第10話 敵は潰す
アイリーン湖にて水汲みを終えた翌日。
野営を終えたリーリエルとミーナは、街へ向けて森の中を歩いていた。
「……でねー、そのとき護衛の人が驚いて鼻からお茶だしちゃってー、お姫様に思いっきりかかっちゃってさー」
「…………」
「それが、どーして身分違いの恋に発展しちゃったのかなぁ。今でも謎なんだよね。
でもさー、世の中には不思議な縁っていうのがあるんだよ、きっと!」
「…………」
訂正。話しているのはミーナのみで、リーリエルの心は完全に別の考えごとで満たされていた。
「……って!!
もー、リーくんってば全然聞いてないしー。
なんか昨日から上の空って感じだし―。つまんないよー」
「別に、お前が面白く思うようにするつもりはないからな」
「あれ? 話は聞いててくれたんだ」
「横で話されれば嫌でも聞こえてくる。
よくもまぁ、ペラペラとずっと話していられるものだと感心するぞ」
「えへへー。褒めても何も出ないぞ!」
「いらん」
「っていうのはウソでーす!
仕方ない。このミーナおねーさんが、リーくんの悩みをバッチリ解決しちゃおう!」
「はぁ? 俺に悩みだと?
そんなものない…………いや、あるか」
「だよねだよね! さぁさぁ話してごらんなさい!」
リーリエルはミーナに視線を向ける。
「目の前の女を黙らせるにはどうしたらいい?」
「無理でーす。
って、違うでしょ!? そんなことじゃないでしょ!?」
「割と切実な問題でもあるのだがな」
リーリエルの半眼に、ミーナは言葉を詰まらせた。
「うっ…………ちょっと、普通に言われると、いくら私でもすこーし傷ついちゃうなぁ……にゃんて」
「ふん」
リーリエルは嘆息し、後方に目をやる。
「奴のことだ」
「奴、かぁ」
リーリエルの言う奴が誰のことを指しているのか、ミーナにも理解できた。
アイリーン湖で遭遇した、正体不明の存在、リーン。
「アレが何だったのか。
いきなり目の前に現れたかと思ったら、脈絡もなく消えた。
聞くが、この世界では魔法も使わずにそんなことが可能なのか?」
「……そんなの絶対無理だと思うけど。
絶対じゃなかったみたいだねぇ」
ミーナが腕を組む。
リーリエルにとってもだが、ミーナにとってもリーンの存在は正体不明であった。
「なるほど、お前が知らんのなら、ありふれたモノだというわけではないようだな。
奴が特殊なのであれば、ひとまずは奴のみを警戒することとしよう」
(警戒したからといって、どうなるものでもないがな)
そう思うが、リーリエルは口に出すことで気持ちが切り替わるのを自覚した。
(考えたところで、これ以上何が変わるということもない。
敵ならば叩き潰す。それだけだ)
ふっ、と口端を歪める。と、ミーナがあごに手を当てて首を傾げた。
「ところでリーくん、あの人の言ってた…………あれ、人なのかな?
まぁいいや、あの人の言ってた魔法のことだけどさ……」
言いかけたところで、即座にミーナとリーリエルの表情が締まる。
二人がその場から飛びたつと同時、その地を穿つ衝撃が襲った。
「……ほう? 今のを躱すか。
人間の小娘に、子分どもがあっさりと殺られたというのも頷けるもんだぶぇあ!?」
それは、ずんぐりとした身体の巨大なコボルトであった。
二人の前にあえて巨体を誇るように悠然と立ち上がろうとしたところで、リーリエルの突きを鼻面に入れられ悶絶していた。
「ぶごおぉぉぉぉ!?」
「ちっ。やはりこの身体では、魔法抜きだと非力にすぎるな。まるで手ごたえが感じられん。
で、なんだ貴様は?
この四天王リーリエルに不意打ちをかけるとは。死にたいのか?」
「くぉぉぉぉぉ!? こ、この!! こちらが下手に出ればつけ上がりやがってぇ!?」
巨大コボルトは今度こそ立ち上がり、鼻を抑えながらも大斧を構え威圧する。さきほど地面を穿ったのは、この大斧であった。
体長は3メートル程度、トロルと同程度の巨体を持つ獣のような魔物であった。
その体躯はコボルトに酷似しているが、大きさは優に数倍であった。
「お、ぉぉぉ…………コボルトウォーリアーじゃん……」
「コボルトウォーリアー?」
「コボルトのパワーアップバージョンだよ。
魔物の中には、たまに覚醒したみたいに強くなっちゃうのがいるんだよね」
「それがコレだというのか? それほど強さは感じないがな。
しかし喋る魔物とは。珍妙だな」
「強い、というかランクの高い魔物の中にはそういうのもいるんだよ」
「俺の世界では言葉を解する魔物などいなかったがな。
まぁ、いい。これは殺して構わんのだろう」
「うん! 放っておくと、いろんな人を襲っちゃうかもだしね!
ウォーリアーは手ごわいけど、私とリーくんならいけるいける!」
リーリエルが付与魔法の打撃術を唱え、拳に力をみなぎらせる。
ミーナは剣を抜いて構えた。
コボルトウォーリアーは憎々し気にリーリエルを睨みつける。
「……てめぇ、赤髪のガキぃ。この俺様に、偉大なる戦士たるデガンジャ様になめた真似をしくさりやがって。
てめぇは殺す! ただ殺すだけじゃねぇ。手足をバラバラになるまで砕いて、飽きるまでグチャグチャの滅茶苦茶にしてやるぜぇ!
ついでに横のガキでも遊んでやるよ!!」
「…………」
「はははははは!! 怯えて声も出ないか!?
だが残念だったな!! 泣こうがわめこうが、許しゃしねぇよ!!!
むしろ、徹底的に悲鳴を上げさせてやる!!!」
哄笑をあげ、デガンジャが邪悪に顔を歪める。
しかしリーリエルは意に返さず、ミーナに顔を向けた。
「おい、ミーナ。
こいつは俺が殺る。手を出すなよ」
「ええ!? ちょっとリーくん!? ウォーリアーって本当に強いんだよ!?
ランクだってBだし、それもAよりのBっていうか……」
「人間の作ったランクなど知らん。
……俺は、どうもこの世界に来てから弱体化した影響か、弱気になっていたようだ。
慎重になることと臆病は違う。
この程度の魔物すら倒せないなど、俺自身が許せん。
とても許容できることではない」
「いやいやいや!? リーくん、ちょっと落ち着いて考えて……」
「ごちゃごちゃうるっせぇんだよぉぉっぉ!!!
もういい!! てめぇは今すぐぶっ殺してやる!!!!」
デガンジャがリーリエルに大斧を振り下ろした。




