20.
突然現れた颯希の登場に神谷崎が目を見開く。
「君は……?」
「初めまして。結城署長の娘の颯希と言います。神谷崎さん、あなたが十二年前の放火事件をもみ消したというのは、ある人から教えて頂きました」
颯希がそう言うと、静也と楓と共に部屋に入ってきた人物を見て神谷崎が驚愕の表情をする。
「お前……?!」
その人物は玲だった。
「僕があの時のことを全て話したよ……」
「!!」
玲の言葉に神谷崎が愕然とした顔になる。
「玲さんが楓さんに送ったメールにその時のことが全て書かれていました」
玲が楓に送ったメールにはこう書かれていた。
『僕は今、監禁状態にあります。そうなったきっかけは十二年前です。僕は父からの圧力やしつけと言う名目で暴言や、時には暴力を振るわれていて、心身ともに限界がきていました。そして、ふとして沸いた怒りと悲しみの感情であの雑木林の中にある当時使われていなかった建物を放火したんです。父への復讐の意味もあったのかもしれません。そして、父に放火したことを話し、警察に行くと言ったら父に部屋に閉じ込められてしまいました。そして、その後で父から『その事件とお前は何も関係がない。あれは何かの拍子に火が付いただけのただの火災だ』と言い、その事件をもみ消したことを知りました。そして、それから僕は家から出るのを一切禁止されて、監視下の元で日々を暮らすことになったのです。それからは生きているのか死んでいるのか分からない日々でした。罪を償うことも出来ず、僕はどうしたらいいか分かりません。できることなら罪を償いたいと思っています』
「……これが証拠です」
颯希がメールの内容を読み上げて、静かな声で締め括る。
「だ……だから何だと言うんだ?!もう十二年前のことだ!それに、特にその火災で被害は出ていない!!」
神谷崎が叫ぶように言う。
「……いや、被害はあったさ……」
そう言って、部屋に木津が入ってくる。
「颯希ちゃんと静也くんが証拠を見つけてくれたよ」
「証拠?」
木津の言葉に神谷崎が訝しげな顔をする。
「あぁ。あの放火された建物と、被害者の庭に降ってきたものを颯希ちゃんたちが採取したんだ。そしたら、庭に落ちていたいくつかの破片が放火された建物の破片と一致したよ。更に……」
木津がそこまで言うと、木津の後ろから有子と悠里に支えられながら友理奈が入ってきた。
「……この子は事件の被害者だ。無理を承知で体に負った火傷の痕を調べたところ、あの建物と同じ破片が身体から採取されたよ」
木津の言葉に神谷崎が何も言えないでいる。
「神谷崎副署長……。これだけの証拠がある。それでも、自分は知らないというのかね?」
誠が静かな口調で神谷崎を問い詰める。
「む……息子を守るためだ!!」
「違うだろ!!!」
神谷崎の言葉に玲が大声で叫ぶ。
「父さんが守りたかったのは、僕じゃなくて自分の名誉と立場だろ!!」
「う……うるさい!!お前は黙って私の言う通りにしていればいいんだ!!家から一歩も出るなと言っただろう!!息子のくせに私の顔に泥を塗りおって……!お前があんなメールを送らなければこのことは闇に葬れたんだぞ!!」
玲の言葉に神谷崎が苛立つように言葉を吐き捨てる。
「いい加減にしろ!神谷崎!!」
誠が怒気の孕んだ口調で叫ぶ。
「お前が事件を握り潰したせいでどれだけの人が苦しんだと思っているんだ!!その上、息子である玲君を監禁し、その事件が捜査されなかったために友理奈さんは身体と心に大きな傷を負い、その両親もずっと苦しみ続けたんだぞ!!その上、颯希たちがその事件を調べ始めて、公にされるのを恐れたお前は颯希と静也くんを葬ろうとした!!部下を使ってな!!」
「!!」
誠の言葉に神谷崎が驚く。
「……全て、調べは付いている……」
「……署長、連れてきました」
呉野が腕を拘束された四人の男を連れて部屋に入ってくる。
「……彼らから話は聞いている……」
誠がそう言葉を綴る。
「き……貴様ら……」
神谷崎が苛立ちを浮かべながら苦々しく言葉を吐く。
「……この者たちに颯希たちの誘拐と殺人を命令したそうだな。彼らは警察官という立場を利用して容疑者から賄賂を受け取っていたことも調べが付いている。元々、木津君と呉野君に私が頼んで極秘に調べさせていたのだよ。そして、ある関係からこの者たちが颯希たちの行動を監視していたことを知った。神谷崎、お前はこの者たちにそのことを見逃す代わりに今回の誘拐と殺人を行わせた。お前はこの事件に実際に関わっていたわけではないが……お前のしたことは立派な犯罪だ!!」
「っ……!!クソっ!!」
誠の言葉に神谷崎が観念したのか、神谷崎と男たちが木津と呉野に連れられて去っていく。
「……友理奈さん」
玲が友理奈に向き合い、声を掛ける。
「本当に君には申し訳ないことをした……。謝って許されることじゃないのも分かっている……。君には治療できるように治療費を何年かかってでもきちんと支払うよ……。本当に……ごめん……」
玲が深々とお辞儀をしながら友理奈にそう言葉を綴る。
「後……、杉下さん……」
玲の言葉に楓が首を傾げる。
「僕も……君の事は憧れだったよ……。いつだったか、高校の帰りに君を見かけた……。その時君は年配の女性を背負って階段を上っていたよ……。そして、その女性に気を付けて帰るように言ってた……。その場面を見た時、「なんて優しい人なんだろう」って思ったよ……。僕はきっとその時に、君を好きになったんだと思う……」
「玲くん……」
玲の突然の告白に楓が驚きの表情をする。
「僕にとって君は優しい陽だまりだったよ……。楓さん……」
玲が初めて楓を名前で呼び、そう言葉を綴る。
「ありがとう……。玲くん……」
楓がその言葉に涙を流しながら笑顔でそう言葉を綴る。
こうして、事件が幕を閉じた……。
後日、あの時に颯希と静也が殺されかけた時、木津と呉野がなぜ颯希たちのことが分かったかを誠から聞いて颯希は驚きを隠せなかった。
「発信機?!」
「あぁ、実はあのバッジには万が一に備えて発信機を付けておいてあったんだよ。だから、直ぐに颯希たちが拉致された可能性があるということが分かり、木津君に伝えたんだ」
誠の言葉に颯希があんぐりと口を開く。
そんなものが取り付けられているという事を聞いていなかったので、颯希は驚いた顔のまま、少しの間フリーズ状態になっていた。
しかし、そのお陰で助かったというのもあるので、このバッジをプレゼントしてくれた誠には感謝しかない。
「……このバッジが危機を救ってくれたのですね……」
颯希がバッジを眺めながらしみじみと呟く。
「でも、あまり危険なことはするんじゃないぞ?」
「はい!」
誠の言葉に颯希が素直に返事をした。