第67話 激戦の後に
ケルベロスを倒したリーリエル達は、街への帰途についていた。
「それにしても、本当にケルベロスを倒してしまうなんて。
いやー、素晴らしい。驚きです」
妖精のように浮遊しているセルビオが拍手をする。
ミーナが汗を一すじ垂らして苦笑する。
「私としては、セルビオさんが生きていたことも驚きなんですけど」
「これでも僕はハーフエルフですからね。
多少の魔導は心得ています。
本体は別所に安置して、分身体を生み出し意識を乗せるなんてこともできるんですよ」
「その分身体とやらが操られていたなら世話ないな」
「ははは、おっしゃるとおり。
今後は他人に身体の支配権を奪われないよう、魂の繋がりをより強固にしなくてはなりませんね……っと」
セルビオが、ふと気づいたようにリーリエル達に振り返った。
「そろそろ活動限界のようです。
みなさん、今日はお疲れさまでした。
この度は僕の不手際でご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした」
セルビオは深々と頭を下げて、
「そして、とても貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。
今回の謝罪とお礼は、いずれまた改めて。
と言っても、分身体とは言え跡形もなく完全に消されてしまいましたからね。
次に目覚めるのがいつのことになるやら。
まったく困ったものです。はははは」
しゅたっと右手を上げたセルビオの姿が段々と薄れていき、ついには完全に消えた。
リーリエルが嘆息する。
「成仏したか」
「死んでないでしょ……死んでないよね?」
「わかっている。ああいう手合いはひどくしぶといものだろう。
殺しても簡単に死ぬようなものではない……っと」
リーリエルがバランスを崩しかけるが、すぐに持ち直す。
振り返ると、ガヴリーが半ば寝ながら歩いていた。
消耗し切ったガヴリーの手を、リーリエルが引いているのだ。
「山の全力往復は、ガヴちゃんには体力的にきつかったかな?」
「俺やお前と違って、こいつは後衛タイプの魔法使いだからな。
最低限の体力はあっても、そうそう無理はきかんだろう」
「……頑張ってくれたんだね」
「こいつにしては上出来だろうな」
歩くマシーンとなったガヴリーの手を、リーリエルは一定の力で引っ張り続けていた。
「そういえば、リーくん。手痛くないの?
ケルベロスの紅蓮だっけ? 思いっきり直撃してたと思うけど。
どころか、あの時全身焼かれてなかった?」
ミーナの言う通り、リーリエルには紅蓮が直撃していた。
その影響でリーリエルの来ていたゴスロリ服……ノッシュローズは半壊し、自己修復機能までもが損壊していた。
「お前の魔法がケルベロスを貫いていた時、ポーションを使っておいた。
応急処置にはなったな」
リーリエルは紅蓮に耐えた直後、最初にミーナに投げ渡したポーションの残りを使用していたのだ。
「あんなバチバチの戦闘中にちゃっかりしてたね……そのおかげで倒せたんだけどさ」
「ケルベロスを倒せたのは、それこそ上出来だったな。
しかし…………代償は高くついた」
「リーくん?」
リーリエルの顔が暗い。ひたすらに暗い
唐突にどんよりした空気を纏ったリーリエルに、ミーナが不安になると、
「ゲルトの店で借りた杖が壊れた。
……一体、何を要求されることになるのか、想像するだけで陰惨な気分になるわ」
「な、なんだぁ。そんなことかぁ」
ほっと息を吐くミーナに、リーリエルが静かにキレた。
「おい、ミーナ。お前今なんといった? そんなことだと?
あの腐れた店主が何を言い出すか、わかった上での言葉か?
そうかそうかそうか、ならば奴から俺に出されるであろう条件は、すべてお前が肩代わりするということでいいな?
ふん、それは助かる」
ミーナは汗を一筋流す。
「四天王様なら、自分の責任は自分で取らないとねっ」
「ちっ」
舌打ちするリーリエルに、ミーナが「あっ」と漏らして、
「そういえばリーくん。
その服、私のなんだよねぇ~。
無断で使われてぇ、壊されちゃったね~。
困っちゃったね~」
「…………」
露骨に嫌そうな顔をするリーリエル。
ミーナは困ったと言う割に、満面の笑みを浮かべていた。
「なぁにしてもらっちゃおっかなー」
「……ちっ、早く言え」
まな板の上の鯉の心理でリーリエルが呻く。
ミーナは心底楽しそうに、リーリエルの正面に回り込んだ。
リーリエルが足を止めると、ガヴリーが、ぽすっとリーリエルの背に当たって止まった。
「じゃあ、はい」
と、ミーナが手を出した。
「…………ん?」
リーリエルが訝しむ。
ミーナは握手を求めるように右手を出していたのだ。
「……どういうつもりだ?」
「どうもこうも、見たままだよ。
戻ってきてくれてありがとう、これからもよろしくねって意味。
別に、その服のことはいいんだ。
そもそも私、自分で着るつもりなかったし。
今はリーくん専用服みたいに思ってたしね」
「思うな。
しかし見てくれは最悪だが、防具としては間違いなく一流であったろう」
「その見てくれのハードルが高すぎだし」
苦笑するミーナ。
リーリエルは、なおも疑念を露わにする。
「……だが、それがどうしてこうなる?」
「どうしてって言われてもねー。
あえて言うなら、私がそうしたいって思っただけだけど」
微笑むミーナの顔を見て、リーリエルは僅かに逡巡したが、右手を差し出した。
「どういうつもりなのかは知らんが、いいだろう。
お前にどんな思惑があろうとも、俺は俺の信念を貫く」
「リーくんって、妙に大袈裟なときあるよね」
「……お前の価値観はよくわからん」
二人が握手をして間もなく、変化が訪れた。
リーリエルが魔石を吸収したのだ。
ミーナが右手に持っていた魔石に、リーリエルが触れたためである。
「く」
すぐさま、リーリエルに変化が訪れた。
「…………くくくく」
得も言われぬ高揚感。
リーリエルは自然と声が漏れていた。
「これは……明らかに違う…………。
あの魔獣の魔石であれば、当然だろうが……」
いてもたってもいられない気分だった。
全身の血のめぐりが強制的に活性化したような感覚。
握手をしているミーナにも、リーリエルの熱が明確に伝わってきていた。
リーリエルが高らかに笑う。
「はーっはっはっはっは!!!
これだ、この感覚、力が溢れてくる、圧倒的な力だ!!」
「元気いっぱいだね」
「当然だ!!
俺は超える、過去の俺を!! そして最強へと至るのだ!!
ミーナ、お前も例外ではないぞ、必ず俺は貴様を超えてみせよう!!」
「うん、楽しみにしてる」
「……ちっ。せいぜい今の内に、その余裕に浸っておけ」
リーリエルは奥底に溢れている力を感じつつも、興奮を鎮めていく。
ミーナはリーリエルの手を放して歩き出すと、リーリエルもすぐに後に続いた。ガヴリーもリーリエルに引っ張られる形で歩き出す。
「いやーー。でもやっばいねーー。
リーくんのかわいさって、まだ上がる余地があったなんて……。
もう、なんか、尊いっていうか……」
「何をブツブツ言っている?」
「そう言えばリーくん、よく戻ってきたよね。
ガヴちゃんまで連れてさぁ」
「こいつは勝手についてきただけだ」
「しかもリーくんってば…………わかってたのにね。
私が翼人族だって」
「はぁ? 何を寝ぼけたことを言っている」
リーリエルは呆れて言った。
「お前が天使でなければ戻りなどするものか。
勝算のない戦いをするほど、俺は阿呆ではないぞ」
「…………」
「まぁ全く勝ち目がないわけではないが、可能性としてはかなり分が悪い。
実際、奴は紅蓮などという厄介な技を持っていたからな。
賭けとしても、ほぼほぼ成立していないようなものだろう」
「…………」
「…………」
無言でいるミーナに、リーリエルは訝しむ。
が、特に何も言わずに3人は無言で歩き続けた。
やがてミーナは、ポツリとつぶやいた。
「…………リーくんは、私が思ってる以上にリーくんなんだねぇ」
「はぁ? 意味が分からん」
ミーナは、あははと笑って。
3人は街への帰路についた。
◇ ◇ ◇
わかってる。
きっと届かないだろうって。
伝えたけど、きっと伝わってはいないって。
この想いを理解してもらえることは、ないんだって。
わかってくれるなんて全然想像できない。
だったら、これからも変わらずにいられればそれだけで。
それだけでも、私には十分。
…………。
…………。
嘘。
そんなの、嘘。
伝わらなくてもいいなんて嘘だ。
だってそんなの、なんだか寂しいよ。
少なくとも、私は今までと同じだとは思えない。
思えるわけがない。
戻ってきてくれたことが、どれだけ嬉しかったか。
変わらずにいてくれたことが、どれだけ救われたか。
私を信じて護ってくれたことが、どんなに心強かったか。
その言葉が、どんなに…………。
何度伝えても、きっと伝わらないと思う。
全然わかってくれないと思う。
それでも、いつか。
いつの日か、この想いが伝わればいいと。
この気持ちが、あなたにわかってもらえればいいと。
そんな日がくればいいなと思う。




