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5-前 引きこもり令嬢と攻略対象

長いので、前後編に分けます。

「ううぅ……」


お義兄様のおかげで無事に神殿から帰りついた3日後、わたしはまたまた、馬車の中で頭を抱え、唸っていた。だってこれ、完全に嫌がらせ……。


お義兄様の策は完璧だった。案の定、お義兄様自身の聖魔術開花という情報の投下は、神殿を吹き飛ばす勢いで大爆発をみた。

生まれ持った適正の枠を超えた魔力の開花──それは本来、有り得ない。しかも、希少も希少な聖属性だ。


教義に反するわけではないから処罰なんかの心配はないものの、常識には反するから、検証は必須。となると、デウシス教主どころか神殿全てが上へ下への大騒ぎになる。しかも、王城からの使者が居る場での発言だ。神殿内で誤魔化すことはできないし、下手すれば王城どころか貴族階級も誘爆する一大事。


……となれば、開花待ちのわたしなんぞにかかずらわってる場合じゃないのが大人の世界で。

お義兄様の言いつけ通り、ありがたく、真っ直ぐ馬車に戻り、家に帰った。あらかじめ言われていたし、神殿中の意識をお義兄様が引き付けてくれたから、道中一人でも問題はなし。帰宅後になぜ一人なのか訊かれたくらいで、それも簡単な説明でわかってくれた。


「ううぅ…………」


首元の幻石を握りしめる。もうすっかり、精神安定剤だ。握っていると、ほんのりお義兄様の気配がするようで……安心できる。


「ハァ……お義兄様…………」


とはいえ、あの素晴らしく聡明な義兄が一緒に居てくれる安心感とは比べ物にならない。わたしは、迫り来る『暁の楼閣』を避けるように目を瞑った。


お義兄様が、帰ってこない──。

それはわたしにとって、異常事態以外の何ものでもなかった。

何処に居るかはわかっている。神殿だ。

何をしているかもわかっている。聖魔術の検証だ。

だけど…………。


ガタン、小さな揺れを残して馬車が止まった。ついに来るべき時が来てしまったかと、息を呑んで固まったところで、素早く扉が開かれた。なぜ……?


「ようこそ、我らの学び舎へ!」


ヒョコリと軽い動きで顔を覗かせたのは、わたしの嫌いなワガママ王子ラムールライト。運悪く固まっていたせいで、初めて面と向かって顔を会わせるはめになってしまった。

……うん、美形。知ってた。だって二次元版を画面越しに何回も見たし。


青みがかった銀髪に、遠目ではわからなかった紫紺の瞳。爽やかな笑顔を浮かべた、スラリとした王子様。見た目、如何にもな王子様。キラキラしい自家発電機付き。


まさか初っ端から突撃して来られるとは思っていなかったせいで、金縛りが悪化した。

そして……そのせいで、見てしまった。紫紺の瞳がまん丸くなり、それからわたしを値踏みした後、ニヤリと微笑む瞬間を。

うーわー……。

ヒトによっては、「ゾクリとする」とか、「色っぽい」とか表現する表情だということは知っている。が。ゾワリとした。良くない感じに。


「ガガト。手ぇ、出さないでね? コレ、ボクのだから」


ふふふ、と爽やかな笑みを浮かべているのに、背筋が慄える。獲物認定されたかも……。


「はっ! 殿下のお気に召された女性でしたら、全力で警護致します!」


王子の後ろで赤が動いた。暑苦しい。

見開いたままの目に飛び込んで来たのは、真っ赤な髪を逆立てた、如何にも男性的な外見の騎士。つい先日見覚えのある彼が、厳しい漆黒の瞳でこちらを睨んでいた。


間近に見る視線のキツさに息が詰まる。神殿では気づかなかったけれど、これが本物の騎士の持つ眼差しなのだろう。目だけでヒトを射殺せる、そんな圧のある視線とは今世前世含めて初めて出会った。

常に感じている怖さとは違う……すぐそこにある命の危機。根源的な恐怖に鳥肌が立つ。


「こらガガト。怖がらせちゃダメでしょ」


ふ、っと影が落ちた。

それが、馬車に乗り込んで来た似非えせ爽やか王子のものだと気付くと同時に、体が傾ぐ。


「大丈夫? ほら、アニーちゃん息を吸って?」


非常に不本意ながら、ラムールライトが視線を遮ってくれたおかげで、金縛りが解けていた。彼の言葉に、自分が長く息を止めていたことにも気付かされる。


「……っ、ん、ハ……ハァ、ハァ……」


新鮮な空気を必死の思いで吸い込むと、少しだけ戻ってきた感覚が違和感を見つけた。

左肩、と……右腰……?


「ひぅ……っ」


「ん? あぁ、驚いちゃった? でも危ないからね、暴れない暴れない」


状況として、倒れかけたところを支えてくれたのだろうと想像はつく。けど……っ!

反射的に身を離そうともがくものの、貧相なわたしの筋力では壮健なラムールライトを引き剥がせない。

か……痒……っ蕁麻疹が……っ!! 触れられているところからブツブツと痒みが広がってくる。なのに、触られた恐怖に血の気が引いて……王族の前でありながら、パニックの発作に襲われそうだ。


「あぁほら、座って? ……ふーん、ホントに引っ込み思案なんだなぁ……新鮮」


命の瀬戸際ギリギリのところで離れたワガママ王子に、ぐったりと息をつく。

疲れた……もう帰りたい…………本気で……帰して……。


「さ、じゃあアニーちゃんも落ち着いたことだし。お茶しに行こっか」


語尾に音符がついて聞こえる。と、いうか……オチャ? え? おちゃ???


「ほら」


「…………ぇ?」


「なんと! ラムールライト殿下御自らエスコートを!? ……これは本気で護衛しなくては……っ!」


えす、こーと? え、なんで?


「学園の中、わかんないでしょ? 迷子にならないように気をつけなくちゃね」


キラキラの爽やか笑顔だけ見れば、多分、親切心。多分、女子ってヤツは、こういう見た目のイイ王子様に親切にされたら目をハートにして喜ぶんだろう。

わー……如何にも乙女ゲー厶って感じがするわー……。わー……ホント、無理ー……。


差し出された手を見ながら後ずさる。狭い馬車の中、しかも腰掛けた状態のわたしでは逃げ場がないとわかっていても、足掻かずにはいられなかった。

正直、さっき出た蕁麻疹が痒過ぎて。これ以上増えたら発狂する。


「え、何この反応。うわ、初めて見たんだけど。蒼白で震えながら泣く女の子とか……実在したんだ??」


とんでもない言い草に、心の中でキッと睨む。……現実では目なんてもう一生合わせたくありませんが。


「ほぉら、怖くないよー? ……ってなんで更にガクブルするわけ!? うっわー、おもしろっ!!」


爽やかイケメンなうえ、王子なのだから、きっと彼は周りに冷たくされたことなどないのだろう。メインヒーローとしてこの世界に君臨して、行く先々でキャーキャー騒がれる……嫌われる可能性なんて、微塵も思い至らない。そんな傲慢さが言葉の端々から感じ取れた。


「ね、見てガガト。彼女、ボクのことめっちゃ怖がってるんだけど。なんか、ちょっとガガトになった気分〜。ガガトはさぁ、いっつもこんな優越感感じてんのー?」


「優越感、ですか……?」


「そー、今この子のおかげで、めっちゃ強くなった気ぃしてる」


「私の強さは主のためです。いっそう精進します!」


「うん、相変わらず噛み合わないなー。ま、いっか、頑張ってね」


「はっ!」


よくわからない主従漫才が繰り広げられている隙をつけないものかと窺うが、馬車に1つきりの出口が狭すぎて、勝機が見えない。


「さ、アニーちゃん、行こうねぇ〜」


猫撫で声で再度差し出されたラムールライトの手には、しっかりとした布地の白い手袋。もちろんわたしもレースの手袋を嵌めている。薄手の白い布にレースを3重に重ねた特注品だ。

素手でないのはマシだと思える。しかし、ドレス越しだろうが手袋越しだろうが、「触れられてる」と認識すると、もう無理だった。最低で蕁麻疹、最高なら息の根がキュッと止まって終了。


だから……わたしは仕方なく、勇気を振り絞った。わたしのために体を張ってくれたお義兄様にお礼を言うまで、死ぬわけにはいかないから……。


「で……殿下……っ! ぉ、おそっ、恐れ多いので……っ!」


上げられず伏せたままの脳天に視線を感じる。


「うん?」


「ぅ、うしろをっ、つ……ついて、ぃ、行かせて、ください……っ」


「……顔、あげて?」


「っ……」


一世一代の懇願だった。

こんな、ロクに面識もない甘ったれたワガママ王子相手にわたしが何か言ったところで、無駄かもしれない。それでも、背に腹はかえられなかった。

他人に頼るどころか、物を頼むのも慣れていない。緊張のあまり歯の根が合わず、今にも涙が湧き出そうだ。さすがに王族の前で取り乱すと義家族に迷惑がかかる気がして……必死で耐えた。手袋をしているのに、握りしめた爪が肌に食い込む。


「顔、あげて?」


やけに粘っこい声に、ビクリと肩が跳ねた。

前世の経験上、良くない傾向の声質だ。なんと言うか……闇を感じる。


恐る恐る、そろそろと、顔を上げた。


「目線、こっちね」


有無を言わさぬ、命じ慣れた口調に仕方なく、王子を見る。相変わらずキレイな……腹が立つくらいにキレイな微笑み。


「うわっ……清楚可憐な美少女がガチで怯えながら涙目で上目遣い懇願とか……変な性癖目覚めるわコレ」


ただし、思わずといった風に口走った言葉はまったくもって鬼畜でしかない。


ひっ、と息を呑んだわたしに、ドS王子は一瞬だけニタリと笑った。


「ねぇガガト。今日はこのままお持ち帰りってことでイイ?」


いやいやいやいや! 絶対ダメ!! このヒト、紛れもないイジメっ子の目、してる!!

連れ帰られたが最後、陰に日向にわたしが苦しむのを楽しんで、えげつない嫌がらせをしてくるに決まっている。


既にロックオンされた気配はあるが、今ならまだ間に合う。わたしは自分が嫌いだけど、不幸になりたいわけじゃないし、そもそも自分の嫌いな相手の娯楽になってやる程優しくもない。


「申し訳ありません! 主人の望みは出来うる限り叶えたいと思いますが、さすがに今の今では根回しが済んでいませんっ。オルナメントゥ公が陛下に訴え出た場合、殿下のお立場が……」


「えー? なんとかなるでしょー?」


「ご聡明な我が主ならばお気づきかと思いますが、敢えて言葉にするのでしたら……畏れ多くもラムールライト殿下が御自らオルナメントゥ家ご令嬢の迎えに出られたことは、まさに今、学園中に広まりつつあると思われます。さらに、彼女は神殿も欲する聖女です。無理に連れ帰ることで、万が一にも殿下に何らかの隙ができれば、結果、メタルム公が喜ぶだけかと……」


「……チッ。めんどくさ」


……おおっ!

舌打ちにびくりとしたのも一瞬、思いもしない方向からの助け舟に一筋の希望が見えた。熱血騎士、真面目気質か。


「メタルムね……さすがにそれはなー……。あー……せっかくソプラソスがいない好機なのにぃー……」


メタルム氏。なんだかどこかで聞いた気もするけれど……鬼畜王子にこんな情けない声を出させる存在なのなら、是非とも今後は覚えておこうと思う。

というか、やはり、お義兄様の不在を狙ったのか。元々ない好感度が概念ごと消えそうだ。


「仕方ない。地道に攻略してくかぁ。ってことで行くよ」


「ひっ!」


ガシッと腕を掴まれた。つい今しがたまでの気だるさを消したラムールライトが


「逃げられるとか思わないでね。そうやってウルウルガクガクビクビクしながらちゃんと隣に居ること。これ、命令だよ」


爽やかなキラキラ笑顔のまま、低い声で囁く。声はまったく爽やかじゃない。


「んじゃガガト。外野はよろしく」


「はっ!」


ひどすぎる。

ブワッと出た蕁麻疹の痒みに気が遠くなりながら、なんとか歩いて馬車を降りた。少しでもグズグズしようものなら、容赦なく腰を抱きにくるから、死ぬ気で歩く。

ちょっとこれは……お義兄様、わたし、ここで死んだらホント、ごめんなさい。


「ふふ、イイ気分」


遠くで聞こえる黄色い悲鳴と、鼻歌でも歌うかのような上機嫌な呟きに、殺意が芽生えた。わたしはクズだが、このヒトはゴミだ。でもってゴミの外面に騙されるヒトも同レベルのゴミ。


やっぱり、人間なんてロクでもない。お義兄様だけ……。


「……?」


ふと、強い視線を感じた。

そっと振り返ってみれば、鋭い目付きで辺りを見回すガガトの姿が視界に入る。でも……違う気がする。射るようなこの視線は、前世で何度か覚えがあった。熱狂的に支持するタレントの、その隣に立つ者に向ける、嫉妬の視線──。


誰だろう、と思う前にイラッとした。なんでこんなワガママ鬼畜王子のために、わたしが悪意に曝されなければならないのか。ゴミに焦がれるゴミがクズを睨むとか、低レベル過ぎて泣けてくる。

こっちはただでさえ、痒みその他に耐えているのに……!


「さぁ、あのてっぺんだよ」


本当にティータイムにするつもりなのか、ラムールライトは人気ひとけのない方へと進んで行った。学園に来たのに勉強しなくてイイのかと不安になるが……教室はちょっと……いや、かなり行きたくない場所だから、敢えて口にするのは止めておく。ヒトが増えて良かったことなんて、経験上、一度もない。


「ホントは王族しか入れないんだ。特別だよー?」


目指す先は、どうやら敷地内に聳える楼閣の一つのようだった。

遠くから見る分には古風で風情あるランドマークだが、近付いて見ると楼閣は横にも縦にも大きい。例えるなら、かなり大きな五重塔。実際には十階以上の高さがありそうで……正直、登りきれる気がまったくしない。


それにしてもなぜ、偉いヒトほど高い場所を好むのだろう。庶民を睥睨するのが好きなのか、何なのか。

思い出してみれば、瑠璃の住まいは、母の選んだ高級マンションの最上階。母の彼氏のベンチャー社長は、タワマンのてっぺんに住んでいた。

……煙と何とかは、高いところに登るんだっけか。そうか、そういうことなら納得できる。行くのはホントに嫌だけど。


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