朝
三題噺もどき―よんひゃくさんじゅう。
小さな光が暗闇を刺す。
「……」
あまりの眩しさに、もう一度しかと閉じてしまおうかと思ったが。
かすかに聞こえる声に意識が引き上げられ、重たい瞼は開いた。
我が家にテレビは置いていないので、聞こえるはずがないんだけど。
「……」
ぼんやりとした視界に光があふれる。
カーテン開きっぱなし……?
いや、違う。
昨日、そもそも寝室に戻ったか?
「……」
やけに軋む体をゆっくりと起こす。
体内に響く音とは別に、ぎしりと何かが軋む音がした。
―椅子の上にいる?
「……」
上体を起こしながら、椅子の上ならばと肘掛のあたりに手をやる。
と、まぁ、想像通りに触れ慣れた感触が戻ってくる。
ふむ。やはり、昨日はリビングで寝おちてしまったようだ。
「……」
けど。
最近はここで寝おちることなんてなかったので不思議でならない。
寝起きでそうそう頭を回転させるのは疲れるので嫌なんだけど……。
そうぐるぐると考え始めたあたりで、何かが滑り落ちた。
「……?」
―毛布?
寝室にあるはずの大きめの毛布。
わざわざ持ってきてここで寝るなんてありえないのだが―
「ぁ、おはよう」
「――!?」
突然声がかかり、心臓が跳ねた。
体が跳ねなかっただけよかったのかもしれない。
驚いたのが見てとれては、さすがに相手に失礼というものだ。
「……起きてる?」
その声は聞きなれたものだ。
それもそう。
妹のものだし。
「……ん、起きた、おはよう」
さて、しっかり声が出たかは知らないが。
なんとか返事を返す。
そういえば、昨日は妹親子が泊まっていたのだった。
「なんか食べる?」
「いや……まだいい」
昨夜、私の膝で寝おちてしまった甥っ子を抱いたまま。
私も、この椅子で寝おちてしまったと言うことか。
それを見かねて妹が寝室から毛布を持ってきてくれたのだろう。
「……」
その甥っ子はどこに行ったのだろう。
膝の上で寝ているものと思ったが、起きてすぐに重みがなかった。
それがあれば、すぐに気づいただろうに。
「……」
先程から聞こえる音は、妹が携帯で鳴らしている音楽のようだ。
聞きなれた歌手のものだが、朝からはさすがに喧しさが増す。
起きてすぐ聞くものではない。が、静かにしてくれとも言う気になれないのでもう放置だ。
「……」
あー、体が痛い。
骨が軋む。
首も痛いし。
「あ!!おはよう!!」
どこに隠れていたのか。
元気いっぱいな挨拶が鼓膜を叩いた。
朝からこれだけはしゃげるのは子供の特権だよなぁ。
「おはよう」
未だに光に慣れない視界の中に、甥っ子の姿を捕らえる。
お菓子の空き箱だろうか。
何かを手に持ったまま、こちらへと駆け寄ってくる。
「元気ない?」
「ん?だいじょうぶだよ」
こちらの事情を知ってか知らずか。
そうやって気を遣うのは、大人になってからでいいのに。
きょとんとした顔を見れるのは可愛らしいのでいいのだけど。
「……」
よく見れば手に持っていたのは、昨夜飲んだ紅茶の空き箱だった。
可愛らしい見た目のものだから気に入ったのだろう。
母親に捨てられないといいな。あの妹はすぐに何でも捨てようとするから。
「これもらっていい?」
「いいよ、気に入ったの?」
「うん!」
元気のよいお返事だ。
キラキラと眩しい笑顔で言われては、断れもすまい。
……妹からの視線が痛いような気もするが無視だ無視。
「あのねあのね」
「ん?」
よじよじと膝の上に座ろうとする甥っ子。
頭から落ちてはかなわないと、軋む体に鞭打って持ち上げる。
あんなに小さかったのに、今ではこんなに重たくなって……。
「この箱ね―」
「うん」
膝の上に座り、向き合う形で楽し気に話し出す。
さて、今日は何をしようか。
お題:空き箱・毛布・歌手