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復讐の狂想曲  作者: 路傍の小石
第1章
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第8話  出会い

「着いたぜ。ここが目的地、《イウムの町》だ」


 揺れる馬車の振動を子守歌代わりに、荷台の上ですっかり眠りこけていた僕は、町への到着を告げるベゴニアさんの声で目を覚ました。


 荷台の後方から乗り込んできた彼の姿を見て、自分の存在が荷下ろしの作業の邪魔になっていると気付いた僕は、急いで馬車の荷台から飛び降りた。


「おいおい、そんなに慌てなくても大丈夫だぜ」


「す、すみません……」


 なんとなく謝ってしまってから、僕は改めて新しく到着した《イウムの町》を見渡す。


「ここが……」


 草原の途中にある宿場町といった感じの町だった。


 町の外周を、一部動物避けの背が低い柵で囲われており、町の入り口の方には簡素な木製の門も()えられていた。敷地の大部分が農地と牧草地で占められているようで、町の中には所々、牛らしき動物たちも放し飼いにされていた。


「俺はここで、ちょっくら手続きを済ませてから行くが、兄ちゃんはどうする?」


「僕は……」


 ここまで運んで貰ったせめてものお礼として、僕も停留所で荷下ろしの作業くらいは手伝ってから行きたい所なのだが、下手に汚れている僕が触れると、(かえ)って相手の大切な荷物を汚してしまうかも知れなかった。


 加えて、只でさえこちらは追われる身だ。

 こんな風に他の誰かと親しくしている所を見られると、その事自体が相手の迷惑となってしまうかも知れない。


 彼の職業を考えれば、それも尚更。

 こちらの密入国に手を貸したなんて思われたら、目も当てられない。


 お世話になっておいて何も返せないのは心苦しいが、ここは一刻も早く、僕はこの場を立ち去った方がお互いの為だった。


「すみません……。ここまで運んで下さって、本当にありがとうございました。あとは、どうにか一人で頑張ってみますので」


「おう、そうか! 分かった。んじゃ、兄ちゃんも元気でな!」


「はい! えっと、その……、ありがとうございました!」


 お礼を言って、僕は彼に深く頭を下げてから、小走りでその場を駆け出した。


 途中で振り返ると、作業の手を止めて、こちらに手を振ってくれるベゴニアさんの姿が目に入ったので、僕も立ち止まって彼に向かってもう一度深く頭を下げてから、人が多そうな町の中心街を目指して走ったのだった。


 行く当ても分からなくなった矢先に、彼の様な親切な人に出会えたのは幸運だった。


 僕一人では、今も草原の緑を前に戸惑っていたに違いない。


 そんな彼の厚意に応える為にも、僕も早く、自分自身の問題をどうにかしなければ。


「やっぱり、この制服が問題だよな……」


 中学時代の制服は、繊維が丈夫で壊れ難いという点もあり助かっているが、同時にこの世界においては、その身なりだけで目立ってしまうというデメリットもあった。


 新しい衣服を買うのにもお金が要るし、その為のお金を稼ぐにしても、そもそもこの格好では警戒されて、雇って貰えないという問題も考えられた。


 盗むのは流石に論外としても、先にどうにかしてこの世界の一般的な人らしい格好を手に入れなければ、依然として僕の行動は大幅に制限されたままだった。


「ねぇ、貴方――」


 不意に、耳元で(ささや)かれる女の声。


 隣国への脱出に成功し、安心して油断していた僕は、人混みの中を真っ直ぐに自分へ向かって歩いてくるその女の存在に、ギリギリまで気が付かなかった。


 すれ違い様、後ろから耳元へと近付いたその女は、そっと囁く様にそれを口にした。



「《勇者》って、知ってる?」



 ――戦慄(せんりつ)


 聞いた瞬間、僕は頭の中が真っ白になり、気付いた時には全速力でその場を走り出していた。


 逃げなきゃ、などと考える暇もなかった。


 何故? どうして? そんな疑問ばかりがグルグルと頭の中を巡る。


「……くそっ! ざっけんな!」


 それなりに人通りもある町の中を駆けながら、僕は誰に向けるでもなく悪態(あくたい)()いた。


 《ロベリア王国》からの追手が掛かるにしては、いくら何でも早過ぎる。

 まだ僕が王国を逃げ出してから、一日も経っていないんだぞ。


 逃走の方向で、僕の潜伏先に当てを付けたのだとしても、国を跨いで人を捜索するのには、普通もっと時間が掛かる筈だろう。


 周辺国との仲が悪いという話はどこへ行った?


「ああああぁ! もうっ!」


 町の外へ向かっていた足を止め、僕は急遽(きゅうきょ)方向を変えて、目に付いた路地の方へと切り返した。


 王国からの追手に見付かってしまった以上、最早この町にも長居は無用だ。

 もう一度追手に見付かってしまう前に、気持ち的には直ぐにでも他の町へと逃げ出したい所なのだが、生憎(あいにく)とこの町の周囲には、只だだっ広い草原地帯が広がっているのみで、身を隠せそうな場所が何処にも無かった。


 逃げている途中で純粋な体力勝負になったり、相手に馬を使われたりでもすれば、僕に勝ち目は万に一つも無かった。


 他の町への逃走を企てるにしても、せめて視界の通らない夜になってから行動を起こさないと、みすみす自分から命を捨てに行く様なものだった。


「はぁ……、はぁ……、くそっ!」


 適当な路地の裏に身を隠し、僕は隙間を縫って民家の裏手まで入り込む。


 逃げ場のない袋小路だが、暫くはここでやり過ごすしかない。


「っていうか、そもそも僕は誰から逃げりゃいいんだよ?」


 反射的に相手の顔も見ずに逃げ出してしまった所為(せい)で、僕にはその声から恐らく相手が女だろうという事くらいしか分からない。もし次に、町中でバッタリ彼女に会ってしまったとしても、僕にはそれが避けるべき相手なのかどうかも判断が出来なかった。


 ……あああぁ、失敗した!


 《ルーペンスの町》と比べても、遙かに規模の小さいこんな田舎町で、顔も分からない相手から日暮れまで逃げ続けるなど、どうやったって不可能だ。仮に誰か町の住人に助けを求めた所で、逆に僕のこの格好を怪しまれて、衛兵へと通報されるのがオチだった。


「どうする!? 僕はどうすればいい!?」


 この町で唯一の顔見知りであるベゴニアさんに、もう一度助けを求めるか?

 彼が運んでいく他の荷物に紛れて、僕も次の町まで送っていって貰うとか?


 ……いや、ダメだ!


 そんな事をすれば、彼を本格的にこちらの事情に巻き込んでしまう!

 せっかく親切にして貰った恩を、(あだ)で返す様な真似は絶対に出来ない!


「考えろ! 考えろ! 考えるんだ!」


 ボサボサの頭を掻き(むし)りながら、僕はどうにかして策を捻り出そうと必死に頭を巡らせる。掻き毟った髪の毛の間から、頭垢(ふけ)と一緒に乾いた泥がパラパラと溢れ落ちていった。


「――ねぇ、逃げる事なくない?」


「っ!?」


 こちらの思考の合間を()う様にして、またしても唐突に頭上から声がする。


 声に反応し、僕は咄嗟に立ち上がって、またその場から逃げようとするも――、


「そう何度も逃がす訳ないでしょうがっ!」


 こちらの足が地面を完全に離れるよりも前に、僕は何処からか現れたその女の、華麗な足払いによって体勢を崩され、抵抗の間もなく地面へと組み伏せられてしまった。


 右腕を背中側に回して身体を拘束され、容赦なく人一人分の体重がのし掛かってくる。


「うぐぅ!?」


 背骨に狙いを定めたその容赦ない攻撃に、僕の口からは思わず苦悶(くもん)の呻きが漏れるも、それで女の拘束が(ゆる)む気配は全く無かった。


「答えて! どうして逃げたの!?」


 女の問い掛けを無視し、僕は(ふところ)に忍ばせたサバイバルナイフを手に取ろうと藻掻(もが)く。


 が、それが入っている制服のポケットは身体の右側で、なんとか拘束されず自由になっている自分の左腕とは、ちょうど反対側の位置にあった。


「この……っ! 離せ!」


「いやよ! だって離したら逃げるじゃない貴方!」


「当たり前だ!」


 捕まったら殺されると分かっているのに、逃げない奴があって(たま)るか。


 僕は左腕の傷口が開くのも構わず、腕を精一杯振り回して必死の抵抗を試みた。


「いい!? よく聞いて! 私は《ロベリア王国》の人間じゃない! だから貴方に危害を加えるつもりは全くないの!」


「この状況で、それを信じろってのか!? 馬鹿にしてんのか!?」


 《ルーペンスの町》を離れる前に聞いた、あの巡回中の衛兵達の会話から、僕は自分たち《勇者》の情報が、一般レベルでは周知されていない事を知っている。


 そんな貴重な情報を、国外の人間がおいそれと知っているとは思えないので、彼女が王国の関係者ではないというその話は、限りなく信憑性(しんぴょうせい)の低いものだった。


「アンタがあの国とは無関係だっていうなら、どうして《勇者》の事を知ってるんだよ!? 町の衛兵達でさえ知らなかったんだぞ!? おかしいだろうが!」


「それは……っ! 私にも色々と事情があって」


「んな話、信じられるか!」


「……私だって! まさか一発でアタリを引くとは思わなかったのよ! ちょっとした軽い冗談のつもりだったのに! 貴方がいきなり本気で逃げるんだもの! 仕方がないじゃない!」


「はっ! 余計に信じられないね!? じゃあ何か? お前は普段から道行く人に、『あなた勇者ですか?』なんて訊ねるヤバイ奴だって事かよ!? 大した自己紹介の仕方だな!」


「……っ! アッタマきた! 一回本気で痛い目に合わないと、まともに人と話す事すら出来ないようね!? いいわ、思い知らせてあげる!」


 背中の拘束を強めたまま、彼女は抵抗を続ける僕の左腕へと、何かの照準を定める。


「穿て――、『クァーラ』!」


 そしてそのまま、彼女の口から謎の呪文が紡がれると同時、突如虚空より放たれた水の刃が、暴れていた僕の左腕を貫いた。


「――っ!!」


 しかも更に運の悪い事に、その攻撃は、過去に切り傷で炎症を起こしていた、僕の左腕の傷口の箇所を、寸分違わず直撃したのだった。


 あまりの痛みに、僕はもう声を上げる事も出来なかった。


「どう? これで少しは――」


 最初は僕を黙らせて誇らしげに勝ち誇っていた彼女の声も、少し腕に傷を付けただけにしては大袈裟過ぎる僕のその反応を見て、段々と尻窄(しりすぼ)みになって消えていく。


「貴方……、まさか腕、怪我してたの?」


「だったら何だよ……」


 こちらが着ている制服の内袖(うちそで)に付いた血の跡に、彼女もようやく気付いたらしい。


 今朝会った御者のベゴニアさんは、他にも身体中が傷だらけだった僕の姿を見て、すぐに腕の出血にも気付いたというのに、この女ときたら――、


「えっと、その……、私、知らなくって……、ごめんなさい」


「…………」


 流石にやらかしたと思ったのか、彼女は遠慮がちに背中の上から体重を退ける。


 そんな彼女に、僕はゆっくりと上体を起こしながら、ただ黙って非難の目を向け続けた。


「それで? こっちに何か話があるんだろ?」


 全くもって腹立たしい限りだが、結果として彼女がこの程度で(ひる)んだ事を思えば、この女は確かに、《ロベリア王国》の関係者ではないのかも知れなかった。


 最初から本気でこちらを害するつもりで襲ってきたのなら、今更出血の一つや二つで、狼狽(うろた)えたりはしないだろう。

 本当に、非常に腹立たしい限りではあるが。


「私の話を聞いてくれる気になったって事で、良いのよね?」


「だからそう言ってる」


 この女の相手は面倒そうなので、僕はなるべく手早く済ませてしまおうと思った。


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