第8話 VSコボルト(フルボッコ
ギュェエエエエ!!
森の中で、コボルトの断末魔が響き渡った。
吹き飛ばされ樹に叩きつけられた仲間を見て、コボルト達は言葉を失う。
胸中に浮かぶのは、『こんな小娘にどうしてそんな力が!?』という驚きであった。
コボルトは小柄でモコモコした獣のような魔物だが、二足歩行で粗雑な武器を装備している。
少数であれば脅威はないが、群れをなしていれば決して油断ならない存在である。
自分たちの縄張りを通過していこうとする少女二人を発見して、二十体ほどのコボルト達は絶好の獲物が来たと喜んでいたところであった。
が、仲間の一人が吹き飛ばされた事実を前に空気が一変した。
不用意に近づいてきたコボルトに対し、リーリエルは付与魔法で強化した正拳突きをお見舞いして、ふんっと鼻を鳴らした。
「手ごたえのない奴め。これでは打撃術を使うまでもなかったか。
面倒だ。まとめてかかってこい」
無造作に前に出るが、ふと思いついて、リーリエルは魔力を練り上げる。
未だ呆気にとられるコボルト達だったが、互いに相談するよう顔を見合わせてから、一斉にリーリエルに襲いかかった。
キュウゥゥ!! キュゥゥゥゥゥウウウ!?
迫るコボルトを、リーリエルは順に殴り飛ばしていく。
不利を悟ったのか、コボルトの何体かが後ずさるとリーリエルは右手を向けた。
「灼熱柱!」
リーリエルが魔法を放ち、動きの止まったコボルトを火柱が包み込んだ。
炎に焼かれたコボルトは、甲高い断末魔を上げて倒れ、やがて魔石へと変化した。
「攻撃魔法も悪くはないな」
リーリエルが呟くと、残るコボルト達は我先にと踵を返して逃げていった。
しかし、いくらも走らないうちに数名のコボルトの首が飛んだ。
死体となったコボルトは、魔石へと変化していく。
「残念だけど、ここから先は通行止めだよ!」
コボルト達の前に立ちはだかったミーナが、素早く剣を振りぬいてドヤ顔をする。
それは魅力的な表情だったが、コボルトにとっては死神の笑みだった。
◇ ◇ ◇
リーリエルとミーナは、アイリーン湖へ向かう途中の森で、コボルト達に遭遇し圧勝した。
ミーナは、ほくほく顔でコボルトの魔石を拾っている。
「11、12……おー、やったねリーくん!
これはちょっとした稼ぎになるよ!」
「そうか」
リーリエルはミーナの言葉を聞き流す。
コボルトの魔石を一つ拾い、じっと見つめた。
すると、魔石は吸い込まれるように手の中へと入っていった。
(……魔石が吸い込まれる以外には、何も変化はないか。
トロルの魔石を吸収したときに感じた、わずかに魔力が増えたような感覚もないな)
リーリエルは再度、コボルトの魔石を手にしてみたが結果は同じであった。
(やはり何も起きんか)
リーリエルが眉をひそめてると、後ろからガバっと抱きすくめられた。
「ぼーっとしちゃって、どうしたの?
せっかくいっぱい魔石を手に入れられたのに」
「離れろ、鬱陶しい」
「リーくんってば、女の子になってもつれないよー」
「女の子言うなぁぁぁ! 俺だって好きでなってるわけじゃない!!
魔法を使うと勝手に女になってしまうのだから仕方がないだろう!?」
「わ、わ、わ!?」
リーリエルが苦悩するように頭を抱え身体を激しく振ると、ミーナは慌ててリーリエルの身体から離れた。
リーリエルは、コボルトとの戦いで魔法を使用して、未だ女の身になったままであった。
(……極力魔法に頼らぬようにしたいところだが、この貧弱な身体で魔法抜きでの戦いは分が悪すぎる)
リーリエルは頭を振って気持ちを切り替える。
今考えても仕方のないことは、一時頭の中から放り出すことにした。
気を取り直して、ミーナの質問に答える。
「なぜかはわからんが、俺はトロルの魔石を吸収しただろう?
それと同じことが起きるか試していたのだ」
「え、それでどうなったの? やっぱり手の中に入ってっちゃったの?」
「そうだ。魔石を吸収した以外に特段の変化はない」
「ひょっとして、吸収しちゃった魔石を取り出せたりとかしない?
この魔石袋みたいな感じで」
ミーナが茶色の小袋を掲げてぷらぷらと動かした。
小袋は魔石袋と呼ばれ、多数の魔石を大きさや質量を無視するように、ほぼ無制限に収納できる魔道具であった。
さらに魔石袋から魔石を取り出せるのは所有者本人のみ。
魔石袋が本人の魔力を感知して取り出せるようになっているのだ。
モンスターを狩って魔石を得ようとする冒険者にとっては、非常に有用なアイテムである。
「……無理だな。吸収した魔石については何も感じられんのだ」
「そっかー。不思議だねぇ」
首を傾げるミーナを見て、リーリエルは思考する。
(この様子だと、ミーナが嘘を吐いていたり俺に隠しごとをしているわけではなさそうだな。
魔石を吸収することに関して、こいつにも本当に心当たりがないのだ。
……まったく、この世界は奇妙なことが多すぎるな)
思考するリーリエルにミーナが笑いかける。
人懐っこそうな笑みを浮かべるミーナは、リーリエルにとっては強烈な違和感があった。
リーリエルは以前の世界の勇者の険しい表情を思い出し、目の前にいる少女にはいつまでたっても慣れそうにないと思った。
◇ ◇ ◇
巨大な湖を前にして、ミーナが両手を広げた。
「どう? ここがアイリーン湖だよ!
綺麗でしょ!! 大きいでしょ!! 心が洗われるようだよねぇ!!」
「あぁ。それで、ここの水を汲んで来いということだったよな?」
テンションを上げ上げにしたミーナを前にして、リーリエルは気にした風もなかった。
「そ、そうなんだけど…………ねぇ、リーくん!
こんな透き通るようなおっきな湖を前にして、女の子と二人っきりなんだよ!
もっとこう、何かない? ロマンチックな胸キュンなのとか、キャッキャウフフな感じとか!?」
「お前が何を言わんとしているのかわからんが、ないな。
それより、あの禿頭の男から渡された瓶をさっさと出せ。
その瓶でこの湖の水を持ち帰るのが、依頼の内容なのだろう?」
「うぅ、リーくんが激しくツレなぁい…………絶景でアゲアゲにして釣ろう作戦も失敗かぁ……」
ブツブツ言いながらも、ミーナは拳大程度の瓶を革バッグから取り出した。
アイリーン湖の水を汲み入れ、バッグへと戻す。
「それで終わりか? あっさりしたものだな」
「今回のは、いわゆるお使いクエストだしね。
行って帰ってくることがお仕事みたいなものだから」
「しかし、それだけの量しか持ち帰らなくていいのか?
何度か出ている依頼であれば、もっと大量に持ち帰ればいいのではないか?」
「アイリーン湖の水は、ちょっと特殊だから。
水の精霊の加護があるみたいなんだけど、湖から離れるとすぐにその加護がなくなっちゃうみたい。
この瓶に入れておけば、ある程度保つみたいだけど、やっぱり徐々に加護がなくなっちゃうらしくてね。
だから、必要な時に必要な分だけあればいいし、それ以上あってもしょうがないんだってさ」
「なるほどな。では、街に戻るとするか」
「ちょ、待って待って!!」
歩き出そうとするリーリエルの腕に、ミーナが抱きつくようにして止めた。
「なんだ? 鬱陶しい。離せ」
「ねぇリーくん? 私もうら若き乙女なんだから、そう何度も何度も鬱陶しいって言われると傷ついちゃうんだよ?」
ミーナが目をうるうるさせる。
「そうか。なら気持ちが悪いから離せ」
「余計ひどくなってる!?
っていうか、今度は本当に傷つくよ!! ウソ泣きじゃなくなっちゃうよ!?」
「騒がしい奴だな。
一体なんだ?」
ミーナはリーリエルから離れて、びっと人差し指を立てた。
「今日はもうすぐ日が暮れるし、ここで野営していこっ」