第59話 VSケルベロス2
山が鳴動する。
木々は次々と爆砕され、徐々に見晴らしがよくなっていく始末であった。
「このっ!!!」
ミーナがケルベロスの胴を斬る。
ケルベロスの巨体に比べてミーナの剣はあまりにも小さかった。
しかしケルベロスも、連続で斬られ続け、幾度も肉体をそぎ落とされていくのを放置できるほどの余裕はなかった。
(私の魔法なら一気に倒せるかもだけど、集中する時間が稼げない。
でも、このまま斬り続ければ、きっと勝てる)
ミーナはケルベロスの周囲を動き続け翻弄した。
ケルベロスに狙いを定めさせず、常に先手を取り続けるために。
(このまま押し切る!! 街には行かせない!!)
痛みに耐えきれず、ケルベロスが苦悶の声を上げる。
一縷の希望を持ったミーナの耳に、怒りの声が響いた。
「小賢しい!!」
ケルベロスが両端の首からブレスを放つ。
これまで行ってきたように、ミーナは跳躍してブレスによる衝撃波を躱すと山が大きく削られた。
このとき、ケルベロスは初めて中央の首からブレスを放った。
ミーナの視界が炎で満たされる。
「くっ!?」
腕で顔面を庇い、着地と同時に炎で覆われるその場を離れた。
炎はすぐに消えたが、ミーナの腕は黒ずんでいた。
(…………やられた。単調に動きすぎてた)
剣を持つことはできるが、今まで通りに全力で振るうのは難しかった。
弱気になりかけた気持ちを、ミーナは無理矢理に奮い立たせる。
(ううん、剣はまだ使えるんだ。大丈夫!
私はまだ戦える。戦って、この魔獣を倒せる!)
気持ちを切り替えたところで、ケルベロスのブレスが放たれた。
先ほどよりも広範囲の炎のブレス、3つの首すべてが炎のブレスを放っていた。
「ちょっと!?」
迫る炎の壁を前にして、ミーナは慌てて後方へと跳躍した。
敵に向かっていく気持ちが強くなりすぎていて、ミーナの反応はわずかに遅れていたが、炎は辛うじて届かなかった。
ミーナが安堵しかけたその時、炎を食い破るようにケルベロスが躍り出た。
「っ!?」
ケルベロスの右首の顎が大きく開く。
ブレスを放つためではなかった。
ミーナは反射的に剣を振るうが、巨大な牙に弾かれて転がっていく。
勢いのまま顎が閉じられ、牙がミーナの胴を前後から貫いた。
―――――――――!?
声にならない絶叫が上がる。
上半身がケルベロスに食われていた。
両断までは免れたが、ミーナの身体は巨大な牙によって深々と食い破られていた。
ケルベロスが勝利を確信して声を上げる。
「このまま汝を食い殺し、我が血肉としてやろう!」
ミーナの視界が漆黒に染まって意識が飛びかける。
直後に腹部から激痛が走った。
(まずい…………やられる………………なんとか…………何とか……しなきゃ…………)
ミーナは激痛に苛まれながら、両手を虚空へと突き出す。
(こんなところで死ねない……死んで、たまるか!)
「ああああああああああああああああああああああ!!!」
雄叫びを上げ、自身に宿る強大な魔力を身体から吐き出した。
制御を放棄した魔力を全力で解き放つ。
「ぅおおおおおおおおおおっ!?」
ケルベロスが驚愕と苦悶の声を上げる。
ミーナの両手から放たれた魔力球が、ケルベロスの脆弱な口内からその首を破砕した。
◇ ◇ ◇
目の前に広がるのは人の顔、顔、顔。
自分を見る、恐れをはらんだ顔だった。
……あぁ、またこの夢か。
ミーナはじくじくとした痛みを胸に感じながらも、頭の片隅では冷静に理解していた。
もう何度見たかもわからない、思い出したくない光景。
村人たちが、遠巻きに見ていた。
『どうすんだよ、これから……』
『これからって、何が……』
『決まってんだろ! こんな化け物と暮らしていけるのかってことだよ!』
『化け物って……ミーナちゃんは倒してくれたのよ、その化け物たちを……』
『ああ? 確かに赤狼は死んだよ! そいつが全部殺したよ!
でも似たようなもんだろ!? 赤狼も翼人族も!!』
『っ…………それは……』
『俺は嫌だぜ!
高い金かけて冒険者雇って、周辺のモンスターを狩ってるんだぞ!?
それなのに、村の中に化け物がいてびくびく生活しなきゃいけないなんて冗談じゃねぇ!!』
『……そんなの仕方ないじゃない』
『仕方ないってなんだよ! なんで俺が我慢しなきゃいけないんだよ!!
お前ら全員、そいつがいることに賛成なのかよ? だったら、お前らでそいつの面倒見るんだよな?
そいつが何かしたら、お前らが全部責任取ってくれんだよな?
責任取って、そいつを何とかしてくれんだよな?
国滅ぼしたような連中と同じ化け物を、お前らはなんとかできるんだよなぁ!?』
『…………』
村人たちはうつむき、やがてその視線がミーナに突き刺さる。
とりわけ、ミーナの片翼に。
あぁ、何度思い返したかわからない。
どうして私は倒してしまったのだろう。
どうして私は力を使ってしまったのだろう。
わかっていた。
わかっていたつもりだった、決してこの姿を晒してはいけないのだと。
でも、見てしまったのだ。
偶然だった。村の近くにいた赤狼を見てしまった。
あのまま村に入ってきたら、村人を襲ってしまったら。
だから、私は……
『今だってなぁ、そいつがその気になったら、俺たちはあっという間に全員殺されちまうんだぞ!?
お前ら怖くねぇのかよ!? 本当に平気なのかよ!?』
『…………』
『…………』
『…………』
『結論は、出たようだな』
ミーナの前に、身なりのよい老人が立つ。
『赤狼を討伐してくれたことは感謝している。
しかし、翼人族であるお前を、これ以上村に置いておくことはできん。
この村には、かつて親族がかの国へ移住していった者たちも少なからずいるのだ。
あの蛮族共に家族を殺された者たちがな。
わかるだろう、ミーナよ。
今すぐに、ここを出て行ってくれ』
……はい。
ミーナが頷くと、あちこちで安堵のため息が広がっていった。
自分に関することで、これほどまでに多くの人に喜ばれたことは初めてだった。
それがミーナにはおかしくて、滑稽で。
笑い出したくて仕方がなかった。




