第2話 VS勇者
戦いは一方的だった。
実力差は明らか。リーリエルの放った攻撃はことごとく勇者に防がれ、リーリエルは勇者の攻撃を受け続けた。
圧倒的なスピードの違い、そしてパワーでも敵わなかった。
「これで終わりよっ!!」
横一文字に振るった勇者の剣が、リーリエルの胴を襲う。
直撃し、リーリエルはなすすべもなく吹き飛ばされて床を転がった。
一撃を受ける寸前に魔力による防御結界を展開したおかげで両断は免れたが、衝撃が身体を抜けている。
ダメージによる影響で、リーリエルはもはや動くだけでも激痛が走るようになっていた。
だが、リーリエルはやせ我慢をして立ち上がる。
「まだやれるの? さすがに四天王を冠するだけはあるわね」
「その言葉、そっくり返そう。
勇者よ、存外に俺を楽しませてくれる!」
「減らず口を。
あなたはもう終わりよ。ここで死ぬの」
「ははっ!! この俺が人間ごときにやられてたまるか!!!」
哄笑するリーリエルに、勇者が憐憫の表情を浮かべた。
(気に食わん。もう勝った気でいるのか? はっ、気に食わん!!
……しかし、実力差が明白なのは間違いない。この俺の攻撃がすべて防がれたのだ。このままでは程なく殺されることとなるだろう。
さて、どうしたものか…………あ?)
リーリエルの思考を遮るように、銀髪がリーリエルの前でふわりと舞った。
「リーリエル様、ここはお引きください」
勇者との間に割り込んだのは、なにかと口うるさい部下、吸血鬼のガヴリ―だった。
「私が時間を稼ぎます。どうか今のうちに……」
「阿呆か。お前ごときが勇者の相手になるか。
邪魔だからどいてろ。無駄死にするだけだ」
「無駄死にとなるかは、リーリエル様次第です。
さぁ、早く」
ガヴリーは勇者を見据えたままリーリエルに背を向けている。
その場から動く気配はまったくなかった。
(……こいつ、本当に俺の言うことを聞かないな。
後で説教だ)
リーリエルが無理矢理にガヴリーをどかそうとして手を伸ばしたとき、冷たい声が響いた。
「なにかご相談中みたいだけど、安心していいわ。
どちらも逃がすつもりなんてないから」
冷徹なまなざしをする勇者。
勇者から放たれるプレッシャーが増す。
勇者の威圧に気圧され、ガヴリーの額には汗が浮かんだ。
無意識に足が下がろうとするが、ガヴリーは拳を握りしめ、一歩も退くことなく勇者と対峙していた。
「どうでしょうか。
私はヴァンパイア、そう簡単には死ねない身体ですよ」
「再生力が桁外れのヴァンパイアだとしても、私の聖剣で心臓を一突きされれば終わりよ」
勇者は淡く輝く聖剣を構えて、背に生えた白き片翼を一度はためかせた。
「そう上手くはいきませんよ。
試してみますか? 天使崩れの勇者」
「…………いいわ。誘いに乗ってあげる。
そして知るといいわ。無駄なことをしたのだと」
勇者が右手を掲げ魔力を練り上げると、その手に掌大の光球が生まれた。
光球はバチバチと音を立てていて、いかにも危険な気配を発している。
今にも暴走しそうな光球を、勇者が力技で無理やり抑え込んでいるのだ。
魔法耐性能力の高い吸血鬼であっても、くらえばひとたまりもないほどの威力を内包している。
無論、四天王であるリーリエルとて無事ではすまない。
「吸血鬼と手負いの四天王相手に、わざわざ聖剣を使うまでもない。
共にここで滅しなさい」
「くっ!? リーリエル様!!」
ガヴリーが全力で防御結界を展開するのと、勇者が動き出したのは同時だった。
そして――リーリエルも同時に行動を開始した。
「転移!!」
リーリエルが魔法を唱えた刹那、リーリエルの姿はその場から消えた。
直後、勇者の背後に出現する。
勇者はリーリエルを完全に見失い、一拍してから振り返った。
わずかな反応の遅れであったが、それは致命的な隙であった。
「くたばれ!!!!」
動揺する勇者の顔面に、リーリエルが渾身の一撃を放つ。
砦に激しい衝撃音が響いた。
(手ごたえ十分! まともに入った! 勝負ありだ!!)
高揚する。
自分よりも強い難敵を倒したのだと、リーリエルの身体には歓喜が満ちた。
「…………」
だというのに、リーリエルは何も言うことができない。
視界の先に、珍しく呆然としているガヴリーの顔が見えていた。
腕が。
勇者に放った拳が。
振り切れずにいた。
「……ボロボロのくせにどこか余裕があるから、何かあるとは思っていたけれど。
まさか転移魔法とはね。驚いたわ」
勇者の顔面を捉えたはずの拳は、寸でのところで聖剣に阻まれていた。
リーリエルの渾身の一撃は防がれていた。
しかし、勇者も余裕はなく、額に汗が浮かんでいる。
「……おかげでこっちの魔法が暴走しちゃったじゃない。
まったく、ついてないわ。慣れないことをするものじゃないわね」
勇者の視線が上へと向く。
リーリエルも反射的に顔を向けると、光球が浮遊していた。
掌大だったものが、両手で抱えるほどまでに膨れ上がっていて、今も大きさを増していた。
どれだけの威力になるか、考えるのも馬鹿馬鹿しい。砦を吹き飛ばす程度の威力は十分にあった。
「この糞ったれ勇者が!!」
リーリエルは地を蹴り、勇者の脇を抜けて全力で駆ける。
同時に、最速で魔法を使用するため魔力を練り上げる。
しかしそれは発動すらおぼつかない、9割方失敗するような粗雑すぎるものだった。
「……間に合わないわよ」
それは勇者の言葉で、ひどく真実味を帯びていた。
リーリエルは走り続けたまま懸命に手を伸ばし、力技で魔法を展開させ――――――――
そうして彼は、この世界へと転移した。