第21話 くっつく
リーリエルとミーナは、朝食をとるためギルド併設の食堂へと来ていた。
テーブルに着き注文を済ませると、ちょうど見知った顔を見かけた。
「ベルグさん、イレーヌさん、こんにちは。
今日は、本当に、いい日和ですね」
ミーナは、晴れ晴れとした表情で、否、つやつやと光り輝くかと見まごうほどに超キラキラした表情をしていた。
「ご機嫌ね、ミーナちゃん」
「それはもう!
私、思ったんです。やっぱり人には優しくするべきなんだなぁって。
そうして優しさはめぐりめぐって、私も幸せにしてくれるんです!」
「そう。いいわね、その考え方」
イレーヌが同意すると、ミーナはますます上機嫌になった。
「…………で、あんたは何してるんだ?」
ベルグが戸惑いながら尋ねる。
和やかな雰囲気をかもし出す女性陣とは裏腹に、ミーナの横には激しい陰の空気を纏ったリーリエルが鎮座していた。
リーリエルは一目見てわかるほどに顔を引きつらせて、ミーナの左腕を取ってくっつくようにしている。
「嗤えベルグ。俺は、さぞかし滑稽だろう?」
「滑稽っていうか……仲良さそうな女の子二人組にしか見えないけど……あんたそんなキャラ、じゃあないよな……」
「くくく。反論する気力も起きんぞ」
「一体何があったんだよ……」
「実はねー」
と、ベルグの問いに、楽しそうにミーナが答えた。
◇ ◇ ◇
「……ふわぁ……リーくん、起きてたんだ。おふぁよぅ……」
「あぁ」
「身体は……大丈夫そうだね。
昨日のアレは極度の疲労から来たものだし、寝れば直っちゃうかな」
「あぁ…………ミーナ」
「ん?」
「昨日は、面倒をかけたな」
「え? あははー。いいよいいよ。私は大したことしてないし。
あ、そうだ。ねね、リーくん、ひょっとしてその服気に入ってる?」
「あ゛?」
「うわっ、なんか今リーくんらしからぬ声がしたよ!?」
「貴様、ふざけるのも大概にしておけよ?
寝ている間に、勝手にこんなひらひらの、しかも呪いの服なぞ着せおって……」
「わーわー、わかったよぉ!
ちぇー、やっぱり気に入らなかったかぁ。
リーくんにはバッチリ似合ってるのになぁ。もったいないなぁ」
「何か言ったか?」
「まことに遺憾ながらー、あとで教会に行ってー、リーくんの服の呪いを解いてもらおうねーって言ったの。
リーくんも、それでいいでしょ?」
「ふん、当然だろう」
「じゃあさ、リーくんも、私のお願い聞いてくれるよね?」
「どうして俺がそんな……」
言いかけて、リーリエルの脳裏に昨日のことがよぎった。
「……いや、構わん。言ってみろ」
「じゃあ、リーくんは今日何でも私の言うこと聞いてね」
「おい、マテ、なんだその横暴すぎる命令は!!」
リーリエルの怒りに、ミーナはちっちっちと人差し指を振った。
「その前にリーくん。
リーンっていう不思議ちゃんに言われたこと、覚えてる?
リーくんの魔法に関わること」
「…………あれか」
リーリエルが苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「君、魔法を使うたびに女になっているでしょ?
そのままだと、遠からず魔法は使えなくなるよ」
「っ!?」
「今の状態は世界の選択にはないものだ。
歪みはいずれ必ず正される、他者の認識によってね」
「……他者の、認識だと?」
「正しき認識により、世界は君を正すだろう。
君の身体は、本来二度と魔法を使えない状態まで損傷しているんだ。
恐るべき意志力で、自分の性別を捻じ曲げてまで使えるようにしているみたいだけど、偽りの事象がいつまでも続くとは思わないことだね」
あの時、リーンに言われたことを思い出し、リーリエルは舌打ちした。
「奴はいずれと言っていた。
ならばそれまでに、なんらかの打開策を立てれば……」
「うん。だからリーくんが女の子にちゃんと見えるように、あの服を着てもらってたわけ」
「……は?」
「歪みが正されるには、他者の認識が必要なんでしょ?
じゃあ認識自体を捻じ曲げれば何も問題ないじゃん」
「認識を……捻じ曲げる、だと……?」
「そ。つまり、リーくんがみんなに女の子だと思われてれば現状維持ができるってことなんじゃないの?」
「だ、だが、俺はベルグ達には男だと話したぞ!
それでも変わらずに魔法が使えているということは、奴が言ったことは間違いだったことに……」
「あー、それ二人とも信じてないよ。
私が前もって、リーくんは『男の子に憧れてる系女子』って話しといたから」
「……憧れてる、系……?」
「私ってば冴えてるよねー。
そういう娘だって思っていたら、リーくんが何を言っても気にしないだろうし。
案の定、二人ともホントはリーくんが男の子だってこと全ッ然疑ってなかったし」
「……なん……だと……」
絶望するリーリエルを尻目に、ミーナは呟いた。
「…………まぁ、コリンさんも信じてなかったみたいだし。
リーくんを見て本気で男の子だって思える人は、そういないよね」
コリンとは、ギルド受付の大男のことである。
アイリーン湖の依頼終了後にギルドを訪れた際、ミーナはこっそりとギルド加入の申請書について性別を訂正するように伝えたところ、二つ返事で訂正が受理されていたのである。
◇ ◇ ◇
「っていうわけで、今日はね!
リーくんが、なんでも私の言うことを聞いてくれる日になったの!!」
「そ、そうかい……」
返答に詰まるベルグの横でイレーヌが曖昧にうなずく。
リーリエルの死んだ魚のような目を見て、ベルグ達はなんとなく、二人の関係性を察したのだった。
「にしても、あんたまだ、その派手な服着てたんだな」
「ふっ。今の俺には似合いの格好だろう。
愚かで浅慮な俺にはな」
「お、おう……なんかスマン」
「気にするな。このリーリエルが、迂闊だったのだ」
「げ、元気出せって!
そうだ! 今度一緒に依頼受けようぜ!
この時期恒例の、ヴァログ山に大量発生するオークの討伐依頼が出てるからさ!!」
「ふ…………同情がここまで心地よいと思えたのは初めてだな」
「リーリエルさん。それ、私も一緒に行っていいですか?」
「構わん。くくくくく」
リーリエルは、なんだかよくわからない感情を持て余して、引きつりながら笑った。
「……うわー、これ、かなりキてないか?」
「リーリエルさん、誇り高い方みたいだから」
「こんなナリだから違和感すごいけど、なんでか男らしい娘だもんなぁ」
しみじみとするベルグとイレーヌ。
一人だけ超上機嫌のミーナは、運ばれてきた食事を前にして、思いついた最上の提案をした。
「リーくん、リーくん! 私にあーんしていいよ!
あ、それとも私がしてあげよっか?」
「……………………」
「あっははー。もー、しょうがないなー、リーくんはー。
特別だよー? あっははー」
「…………………………………………………………………………」
などという、リーリエル尊厳破壊タイムを経た後、ミーナの案内で教会を訪れていた。
リーリエルの呪いの服を解除するためである。
「ちょっと待っててねー。今、神父様呼んでくるから」
ミーナは足取り軽く、跳ねるように小走りで教会の奥へと向かった。
リーリエルは、大変ぐったりとした様子で手近な椅子にこしかけた。
「…………精神異常系統への耐性能力は十分だと思っていたが……早急な強化が必要だな」
リーリエルは天井を仰ぐように椅子にもたれかかった。
天井は高く、壁の上部には翼の生えた天使が描かれていた。
(天使、か)
リーリエルはふと、前の世界でのミーナのことを思い返した。
(あの力、圧倒的であった。あれは魔王にすら匹敵する力だろう。
もっとも、奴はあの力を制御しきれていないようであったから、魔王を倒すことは難しいだろうが……いや、今の魔王なら造作もないこと…………)
そこまで思考して、リーリエルは首を振った。
(もはや俺には、関係のないことだ。
何度転移魔法を試しても、発動する気配すらない。
俺はこの世界にとどまる他ないのだ。
こんな、貧弱な身体となり、魔法を使えば本当に女になるようなふざけた状態となり、それすらも危うい現状で……)
リーリエルは一瞬気が沈みかけるが、すぐに持ち直す。
(だが、光明はある。魔石だ。
有象無象のモンスターの魔石では無意味だったが、力あるモンスターであれば別だ。
魔石を吸収すれば、今の俺は力が増す。ならば、やることは一つだ。
たとえ世界が変わろうと、姿が変わろうとも、俺が最強を目指すことに変わりはない!)
リーリエルが立ち上がり、ぐっと拳を握りしめた。
「この糞ったれな世界で、俺はどこまでも強くなってみせるぞ!!!」
教会の中にリーリエルの声がこだまする。
それが収まったころ、正面の扉が開いた。
「……おや、お客様ですか?
こんな外れの教会に、珍しいですね。歓迎しますよ」
神官風のローブを着た、ハーフエルフの男が人の好さそうな柔和な笑みを浮かべた。




