4.
ある日の夜、恵美子は今日もアルコールを飲みながら叫ぶように声を発する。
「なんでよ?!なんであんな事を言うのよ!」
苛立ちながらアルコールの力を借りて言葉を吐き出す。小春はその様子を隣の部屋でじっと耐えていた。
そして、急に椅子から立ち上がると隣の部屋にいる小春に向って言葉を投げ捨てる。
「あんたがいなきゃ……。あんたを産まなきゃ茂明さんはずっと傍にいてくれたのに……!」
隣の部屋を開け、恵美子は小春を憎しみに孕んだ目で見ると、持っているウイスキーの瓶で小春のお腹を叩いた。
――――ドカッ!!
「うぐっ!!」
叩かれた衝撃で小春が呻き声を出す。
「あんたなんか……!あんたなんか……!」
恵美子はそう言いながら何度も小春の腹を瓶で叩く。
「……ママ……やめ……て……」
小春が懇願するように言葉を発するが、恵美子には届いていない。
まだ幼い小春にはどうにもできない状況に成す術はない。ただ、幼いながらに耐えることしかできない。
(お姉ちゃん……お兄ちゃん……助けて……)
痛みに耐えながら心のどこかで颯希と静也に助けを求めた。
ある日の学校の帰りに颯希と静也は少し寄り道をして小春と会った近くを歩いていた。小春が心配だったので、なんとかしてあげられないかという気持ちからの行動だった。
「まぁ、会える保証はどこにもないがな……」
歩きながら静也が言葉を発する。
「でも、放っていい様にも見えませんでした。もし、小春ちゃんが助けを求めているのだとしたら何とかしてあげたいです」
颯希が真剣な眼で静也に言葉を発する。場合によってはしかるべき機関に相談も視野に入れる。もし、保護が必要な場合も考えてそう言ったところの電話番号も控えてきた。
小春のアパートの近くをくまなく探すが小春は見あたらない。闇雲に歩いていると小さな公園を見つけた。
「静也くん!あれ……!」
颯希がブランコの方向に手を指さす。
そこには小春がいた。
「小春ちゃん!」
颯希と静也が小春に近付く。
「えっ……?」
突然の声に驚いて小春が顔をあげる。
「あの時のお姉ちゃんとお兄ちゃん……?」
駆け寄ってきた颯希と静也に小春は驚いた顔をしながら言葉を発する。
「こんにちは、小春ちゃん。今日はちゃんとご飯は食べましたか?」
颯希がしゃがみ込みながら優しく小春に問いかける。
「えっと……」
小春が言葉を詰まらす。
その時だった。
ぐぅぅぅ……。
小春のお腹から腹ペコ虫の音が響く。
「……今日も食べていないのですか?」
颯希がその音にもしやと思い、言葉を発する。そして、鞄からおにぎりを取り出す。今日は元々学校が終わった後で小春のことを探すつもりでいたので、もし食べていないことを考えておにぎりを作ってきたのだ。
「はい、どうぞ」
おにぎりを小春に渡すと小春はそれを受け取り、口いっぱいに頬張るようにしておにぎりを食べ始める。
しばらくして、おにぎりを食べた小春は胃が落ち着いたのか少し食べ過ぎたのか、「けぷっ!」と言う声を出した。
「お腹は一杯になりましたか?」
颯希が小春の頭を撫でながら優しく言う。撫でてくれていることが嬉しいのか、小春は急に声を出した。
「ふ……ふぇぇぇ~ん……」
小春が急に泣き出し、颯希にしがみついた。そして、声をあげながら泣きじゃくる。颯希は小春を抱き締めると、優しく言葉を綴る。
「沢山泣いていいですよ……。きっと、辛いことがあったんですね。我慢しなくていいですよ。沢山泣いてください」
抱き締めながら頭を撫でて小春の気が済むまで優しく包み込む。制服が涙で濡れているが颯希は気にしていない。幼いながらに辛いことがあるんだろうと感じ、泣き止むまで静かに包み込んだ。
しばらくして、小春が泣き止むと小春がポツリポツリと話し始めた。母親である恵美子がアルコールを飲むと叩かれたりすることがあるということ、飲んでいないときはとても優しくて小春の好きなご飯を作ってくれること……。
話を聞きながら颯希と静也はしかるべき場所に連絡が必要だと感じる。そして、小春をとりあえず警察に連れて行き保護してもらうことを考える。
「やだ!ママと離れるのはやだ!ママと一緒にいたいもん!だから、ダメなの!!」
「でも、このままじゃ……」
「やだよ……。ママと離れるなんてヤダ……。だからダメなの……」
小春が懇願するような目で颯希たちに訴える。
「お姉ちゃん……、お願い……、ママと一緒にいさせて……」
「小春ちゃん……」
小春の言葉に颯希は何かをしてあげたくても、小春がそれを望んでいないことが分かり、何も言えない。本当なら一刻でも早く小春を助けてあげたいが、小春の意思を無視するわけにもいかない。
「お姉ちゃん、おにぎりありがとう。今日はお家に帰るね……」
小春はそうお礼を言うと、颯希に手を振って小走りでその場を去っていった。引き留めようとも考えたが、小春は母親と居たいという気持ちが大きいことを感じ、引き留めることができなかった。
「どうしたらいいのですかね……」
小春が去っていき、颯希が苦しみの表情で言葉を吐く。
「……とりあえず、しばらくはこの辺をパトロールしながら様子を伺うしかないんじゃないかな?」
「そうですね……」
静也の言葉に颯希が頷く。
しばらくはこの近辺を重点的にパトロールしていき、小春の様子を見ていくことにして、二人は家に帰ることにした。
そして、その様子を遠くからある人物がじっと見ていることに颯希たちは気付かなかった……。