第4話 とんでもない変調
「ふん、思い知ったか。
たかだかトロル程度がこの俺に戦いを挑むとは、万年早いわ」
「え? えええええええ!? ちょっと、なに今の!?
君、なんで素手でトロルを殴り飛ばしちゃったりなんかしてるの!?」
少女が驚いた顔をしてリーリエルの肩をゆすってくる。
(こいつ、さっきから妙に馴れ馴れしいな。
どうしてか俺と同等の背丈になっていやがるし。
どうやって急にでかくなった?)
リーリエルは少女から離れて、怪訝な表情を浮かべる。
「この程度、どうということはないだろう。
貴様の方こそ、聖剣を使えばこの程度の攻撃はできるだろうに」
「せ、聖剣?」
「……勇者よ、さきほどから一体どうした?
もしや貴様、自身の放った暴走魔法に巻き込まれて、おかしくなったとでもいうのか?」
「おかしくもなにも……私には何が何だかわからないんだけど。
……もしかして、君は私を知っているの?」
「ふざけているのか?
つい先ほどまで俺たちは砦で…………戦って………………」
言いかけて、リーリエルは自分の身体の変調に気づいた。
(なんだ? 身体が重い?
なぜ、こんな…………くっ……頭がクラクラする…………熱い……熱い…………心臓が、弾けそうだ……。
くそ……立って、いられん…………)
「ちょ、ちょっと!? ねぇ、君!?
どうしたの!? 大丈夫!?」
ふらついたリーリエルを少女が支える。
「……くっ…………貴様……何をした…………」
「なんにもしてないよ!?」
◇ ◇ ◇
トロルとの戦闘後、リーリエルは気絶した。
目を覚ますと、安宿のベッドに横になっていた。
意識がなくなる直前の変調はなくなっていた。
(一体、なんだったんだ、アレは……)
リーリエルが身体を起こすと、栗色の髪の少女が目に入った。
少女はベッドの傍の椅子に座って眠っている。
(敵の前で眠るとは、こいつ本当にどういうつもりだ?)
部屋の中にはほとんど物はなく、質素なつくりだった。
机の上に乗った木皿が2枚ある。
(昔、人間の村で見た覚えがある。
確か、シチューとかいうものだったような……)
リーリエルは眠る少女に視線を向ける。
「お前が用意したのか?」
「…………」
少女は完全に熟睡していた。
椅子に座ったままで器用なことだった。
(魔王四天王である俺をこんなところに連れてきて、こいつはどうするつもりなんだ?
鎖で繋がれているわけでもなく、捕縛魔法もかけられていない。完全に自由な状態だ。
捕らえたにしてはいくならなんでも杜撰すぎる。
まるで目的がわからんな)
そこまで考えて、リーリエルはひとつの結論に至った。
「……もしや、こいつは勇者とは別人なのか?」
少女は、こくり、こくりと呼吸に合わせて顔が上下する。
今は目を閉じているが、さきほどトロルと戦っていた時にはリーリエルはしっかりと顔を見ている。
砦では何度か顔を合わせており、見間違えるようなことはないつもりだった。
(……いや。こいつ、勇者よりも少し若いか?
こうして眠っている様子を見ても、あの勇者よりも幼い気がする。
それに、装備がまるで違うではないか。
くそ、今更こんなことに気づくとは迂闊な!)
リーリエルは舌打ちして、今も眠る少女をまじまじと観察した。
(もしかしたらこいつは本当に別人で、たとえば妹なのかもしれない。
だが、これだけ似ているのであれば、勇者と間違えられることもありそうだが……それにしては…………。
どちらにせよ、俺に敵意がないのは確かなようだし、こいつが起きたら状況の把握から進めていくとするか)
リーリエルは口に手を当てて思案する。
(あのとき、俺の転移魔法は確かに発動した。俺自身があの場から逃れたのだから間違いない。
であれば、ガヴリーもあの場から転移しているはずだが……まったく、ガヴリーの奴め。
こういうわけのわからない状況を整理するのが副官の役目だろうに、早々に職務を放棄しおって。
勇者との戦闘時の独断専行も含め、見つけ次第仕置きが必要…………うん?
ううん?
ううううううううん!?)
リーリエルは自分の手を見て、激しく動揺した。
「マテ。
待て待て待て待て!?
なんだ、このか細い手は!?」
わなわなと両の手を見て、それからようやく今更ながら思い至った。
「というか、声高くないか!? なんだこのひ弱な声は!?
髪も長いし!? 一体なんなのだ!?」
リーリエルは頭を抱える。
(見知らぬ場所に転移して、すぐにトロルとの戦闘もあったとはいえ、なぜこうも大きな違和感に気づかなかったのだ俺は……ッ!?)
はっとして、リーリエルは身体中をまさぐるように触る。
リーリエルには見覚えのない服だったが、それは一般的に旅人が着るような動きやすい簡素な服だった。
(くそっ!! 引き締まった筋肉も、力強い骨格も、なにもない!!
魔族の象徴たる俺の雄々しい角も、今は指先程度の大きさになってしまっている!!
完全に子供のような身体になってしまっているではないか!!
勇者がでかくなったのではない!! この俺が、小さくなっていたのだ!?
ぐああああああああああああああ!!! なんだこれは!? 夢だ!!! 夢に違いない!!!
まだ俺は意識を失っているのだあああああああああ!!!?)
パニックに陥ったリーリエルをよそに、少女は気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「……うぅん…………ふしゅぅぅ……」
「貴様、いい加減目を覚ませ!
おい勇者よ、これは一体どういうことだ!?
この俺が、なぜこんな貧弱な身体になっているんだ!?」
「ひゃッ!? ……ちょ、ちょっと、なに!?」
「貴様が暴走させたあの魔法のせいか!?
なんということをしてくれたのだ貴様は!?
戻せ!! 今すぐ俺を元に戻げぶっ!?」
少女の鋭い手刀がリーリエルの頭に炸裂する。
リーリエルは、「ぉぉぉおお……」と唸りながら頭を押さえた。
「もう、急にどうしたの? 村にいたときから、君ちょっと変だよ?
もしかして、何か悪いものにでも憑りつかれてるの?
だったら教会案内するから、ちゃんと祓ってもらおうね」
「俺は正常だ! 堕霊ごときに憑りつかれるなどあるものか!」
力強く断言するが、しかし自身の姿は異常だった。
事実、今のリーリエルは以前の筋肉質な身体とはほど遠い、目の前の少女とほとんど変わらない体格になってしまっていた。
「……うーん。君ってばそんなにかわいいのに俺って言うし、もうすっごい変なんだけどさぁ。
トロルに棍棒で殴られても平気みたいだし、逆に殴り飛ばしてるくらいだし、変じゃない部分の方が少ない気もするけど」
「かわいいなどと、気色の悪いことを言うな!」
「もしかして君、男の子に憧れちゃってる系?
せっかくこんなにかわいいんだから、もっと女の子らしくした方が絶対いいと思うなぁ」
「だから、かわいいなどと…………………………」
「うん? どうかしたの、急に止まって?
……あ、もしかしてやっぱりどこか怪我してるの!?」
少女の言葉が右から左に抜けていく。
リーリエルは必死に動揺を抑えて、慎重に自分の身体に触れた。
(……俺の身体とは思えないほどに、細く柔らかい。
平素の俺が蹴れば真っ二つに折れるどころか、砕け散りそうだ)
リーリエルの中で嫌な予感が倍増し、大量の冷や汗が出てきた。
「…………」
リーリエルは目を閉じ、意を決して行動に出る。
感覚を頼りに、そろり、そろりとその場所へ手を動かしていく。
やがてそこへと至り、思い切って手を伸ばすと、きっちりと感触があった。
「…………」
リーリエルは心底安堵した。
奥底から漏れ出た深い溜息が数秒間続き、静止していた。
「……ねぇ、君、ホントに大丈夫?」
少女が動かなくなったリーリエルに心配するように声をかけると、
「貴様ふざけるなよ!? 何が女の子らしくした方がいいだ!?
滅茶苦茶びびったではないか!?」
「えええ!? なになに!?」
「こんな貧弱な身体になって、あまつさえ女にでもなったのかと思ったではないか!?
悪質すぎる冗句を言いおって、貴様ぶち殺されたいのか!?」
「ジョーク? え? だって君、女の子でしょ?」
「きっちりついとるわボケがあああああああああああああああああああああ!!!」
リーリエルの魂からの叫びが、狭い部屋を揺らすように響き渡った。