表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

1 アニーとキュアノスとお義兄様

初日なので、2部。

自室の壁の小さな木板きいたが警戒色にぼんやり光った。お義兄様からの、緊急連絡。引きこもったわたしの部屋に、急遽今から来る、合図。


「……アニー?」


最高潮に高まる緊張感の中、控えめに入ってきたお義母様かあさまとお義兄様にいさまの顔色は、すこぶる悪い。カーテンを締め切った薄暗い部屋でもはっきりとわかるほど、普段と違った。


……嫌な予感、としか言えない。

両手を胸元で握りしめ小刻みに震え始めたわたしを、2人は愛情と心配がダダ漏れな瞳で見つめる。なんて分不相応で申し訳ない慈しみだろう。


「ごめんなさい……こればかりはどうにもできないの……」


申し訳なさを溢れさせたお義母様の姿に、わたしの方こそ申し訳ないと強く思う。わたしが普通の娘なら何の問題もなかったのに。


「アニーには絶対、指一本触れさせないと約束するよ。私がついてる。一瞬、ほんの一瞬姿を見せるだけでイイからね。むしろ、王子とはいえ、本当は会わせたくないんだ。一瞬で追い返すように尽力するよ」


伝わってくる確かな憤怒。貴族としての責務に逆らってまでわたしを守ろうとしてくれるお義兄様に、申し訳なさがカンストした。


「……大丈夫です」


一大決心して、顔を真っ直ぐドアへと向ける。

けれど、蚊の鳴くような声しか出ないから、お義母様とお義兄様には泣き言のように聞こえてしまったかもしれない。


「大丈夫、です。……あり、ありがとう、ございます」


だから、言い直す。声の震えを抑えて、極力はっきり。


「あぁアニー、こんなにも優しく素敵な子に育ってくれて……っ。本当に……本当にごめんなさいね。あぁアニー、わたし達の力不足を許してちょうだい……」


「無理に喋ろうとしなくてイイよ、私が代わりに応えるから。むしろ、声を聞かせてやる必要はない。突然訪ねて来たあちらが悪いのは明らかなんだ、顔を出す優しさに感謝して欲しいくらいだ。……そうだ、王子アイツが帰ったらご褒美に、特別に美味しいホットチョコレートを用意しようね。2人でゆっくり楽しもう」


整った顔を歪めて、憤り、そして涙ぐむ2人の悲愴な表情に、わたしの涙腺まで弛みそうになる。けれど、ぐっと耐えた。わたしに泣く資格はない。


王子の突然の来訪と、養女わたしへの面会依頼──。

アポなしとはいえ、王国を支える貴族である以上、王家には忠誠を尽くさねばならない。断るなんて、無理難題。不可抗力だ。


とはいえ……そもそもわたしが引きこもりじゃなければ、こんな問題は起こらなかった。王子からの面会依頼なんて、本来は喜ばしい限りで、家族にとっても誇らしいこと。なのに…………貴族の娘のくせに、みっともない。こんな養女でごめんなさい。

それに……そもそも、わたしが前世の記憶なんてものを思い出さなければ、今も平和に暮らせていた。家族の愛情を信じられず、愛情が怖くて…………ごめんなさい。

そもそもわたしが……こんな性格じゃなきゃ良かったのに……。


「……仕方ないから……行くよ? 私の手をしっかり握っていてね?」


窺うように差し出されたお義兄様の手に、僅かな逡巡の後、そっと指を乗せた。

エスコートしてくれるのは嬉しい。心強い。でも、わたしなんかがこの美しくて賢くて優しい義兄あにに触れてイイのだろうか……。


侯爵家の愛され養女が、存在価値ゼロの日本人、片端瑠璃かたはし・るりだった記憶を思い出して早五年。未だに、慣れない。

瑠璃わたしは、愚図で馬鹿で空っぽの人間なのに……。


「あぁ、アニー……っ! 本当に、本当にごめんなさい……あなたは立派よ!」


お義母様の先導のもと、お義兄様に支えられてなんとか一歩を踏み出した。広い廊下は、五年前までの華美さが嘘のように、落ち着いた穏やかな雰囲気だ。

ダメなわたしに、いつだって家族は真摯で、優しくて、どこまでも寄り添ってくれようとする。


──あの日、記憶の混濁と混乱、それに伴う拒否感とパニックに倒れ、引きこもりになったわたしが、再び義家族かぞくと顔を合わせられる程に回復するまで、数ヶ月かかった。幼い頃から何年もこの家で暮らし、血の繋がりがないと知っていたから、たぶんそんなもので済んだ。けれど、もし実の家族だったら……今でも会えなかったかもしれない。

そこから、条件付きで屋敷の使用人さん達と顔を合わせられるようになるまで1年。少しずつ少しずつ行動範囲を広げて、なんとか、屋敷の中なら歩き回れるようになったのが、つい、半年程前。


みんなが気遣ってくれて、心底心配してくれて。申し訳なくて、恥ずかしくて、情けなくて……やっぱり心底、申し訳なくて。

義家族のことを大好きだと思う気持ちと、そんな傲慢なことを思う厚顔無恥な自分への嫌悪。今生での幸せな日々と、幸せだと信じこもうとしていた前世のギャップ。

須らく信じられなくて、自分が一番信用できなくて……なのに、他人を怖がって震える、欺瞞に満ちた自分が嫌い。

見捨てられたくないくせに、歩み寄れない自分が、嫌い──。


「……勇気を振り絞ってくれたのよね……。アニー……あぁ……家族より大切なものなどないはずなのに……。なんということなの……貴族であることにこれほどの葛藤を抱くのは初めてだわ……」


「だぃ……大丈夫です……お義母様……」


そんなサイテーなわたしを受け入れ、見守ってくれた義家族が今、またわたしのことで困っている。これ以上、わたしなんかのことで苦しんで欲しくないのに。

きちんと生きることも、思い切って死ぬこともできない半端者が、また、優しい人達の迷惑になる。


だからせめて…………。


「……へー。その子が神託の聖女かぁ」


顔面蒼白で脂汗を滲ませつつも、逃げずに応接間まで辿り着けた。ガクガクと震えるわたしを庇うように、お義兄様が前に出る。


「以前からお話ししておりますように、義妹は病弱のため、極度の人見知りでございまして。これ以上はご容赦願います」


「あー、そういえば王立学院にも入学前から長期休業願いが出されたとかで話題になってたかもー?」


せめて、これ以上の負担にならないように精一杯頑張りたい。

……思うのに、体が言うことを聞かない。情けなさと、それを上回る恐怖心で心が凍る。


「顔、見せて」


「殿下」


「近くに来いって言ってるわけじゃないよ? その場で顔を上げるくらいできるでしょ。オルナメントゥ公もソプラソスも過保護だなー」


自信が溢れ出て具現化したかのような声が告げた、軽い言葉。その内容を今にも止まりそうなポンコツ脳が、数秒遅れて理解する。

……お義父様とうさま、今まで何度もこの王子の面会依頼を断ってくれてたの……?

恐らく、それ故の、アポなし訪問。義父ちちが領地に下っている今だからこそ強行したのだろう。


「……アニー、少しだけ顔を上げられる? 目は瞑ってても構わないよ」


そして今、お義兄様も身を呈してわたしを庇ってくれている。

いくら由緒正しい侯爵家とはいえ、いくら面識があるとはいえ、王族に盾突くなど有り得ないことだというのに。


「…………」


義家族の覚悟と愛情の強さに、胸が詰まった。


「ふーん……。繊細な飾り物、って感じ? ……ま、美人だし、聖女なのもわかるかなー。能面だけど、内気っぽいのもポイント高いよ」


奥歯を噛み締め、血の気の失せた顔を上げる。ただ、視線だけはどうしても上げられなかった。ギリギリ、目は瞑っていない。


王族だとか、突然の訪問だとか関係なく、わたしは純粋に、他人が怖い。

義家族以外と同じ場にいるというだけで緊張のあまり吐きそうなのに、その姿を視界にいれるなんて……そんな無謀なこと、できなかった。

卒倒するだけならまだしも、恐怖に発狂しかねない。家族のためにも、そんな醜態を曝すわけにはいかなかった。


「お言葉ですがラムールライト殿下。義妹いもうとはまだ魔力に目覚めておりません。神託と仰られましても、こちらと致しましては信じ難い思いでおります」


お義兄様はあくまで丁寧に、けれど貴族にあるまじき果断さで、突撃訪問して来た第一王子に反論する。きっと、その顔には優美な微笑みを浮かべていることだろう。わたしにはお義兄様の足しか見えないけれど、雰囲気でそうわかった。臨戦態勢だ。


「ははっ、その気持ちはわからなくもないけど、ちょっと遅くない? あ、だったら、さっさと洗礼だけでも受けようよ。明日とか。ね、聖女ちゃん」


「ひ……っ」


姿を見ずとも軽薄俺様だとわかる王子が、空気を読まずにぶっ込んでくる。王子だから俺様なのか、俺様だから王子なのか。

お義母様の喉から堪えきれない悲鳴が漏れた。わたしは既に息をすることも忘れている。絶望。情けないけど、ひたすら、絶望。


「殿下。永らく忠誠を尽くしてお仕えして参りましたオルナメントゥ侯爵家の一人娘を、御一存で殺すおつもりですか」


お義兄様の声が明らかな凄みを帯びた。

不快そうに、王子の護衛らしき男性がお義兄様の不敬を嗜める。しかし、緊迫する空気は、王子本人の不思議そうな声に遮られた。


「聖女ちゃんを傷付けてボクに何の得があるの?」


「……先程から申し上げております通り、義妹いもうとはひどく病弱です。事前の入念な準備もなく屋敷から出すことは、害することに他なりません。義妹がまこと神託の聖女であるのなら、軽率な言動はなさらない方がよろしいかと存じますが」


「へー……? あーまぁ、確かに神殿派を軽んじてるって疑われるのは、ちょっとねー。……ハァ、仕方ないなー、今回は諌言赦すよ。

ね、聖女ちゃん。じゃあさ、いつ頃がイイ? ボクとしては早い方が嬉しいなー明日とか明日とか明日とか」


王子は、神託に語られた聖女とやらがわたしであると信じているらしい。

……そんなわけないのに、思い込みって恐ろしい。わたしなんて、「聖」なるものから最も遠いに決まっている。「見た目がソレっぽい」? 外見なんかで何がわかる。


過去のわたし……瑠璃の母親は完璧な美貌を誇るトップモデルだった。瑠璃の父親はたぶん、俳優。東欧の血を引くイケメンで、しかし瑠璃は1度も会う機会に恵まれなかった。

その娘のガワなんてお察しだ。中身の方は、もっともっと。


「殿下。健康な我々には、病弱な者の苦しみは本当の意味で理解できないものです。義妹がまさしく聖女であるのならば、神のお導きのままに神殿に参りましょう」


いつもより少し低いものの、あくまでも柔らかな口調で、お義兄様がそう言い切った。つまり、「気が向けば行く」。


「チッ」


「神」を出されると弱いのか、王子の方向から忌々しげな舌打ちが聞こえてくる。反射的にびくりと肩が跳ねた。

相変わらず、舌打ちは怖いもののトップクラスだ。


「……ハァ。んじゃ、学院にも近々神の導きがあることを願ってるよ」


帰る、と不機嫌全開な声が告げた。同時に、お供の人達がザッと動く。

正直、床ばかり見ているだけでもいっぱいいっぱいだったから、こんなに人がいるなんて気付いてなかった。物音もしなかったし、居ても二・三人だろうと思ってたのに。……怖いなんてもんじゃない。


置き物と化したわたしの横を王子様御一行が通り抜ける。正確には、一行とわたしの間にはお義兄様とお義母様が並んで作ってくれた壁があるが……通り抜けて行く、キツい圧にあてられた。


「……良く頑張ったね、アニー」


そっと優しく労るようなお義兄の声。程良く低い、心に沁みる穏やかな声。その声に箍が弛んだ。

ダメだと思うのに、ボタボタと涙が落ちる。追い詰められていた精神が発作を起こしたみたいだった。


「アニー……!」


小走りに寄ってきたお義母様が、わたしの手をとり、ギュッと握る。伝わる温かな熱に、自分が冷えきっていたことを知った。お義母様の性格なら、本当はハグしようとしていただろうに……接触を恐れる愚かなわたしを気遣ってくれている。


「偉かったわ、アニー!」


「本当に。王子のワガママにも困ったものだ。……疲れたよね? 今は好きなだけ泣いてイイよ。何があっても私達はアニーの味方だから。知ってるでしょう?」


優しい優しい義理の家族。ありがた過ぎて居た堪れない。


ずっと腰掛けていた王子と違って、わたし達はずっと立っていた。この意味のない涙は、疲れのせいかもしれないと思う。

病弱なのは心だけだが、ロクに動かず食べずで成長期の五年を過ごしたせいか、わたしの体は良く言えば華奢、有り体に言えば貧相だ。HPゲージは慢性レッド。


「ね、アニー。約束のホットチョコレート、飲みに行こうよ」


未だに乾かない頬が若干痒くなってきた。

虚脱状態のわたしを、お義兄様が柔らかな仕草で食堂に導く。この部屋を離れ、わたしの普段の行動範囲に戻そうとしてくれているのだろう。

パニック寸前なのか、泣き疲れたのか。ぼんやりとした意識に、またしても、感謝と深い自責の念が浮かんだ。


「ぁ……」


手を引かれ食堂へと向かう道すがら。何気なく見遣った窓の外には、見慣れない一団。屋敷の執事が案内についたアレが、先程の王子様御一行なのだとわかった。

10人超の集団の中、青みがかった銀髪が一際目を引く。1人だけ着る華やかなコート。まるで歩くイルミネーションのような……キラキラしいステージでライトと賞賛を浴びて、自ら輝くタイプの人。

住む世界が違う、感覚的にそう思った。関わりたくない。絶対ムリ。


「っ……」


ふと、彼が振り返った。遠くてもわかる、テンプレ的な王子様然とした、爽やかな風貌。けれど、傲慢な気配が隠せていない。


距離があるし外は明るいから、こちらが気付かれることはないはずだ。そう知っていても本能的な恐怖はどうにもできない。咄嗟にお義兄様に体を寄せた。


「アニー? ……あぁ、アレか。メタルム公爵の令嬢との婚約がいよいよ差し迫って焦ってるんだろうね。まったく……王子ともあろう者が往生際の悪い」


デフォで優しいお義兄様の辛辣な言葉に、目を瞬く。個人的に何か思うところがあるのだろうか、珍しく感情的だ。


「……お義兄、様……?」


この優秀な義兄あにが悩まされるレベルの問題に、わたしが太刀打ちできるはずがない。それでも、「話を聞くくらいはできる」そんな想いを込めて、頭1つ半大きいお義兄様の横顔を見つめた。

ふわふわと長めの髪は、括りで言えば王子と同じ銀色だ。けれど、お義兄様の髪は鈍色に近くて落ち着いた色味。翡翠色の切れ長の瞳が穏和な光を湛えていて、つい、甘えたくなってしまう。

瑠璃の記憶の戻る前、まだ幼かった自分が、誰よりも大好きだった人。


「あぁ、ごめん。私の大事な大事なアニーを利用しようとしているのかと思うと、つい、ね。今回は後手に回ったけど、次はないよ」


まさかこんな無茶をするとは思わなかった。そう言うお義兄様の声は冷たいのに、わたしを見る視線は蕩けて、甘い。


「……神殿、と、学院……です、よね……」


わたしを向かわせたいらしい王子の次の手に、思いを馳せる。とはいえ、何か思いつくはずもなく、憂鬱だけが山を作った。


「恐らく、どちらも一度は行くことになると思う。あ、でも、むしろアニーの安全を強化するのに使おうと思ってるから心配しないでね? それに、学院は見る価値があるよ。歴史好きのアニーならきっと楽しめるんじゃないかな」


優しい手が、ふんわりと頭を撫でる。お義兄様や義家族達とは似ても似つかぬ、頑固な直毛。毛先が桃色になった、頓狂な金の髪だ。


「学院はその見た目や役割から『暁の楼閣』と呼ばれているんだ。建国当初の遺跡の中にあってね、今は使われていない見張り塔が、何本も生えてて……。なかなかに壮観だよ」


「……ぇ……?」


暁の楼閣。

その単語に、衝撃を受けた。聞き覚えがある。

最近じゃなく…………前世、で。


確か……瑠璃の母親が受けた仕事の1本、「大人女子のゲームプレイ記」とかいう雑誌の企画だ。受けたものの、「時間がもったいない」「エステ行きたい」とかいつもの『可愛いワガママ』をゴネ出して、結局、瑠璃がゴーストライターならぬゴーストプレイヤーとして攻略した、乙女ゲーム。その中に、「暁の楼閣」と呼ばれる学院があった。

……テンプレ王子だと感じた顔。それもそのはず、じっくり思い返してみれば、瑠璃の記憶の中にあの王子の顔があった。もちろん、イラストと実物の違いはあるが……よくよく思い出して見れば、「ラムールライト」という王子の名前も……。爽やかな見た目で親しみやすい口調ながら、ドS俺様担当王子、だ。もちろん、あの、乙女ゲームの。


「学生のいる時間は避けて、2人だけで学院の中を見て回ろうか。敷地には幽玄な庭園もあってね、たまに幻獣が来ることもあるんだけど…………アニー? どうかした?」


衝撃のあまり、義兄あにの顔を凝視してしまっていた。不思議そうな、それでいて嬉しそうな笑顔を浮かべる義兄、ソプラソス・ドゥオ・オルナメントゥ。記憶を浚えば……腹黒担当知的貴公子。もちろん、例のゲームの主要人物……だったりする。

いや、この義兄に腹黒要素は感じないけど……それでも、攻略対象の一人であることは確実だ。名前とか呼んだことがなかったから、違和感しかない。


「やっぱり相当疲れたんだね。まぁ当然か……。ホットチョコレートは部屋に運ばせるよ。2人きりでまずは休もう? ちょっとごめんね、アニー」


アニー……わたしの愛称。ずっとそう呼ばれていたからまったく考えてもみなかった。お義兄様の名前と同じで、有っても無きが如きわたしの名前。正確には、キュアノス・デム・オルナメントゥ。


まさか…………え、ホントに……?

だって、義兄ソプラソスと義妹の聖女キュアノス……。これって、主人公義兄妹決定じゃ……???


呆然としているうちに感じる、軽い浮遊感。お義兄様がいつものようにわたしを抱えあげてくれていた。

よく倒れるわたしは、迷惑極まりないことに、他人に触れられると蕁麻疹を出す。だから必然的に、わたしに何かあった時には、接触可能な家族……お義兄様かお義父とう様が運んでくれるようになっていた。


「あ、あの……お義兄様……っ」


けれど、自分があろうことか乙女ゲームの主人公に転生したかもしれなくて、さらにこの優しい義兄が攻略対象かもしれない、なんて気付いた直後だから……


「ん? どうかした?」


はっきり言ってパニックだった。

前世を思い出した時に次ぐ、一大パニック。


だって、攻略対象ってことは、わたしがお義兄様に恋するかもしれなくて、お義兄様だってわたしを好きになるかもしれないってことで……。え…………ぇえ!?


恥ずかしい、怖い、怖い、怖い……。絶望的に……!


「顔色が良くないね。何かまだ不安なことがあるのかな? それとも、体調を崩した?」


優しさをどろりと溶かして作った翡翠が、おもむろに近づいて来る。


「ごめん、手、塞がってるから」


そう言って、パサリと柔らかな銀色が影を落とす。頬に、ふわふわとした羽のような感触。それから、


「……うん。熱はないね」


コツン、とおでこが触れ合った。睫毛の触れる距離に見える美しい緑色に、目を奪われる。温かな吐息がさわりと唇をかすめる感覚だけが、やけに生々しい。


「って、アニー!?」


キャパオーバー。

ボシュウッと上がる湯気の幻覚が見える。茹でダコのわたしが、ショートする幻覚。それから、脳裏を埋め尽くす「強制終了」の黒い文字群。


「アニー しっかり! 今、治癒をかけるから!」


ありがとうございます。けど、アニー終了のご案内です。ご愛顧ありがとうございました。


……なんて、よくわからないことを思いながら、わたしは、あっさりと意識を手放した。

なんでわたしってこう、要らない前世知識ことばっかり思い出すかな……。ホント、自分にがっかりするわ……。



全部で10部もいかない予定です。

1部あたりが少し長めですが……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ