表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅の惑星、白妙の衛星  作者: しーしい
4/10

第四話 臨時休業

レア・ルコントはアンドロイドを軍に引き渡そうと交渉する。

その前に、警察が保管している残りの部品を回収しにいくことになった。

だが終戦の混乱は、密かに二人を脅かしはじめた。

「火星にいく暇はないから、警察に引き渡すけどいい?」

 私は冷蔵庫のお茶をコップ二つに注ぐと、彼女に差しだした。

 そして、相手が胸だけのアンドロイドであることを思いだした。

「火星の反乱勢力に対抗するには、エウロパの警察は人員が少なすぎます」

 私の妥協案に、アンドロイドは不満を示す。

「しかたがない。漁業の惑星で、警察が対応する事件も少ない」

 昨日会ったコーチン巡査の顔を思いだす。エウロパの警察は、軌道エレベーター地上塔内部にあるエウロパ市のみに設置されている。彼は刑事部所属だが、部全体で常勤の職員は三十四名しかいない。

「私は火星同胞団(・・・・・)の追跡者によって、エウロパの氷下に投げ込まれたのですよ」

 よほど腹に据えかねていたのか、アンドロイドは語気を強める。

「火星同胞団って何?」

 名前は覚えているが、どんな組織かは知らない。

「主を殺した火星独立派民兵組織です。エウロパまで私を追跡してきました」

「なんで火星同胞団は、漁労井戸(ウェル)なんかに沈めたの」

 漁労井戸(ウェル)を扱うには、必ず漁業用の氷上車が必要だ。彼女の証言通りなら、漁師の中に火星同胞団の協力者がいたことになる。

 さらに言えば、火星同胞団はアンドロイドを破壊するだけで済んだはずだ。引き上げられる可能性が低いとは言え、エウロパの氷の下に投入すれば多数の証言者が発生する。

「私の動力を破壊して対消滅爆発を起こしたくなかったのでしょう。外惑星方面軍の本拠地ですから木星は……」

 外惑星方面軍は巨艦をそろえた太陽系統合軍の主力艦隊で、高感度のγ線観測施設を持つ。対消滅を起こしたら、停泊中の艦隊が上を下への大騒ぎになる。

「いつぐらいなの? 海に沈められたのは」

「六年前になります。戦争終結に間に合うように引き揚げていただいて感謝します」

「望んでそうしたわけじゃない。六年なら、私が漁を始めるちょっと前かな」

 私は病身の両親を養うために、十四歳で漁を始めた。漁師なら大抵入隊する、外惑星方面軍にも就官しなかった。

「お声が若いようです」

 アンドロイドの胸部は、勝手に人の年齢を推し量ろうとする。

「まだ十代だよ」

 苦々しく答えた。いかにも私の青春はほぼ失われた。

「失礼しました」

漁労井戸(ウェル)は放置すると、凍結して廃井戸(デッドウェル)になる。親が死のうが漁を休むわけにはいかない。(うち)漁労井戸(ウェル)は私が守らなきゃ」

 私は重作業の結果、肥大した筋肉を揉む。

「エウロパもまた大変です」

 外惑星圏は過酷だ。それでも火星よりはましなのかも知れない。

 紅というアンドロイドは火星で主を殺され、エウロパまで逃げてきた。そして追跡する過激派によって漁労井戸(ウェル)に投げ込まれたのだ。

 私はアンドロイドとのお喋りを切り上げて、朝食の用意をする。

 カリスト小麦のパンと、魚肉ソーセージ・ほうれん草炒めをざっくりと調理する。合わせるのは代用牛乳と、チーズだ。

 昨晩のアルコールが頭を苦しめる中、私はパンを喉に詰め込む。

 美味しくないわけではないけれども、ひたすら義務的に食べる。食事を抜いて体温が下がれば、低体温症で簡単に死ぬ。

「警察じゃなくて外惑星方面軍ならいい? 軍につてがないけど」

 私は対面のアンドロイドに聞いた。

「軍が望ましいです」

 アンドロイドは落ちついて答えた。高級アンドロイド故だろうか、彼女の会話は妙に人間らしい。

「あと四肢の部位は警察に引き渡した」

「目も見えませんし、歩くためには四肢頭部が欲しいところです」

 再び漁労井戸(ウェル)に投げ込まれるのは、アンドロイドにしても避けたいだろう。

「これからエウロパ市にいく。警察に寄ってから、軍の駐屯地にいけばいい」

 昨日の出来事で疲れている。今日一日ぐらい漁を休んでも、問題ないはずだ。

 私はパン焼き器のセットがまだなのを思いだして、焼成容器に小麦粉と水を流し込んだ。まともなパン屋はエウロパ市にしかない。頻繁にパンを買ってくるわけにはいかないから、米食の家を除けばこの機械は漁師の間で普及している。

 パン焼き器の焼き上がり時間を設定しながら、携帯端末(スレート)で警察に電話をした。

「ポール・デ・ラ・メヌエ漁協のレア・ルコントです。漁労井戸(ウェル)から見つかったアンドロイドの件について、コーチン巡査と話をしたいのですが」

「お待ちください、別の電話に対応中です」

 刑事部に転送されたあと、同僚が引き継ぎ、そのまま待たされた。

「レア、どうしました? こちらからも伝えることが……」

 三分ほど待たされて、巡査が出た。

「コーチンさん……あ」

 エウロパの通信網は軍用通信に間借りしている。ちょっとしたタイムラグがあるのだが、タイミングを間違えて巡査が話し終わる前に口を挟んでしまった。

「アンドロイドの胸部ユニットを発見しました。合わせて軍に引き渡したいから、これからエウロパ市の警察署に寄ります」

 電話向こうのコーチン巡査が色めき立つ。巡査が対応していた別の電話は、軍からの電話だったのだろう。

「良かったです。実は先程、エウロパ市の駐屯地から、レアさんと交渉したいと、申し出がありました」

「何ですか?」

「警察署で詳しく話します」

「はい」

 私は携帯端末(スレート)を左手に持ち直すと、通話終了ボタンを押そうとする。

「杞憂かも知れませんが気をつけて来てください。火星の戦争が終わったことはご存じですよね。エウロパ市は結構火星からの難民が多いのです」

「何が起きるのです」

「暴動を警戒してます」

 巡査の不穏な言葉とともに、電話は切れた。

 私は朝食の残りを口に押し込むと、食器を食洗機に押し込んだ。

「いくよ。アンドロイド」

 胸部ユニットを両手で抱え、エアロック前室に入るとそれを置いた。

 その後、壁にかけてある宇宙服に足を通す。

「身長百五十五センチぐらいでしょうか?」

 宇宙服を着おえると、アンドロイドは私の身長を正確に計測した。

「なんで分かるの」

「気密ファスナーのコマ数で分かります」

 耳もないのに、このアンドロイドは音に敏感だ。

「随分高性能だ。非与圧状態でのコミュニケーションはどうする?」

「胸部に無線トランシーバーが内蔵されています」

 どれだけ、オプション山盛りの高級アンドロイドなのだろう。周波数とコーデックを合わせると、エアロック外側の扉を開いた。

「ガレージは、エウロパの大気と同じ」

「かまいませんよ。アンドロイドですから」

 ヘッドセットから聞こえるアンドロイドの声は、高音が割れず艶やかだった。

 頭部を接続すれば、人工声帯で喋るはずだ。こんなに綺麗な声色なら、本来の声を聞いてみたい。

 紅の胸部ユニットをトートバッグに入れ、エアロックを出ると、六個ある鍵のうち一個だけを施錠した。駐めてある氷上車まで重いトートバクを運び、狭い扉から乗り込む。

「そういえば、名乗ってない。私はレア・ルコント。貴女を紅と呼ぶけど、いい?」

「はい、紅と呼んでください」

 彼女の声に、明るさが混じる。

「どういう意味?」

「鮮明な赤の日本語表現です。火星の色に、ちなんでつけたと聞いています」

「ならば、この星は白い星かな」

 残念ながら、ありきたりな表現しか出てこなかった。

白妙(しろたえ)の星なんてどうでしょう」

「格好いい」

 氷上車のコンソールの表示を、外部カメラに切り替えると、ガレージドアを開く。

 外はまさしく白妙(しろたえ)の世界だ。

「ふふ」

「出発しよう」

 目的地をエウロパ市に指定すると、自動運転をオンにした。

「お願いします」

「エウロパの海は大変だった?」

 与圧が〇.八気圧に達すると、ヘルメットのバイサーを開け、紅の受難について問うた。

「真っ暗で心地よくはありませんでした。私にはわずかに浮力があり、対消滅炉の廃熱もあるため途中から氷に閉じ込められていました。昨日氷の亀裂によって解放され、海流のまにまに漂い、網にかかりました」

「偶然だ」


 そうして、私は巻き込まれた。

SF作品は、連続して毎日投稿は出来ませんが、執筆は毎日してますよ。

考証がひどく面倒なのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ