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第9話 未確認浮遊存在

「リーーくーーーん!!

 ホントにいいのーーー? すっごい気持ちいいーよーーー!?」


「………………」


「うーん、ホントに気持ちいいのになぁ。日中歩き通しで汗かいてベタベタしてるし、さっぱりするのになぁ。

 ……は!? もしかして泳げないからとか!?

 なーんだ、それなら私が教えてあげるよーーーーー?」


「いいから黙って遊んでろ!!」


 イライラが頂点に達したリーリエルが一喝する。

 ミーナは「はーい」と返事をして、気にした風もなくアイリーン湖の中をゆらゆらと泳ぎだした。

 無論、水着などは用意していないので、全裸である。

 

(あいつの相手は本当に疲れるな。

 まったく、いくら奴が阿呆でも最低限の慎みくらいあってしかるべきではないのか?)


 アイリーン湖近辺での野営をすることになり、ミーナはアイリーン湖で泳ぐことを提案し、何の気なしに脱ぎだして湖へとダイブしたのだ。

 ミーナはゆらゆらと泳いでいるように見えるが、スピードはそれなりにあり、あっという間にその姿は小さくなっていった。

 リーリエルは遠くに見えるミーナを一瞥して、湖畔の草むらに仰向けに倒れる。

 目を閉じると、そよ風が木々の葉を揺らす音だけが聞こえた。


(……いきなり静かになったな。

 本当にあいつは嵐のような女だ。疲れる。

 この世界を知るためとはいえ、アレと行動を共にするのは考え直した方がいいな)


 深い呼吸を何度か繰り返して、リーリエルはぼんやりと目を開ける。

 日の光に照らされるが、徐々に夕暮れに染まりつつあった。

 リーリエルは寝返りをして身体を横にすると、それが目の前にいた。


「やぁ。こんなところにお客さんなんて珍しい。恋しくなった?」


「……んな!?」


 リーリエルは息を吐き、素早く身体を起こすと同時にその場から跳んだ。

 リーリエルの慌てように、それは薄い笑みを浮かべている。

 それは、リーリエルと同じくらいの背丈の、少年とも少女ともとれる中性的な姿をしていた。

 白の羽衣を纏い、水色の長髪がゆらゆらとなびいている。


「そんなに驚かなくてもいいのに」


「貴様、何者だ!?」


「あはははははは。何者って! 何者って!!

 それってもしかして、リーンに聞いているのかい? 君が? リーンに何者って!!」


「何がおかしい、俺は貴様のような不審な者に心当たりなどない!」


「不審者って、あはは。君、本当に面白いこと言うなぁ。

 だったらリーンも、君こそ何者なんだいって聞いた方がいいのかな?」


 藍色の瞳を爛々と輝かせ、それ――リーンの水色の髪が一層大きく揺らめく。

 異様な光景に、リーリエルは警戒心を強くする。


(一体こいつ、いつからいた?

 この俺が、あれほど接近されているにも関わらず、まるで気配を感じられなかっただと?

 馬鹿な、一体どれだけの手練れだというのだ!)


 リーリエルは無意識に腰を落とし、いつでもリーンに飛び掛かれるよう構えた。

 リーリエルの殺気を受けたリーンは、しかし薄い笑みを張り付かせたままで動きはない。


「…………」


「…………」


 両者は相対したまま動かず、そのまま数十秒が経過した。


(……これだけ殺気を叩きつけても、こいつからは敵意も戦意も感じられん。

 やりづらいな、薄気味の悪い奴だ)


 リーリエルは警戒を解かずに、尋問するように声を上げた。


「貴様、何が目的だ。どうして俺の前に現れた?」


「どうしてって、何か理由がないとダメなの?」


「ならもう一度問う。貴様は何者だ?」


「リーンはリーンなんだけどなぁ。

 君がやって来たから、歓迎しようと思っただけなんだけど」


「歓迎だと?

 では、俺に敵対する意思はないのか?」


「ないよぉ。君が世界の敵にでもならない限りはね。

 それよりも」


 リーンがリーリエルを指差す。


「君、まだかなり不安定だね。

 奇跡を起こしたのだから代償としては軽すぎるくらいだけど」


「奇跡? 代償? なんのことだ」


「生きていること自体が奇跡。

 世界を渡るって、そんな奇跡が本当に容易にできると思った?

 無理矢理に、今存在可能な身体に再構成されて生き残ったに過ぎない」


「…………貴様」


 リーリエルが警戒を厳にする。


「何者だ! 何を知っている!? すべて話せ!!」


「話してあげたいのは山々だけど、リーンにはそんなに自由もなくてねぇ。

 とりあえずは忠告だけ」


 リーンがにっこり笑う。


「君、魔法を使うたびに女になっているでしょ?

 そのままだと、遠からず魔法は使えなくなるよ」


「っ!?」


「今の状態は世界の選択にはないものだ。

 歪みはいずれ必ず正される、他者の認識によってね」


「……他者の、認識だと?」


「そう。正しき他者の認識により、世界は君を正すだろう。

 君の身体は、本来二度と魔法を使えない状態まで損傷しているんだ。

 恐るべき意志力で、自分の性別を捻じ曲げてまで使えるようにしているみたいだけど、偽りの事象がいつまでも続くとは思わないことだね」


「…………」 


「なるほど、なるほど。

 つまり、他者から見たリーくんがどう認識されているかが重要だってことだね?」


 ばっと、リーリエルが大きく振り返る。

 いつの間にか、そこにはミーナがいた。

 濡れた髪から雫が落ちる。


「うん? 君は……」


「リーくんのパートナー! ミーナちゃんでっす!!」


 びしぃっとピースサインをするミーナに、


「誰がパートナーだ」


「これは…………また、面白い組み合わせだね」


 リーリエルは半眼になり、リーンはわずかに口角を上げた。

 リーンの身体は徐々に身体が透けていき、そのうちに完全に姿が見えなくなってしまった。


「……え?」


「な!? 奴め、どこへ消えた?!」


 ミーナが呆気にとられ、リーリエルが周囲に目をやるが、気配はない。

 リーンが立っていた場所には何の変化もなく、その他の場所についても同様だった。


(姿を消す魔法だと!? 馬鹿な!?

 そんなもの聞いたことがない。いやそれどころか、奴には魔法を使う気配すらなかった。

 今のが魔法ですらないとでも言うのか!? 馬鹿な、そんなことが……)


 自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。

 緊張状態にあったリーリエルに、声が聞こえてきた。


『そうだ忘れてた。君、探し物があるなら早くした方がいいよ。

 時間が経てば、形が変わってしまうかもしれないから』


「っ!?」


 前からか、後ろからか、右か左か。リーリエルにはどこから声がしたのか判別がつかない。

 それはまるで頭の中に直接響いているようだった。


『それと、やっぱり君、不安定すぎるからね』


 直後、リーリエルは身体全体に冷気を感じた。

 まるで急激に周囲の温度が下がったようだった。

 しかしそれも僅かな間のことで、冷気はすぐに感じられなくなった。


「貴様!? 何をした!?」


「…………」

 

 リーリエルは周囲を見回すが、何の気配も感じられない。

 以降、声が聞こえることもなかった。

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