第65話 VSケルベロス8
依然としてリーリエルが紅蓮を相殺していると、ケルベロスは紅蓮を打ち切った。
リーリエルも満足気に笑みを浮かべて、蒼氷嵐を解除する。
「この俺が武器に頼るなど、と思わなくもないが…………悪くないな」
「武器、武器だと?
まさか汝、伝説級の古代武具を持っているというのか!?
そうか、それで我の紅蓮を……」
「馬鹿か? そんな便利な物を所持しているわけないだろう。
俺が持っているのは」
周囲には、煌めく星が舞っていた。
鬱陶し気にそれを見ながら、
「せいぜい、変人の武器屋がこしらえた妙な武具程度だ。
しかし、速攻魔法というのはなかなか気分のよいものだな。
俺とは相性が良さそうだ。
……この珍妙な星さえ出なければ、だが」
まるでリーリエルを祝福するように舞う星々に対し、不満気に眉をひそめた。
それを見て、今まで黙っていたガヴリーが声を上げた。
「ぷ、ぷはあははっはははははは!!!
何それ、何それーーーーーー!!!
ちょっとリー、何なのこのキラキラ星、リーの趣味!?
めっちゃ輝いてるんですけどーー!?」
「阿呆か!! 俺の趣味なはずがあるか!!!
勝手にこの杖から出てくるのだっ!!!」
リーリエルは振り返ってガヴリーを睨みつけ、右手を突き付けた。
右手には杖が握られている。
その杖は、ここへ来る前に武器屋に立ち寄って、店主のゲルトから借りたものである。
様々な宝玉が埋め込まれて、やたらとキラキラしている。
観賞用的な見た目とは裏腹に、術者の力を限界以上に引き出す大変優れた杖だった。
「ぷぷぷぷーー!!
ちょっと、何それ!! リー、似合いすぎ!!! 無茶苦茶かわいいじゃん!!!
その服といい、実はそういう路線狙ってるの? ボクを笑い殺す気なの?」
「ガヴリー、貴様!! ふざけた口も大概に…………服だと!?」
はっとして、リーリエルは自分の姿をかえりみた。
紅蓮と蒼氷嵐により生じた突風で、リーリエルの外套は吹き飛んでいた。
そのため、リーリエルはノッシュローズ(以前にミーナに着せられた、ゴスロリ風の服)が丸見えとなっていた。
「なんなのリー!? あの外套ってその服隠すためだったの!?
受けるーーーーー、あははははははははははっはははははははは!!!」
「……くっ!
この俺が、魔王四天王たるこのリーリエルが、こんな無様な痴態を晒すなど……」
爆笑するガヴリーと、死んだ魚の目をするリーリエル。
ある意味地獄のような惨状を前に、ミーナは急激に冷静になっていた。
そして、ようやく気付いた。
(……そういえば、お腹、ほとんど痛くない?)
隣には爆笑し続けるガヴリー。
ガヴリーは、涙流して笑いながら大癒術をミーナの横でかけていた。
今もミーナの傷は急速に癒やされている。
「ねぇ、ミーナもそう思うよね?
リーって実は、かわいいもの大好きなんじゃない?
こんだけ似合うんだもん。嫌がってるのも振りだけで、本当は楽しんでるんだよ!」
「ガヴリー!! 貴様、後で覚えていろよ!!!」
「その恰好で凄まれてもな~」
半笑いのガヴリーに、リーリエルがさらにキレる。
ミーナは小さく噴き出した。
「……そうだね。たぶん、世界一かわいいんじゃないかな」
肩の力が完全に抜けたミーナは、しかし気力は尋常ではないほどみなぎっていた。
不思議な感覚であったが、ひとつだけはっきりとわかっていることがある。
(今なら、失敗する気がしないね)
ミーナは安定させた魔力を練り上げていく。
急速に形になりつつあったが、未だわずかに時間が必要であった。
そして、ケルベロスにはすでに十分な時間であった。
「……我は汝も甘く見ていたということか。
なれば殺そう。汝も。女も。我の持てる限りの力で。
すべて殺す。
この『紅蓮』で、貴様らを、何もかもを焼き尽くしてくれる!!!」
ケルベロスの周囲に赤いもやが浮かぶ。それは先ほどよりも一層と濃く、はっきりと視認できた。
ケルベロスは中央の首の口も開け、轟音と共に紅き炎を解き放った。
左と中央の首から放たれた紅蓮は絡み合い、リーリエルを、その先にいるミーナとガヴリーを焼き尽くさんと迫る。
さきほどの倍以上はあるかという紅蓮に対して、
「蒼氷嵐!」
リーリエルの突き出した左手から水魔法が放たれる。
氷の粒子は、しかし紅蓮に絡み取られ一瞬で蒸発していく。
リーリエルは右手の杖を突き出して、
「蒼氷嵐!!
蒼氷嵐!!!」
続けて2度、魔法を放つ。
連続で放たれた蒼氷嵐は、リーリエルの放つ魔法としては破格の強さである。
しかし、無情にも瞬時に紅蓮に飲み込まれた。
ケルベロスの怒号と共に、紅蓮はリーリエルへと迫る。
「ちィっ!!」
リーリエルは舌打ちし、さらに蒼氷嵐を放つと杖を左手に持ち替えた。
紅蓮は再度の蒼氷嵐も霧散させ、リーリエルの目前にあった。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
ケルベロスの咆哮に、リーリエルが吼えた。
「打撃術!!!!!」
リーリエルは握りしめた拳で渾身の力を込めて突き、紅蓮を打つ。
紅蓮が震え、その振動はケルベロスまで到達する。
轟ッ、と耳をつんざく音がして、紅蓮がかき消える。
リーリエルの打撃術を付与した拳が、紅蓮を打ち消したのだ。
しかし、リーリエルは固い表情をしたままケルベロスを睨んでいた。
立て続けに速攻魔法を使用して、リーリエルの消耗は激しい。
そして虎の子の紅蓮を防がれたにも関わらず、ケルベロスの目には迷いがなかった。
即座にケルベロスから再度の紅蓮が放たれる。
リーリエルは歯を食いしばり、拳で紅蓮を打った。
だが、紅蓮は止まらない。
紅蓮はリーリエルの腕を絡めとり、そのまま全身を飲み込んだ。
「リー!?」
ガヴリーの悲鳴にリーリエルは答えず、ただ炎に耐え続ける。
強力な対魔効果が付与されているノッシュローズが焼けていく。
リーリエルは、飛びそうになる意識を歯を食いしばって繋ぎとめていた。
(長くは……持たんか)
はっと気を吐く。
僅かな時間目を閉じて、リーリエルは顔を上げた。
「くくくくくくくく!! どうしたケルベロスよ!!
俺を焼き尽くすのではなかったか!?
貴様の力はこの程度かああああああああああ!!!」
気合いと共に、リーリエルが自力で炎を消し飛ばした。
ケルベロスは内心の動揺を表に出さず、さらに続けて紅蓮を放つ。
リーリエルは迫り来る紅蓮を打とうとして、
「……………………待ったぞ」
後方に満ちた光を感じ、嗤った。




