訪ねてきた男
「あった、ここだぁ!」
チョコレート・ハウスの前で一人の青年がぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「やった、やっと見つけたゾ! わあーいわあーい」
嬉しそうにステップを踏みながら、青年が店の中に入って来た。
時刻は朝の10時、開店直後だった。
カフェの方で準備をしていた美里は客に気がつき、
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
と声を掛けた。その声の方を見た青年は美里と目が合い、
「わーーーーごめんなさい! 殺さないでぇ」
と叫んだ。
「あらぁ、お姉様ったら、朝からお盛んねえ」
と言いながら入って来たのはエイミで、その後ろからジョニーと車椅子の美貴がいた。
「エイミ、変なの連れてこないでよ!」
「あらぁ、エイミの知り合いじゃありませんわ」
エイミはそう言うと、奥のテーブル席へつかつかと入って行って座って、
「お姉様、モーニング、始めたんですって? それをいただきに来たのよ」
と言った。
「え、じゃあ、この人なんなの?」
「さあ」
エイミは早速メニューを広げて、モーニングの種類を吟味している。
美里はとにかくうずくまったままの青年に声をかえた。
「あの、お客様?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
青年は頭を抱えて震えている。
季節はもうじきクリスマスだというのに薄手のジャージの上下にサンダル、金髪に耳にはいくつものピアスがついて、ぱっと見は夜の街のチンピラに見える。
「お客様、とりあえずお席にどうぞ? 何か召し上がる?」
と美里は優しく声をかけた。
青年はちらっと美里を見て、
「殺さない?」
と小声で言った。
「ええ、殺さないわ。ここはチョコレート・ハウスというケーキ屋さんだもの。甘くて美味しい物しか置いてないわ」
「チョコレート・ハウス! そうだ、僕、アキラ君に会いにきたんだぁ」
と青年が言った。
「宙」
とアキラが言った。
「アキラ君!」
奥から出てきたアキラを見て、宙と呼ばれた青年は椅子から立ち上がり、アキラに飛びついた。
「何、やってんだ、こんなとこで」
「えー、アキラ君に会いに来たんだよ! 探したよぉ。ね、あの人誰? めっちゃ怖いんだけど」
宙はカウンターの奥でコーヒーを入れている美里をちらった見た。
美里が視線を感じて宙を見ると宙は慌ててアキラの身体に隠れた。
「あれが美里で姉ちゃん、あっちの金髪がエイミで妹だ」
とアキラが言うと、宙は美里を見てエイミを見た。
美里はちらっと宙を見返しただけだが、エイミは笑顔で「はーい」と言った。
「えー、二人とも綺麗だけど怖い」
「まあ、そうだな。怖えぇから逆らうな。美里に切り刻まれて、エイミのオブジェにされるからな」
とアキラが言って笑った。
「お店で物騒な事言わないでよ」
美里がトレーにモーニングセットを乗せて運んできた。
「どうぞ、ごゆっくり」
宙は出されたモーニングのプレートをくんくんと匂って、
「食べてもいいの?」
とアキラに言った。
「いいぞ」
「美味しそう」
宙はパンを両手に掴んでがつがつと食べた。
コーヒーを飲んで、
「熱っ、苦っ!」
と言ってベロを出した。
「どこかで見た事あるんだけど」
とエイミがカフェオレにシュガーを入れながら首を捻った。
「あの、宙って子?」
美里がジョニーと美貴にもプレートを差し出しながら聞いた。
「ありがとうございます」
「いただきます」
とジョニーと美貴が行儀良く言った。
「エイミ、パパは? 連れてこなかったの?」
と美里が聞くと、エイミは満面の笑みを浮かべ、
「それなのよ! お姉様! パパねぇ売れちゃったの。100万ドルで」
「ひゃ? 百万ドル?!」
「そうなの。アラブのセレブなマダムが買ってくださって、あの方はいつもエイミの創作物が素敵だって買って下さるのぉ」
「え、そんな高額な物を?」
「世界に二体しかないおしゃべり機能付き着せ替え人形のうちの一体なのよ? 高額なのは仕方がないわ。メンテも必要だし、維持費もかかるけど、マダムは上機嫌で帰ってらっしゃったわ。パパの男性器の機能はそのままだし、きっと可愛がられるわね」
「はー」
と美里はため息をついた。
「あなた実の父親をセレブなマダムに売ったの?」
「100万ドルですもの。エイミはお姉様とアキラさえいたらそれでいいの」
とエイミはすましていたが、すぐに、
「あ、思い出した、あの宙って子、黒龍会の殺し屋だわ」
と言った。