう呆れて物も言えなかった。


「―――よ」


「……なに?」


 目の前に立つ彼女が、ボソボソと何かを呟く。


 独り言のつもりなのか声が小さ過ぎて、この距離からでもよく聞き取る事が出来なかった。


「――じゃ、―――ぃ」


 こちらに聞こえない音量で何かを呟く彼女に、僕としても段々と苛立ちが募ってきた。


「はぁ……、ほんと面倒臭い奴だな。お前さぁ、いい加減に――」


「このままじゃ、終われないのよっ!」


「……っ!!」


 俯いて何かを呟く様子から一転、突然の大声に、僕は言い掛けた言葉を飲み込む。


 芯のこもった真っ直ぐな瞳が、僕を正面から捉えて叫んだ。


「私のしようとしてる事が、間違いだって分かってる! それが無謀だって事も! それを成し遂げたって、私には得られる物が何一つないって事も! 皆々(みんなみんな)、全部分かってるのよっ! ……でも! それでも終われない! このままじゃ私、何も終われないのよっ!」


 真っ直ぐに、正面からぶつけられる彼女の視線。


 それまで自分が何を言おうとしていたのかも忘れ、僕はただ黙って、続く彼女の言葉を聞き入れていた。


「私は、彼奴(あいつ)らに大切な物を奪われた! 最愛の家族を奪われた! 人生の目標を奪われたっ! なのに! ここで終わってしまったら私、もう二度と前に進めないっ! (うしな)った物を忘れて、ただ前に進んで行くなんて! 私には出来ないのよっ! ……私は、未練がましい女なのかも知れない! いつまでも失くした物に(すが)って、みっともないのかも知れないっ! ……でも! それでもやっぱり、忘れたくないのよっ! 失った物を! 大切だった事を! 愛していた人を! 私はやっぱり、どうしても忘れたくないのよっ!!」


「お前……」


「貴方にとって私は、どうでもいい存在なのかも知れない! 明日になったら忘れてしまえる様な、所詮はその程度の相手でしかないのかも知れないっ! けれど! 私にとって貴方は、たった一つの手掛かりなの! ここまでずっと一人で歩いてきて、やっと掴んだ唯一の手掛かりなのっ! ……だから! だから貴方が居なくなってしまったら私、もう何を手掛かりにあの人を……っ! 私の手が、もう届かない所に行ってしまったあの人の所に……、私は……っ!」


 伸ばされた彼女の手が、泥に(まみ)れた僕の制服を掴んだ。


 涙で(かす)れた言葉の最後に、今度は本物の(しずく)が落ちた。


「だからお願いよ……。私に、力を貸してよ……。お願いだから……」


 胸元に(すが)ってきた彼女の手を、僕は最後まで振り払う事が出来なかった。


 涙に飲まれ、最後は掠れて消えていった彼女の言葉を聞き届けても、僕は縋ってきたその手を、いつまでも振り払えずにいる。


「………はぁ、分かったよ」


 長い長い葛藤(かっとう)の末に、僕はついに、その言葉を口にした。


 こんな僕の中にもある何かが、それ以外の答えを許してくれなかった。


「……ほんと? また昨日みたいに、逃げたりしない?」


 光に揺れるその瞳を見て、僕は自分の心臓が大きく跳ねるのを感じた。


「しないよ。もう逃げないから。ちゃんと話聞くって」


 それでも僕は、表面上は努めて平静を装って、そっと胸元の彼女の手を引き剥がした。


「とりあえず場所を変えよう。ここだと、その……、色々と辛い」


 まだ町外れで、人通りも少ないとはいえ、周囲から向けられる視線の数はゼロではない。


 特に、女の子を泣かせた自分へ向けられる非難の目が、今も僕の精神を大きく削っていた。


「あっ……、うん」


 ……こういう時、女の子の涙って本当にズルいと思う。


 自分が男として、至極(しごく)単純な理由で動いてしまった事を自覚しながらも、不思議とそれに、後悔の気持ちが湧いて来ないのだから。


 涙で目元を赤く晴らした彼女と連れ立って、僕達は二人で、静かに話の続きが出来そうな場所を探したのだった。


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