第6話 冒険者ギルドへ
華奢な身体となり、さらには女になってしまったという事実に絶望したリーリエルは石と化した。
ミーナが横で何か言っていたが、その内容はまったく頭に入ってこなかった。
そして時間が経ち、打撃術の付与効果が切れたころ。
「……うん?」
身体全体に妙な違和感があり、改めて確かめてみると、リーリエルは身体が戻っていることに気づいた。
華奢な身体のままではあるが、男だった。
胸はなくなっている。下はついている。男である。
「うおおおおおおおお!!!」
「わ!? なになに!?」
リーリエルは悪夢から抜け出したことに歓喜し、思わず雄叫びをあげた。
ミーナが横でひっくり返ったが、まるで気にしなかった。
「見ろ! ミーナ!!
俺は戻った! 女などではないのだ!」
「え? …………あ、ホントだ。不思議だね?」
「不思議でもなんでもいい! これが正常なのだ!!」
「えー、女の子の方がしっくりくるのになぁ」
「ほざけ! だが特別に許そう。今、俺は非常に機嫌がいい!」
おかしな世界へと転移し、肉体が変化して弱体化し、さらには女になるなど絶望する以外にどうしろというのか。
(それが今、たった一つのことではあるがようやく回避したのだ。
どれだけの安堵と喜びか!
はははははは!! そうだ!! この俺が、誇り高き魔王四天王たるこのリーリエルが、そう簡単に絶望などしてやるものか!!!)
◇ ◇ ◇
やがて気持ちが落ち着いたリーリエルに、ミーナが提案してきた。
「冒険者ギルドだと?」
「そ。一緒に行かない?」
「冒険者のギルド……人間の組織か」
リーリエルは冒険者と戦った経験がある。
リーリエルと戦った勇者一行も冒険者に属していた。
だが、組織の実態について、リーリエルは伝聞程度でしか知らない。
率直に言って興味はあった。
「リーくんって、お金持ってる?」
「人間が欲しがる金貨などか? あるわけがなかろう」
「……うん、そんな気がしてたよ。
でもそれだと困るよ?
ご飯だって買えないし、宿にだって泊まれない」
ミーナがスープの入った木皿を持ち上げる。
リーリエルも同じものを持っていて、これがなかなか癖になる美味さだった。
(今までは食えればなんでもいいと思っていたが、その考えを翻したくなるほど、なんというかこのスープは身体に染み渡るものだ。
ミーナの話からすると、このスープは特別希少なものではないようだ。
他の食事もこのくらい美味いものであるのならば、どんなものか味わってみるのも悪くない)
ゆえに、リーリエルは素直に言った。
「奪えばいいだろう」
「ダメだって! 衛兵隊に捕まっちゃうよ」
「倒せばいいだろう」
「そんなことしたら軍隊出てきちゃうよ!?」
「倒せばいいだろう」
「無理だよ!? 何人いると思ってるの!?」
「どうしても無理なら逃げればいい。
確かにこの身は貧弱だが、やすやすと殺られるほど落ちぶれてはいない」
「だからそんなの無理…………じゃ、ないかもしれないか……。
リーくん、トロルを素手でぶっとばしちゃうんだもんね……」
ミーナはため息をついて、リーリエルと正面から視線を合わせた。
「でもね、そんなことばかりしてたら大変でしょ?
ご飯食べるたびにそんな大騒ぎになっちゃって。
ちゃんとお金があれば、それで問題ないんだから」
「むぅ……」
「リーくん、それだけ強いんだからさ。
冒険者ギルド行って、依頼を受けて、達成して、お金もらって、それで好きにした方がよっぽどいいと思うよ」
「……一考の余地はあるか」
「一考も二考も、それが一番だよ。
ほら、行こう? 私、依頼達成の報告もしなきゃだし。
どうしても気に入らなかったら、別の方法だって考えてあげるからさ」
◇ ◇ ◇
リーリエルは宿を出て、ミーナに連れられるまま冒険者ギルドへ向かった。
途中、何人もの人とすれ違う。
人間を始め、獣人やエルフも見かけ、魔族の姿もあった。平然と人間と話していた。
ミーナから聞いてはいたが、リーリエルは実際に目にすると、強烈な違和感と驚きを感じた。
それから間もなく、リーリエルたちは大きめの建物の中に入った。件の冒険者ギルドである。
中に入るとミーナは迷わず進み、奥に座っている受付担当の大男に声をかけた。
ごつい禿頭の男で、かなり大柄な体格であった。
バトルアックスあたりを担いでいるのがしっくりくる風貌だ。
「どもー、こんにちは。依頼達成の報告に来ましたー。
モンスターは全部倒したよ!」
「おう、ご苦労様。村はどうだった?」
「心配されてたとおり、ひどいものだったよ。
これでもかーってくらい荒らされてた。
村の人たちが無事に逃げられたのは本当に運がよかったよ」
「そうか。復興はできそうか?」
「できないことはないと思うけど、今のままじゃおすすめはしないかな。
村にいた魔物は全部倒したけど、また現れないとも限らないし。
最低限、近辺の魔物はすべて狩っておかないと、また同じことの繰り返しになっちゃうんじゃないかな?」
「まぁ、そのとおりだな。まったく、討伐費用をケチって村を襲われてりゃ世話ない。
それで、魔石の方はどうする?」
「全部引き取りをお願い……あ、このトロルのはいいや」
「そうか、なら依頼料の分と合わせて…………ほれ、報酬だ」
「ありがと」
「で、次の依頼だが、何か決めているか?
もしまだなら、アイリーンの涙の採取はどうだ?」
「アイリーンかー。
あの湖まで行く途中に、よくコボルトと遭遇するんだよね……」
「ついでに倒してくれるとありがたいな。
あまり数が増えすぎると厄介だ」
「簡単に言ってくれるよ。
倒しても依頼料って上がらないんでしょ?」
「そりゃそうだ。依頼とコボルトはまったく無関係だからな。
だが、倒した分の魔石は買い取るぞ」
「そんなの当たり前じゃん!
……あー、もう、わかったよ。じゃあそれお願い」
「がははは、頼んだぜ」
「それで、こっちもひとつお願いがあるの。
この子、リーくんって言うんだけど……リーくん?」
受付から少し離れた場所で、多数の冒険者が座って飲み食いしていた。
リーリエルはそれをじっと見ていた。
「なんだ、その娘っ子は?」
「討伐依頼の村で会って友達になったの。
強いから冒険者にスカウトしたんだ」
「ほう? ミーナが?」
「そう、ミーナちゃんが!
だから、手続きお願い」
「……わかった、お前の紹介ならいいだろう。
だが、知ってのとおりここではランクテストはしていない。
最低のFランクになるが構わんな?」
「いいよー。
……いやー、最強のFランク冒険者になっちゃうねぇ」
ミーナは本音を漏らしたが、受付の男はジョークと受け取った。
「期待のルーキーだな。
おい、魔族のお嬢さん、この用紙を埋めてくれ。わからないところは飛ばしていい。
文字の読み書きはできるか?」
大男はリーリエルに対して、か弱い少女を気遣うような目をしていた。
リーリエルは陰鬱な気持ちになる。
(……そうか、ミーナの反応から薄々わかってはいたが。
この身はそう見えてしまうというのか。
素直に落ち込むぞ)
落ち込むが、落ち込んだところで何も変わりはしない。
リーリエルは小さく頭を振り、大男から用紙を受け取った。
ぱっと目を通したところ、リーリエルにも何が書かれているのか理解できた。
「読み書き程度、出来ないわけがないだろう。
それと、俺はお嬢さんではない。
リーリエル、男だ。二度と間違えるな」
「…………そ、そうか? それはすまなかったな」
大男は少しだけ呆気にとられたように、目をぱちくりとさせた。
用紙には、名前だの年齢だのの項目が書かれていた。
リーリエルは面倒だったので破り捨てようかと思ったが、ミーナが手続きが終わったら食事にすると言ったので、とっとと仕上げることにした。