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第43話 お風呂の四天王さま

 翌朝、リーリエルとミーナは銭湯に向かっていた。

 銭湯である。


「リー君の世界では、お風呂屋さんってあったの?」


「あったらしいが、身体を拭けば十分だろう」


 道すがら、リーリエルはミーナから銭湯についての説明は聞いていた。

 リーリエルにとって、風呂についての知識はあったが知識のみ。

 大量の湯や身体が浸かれるほどの浴槽をわざわざ用意してまで湯に入る意味がわからず、興味を持ったことはなかった。


「あのねリー君。今まではよくても、これからはダメだからね。

 そりゃ毎日毎日必ずお風呂に入るのは、冒険者にとっては難しいけどさ。

 だからこそ、時間のあるときはちゃんと汚れを落とさないと。

 さっぱりして気持ちいいしね」


「今までも不自由していなかったんだが……」


「絶対ダメ」


 ミーナが胡乱な表情でリーリエルを見る。

 リーリエルはミーナから発される圧に、思わず口をつぐんだ。


「あのね、別に私も意地悪で言ってるわけじゃないんだよ?

 リー君も嗅いだでしょ、ガヴちゃんの臭い」


「あぁ」


「臭かったよね?」


「あぁ」


「同じような臭いが、今リー君からもするの」


「あぁ」


「許せない!!!」


 突如絶叫したミーナに、リーリエルはぎょっとする。


「絶対許せない!! リー君が臭いとかダメでしょ!!!

 リー君はね、いい匂いがしないとダメなの!!! フローラルな香りがしないとおかしいでしょ!!??」


「臭いなど、どうでもいいいのだが」


「ダメーー!! 絶対ダメーーーーー!!!」


「……ガヴリーは未だ寝ているではないか」


「ガヴちゃんは疲れ切ってるし、傷も完治してないからしょうがないだけなの!!!

 本当だったら、引きずってでも連れてきたいと思ってるんだからね!!!!

 かわいい子が臭いとか、絶対絶対許せなーーーーーーーい!!!!」


「………」

 

 ミーナの瞳はグルグルと回っており、話が通じる状態ではなかった。

 ほぼ同じようなやり取りが宿でも行われていた。

 リーリエルは話し合いの余地はないと判断し、早々に諦めてミーナに連行されたのだった。

 銭湯に着くと、ミーナが先払いの会計を済ませる。

 番台の女から「お客さん方、一番乗りだよ」と笑顔で言われて奥へと引っ込んだ。

 

「ではな」


「うん。リー君もゆっくりしてきてね~」


 二人は入口で別れて、それぞれ脱衣所に入る。

 服に手をかけたところで、ミーナは気づいた。


「あれ? リー君って男湯でいいのかな?」


 壁の向こうの男用脱衣所に顔を向けるが、当然見ることなどできない。


「…………まぁ、いっか」


 本人は頑なに男だと主張しているし、事実男なのは間違いない。

 ぱっと見が美少女で、魔法を使うと女になるだけなのだ。

 何もしなければ男なので、決して何も間違っていない。


(朝早いから、お客さんいないしね)


 それきり切り替えて、ミーナは鼻歌交じりに服に手をかけた。




 ◇ ◇ ◇

 



「んんん~~~~。

 日頃の疲れが抜けていくぅぅ~~~」


 ベルグは湯船に浸かって伸びをした。


「っぱ、朝っぱらから入る風呂ってのは、いいもんだなぁ」


 湯で顔を軽く洗い、ベルグは端に頭を乗せて身体を弛緩させる。

 ふあ~~っと自然に声が出た。


「ふん、悪くはないな」


「だろー。たまにはこういう贅沢な時間の使い方も必要だぜ。

 しかしどうせなら、獣王国にあるっていう温泉に行ってみてぇなぁ」


「こことは何か違いがあるのか?」


「地熱で暖められた湯だからな。妖精の祝福があるって言われてる。

 そうでなくても周囲の薬草とかの成分が混じってたりするから、なんか若返り効果だかなんだかがあって身体にいいって聞いてるな。

 獣人の高い身体能力は、温泉によく入ってるせいじゃないかって笑い話もあるぜ」


「ほう、試す価値はありそうだな」


「お、乗り気か? だったら今度行ってみるかぁ」


「そうだな」


「なーんて、早々獣王国まで行く機会なんてないだろうけどよ~」


 はははと笑って、ベルグが顔を向ける。

 そこには当然のように湯船に浸かるリーリエルがいた。


「………」


「ふぅ」


 リーリエルが湯をすくって顔を洗った。

 前髪にあたった湯が、ポタポタと音を立てて湯船へと帰る。

 細い肩にも落ちて、すぅっと雫が流れていく。


「な……」


「しかし、最初は面倒だとしか思えなかったが……たまにはミーナの言うことに耳を傾けるのも悪くないな」


「なんでお前が男湯にいるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 浴場内に、ベルグの絶叫が反響しまくる。


「リーリエル!? お、おまっ……お前はあっちだろ!?」


 ベルグは必死に女湯を差す。


「そうだな、丁度いい機会だ。

 お前には話しておこう」


「バカ!? 今立つんじゃないですよ!?」


「よく見ろ、俺は男だ」


「アホ!! こんなに可愛い男がいてたまる…………」


 唐突にベルグが静止する。

 リーリエルの股間を見ていた。


「…………」


「理解したか?

 全く手間のかかる」


「…………うそーん」


 現実に追いつくことができず、ベルグは脱力する。


「それで、魔法を使うと女になるのだ」


「は?」


打撃術ストレングス


「…………」


「改めて思う、ふざけた状態だとな」


「…………」


 やれやれするリーリエルに、ベルグはもはや何も言うことができなかった。



 ◇ ◇ ◇




 リーリエルは、自身の身体に起こった変化についてざっくり説明した。

 世界を転移したことは省き、魔法の暴走により姿が変化したと話した。

 ベルグは頭から信じることはできなかったが、現実を直視してどうにか納得した。


「…………こんなこと聞いたこともないが、ぐうの音も出ないほど実態を見せられたら信じざるをえないな」


「とっとと信じておけ。

 大体この俺が男だと言っているのだ。すぐにわかるだろう」


「わかるわけねーだろ!?

 ……しかし、俺にこの話をしてよかったのか?

 その、リーンだかが言うには、他人がお前を男だって認識したら魔法が使えなくなるんじゃないのか?

 あれ、使えてたな……」


「何人に知られたら使えなくなる、とは聞いていない。

 少なくとも二人であれば問題はなかったからな。

 いずれお前には話すつもりでいた」


「二人なら問題ないって、なんでそんなことわかるんだ?」


「ミーナのほかに、ギルドにいるコリンには当初男だと話していた。

 最初に書かされた紙にも男だと書いている。

 その後に女だと変えてしまったがな……」


「あぁ、ギルド加入の申請用紙…………て、そっか。ミーナちゃんも知ってるわけか。

 そりゃそうか。そりゃあ、そうだよなぁ」


 そうか……そうかぁ……とベルグが何度も唸るようにこぼして、


「なぁ、この話って他言無用だよな?」


「無論だ」


「イレーヌも?」


「当然だろう。話すメリットとリスクが釣り合わん」


「だよなぁ……。

 わかったよ、このことは誰にも話さな…………ん? もしかして、ガヴリーちゃんも知らないのか?」


「そうだが。

 知っているのはお前とミーナだけだと言っただろう」


「いや言ってたけど…………まぁ、いいか」


「…………それにしても微妙に頭が重いな」


 リーリエルが鬱陶しそうに頭を軽く振る。

 リーリエルの髪はベルグにまとめられていた。


「我慢してくれ。

 湯船に髪つけるのは、あんまりよろしくないんだよ。

 お前最初がっつりつけてただろ」


「………」


 リーリエルは僅かに顔をゆがませる。

 不満気なリーリエルに、ベルグが苦笑した。


「壁に寄っかかった方がリラックスできるぞ」


「……ふん」


 言われた通りに、壁に寄り掛かる。

 リーリエル的にはまだ不満があったが、それでもしっくりきたのか表情から険がとれた。


「そんなに髪が鬱陶しいなら、切ればいいんじゃないか?」


「無駄だな」


「無駄?」


「切っても仕方がないということだ」


「……切りたくないってことか?」


「無駄だからな」


 ベルグは、リーリエルの言葉の意味を半ばわかっていなかったが、それでも意外に思った。


(リーの奴、普段男らしい感じだけど、髪は伸ばしていたいのか。

 意外とかわいらしいところもあるんだな)


 ベルグが微笑ましくと思っていると、リーリエルが忌々しそうに吐いた。


「切ったところですぐに再生してしまった。

 俺は今、この姿に固定されているとでもいうのか?

 おまけに髪の再生ごときで勝手に魔力まで消費するなど。

 まったく馬鹿げている。一体どうなっているんだ、この身体は。

 本当に呪いじみているぞ……」


 くっ、とリーリエルは固く目をつぶった。


「どうしたんだ、リー? 熱いのか?

 だったらこっちの方がいいぞ、ここからぬるま湯出てるからな」


「熱くはない」


 ぶっきらぼうに言い放つが、リーリエルはベルグの差した方へと移動した。

 流れてくるぬるま湯が心地よかった。

 満足そうにしているリーリエルの顔を見て、ベルグは笑った。

 互いに弛緩していたところ、リーリエルがふと思い出した。


「ベルグ、昨日ガヴリーが気になることを言っていた」


「ガヴリーちゃんが? 何を?」

 

「教会に、なぜ天使の絵があるのかと。

 そんなもの普通のことではないのか?」


 リーリエルにとって、天使というのは人が信仰する神の使いであった。

 地域によっては独自に信仰する神がある場合もあるが、現在はおおむね一つに統一されており、教会に神の使いとされる天使の絵があることは不思議でもなんでもなかった。


 しかし、天使という言葉にベルグはぴくりと反応した。


「何かあるのか」


「何かあるっていうか…………何かあった、だな」


 怪訝に思うリーリエルを見て、ベルグは「そういえば、リーは田舎の出だったか」と呟いて、説明を始めた。


「今から50年くらい前に人族と戦になってるんだよ。

 もちろん天使なんて伝説的な存在じゃなくて、実際にやりあったのは翼人族よくじんぞくだけどな」


「翼人族……」


「その名の通り、翼を持つ人間さ。灰色の翼だったかな?

 人口はあまり多くなかったみたいだし、その存在自体、隠されてきたみたいでな。

 人と翼人族の交流が始まったのも、戦いになる数年前のことらしい。

 戦いになった理由については、翼人族が人族を支配しようとしたからだの、人族から不当な扱いを受けてきたからだの、いろいろ言われてるな。

 本当のところはわからないが、戦があったのは間違いない。

 結果、翼人族は滅び、その姿が似ている天使も忌避されるようになったってわけだ。

 古い教会なら天使にまつわるものも残ってるんだろうが、大抵は打ち壊されたり破棄されているはずだ」


「人間は、翼人族と天使を同一視したのか」


「当初教会側は無関係を主張していたし、本当のところ違うだろうなと思っている人間も多かったと思うけどな。

 だが、実際に翼人族と戦った者やその親族なんかは、似ているだけで排除の対象としては十分だったんだろう。

 この戦いは市街戦が多かったみたいでな。

 普通の人が巻き込まれまくったせいで、かなり悲惨だったらしい。

 戦が終わってからも翼人族に対する憎悪はとどまることを知らず、結果として教会側が折れて天使にまつわるものの大半を処分したんだ」


「なるほどな」


「まぁ、翼人族については言うまでもないけど、天使についてもタブーな面は強いなぁ」


 話し終えて、ベルグは大きく伸びをした。

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