4 聖女候補と聖なるお義兄様
有意義だと思える遺跡探索を楽しんだ日から1週間。わたしはまたしても、ガクガクと震えていた。
それもこれも、すべてはワガママ自己中王子のせい。
ゲームでは「ドSオレ様」設定だった王子だが、こうして現実で接すると、ワガママ自己中な印象が圧倒的に強い。耳にする言動が軽いせいだと思うし、自己中はドSに、ワガママはオレ様に通じるから、設定との齟齬はないのかもしれないけれど。
「あの……お義兄様も……?」
「うん、一緒に行くよ。アニーを一人にするようなことはないから、安心して?」
「ありがとうございます……。あの、お忙しいのに……」
手を煩わせている自覚はある。それでも、1人で行くなんて無理ゲーだ。
「気にしなくていいよ。私も神殿には用事があるし」
そう、神殿。
数ヶ月前、聖女出現の神託を王子に告げた、いわゆるわたしの潜在敵。
未だ魔力の開花しないわたしだけれど、だからこそ一度教主に会わせてみるべきだ、そう王子が強く主張したらしい。そして、国王は「一理ある」と親バカ全開の同意を示したのだとか、「ウチの子賢い」と絶賛したのだとか……。
その結果の、拝殿命令──。
何それ、この国って独裁国家? 王権、いくらなんでも強過ぎない? 「王国」ってこういうものなの!?
……思いはするが、国王の署名がなされた命令書を示されてしまえば、どう足掻いたって無駄でしかない。前回のお義兄様の訴えが効いたのか、家族同行が推奨されたことだけが、せめてもの救いだ。
「……ねぇ、アニーは自分が本当に聖女だとイイなって思う?」
馬車の振動以上に震えるわたしに、すぐ隣から声がかかる。もちろんお義兄様だ。緊張のあまり色をなくしつつ、幻石の入ったロケットペンダントを握りしめていたら、さりげなく隣に寄り添ってくれた。
剥き出しではあまりに高価であまりに目立つ幻石は、お義兄様が用意してくれた繊細な銀細工のロケットに入っている。簡単にパカッと開いて落ちるタイプではなくて、しっかりした造りの、一見普通のネックレスだ。そんな素晴らしくも実用的なデザインを成立させるあたり、しみじみと、さすがお義兄様だなぁと思う。重ね重ねありがたい。
しかも、精神汚染防御効果は気休めではないらしく、確かに効いている実感がある。何せ、いつ気絶してもおかしくないこの状況で意識を保っていられるのだ。お義兄様が寄り添ってくれた時の方が安堵が大きかったのは……さすがにまぁ、気のせいだろう。
「……ゃ、です」
「ん?」
「聖女……絶対、嫌……です」
わかってる。乙女ゲーの主役なんだから、わたしが聖女に決まってる。聖女じゃなきゃストーリーがそもそも始まらない。
「そう? 絶対、なの? 聖女相手なら、王子殿下だって迂闊なことを言えなくなるよ?」
「嫌です」
あの王子、存在を思い出すだけでめんどくさいです。
そんな気持ちが溢れたのか、我ながら驚くくらい、キツい声が出た。
それに。可能かどうかは微妙だが、そもそも、ストーリーが始まらないのが理想的だ。そうすれば、お義兄様が変わってしまうかも、なんて恐怖心を抱かなくて済むし、余計なルート選択をしなくて済む。
「やっぱりそうなんだ……。わかった、なんとかしてみるよ」
「……え?」
聖女にならずに済むようにしてくれる、ということだろうか。……いや、そんなこと、できるものなの…………?
「今日は時間がないから時間稼ぎくらいしかできないかもしれないけれどね。でも、考えてみる」
「ありがとうございます……」
すわ攻略対象によるストーリー改変か!? と驚いたが、そういうことではなかったらしい。
残念な気持ちはあるものの、それ以上に安堵した。だって、さすがにリスクが高過ぎる。この世界の未来を背負って立つと言っても過言ではないくらい優秀な義兄だ。何かあったら自己嫌悪どころじゃなく、本気で生きていられない。
「ようこそおいでくださいました。本日、教主様は神託の間にてお待ちです」
ついに辿り着いてしまった神殿は、壮大な建物だった。
学院の遺跡部分もそうだったが、ゲームで描かれているのはごく一部。こうして現実で目にする全体像は、衝撃的なほどに大きくて、厳しい。
相変わらず優しく優雅にエスコートしてくれるお義兄様の腕へ縋らせてもらって、なんとか進む。
照れとか気まずさとか、感じる余裕もない事態。恐怖やら重圧やらが押し寄せてきて、足元が覚束無い。お義兄様がいなければそもそも、こんなトコに来る前にわたし、事切れていたと思う。今もなかなかに重篤だ。
「アニー、私がついてる。大丈夫だよ」
すれ違う神官達の視線も気にはなるが、正面の大扉の向こうが何より気にかかる。心強い言葉に引き攣った頷きを返しつつも、意識の半分は昔画面の中で見た、覚えのある大扉へと向いていた。
わたしが聖女であるという迷惑な神託。
そもそも神託は──八百万に近いの神の言葉は、教主しか聞くことができない。八百万も居るんだから、他にも会話できるヒトが居たってイイのに、不便なことだ。
そして、教主は、
「ようやく来たか」
癖のない黄金の髪を無造作に伸ばした、彫像のような無表情の美形。無機質な琥珀の瞳を無機質な金縁眼鏡で隠した、
「デウシス猊下……」
攻略対象キャラ、ジャンル「厭世的で孤高な一匹狼」。
歴代随一の神通力を持つと言われるデウシス教主が、玉座の如き豪奢な椅子からこちらを見下ろしていた。
「ソプラソス・ドゥオ・オルナメントゥ並びに、キュアノス・デム・オルナメントゥでございます。デウシス教主猊下に拝謁賜り、光栄にございます」
いくら玉座っぽくても、ここは神託の間で、相手は神の前の平等を謳う教主。敬意を現す公式な礼をしたあと、お義兄様はなんの躊躇いもなく口を開いた。
「本日は王命により参上致しました。我が家のキュアノスを猊下と引き合わせよ、とのご下命でございます。しかしながら、ご覧の通りキュアノスは大層内気でございますので、何卒ご寛恕いただきたく存じます」
一歩下がった位置に庇われているとはいえ、あちらの目線は高い。降ってくる刺すような視線に、歯の根が合わず涙が滲んだ。
緊張もあるが、この視線が純粋に怖い。道端の塵芥を眺めるかのような無機質な視線は、自分が無価値であると如実に突き付けてくるかのようだ。家族に守られた今生では初めて受ける視線。前世では当たり前のものだと思っていたのに……今はこんなにも恐ろしい。
「そうか」
厭世的という設定を超えて、デウシスは現世の何事にも興味がないのかもしれない。気だるげに頬杖をつき漫然とこちらを眺めているけれど、眼鏡のガラス越しのその目には、何も写っていないかのようだった。人形のようにただ、義務としてそこにある、そんな気配。
震え続けるわたしに当然のごとく気付いているお義兄様が、大仰に辺りを見回した。その仕草で初めて、この場には他にも数人の神官が同席しているのだと気づく。
「さて、猊下にご挨拶させていただきましたことで、我々はもはや役目を終えてございます。お忙しいデウシス猊下のお時間をお取りいただき、感謝の念に耐えません」
1秒でも早く帰りたいわたしの気持ちも丸わかりなのだろう。お義兄様が、穏やかな笑顔で卒の無い挨拶を重ねる。
退出の挨拶だと気付いて小さく息をついたところで、
「少々お待ちを。間もなく、王城からの遣いの方が到着されます」
脇に控えていた老齢の神官が口を開いた。
王城からの使者が着いてからこそが本番、とばかりの口ぶりに、頭が一気に真っ白になる。
それから一拍送れて、ドロドロした感情がとめどなく吹き上がった。呼び出しといて待たせるとか何様なのか。王様か。使者様か。はたまたワガママ王子様か。
ロケットを握しりめてなんとか平静を保とうと努力するものの、精神汚染速度が速すぎるのだろう。ただでさえ限界に近かった精神が、一気に闇堕ちしてしまいそうだ。
「おや。もしや私達はご指定の時間よりも早く押しかけてしまいましたでしょうか?」
淀みかけていた視界がすっと晴れた。
穏やかで清涼なお義兄様の声。まるでこの幻石を得た庭園の空気のように心地好い。
あぁ、いてくれて本当に良かった──。
「……いえ、あちらが少々遅れておられるのかと。まぁ……王城は思わぬ仕事が舞い込むことも多いそうですからな」
責める響きなど欠けらも無いお義兄様の声なのに、応える方はやけに落ち着きがない。疚しいことでもあるのだろうか。
「左様ですか。危うく変な勘ぐりを致すところでした。けれど、我々の滞在時間を伸ばしたところで猊下のご神眼に写る結末は変わらないでしょう。私と致しましては、内気な妹が王城の使者殿の前で意識を失うことがないか気掛かりです」
公の場、佳人の前での気絶なんて、大失態……粗相に他ならない。なのに、この優しい義兄は「不安」ではなく「気掛かり」、心配なのだと言う。
「ぜひとも猊下のお慈悲を賜りたく存じます」
それはつまり、「自分達が帰ったって、デウシスの言葉があれば問題ないんだから、さっさと帰らせろよ」という意味。「来たくないのを来てやったんだからもうイイだろう」という意味も無きにしも非ず、だ。
喧嘩腰とも受け取られ兼ねないお義兄様の言葉。それは全て、震え続けるわたしのため。
あぁ……わたしはこの優しい、義妹思いの義兄に、何が返せるのだろうか。わたしなんかに、これだけ心を砕いてくれる優しいヒトに……。
「……ふむ」
しかし、高い位置から降って来たのは、無関心を露骨に表した音だった。神官の主張もお義兄様の言い分も、彼にとっては同等に価値がない、そう感じさせる無気力な音。
「其方、他に言うことがあるだろう? 登録するつもりがないのか?」
気だるげながら確信の籠った指摘に、周囲が首を傾げた。
「……黙秘か? 無駄なことを」
退屈だ、とはっきり嘲るデウシスにカチンと来る。教主だか何だか知らないが、うちの義兄がどれだけ優れているかわかっていての発言だろうか。無駄なことなんてあるもんか。
「おや、猊下におかれては私との会話をご所望のご様子。では一つ」
案の定、わたしにはわからないデウシスのカマかけに、お義兄様が笑顔を返した。
「猊下は、『聖女と対を成す者』についてご存知かと。実は私も見当が付いております」
「……」
こちらを見下ろすデウシスは何も言わない。けれど、その視線はあからさまに険しくなったのが感じられた。
「創世に語られる聖女と今を生きる聖女では役割が違う。もちろん、神殿の多数派を占めていらっしゃるそのお考えには同意致します。ですが、ね、デウシス猊下?」
「…………其方、争乱を望むか」
「いいえ、まったく?」
ニコニコニコニコ。笑顔で武装したお義兄様はやっぱり最強かもしれない。だって、不機嫌がデフォなかわりに滅多に感情が揺れないはずのデウシスが、心底嫌そうな、不機嫌を超えて不機嫌なしかめっ面をしている。
「お義兄様……」
殺気すら感じさせるような剣呑な眼差しに思わず、すぐ隣の腕を引いた。間違いなく、何かの意図があるのだろう。だが、危険な綱渡りの可能性が高いように思える。
……それにしても、聖女の対、か。突飛なことを考えるものだ。さすが、天才の頭脳は根本から発想が違う。
「ただ、それらを理解せぬ者に、私の大切な大切なキュアノスの隣に立たれるのは不愉快極まりないのでございます。それがどれほど貴い方でいらしても、ね」
わたしを落ち着かせるように柔らかく微笑んでくれたあと、お義兄様は宗教界のカリスマへと視線を戻した。それは横で見ていてもわかる程、冴えた視線。表面だけは穏やかなのに、眼差しはデウシスに負けないくらい鋭かった。
「其方……ハァ。……厄介だな」
「光栄です」
「……ただのはったりではなさそうだ。ふむ。ソプラソス・ドゥオ・オルナメントゥだったか。覚えておこう」
「あ──」
──りがとうございます。
静かな睨み合いの後、そう続いただろうお義兄様の言葉は、
「遅くなってすまなかった!」
バゴーンッ!! と開かれた扉と、覇気溢れる声に消し飛ばされた。
飛び込んで来たのは赤。燃えるような真っ赤な髪を逆立てた、彫りの深い男前。生き生きと闊達な雰囲気の青年だった。
「ラムールライト王子殿下より名代を拝命したガガト・デオ・アルンと言う!」
堂々たる体躯の若い騎士は、どうやら俺様王子の側近らしい。申し訳なさそうな空気を醸しつつ絶対に下手に出ない態度と、周りの神官達の囁きがそう教えてくれた。
「ご用命の件、如何に!?」
シルバーの胴当てに描かれた赤い紋章、マントも朱色。暑苦しいほどの生命力を感じさせる騎士は、その印象に違うことなく勢い溢れる性格だった。
ただの癖なのか威圧なのか、判断しがたい大声を上げながら周りを見回す。
一瞬視界の隅に捉えただけのわたしでも目に焼き付いた、猛々しいまでの赤。
「アルン殿。殿下の名代といえども猊下の御前にてその態度、さすがに不遜ではございませんか」
壁際にいた神官の一人が不快そうに制止するが、
「我が主はラムールライト殿下お一人だ。その事実を近衛騎士として誇りに思う!」
微妙にズレた暑苦しい主張だけが広間に響いた。
……間違いない。彼も攻略対象だ。
熱血直情担当騎士。わたしの一番苦手なタイプ。
嫌い度で言えば、強引俺様王子の方が格段に上だと断言できる。しかし、生理的に無理なレベルで苦手なのが、このヒト。
思ったことを迷わず口にする……とか、思い込んだら一途……とか。どんだけ自分に自信あんの? って話だ。これを「ワンコ」とか表現できる皆さん、愛護心に満ち溢れていらっしゃる。
……うん。わたし、世界に馴染めないとか言う以前に、生きることに向いてない。しみじみ思う。庇護欲とか、寛容さとか、持ち合わせがない。……それでも生きなきゃならないし、何だかんだで生きれるし、生きるからにはわたし如きがお義兄様に害を及ぼさないように頑張って、なんとかここにいるんだけど。
「我が主の望みは世界の平和。なんと気高く素晴らしい御心であられることか! 教主殿の御協力感謝する!」
ガガトの視線はひたすらにデウシスに向いている。薄い笑顔を貼り付けたまま数歩下がったお義兄様に合わせ、わたしも心持ち壁際へと移動した。これ幸い、このままこっそり退出できないものだろうか。
暑苦しく、体躯に優れた騎士の存在感は強い。お義兄様さえ、その才気溢れる気配を少し潜めてくれれば、脱出は容易な気がする。
それにしても、これで遭遇した攻略対象は4人目だ。本編と流れは違うけれど、着々と役者が揃う様を目の当たりにするのは恐ろしい。
本来なら意地でも避けて通る、美麗で華やかな男性が既に4人も。そういうヒトは前世の母親の守備範囲であって、わたしにとっちゃ鬼門でしかない。だって、顔のイイ人間なんて、人間の中でも特にダメな人種だからね。もちろん、自分も含めてだ。
「アニー、馬車までの帰り道はわかるね?」
ふいにお義兄様が耳元で囁いた。
突然至近距離から流し込まれた柔らかな声に、心臓がドキリと震える。そろそろと目だけ上げて窺えば、蕩ける程に優しい瞳。
大嫌いな「顔のイイ男性」のはずなのに、お義兄様はやっぱり違う。こんな気持ちを抱く自分のダメさに唖然とするけれど、やっぱり、お義兄様は特別。誰とも違う。
たぶん……無条件で信じられる相手……「保護者」って、こういう相手を言うのかも……?
こくりと小さく頷けば、今度は褒めるように目を細め、
「少し先に帰っていて欲しいんだ。寂しい思いをさせてごめんね? でも、アニーのことは絶対に守るから、家で待っていて」
わたしの髪をサラリと撫でる。
……あぁ、困ってしまう……。大切なこのヒトを恋愛脳に変えたくないから、別の攻略ルートに入ると決めたのに……。なのに、お義兄様以外のヒトと、表面上だけでも親しくなると想像するだけで、倒れそうだ。
お義兄様を困らせたくない。でも、お義兄様じゃないと無理だと思ってしまう。さすが、「保護者」。
「どうかした?」
無意識に、見つめてしまっていたらしい。おかしそうに小首を傾げ、お義兄様がくすりと笑った。
「ふふっ、可愛いアニー。大好きだよ。私を信じて待っていてね?」
宥めるような穏やかな微笑み。……この微笑みを失いたくない。いろんな意味で大それた願いだとわかっている。それでも、わたしの中の小さなアニーの力を借りて、その願いをもう一度、心に刻んだ。
「我は神の御言葉をありのままに伝えるだけ。キュアノス・デム・オルナメントゥ、その者が聖女であることは確かだ」
「殿下のご下命はそのようなわかりきったことの確認ではない!」
ふいに、自分の名前が聞こえて来た。存在の派手な二人の睨み合いが続いているのは知っていたが、突然自分が引き合いに出されるとは思ってもみなかった。
集まる視線を遮るように立ってくれるお義兄様には心底、感謝しかない。……そうだ。お義兄様への恩返しと思えば、嫌いな相手のルートに入ることも我慢できる。
「ふん。如何に王族の頼みといえど、聖女を覚醒させることなど誰にもできぬわ。考えればわかるだろうに愚かなことよ」
「何を……!? 我が主に対する侮辱はいかに教主といえど……」
「許される。王族と教主は対等だ。我を従えたくば王の勅命を持つが良い。しかし……其方、それすら知らずによく吠えられたものだ」
「ぐ……己の力不足を反省もせずに論点をすり替えるとは、恥知らずの卑怯者めが!」
「ふん。弱い犬ほどよく吼えるとは至言よ。魔力の開花は個人の成長の一過程だ。其方の主の求めは『幼子の身長を今すぐ大人並まで伸ばせ』と言うも同じ。あるいは『使えない騎士を今すぐ老人にしてしまえ』とな」
舌戦は圧倒的にデウシスの方が優勢だった。翻って、ガガトが弱すぎるとも言う。
とりあえず2人の非友好的な会話から、わたしが今日ここに呼ばれた理由がわかった。予想の範囲内といえど、イイ気はしない。しかし、外的要因で魔力が開花することはないという情報は、有益だった。
魔力が開花しなければ、わたしは聖女じゃなくて、ただのアニーだ。
「はぁ……。非常に不本意だが、ソプラソス・ドゥオ・オルナメントゥの言うことは正しいかもしれんな。無知蒙昧な輩に聖女を預けるのは却って危険か」
ふいにまた、デウシスの視線を感じた。
彼の視線は気怠いのにキツい。乙女ゲーとしては、その冷淡さを軟化させていくのが醍醐味なのだろうが……無理。そんな気概が湧いてこない。同じ次元にいると、ただただ怖い。
「聖女は神殿で保護するが良いのやもしれん」
「な!? そんな勝手、殿下がお許しになるはずがない!」
取って食われそうな錯覚に身が竦む。
あ、そうか。あの視線、無機質で、どことなく爬虫類っぽいんだ……。
「ふん。聖なる魔力は我らの管轄。王子どころか王の許可すら必要ない」
「しかし……っ! ……そうだ、戸籍! 国民の管理は、陛下の許可なしには行えないだろ!?」
「別に籍をいじる必要はあるまい。オルナメントゥの娘はオルナメントゥの娘として神殿に所属するまで。……浅知恵の猿との会話は疲れるな」
「何を……っ!!」
なぜか、わたしの預かり知らぬところでわたしの身の振り方が話題になっている。逃げ出したい。今すぐ、毛布をかぶりたい。
「発言をお許しいただけますか?」
ふいに再び、清涼な風が吹いた。あぁ……息が、できる。
「うるさい!」
「うるさいのは其方だ、猿めが。……許可する、ソプラソス・ドゥオ・オルナメントゥ。面倒でも人間との会話の方が気楽だからな」
鬱憤を爆発させるかのように反射的に喚くガガトを軽蔑の視線で眺め、デウシスが溜息をついた。
にっこりと微笑むお義兄様、デフォで不機嫌な爬虫類系教主、頭から湯気を上げる脳筋ウザ騎士。微妙に火花が散っている。
……何このシュールな三竦み。お義兄様もよくこの状況に飛び込めたものだ。さすが眉目秀麗頭脳明晰将来有望な超絶貴公子。
「ご温情ありがとうございます、猊下。
ところで、我が家の大切な一人娘であるキュアノスに関しましては、私が責任をもって庇護致しますのでご心配なさいませんよう。なんとも幸いなことに、私は先程猊下からご指摘いただきました通り、聖魔術の開花をみております」
「は!?」
「…………ハァ。其方、やはり狸だな」
イイ笑顔のお義兄様。ちょっと、ドヤった感がなくもない。うん、かなりレアでかなり可愛い。……これいったい、なんて沼? これが世に言うきょうだい愛?
後天的な聖魔力の開花──。
その一言は、凄まじい威力で爆発した。
「──さて。英雄が出るか魔王が出るか……」
前代未聞にして、有史以来の一大事。
デウシスのその小さな呟きは、蜂の巣をつついたような騒ぎに呑まれて、ふつりと消えた。