第16話 依頼選びは慎重に
3人は、リーリエルの希望でギルドへ戻った。
結局ミーナがどこにいるかわからないので、ギルドで待つことにしたのである。
ミーナが来たら、リーリエルは真っ先に呪いを解くつもりでいた。
リーリエルには呪いを解くのに必要な金がないので、ミーナを待つ他なかった。
それまではやることもなかったため、自然に依頼書の貼られた掲示板の前に集まっていた。
「つまり、手っ取り早いのはやっぱり討伐系のクエストなんだよ。
この街の近くには、オークなんかがぽんぽんわいてくる山があるし。
でも、護衛系と違って絶対に戦わなきゃいけないから危険度も違ってくるわけだな。
戦うとなると、どうしたって怪我や装備の損壊のリスクが伴う。
その辺りのリスク管理をちゃんと考えて受ける依頼を選ばないと、痛い目を見ることに……」
「オークを倒すだけでいいのか?
ずいぶん手軽な内容だな。ならばそれでいいだろう」
リーリエルがギルドの壁に貼ってあるオーク討伐の依頼書を剥がそうとするのを、ベルグが慌てて止める。
ベルグとイレーヌが受ける依頼を決めているところに、リーリエルが口を出していた。
「待て待て! オークなんかって! 一応Cランクの魔物だし、囲まれたら苦戦するだろ!
俺とイレーヌでもな、相応の準備をしていかないと本気で危ないんだぞ!」
「オークごときで何を言うか。
それとも、コボルトウォーリアーのような、変異体のオークがいるのか?」
「え? ……たまにいるけど。オークキングっていう…………え? あんた、もしかしてコボルトウォーリアーと遭遇したことあるのか?」
「昨日殴り倒してきた。オークキングというのがアレと同レベルなら、それほど問題はないな。
いや、さすがに数が多いと不利か……」
「ちょちょちょ、何言ってんだよ! オークキングがンなぽんぽこ出てくるわけないだろ!?
っていうか、殴り倒したってなんだ!? ウォーリアー相手に素手で戦ったっていうのかよ!?」
「俺は魔法が得意ではないからな。こちらの方が性に合っているのだ」
リーリエルが右こぶしを軽く挙げると、ベルグは口をぱくぱくさせた。
「…………マジか…………いや、待て待て。
ウォーリアーを倒したなら、その魔石でかなりの金が手に入るだろ!
呪いの解除にかかる費用なんて簡単に出せるはずだ!」
「魔石はない。金もない」
「なんで!?」
「ないものはない」
話はそれで終わりとばかりに、リーリエルが再び依頼書を剥がそうとする。
と、視界の端にイレーヌの姿が入った。
イレーヌはじっと、ある依頼書を見ていた。
リーリエルは依頼書から手を放し、イレーヌの隣に移動する。
「随分と熱心に見ているな?」
「はい、調査系の依頼です」
「調査系?」
「新しい遺跡が発見されたとか、何人も体調不良を起こすから原因を調べてほしいとか、噂レベルのものなどについて、冒険者が調査してギルドへ報告するものです」
「ふん、面倒そうだな」
「でも面白くもありますよ。モンスターや賊ばかりと戦ってても飽きちゃいますし」
「……くくっ」
イレーヌの飽きるという言葉に、リーリエルは思わず噴き出した。
「戦いが飽きるなど、妙なことを言うではないか」
「おかしいでしょうか?」
「くくく。俺には理解できんな。
それで、何か面白そうな依頼でもあったのか?」
「ええと、これですね」
イレーヌが一枚の依頼書を剥がして、リーリエルに手渡す。
「………………失踪事件?」
「子どもや、若者、老人に至るまで幅広く。
合わせて十数人の村人がいなくなっているそうです」
「魔物にでも食われたのではないか?」
「一人や二人ならありえますが、さすがにこの数で原因が判明していないのは不自然です。
村の中でのことならもちろん、外に出るにしても一度失踪するようなことが起これば、当然村人たちは警戒しますから。
普通は何度も続くことはありません」
「つまり、何か作為的なものがあるということか」
「そのとおりです」
(対象は、人ならばなんでもよいということなのか?
子どもや若者に限るのであれば、血を吸う者ということも考えられたのだが……)
一瞬浮かんだ考えに、リーリエルは薄く笑った。
「どうです? ただ魔物を討伐することと比べたら、ちょっと新鮮な気分になりませんか?」
「さてな。それで、これを受けるのか?」
「ちょっと迷ってるんです。
この依頼、別の冒険者も受けていて、その人が期日を過ぎても戻らないため新たに依頼に出されているようですから」
「ほう? ……確かにそう書かれているな」
「といっても、調査系の依頼だとたまにあることなんですけどね。予想外のことが起きやすいですから。
調査自体に時間がかかったり、アクシデントで怪我をして戻るまでの時間を読み誤ったり、場合によっては不測の事態に巻き込まれて亡くなられたりしますし」
「まぬけだな」
「備えが足りなかった、という意味ではそうかもしれません。
でも、実はこの件、事態の予想はついているんです。
失踪事件が起こっている村から少し離れた場所に森があって、その先にゴルディート城という古い城があります。
以前に旅商人から聞いたのですが、その城には……」
イレーヌの言葉に、リーリエルが短く息を吸い込んだ。
不意をつかれたように静止し、しかしリーリエルは即座に動き出した。
「……リーリエルさん?」
リーリエルが早足で一直線に歩いていく。気付いたイレーヌは小走りで追った。
イレーヌが追いついたときには、すでにリーリエルはギルドの受付の禿頭の大男に詰め寄っていて、
「…………ッ」
2、3言葉を交わすと、リーリエルは舌打ちし、焦りを滲ませた様子でギルドの扉に手をかけた。
「ひゃっ!?」
リーリエルが扉を開けた先で声が上がった。
ちょうどギルドの入り口から中に入ろうとした者がいたのだ。
「びっくりした…………って、リーくん?
なぁんだ、もー、驚かせないでよ。そんなに急いでどうしたの?
あ、その服まだ着てくれてるんだね! うんうん、リーくんにすっごく似合ってるよ。
もしかして、意外とこういうの好きだったり? うへへへ。
でもねでもね、実はその服って見た目からは想像できないけど、すんごい高性能でねー! でもなぜか、かなーり良心的な価格でねー!」
「…………」
「それでつい、魔が差したというか、えいやって勢いで買っちゃったんだよねー。
でもいざ買ってからも、こう、やっぱりかわいいんだけど目立つ服だし、着る度胸がつかなくってね。
本当、こうしてリーくんに着てもらえてよかったぁ」
「……ねぇ、ミーナちゃん」
「あ、イレーヌさん! どうも、この度はリーくんがお世話になりました。
いい子にしてましたか? 何か失礼なことしませんでした?」
「そんなことはなかったのだけど。
ミーナちゃん、いいの?」
「ん? 何がです?」
「リーリエルさん、走って行っちゃったけど……」
「ぅえ?」
イレーヌの差す方をミーナが見たときには、リーリエルの姿はすでに極小になっていた。




