表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/69

第5話 正しい認識

 リーリエルの魂からの叫びを聞いても、少女は「え?」と首をかしげていた。


(……もしもこいつが俺を介抱していなかったら、ここで殺していてもおかしくないな。

 俺は恩を仇で返すような真似はしない主義だが、だからといって限度があるぞ)


 リーリエルが剣呑に思っていると、少女は戸惑いながらも口を開いた。


「君が男の子って、それ本気で言ってる?

 心のありようの話じゃなくて?」


「当たり前だ! 貴様、まだほざくか!!

 というか、子を付けるな!」


「……ごめん、ちょっと触るね」


 不意に少女が顔を寄せてきて、リーリエルの胸に手を当てた。

 当てて、さわさわした。


「…………」


 揉みだした。


「…………」


 揉みしだいている。

 リーリエルは何やら屈辱的なことをされている気分になり、少女の手を掴んだ。


「おい、お前。どれだけ揉む気だ」


「……あれぇ、おっかしいなぁ?」


「おかしいのは、お前の頭だ。あと俺の貧弱な身体だけだ」


 リーリエルは悪態をついたものの、少女の困惑した顔が真に迫っているように見えた。

 虚実を話している気配がないため、必要以上に強い態度が取れずにいた。


「君、倒れたとき汗びっしょりだったからさ。

 ここに運んでから上半身は拭いたんだよ。

 その時は、確かにちゃんと胸あったんだよ? なのに、どうして……」


「馬鹿な、そんなわけなかろう」


 リーリエルは一笑に付す。


(こいつは一体何を言っているんだ。

 そんなわけがない。

 ……そんなわけがないのだが、こいつの目はウソを言っているようにはどうしても見えない…………?

 くそ、一体何が起こったというんだ!?)


 事実、リーリエルの身体は以前とは比べ物にならないほど華奢になっている。

 傍から見た者が女だと言っても、普通に納得してしまう容姿であった。


「ねぇ。君は、一体何者なの?」


 少女の目が、リーリエルのすべてを見通すかのようにわずかに細くなる。

 殺気は感じられないが、底知れない冷たさが感じられる、心臓に手をかけられているような眼だった。

 それを見て、リーリエルは確信した。


(……やはりそうだ。この目だ。この強さだ。

 こいつは勇者だ。

 もしくは、勇者に連なる者だ)


 おかしなことばかりが続き、迷いもあったがリーリエルは腹を決めた。

 リーリエルは、少女にすべてを話すことにした。


(もともとあれこれ深く考えるのは性分ではないし、これで状況がわかり好転できるならば御の字。

 もしこいつが敵対するのであれば、元通りになるだけだ)


 リーリエルは、少女に話し始めた。

 自身が魔王四天王であること。

 勇者と敵対関係にあったこと。

 勇者との戦いで追い詰められて、ギリギリで転移魔法を発動したこと。

 どこに転移されたのか、まったくわからないこと。

 勇者の暴走魔法のせいなのか、もしくは不出来な転移魔法の影響なのか、原因不明だが姿が変わっていること。


 これらをすべて少女に話した。

 少女は黙って話を聞き、ときおり興味深そうにうなずいていた。

 リーリエルがすべてを話し終えると、少女は目を閉じて考え込む。


(……さて、どう出る?

 敵対していたということだけでなく、俺が四天王だということも話したのだ。

 角の生えている頭を見れば、俺が魔族なのは火を見るよりも明らかだ。

 それなのに、なぜこいつが未だ敵意をみせないのかは謎だが、魔族の中で俺が地位ある立場だということを表明した。

 いきなり襲い掛かってきてもおかしくない。

 ……弱体化した今の俺が、果たしてどこまで戦えるのか。

 場合によっては即座に退却も選択肢に入ってくるな)


 高まる緊張で、リーリエルは無意識に唾を飲み込む。

 少女は腕を組み首を傾けて考え込んでいるようだったが、やがて顔を上げてリーリエルと目を合わせた。

 リーリエルは戦いに備えて、いつでもその場から飛びのき魔法が使えるよう魔力を練り上げる。

 そうして、少女は口を開いた。


「じゃあ、君のことはリーくんって呼ぶね」


「……………………なに?」


「君ってリーリエルって名前なんでしょ?

 だから、リーくん。ね、いいでしょ?」


「…………」


 にっこり笑う少女を見て、リーリエルは何も言うことができなかった。


(一体こいつは何を言っているんだ?

 呼び方? なぜそんなことを今言う?

 今は、俺と敵対して戦うか、俺を警戒しつつさらに何らかの情報を引き出そうとするか……とにかく、油断ならない状況ではないのか? 

 それとも、これは何かの作戦か?

 わけのわからない言動で、俺を惑わせようとしている……?)


 悩むリーリエルをあざわらうように、少女はうーんと唸って腕を組んだ。


「……それとも、やっぱり君って女の子みたいだし、リリーちゃんの方がいいかな?」


「俺は男だ!」


「だったらやっぱり、リーくんだね!

 私のことは、ミーナって呼んでね」


「お前は勇者だ」


「それなんだけど、リーくん勘違いしてるよ。

 私は勇者様じゃないよ。ただの冒険者。

 今日だって、村に出没したモンスターを討伐してくれっていう依頼をやってただけだし。

 簡単な依頼とは言わないけど、勇者様がやるようなすっごいものじゃないよ。

 だいたい勇者様って大昔の伝説の英雄だしね」


「……大昔だと? では、今は勇者自体がいないというのか?」


「うん」


「馬鹿な、それではだれが魔王軍と戦っているんだ?」


「戦ってないよ」


「なんだと!?」


「だから、魔王軍……というか、魔族の人たちかな。

 友好とまではいかないけど、敵対はしてないから。

 昔はいろいろあったみたいだけど、少なくとも今は国同士で争ったりするようなことはないよ。

 ……個人では、まぁいろいろあるかもだけどね。

 でもそれは、魔族の人たちに限った話じゃないしねー」


 ミーナが、困っちゃうよねぇと苦笑する。


(魔族と人族が、敵対していない?

 だからこいつは、魔族である俺に敵意を持っていない?)


 リーリエルは眉をひそめ、自分に言い聞かせるように口を開く。


「……俺の知る限り、十年前には魔族と人間の間で大規模戦闘があった。

 今でこそ小競り合いばかりとなっているが、何らかのきっかけで戦いが激化しても不思議ではない。

 小康状態であり一触即発の状況とも言えた。

 そしてミーナ。ここ最近のことだが、お前は人族の勇者として台頭してきていた」

 

「へー。それで私は四天王のリーくんと戦ってたんだね?」


「お前は人間にしておくには惜しいほどに強かった。

 俺には及ばないと思っていたが、お前は力を隠していた。

 片翼の白き翼を生やし、金色に輝く髪をなびかせて戦うお前は、ただ強かった」


「なにそれ私変身できちゃうの!? かっこいい!!

 ……でも、そういう力は私にはないかなぁ。

 やっぱりリーくんの知ってる人と、私って別人だよ」


「別人と切って捨てるには、あまりに酷似しているがな。

 そいつは、バーナスミーナと名乗っていた」


 目の前の少女は、リーリエルから見たところ砦で見た勇者と比べれば少し幼い印象であった。

 だが、それはあくまで印象の話で、外見はほとんど変わらない。


「だって私、リーくんとは初めて会ったし。

 それにリーくんの話って、人族と魔族で、すわ全面戦争か!? みたいな感じなんでしょ?

 なんか空想上の世界みたい」


「…………それは俺の台詞だ。

 魔族と人族が敵対していないなど、にわかには信じられん」


「私たちにとっては当然なんだけどなぁ」


 リーリエルにとっては想像もできない話であったが、現状、ミーナの言動には矛盾が感じられなかった。

 魔族である自分を前にして、こうまで普通に話せる人間を、リーリエルは見たことがない。


(とすると、荒唐無稽な話だが…………俺はあの時の転移魔法によって、今までいた世界とは別の世界に飛ばされたとでもいうのか?

 それこそ空想上とも言えるわけのわからん世界に?

 ……冗談もいいところだ。

 さらには、こんな貧弱な身体となって力も弱体化しているなど。

 本当にどうしようもなくて、むしろ笑えてくるぞ)


「でも、よかったよね」


 ミーナが、嬉しそうな表情で言う。


「リーくんは魔王四天王で、人族と魔族が戦ってたから私に似た人とも戦ってたんでしょ?

 今はそんなことはないわけだし。私たちが争う必要はないよね!」


「…………そう、なのか?」


(どうなのだろう。

 今の俺には、わからない。

 人間と戦うことなど、俺には息をするのと同じくらい当然のことだったのだ。

 それが、よりにもよってこいつから否定されるなど…………)


「そうそう、そうに決まってる!

 だいたいこんなかわいい子と戦うなんて、私には考えられないしね!」


 ミーナが、がばっと抱き着いてくる。

 不意の行動に、リーリエルは避けられずがっちりとホールドされてしまった。


「ぐお!? 放せ!!」


「やーだよー」


 四苦八苦するリーリエルを嘲笑うように、ミーナは頭をなでてきた。


「私、魔族の角って初めて触ったけど、すっごく硬いんだねぇ」


(ぐっ!? くすぐったい!?

 ……くっ、くそ、こいつ結構力強いな!? 抜け出す隙が無いだと!?)


「ちょっとザラザラしてるかなぁ。

 でも意外とあったかいんだねぇ」


(くっ、このっ…………こんな屈辱、耐えられるか!!)


 ミーナにあちこちを撫でられ続ける。

 リーリエルはどうにか魔力を練り上げて、魔法を発動させた。


打撃術ストレングス!!」


「ひゃっ!?」


 魔力強化した両手で、強引にミーナの拘束から抜け出す。


「もう、びっくりしたなぁ。そんなに嫌がらなくてもいいのにぃ」


「貴様は鬱陶しいのだ! せめて普通にしていろ!」


「私の普通はこんなだけどなぁ」


(……あの冷徹なまなざしの勇者は一体どこへ消えたというのだ。

 まさか、敵であった奴を懐かしむことになるとは思ってもみなかったぞ)


「あ」


「あ?」


「ほらほら、リーくん。やっぱり私の言ったとおりだったじゃん。

 私、ウソ言ってないよ!」


「そうだな」


 リーリエルはなんのことを言っているのかわからなかったが、半ば面倒になっていたため適当に相槌を打った。


「でしょ? でも不思議な体質だね。

 女の子のときは、やっぱりリリーちゃんかな!」


「ああ、勝手にし………………なに?」


 ミーナの視線が、リーリエルの胸へ向けられていた。

 リーリエルも無意識に目を向けて……。


 …………。


 触る。


 …………。


(柔らかい胸筋だ、な?)


 …………。


 …………。


(嘘だろう?)


 本当だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ