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エピローグ

バサバサと白い鳥が空を飛んでいく。

王都の上空をくるくる舞うように翔ぶのは、今日のこの日のために用意された鳩達だ。


「まったく……切り替えの早い方ですわ」


ローザリー様が溜息混じりに呟いた。その視線の先には、神殿の大聖堂で今まさにご成婚と相成った、ラムールライト王太子殿下。結婚と併せ、今日、正式に立太子したキラキラワガママ王子様だ。


神殿前の広場に集まった群衆に向けてにこやかに手を振る姿は、流石、爽やかかつ理想的。特大の猫を被っている彼に、わたしの知る鬼畜の面影は一切ない。挙式直後だというのに黄色い歓声が止まないのも……まぁ、一般論としては、わかるけど……なんでみんな、そんなに見た目を重要視するんだろう? ヒトは見た目じゃわからないのに。


「妾腹とはいえ、大国の王位継承権を持つ姫君ですからね。王家としては願ってもないご縁だったのだと思いますよ」


「それにしたって……あの手のひら返しの早さ。キュアノスが邪険にされたも同然ではありませんか。英雄様は腹が立ちませんの?」


「いいえ、まったく? むしろ、さっさと手を引いてくれて良かったですよ」


「……あぁ……そういえば、王太子妃殿下のお母君はオルナメントゥ家の遠縁にあたられるのでしたっけ。本当に英雄様もブレませんこと……」


「年回りがちょうど良くて何よりでした」


「二つくらいなら、女性が歳上でも問題ありませんものね」


わたしの横で穏やかに微笑みを浮かべるのはお義兄様……じゃなくて、旦那様。いや、まだ正確には婚約者様なんだけど。


王国貴族の常識として、臣下は同年代の王族のご成婚を待ってから、追随する形で結婚することになっている。だから、わたし達が婚約した時点で、結婚自体がまだまだ先になることはわかっていた。それなのに、なぜ早々《はやばや》と「旦那様」呼びなのかと言えば……王家に含むところがある、というわけでは決してない。むしろまったく関係ない。


「一つと半ですよ。女性の年齢は正しく覚えるのが円満な社交の秘訣です。ローザリー嬢には今更でしょうが、ねぇ?」


「……細かいことは言わずに呑み込むのも、円満な社交には必要だと思いますわよ」


「…………」


真実は意外とシンプルだ。要は、いつも通り、わたしが情けなくも日和ひよったから。

婚約後結構早い時点で、「婚約者を『お義兄様』と呼ぶのは良くないよ。名前で呼んで?」とめちゃくちゃ恥ずかしいリクエストをいただいた。「別に問題ないのでは?」と口に出せないショボいわたしは……紆余曲折の末、「旦那様」呼びで何とか許しを貰って今日に至る。ローザリー様には「気の早いこと」と呆れられたものの……だって、名前とか緊張するし。絶対噛むし。畏れ多いし。「旦那様」ならメイド喫茶とか、時代劇とか、ウチの使用人さん達とかでも使ってるから……まだ、汎用的かな……なんて……。メイド喫茶、縁ないけど。


「それにしてもあの純白のドレス、ステキですわね。デザインは華奢な方向けのようだから……わたくしには似合わないのが残念だわ。……でも、あのデコルテの豪奢なレースはどこかに転用できないかしら」


「……ローザリー様ならマーメイドドレスも似合います。裾に長く垂らしてはいかがでしょう」


「あら、キュアノス、それはどういったデザインなの? あなた、自分では着ようとしない癖に、センスはなかなかなのよね」


「ありがとうございます……」


「アニーはもう少し布地をたっぷりさせても似合うかもね」


「……本当にブレない方ですわね。正直に露出を減らして欲しいとおっしゃればイイのに」


「ローザリー嬢、何か?」


「いいえ? キュアノスは白が良く似合うでしょうね」


このところ、旦那様とローザリー様の仲がイイ。ただ、「急接近!?」というよりは、喧嘩仲間とか、仕事仲間とか、気の置けない友人という雰囲気だ。妙な連帯感を感じさせる。まぁ、2人とも優秀だから、高次元で気が合うのだろう。


聖女として開花して早2年。わたしもこの度無事に、『暁の楼閣』を卒業した。通信教育というか特別扱いというか、登校は学期末のテストだけ。しかも別室。聖女を落第させたくない教会と学園、王族の目論見が一致した結果らしい。これは素直にありがたかった。

もちろん、断罪イベントなんて発生しない。やっぱり今でも、わたしはローザリー様の強さに憧れているし、むしろ、香澄ちゃんとは違う強さを持つローザリー様を尊敬している。だから、出席する意義のわからない卒業パーティは欠席した。

そもそも乙女ゲームとしては最初から破綻していたのだから、この世界は乙女ゲームワールドというより、それに似たどこかなのだろう。可能性としてはあれこれ考えられるけど……わたしは、「こういうものだ」と現実を受け入れることにした。逃げずに受け入れるだけの強さを、旦那様がくれたから。


本当に旦那様には感謝している。わたしの生活は旦那様がいなくては立ち行かない。比喩じゃなく、物理的にも精神的にも。

本来こなすべき聖女としての仕事は、ほとんど、旦那様がやってくれている。「英雄」「聖女の対」という肩書きは伊達ではないらしく、実際、以前より聖魔術を楽に使えるのだそうだ。式典的なものにはわたしも一緒に顔を出すものの、それ以外の実務的なところは実質、旦那様頼り。次期侯爵としての仕事もあるのに、優秀かつ完璧超人な旦那様はどれも軽々こなしてしまう。ホントすごい、尊敬してます。


でも……凄過ぎて、たまに不安になる。わたしみたいな無能で平凡な引きこもりに縛られるには、勿体ないヒトなのだ。もちろん、書類仕事とか、雑務とか、わたしでもできることは積極的に引き受けたいと思ってる。……けど、旦那様はわたしがいない方がきっと、自由だ。


愛情を疑うわけじゃない。あの鮮血の赤と、青白くなった肌の色は忘れられない。ぬるい鉄の、むせ返るような強烈な匂いも、ぽかりと口を開けて呑み込もうとしてくる絶望の恐ろしさも。

それに……そもそもわたしがもう、旦那様ナシでは生きられないと確信できる。愛し、愛される幸せを知ってしまった。だから、旦那様を解放してあげることはできなくて……お礼を一生かけて、伝えるつもりだ。


「いえ、アニーには白いドレスは着せません。王太子妃が白ですからね、王家におもねるように見られては困るでしょう?」


「……あぁ。それもそうですわね。でしたら、レースも意匠を変えるべきね」


「レース自体は流行しそうですから……さらに一工夫欲しいところです」


「そうよねぇ……キュアノス、どう思って?」


ローザリー様は香澄ちゃんじゃない。香澄ちゃんは寒色が似合った。ローザリー様は……断然、暖色。

それに、ローザリー様はわたしを頼りにしてくれる。認めてくれる。


「……目が粗いレースなので……重ねてはどうでしょう。レース同士でもイイですが……他の素材……例えばリボン、とか」


「あら、それはおもしろいわ。淑女の頂きに立つのですもの。わたくし達が流行を牽引しなくてはね」


「さすが私のアニー! 咄嗟にそんな素晴らしいデザインを思いつくなんて、天才かな?」


「いえ、あの、そんな……」


ラムールライトの結婚は1年程前、急に決まった。婚約期間1年での挙式は王族としては異例の早さだ。

噂では、大国の王位継承権十一位の身でありながら、おっとりとした優しい性格の姫に、王子の方が惚れ込んだ、とか……。きっと鬼畜心を満たしてくれる、女神のような姫なのだろう。

とはいえ、わたし達は三人とも、彼がその直前までなんとか聖女と英雄の婚約に割り込めないかと画策していたのを知ってるから、正直微妙な気分になる。お嫁さん、是非とも頑張っていただきたい。愚痴くらいなら聞けると思う、機会があれば。


ちなみに、当初囁かれていたラムールライトとローザリー様の婚約は、まったく具体化しなかった。それというのも、ローザリー様が早々に、きっぱりくっきり否定したせい。「互いにメリットがございません」と。

強い、そしてカッコイイ。元々恋愛感情があるわけでもなく、選択肢の一つとして見ていた彼女は冷静だった。ドS王子の猫っ被りもバレていた。


「あ! では、銀色はいかが? 鈍色がかった、英雄様のお色ならキュアノスにとても良く似合うと思いますわ」


「ふむ」


それで、ローザリー様が結局どんな道を選んだかと言うと、


「では、ローザリー嬢は金色ですか」


「ええ。良い案だと思いませんこと?」


金色の髪の持ち主、デウシス猊下の配偶者の道、だったりする。


わたしは詳しく知らないけれど、ローザリー様はお義兄……旦那様と、いろいろな点で利害の一致をみているらしく、勢力図で言えば、新興の「聖女・英雄派」に所属している。でもって、この「聖女・英雄派」は「神殿派」を後ろ盾にしているから……ローザリー様曰く、その道が自身にとって「最良」なのだそうだ。

元々、薄らと国内派閥は「王族派」と「神殿派」に分かれていた。それは、教会のトップを国王と同格であると見なす国内法があるせいで、そもそもは権力の一極集中による独裁を防ぐのが狙いだ。聖女の下にも王妃の下にも立つ気のないローザリー様にとって、後ろ盾として公に聖女に意見可能な上、王妃に並び立つ地位を持つ教主の伴侶という立場は、国外に出るよりもずっと、魅力的だったらしい。


「金色はアニーの色でもあるのですが……神殿との協力関係を内外に示すにはイイかもしれませんね」


「そうでしょう?」


今から1年の期間を置いて、わたしは旦那様と結婚する。そして、同じ時に同じ場所で、ローザリー様とデウシス猊下も。

WデートならぬWウエディングは、わたしの希望だ。聖女と英雄という肩書きがある以上、世間の注目は否応無く集まってしまう。極秘ウエディングとか、地味婚なんて夢のまた夢。そこで、旦那様やローザリー様と話し合った結果が、「注目対象を増やして、隠れればイイ」。

挙式も民衆へのお披露目も、ローザリー様達と一緒にやってもらえることになって一安心だ。華やかなローザリー様カップルが居れば、百人力。向こうにも当然思惑はあるのだろうが、それはそれ。

旦那様も、「アニーの晴れ姿は私さえ見られれば十分だよ。無理して長く人前に立つ必要はない」と言ってくれた。ホント、優しい。


「では早速、デウシス様に……」


「聞いている」


「あら、興味のなさそうなお顔でしたのに。こういう方を『むっつりス──』と言うのですわよね?」


あれ? 今、なんだか声が……。


それにしても、デウシスが居ることに気付かなかった。挙式を執り行う側なのだ、忙しくしているのかと思っていた。


「まったく其方そなたは口の減らぬ……。妻のドレスに口出しして何が悪い」


「まぁ! ご自分のお衣装にすら無関心な方が? 明日は季節外れの雪かしら」


「……ハァ。さすがに物事の軽重は心得ている」


きっとローザリー様を心配して来たのだろう。この2人、なんだかんだで仲がイイ。「妻」だって。ラブラブか。

チェスという共通の趣味を通して仲を深めたようで、ローザリー様はよく「次こそ勝ちますわ!」と息巻いている。一匹狼を気取るデウシスには、このくらい真っ直ぐで裏表のない女性の方が合うのかもしれない。ローザリー様、地位だけじゃなくデウシス本人に興味を持って接しているし。


「御役目、大変お疲れ様でございました。猊下のご神眼に、王太子殿下と妃殿下はどのように写られましたか?」


「……白々しい。其方、あれの性格を知っておろうに……」


「お似合いのお二人だ、と。猊下のお墨付きをいただけたと知れば、遠国おんごくにおられる我が家の遠縁殿も安心なさることでしょう」


旦那様とデウシスの関係は、わたしにはよくわからない。ビジネスライクと断言するにはトゲがあるし、犬猿と言うには馴染みが良い。戦友みたいなテンションの日があるかと思えば、バチバチに意見をぶつけ合う日もあって…………いいなぁ、ローザリー様もデウシス教主も。旦那様と対等に話せるような、賢い頭がわたしも欲しい。


「ハァ……。聖女キュアノス、本当にこんな腹ぐ──で良いのか?」


……ん?


「英雄ソプラソスは相当な男だぞ?」


「デウシス様、今更ですわよ」


「随分な言われようですね」


「キュアノスが良いのなら問題ありませんわ。貴族にとって結婚は義務なのですから」


「……あの…………旦那様を褒めていただけて、嬉しい、です」


「洗──されたか」


「え……?」


なんだろう。さっきから時折言葉が聞き取りにくくなる。調子が悪いのだろうか。


「大丈夫だよ、アニー。キミのせいじゃない。ほら、向こうは賑やかだろう? あまりにうるさい時は音割れしないように音量を絞るようにしてあるんだ」


「あ……そうなんですね。そんな細かいところまで……ありがとうございます」


小首を傾げていると、すぐ隣の旦那様が柔らかな微笑みで教えてくれた。うるさいのが苦手なわたしのためにわざわざ……。高度な魔力の調整が必要だろうに、さすが旦那様だ。細やかな気遣いがジーンと沁みた。

あまりの幸せに、微笑み返す。……わたし、昔よりずっと笑顔が増えたなぁ。それもこれも、全て旦那様のおかげ。こんなに幸せでイイんだろうか。


「……重症だな」


「そういう夫婦の形もあるのですわ。わたくし、達観致しましたの……」


「……あぁ、そろそろ王太子殿下のお披露目も終わりのようですね。ローザリー嬢、本日は繋いでいただいてありがとうございました。デウシス猊下も許可をいただきましてありがとうございます。また近いうちに我々の挙式について、打ち合わせをお願い致しますね」


「おい……」


「デウシス様、あの笑顔の英雄様を止めても無駄ですわ」


「では、またいずれお目にかかりましょう」


──ツ……。


ふわりと光の余韻を残して、旦那様が魔力を切った。

と同時に、華やかな神殿テラスの風景も、ローザリー様の声も、青い空も、ふつりと消えて遠くなる。

ローザリー様に渡した通信機で中継されていた、モニターの映像が消えたのだ。


わたしは「ふぅ」と息を吐いて、その身をふかふかのソファー深くに埋めた。なんとも言えない満足感。

この世界がゲームによく似た別物だと思ってはいても、前世からその名を知るヒト達がハッピーエンドに向かうのはなんだか嬉しい。それは、もちろんローザリー様のハッピーエンドのことであり、デウシスや、ラムールライトのハッピーエンドのことでもある。

加えて言えば、挙式を警備する騎士の隊列に並んでいたガガトも、近々、皇太子妃付きの女官を務める令嬢と婚約するらしい。あそこまであるじと見定めた相手を盲信できるのなら、それもまた幸せなのかもしれない。

唯一消息を知らないのがマーロウだけれど……彼の祖国の内紛が終わったことは聞いている。それもまた、ゲームにはなかった展開だから、きっと、悪くない今を送っていると想像できた。

あとは……。


「疲れた?」


すぐそこから覗き込む、とろりと甘い2つの翠玉。


「いえ……旦那様のおかげで、楽しかったです」


「それは良かった。こちらの媒体を大きくしたからかな、私も窓から外を眺めている気分だったよ」


「わかります。快適過ぎて……もう、外に出たくなくなりました」


「そう? ……でも確かに、アニーの姿を向こうに映せば……外に出なくても済んでしまうかもしれないね」


「それはすごいです……っ」


「ふふっ、そんなに喜んでくれるなら少し考えてみようかな? ……一つ一つ、ね」


満足気に細められた瞳と、頭を撫でる優しい手。大好きで大切な、わたしの旦那様。


「……わたし……こんな未来、想像もしていませんでした」


ゆっくりと身を起こしつつ、旦那様に微笑みかけた。


わたし達は静かな侯爵邸の、ゆったりと居心地の良い応接室の一つで、こっそりと手を繋いだまま、お祭り騒ぎの挙式を見ていた。


「ありがとうございます」


外に出るとつい気を張って、頭が痛くなってしまうわたしのために。

旦那様はこの2年で、屋敷内限定簡易メールみたいだった木板を、ビデオ通話可能なレベルにまで改良してくれた。特殊な術式と媒介を使っているらしく、端末の数は少ないけれど。しかも、それなりに大きくて重い。

今日は、ローザリー様経由でデウシス教主にお願いして、特別に神殿に端末を設置してもらった。さながら、ローザリー様がアナウンサー役の生中継。なんてゴージャス。


「ふふふ、こちらこそ?」


前世から名前を知っていて、誰よりもハッピーエンドを迎えて欲しいヒト、ソプラソス・ドゥオ・オルナメントゥ。わたしを幸せにしてくれて、わたしの願いを叶えてくれる……わたしにとってかけがえのない、もはや神にも近いヒト。


優しさを煮詰めてとろりと仕上げた優しい翡翠色の瞳が外に向けられた時──冷たく鋭くなることがあるのを知っている。

形の整った薄い唇に浮かぶ穏やかな微笑みが──微笑みのままにヒトの心を折っていくのも、知っている。


わたしの最愛のヒトが、誰かにとっての恐怖であっても、不思議はない。

けれど。

どんな善人であっても、万人に好かれることなんてない。うまく切り替えて、取捨選択を繰り返していくのが人生だ。わたしだって、こうして引きこもっていようとも、ヘイトは集まって来るものだから。


「でもね、私はこうなると思っていたよ?」


「?」


時には憎まれ役を買って出てまで守ってくれる、優しい優しい旦那様。

だから、わたしは何があっても旦那様の味方であろう。例え世界が、旦那様を非難する日が来ようとも。


「覚えているかな。昔、言ったよね?」


わたしは、旦那様のために生きると決めている。


「『五年前も、それより前も、例え二十年後だって、変わらない』って」


「それ……かなり前に……」


「うん。私はずっとアニーを愛していた。……過去も、現在も、未来も、その先も……ずっとずっと、変わらずアニーを愛しているよ」


「そんな前から……だった、なんて……」


……あぁ、旦那様。

愛してくれて……愛することを許してくれて……わたしを救ってくれて……


「大好きだよ、私のアニー」


ありがとう──。






END.




お付き合いいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ローザリー様…立場的にも性格的にもぴったりなお方と結ばれるんですね……流石ローザリー様、尊い [一言] 二人だけの世界は良いぞ
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