10-前 聖女とお義兄様の生きる意味
長くて飲み疲れそうなので……半分に分けました。
ローザリー様と一度きちんとお話しをしたい。それはわたしが希望したことだった。
お義兄様と連れ添って帰宅したあと、わたしのメンタルは驚くくらいに安定している。やっぱりお義兄様の存在は絶大だ。
義両親には、お義兄様があれこれ説明してくれた。あれもこれも相当に驚いた様子の養父母だったが最終的に、「私達は可愛い我が子を2人とも、手放さずに暮らせるのだね」と笑顔で喜んでくれていた。気恥しいとかあれこれあるけど、それ以上に思うこと。……本当に心配になるくらい、イイヒト達だ。
「本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます」
花の盛りの庭園で、わたしとお義兄様はローザリー様を出迎えた。そう、今日のお茶会にはわたしの精神安定剤、お義兄様が一緒に居る。
「……あら、あなた。きちんと笑えるようになったじゃない」
連れてきた自身の従僕のエスコートで優雅に歩みを進めていたローザリー様が、ふいにわたしを見た。相変わらず凛とした視線。相変わらずの美しさ。
強い陽射しにも負けない眼差しが、用意した大きなシェードの下で耀く。
「そう、でしょう、か……」
「オドオドするのは直らないのね。みっともないからお止めなさい」
「はい……」
前世からの強固な仮面。無表情と言う名の心の蓋を、先日わたしは落としてしまった。今のわたしでは、ローザリー様をイライラさせる。わかっていても、どうしても、もう一度会って確かめたかった。
「ところで、そちらの方はいつご紹介くださるの?」
「あ、ごめんなさ……」
「ハァ」
「っ! ローザリー様に、わたしの義兄を、紹介させて、ください……っ」
これみよがしな溜息で、またしても謝り癖が出ていたことを指摘される。ローザリー様の容赦のなさ、やっぱり、きっぱりくっきり気持ちがイイ。
「ソプラソスと申します。お会いできて光栄ですローザリー嬢」
にこやかに進み出たお義兄様が、ローザリー様の手の甲を額にあてて挨拶する。わぁ、絵になるなぁ……と心の底から思うのに、なぜかチクリと胸が痛んだ。
「まぁ、噂の英雄様にお目にかかれて光栄ですわ」
大輪の薔薇が開くかのようなローザリー様の笑顔は、まさに余所行き笑顔の香澄ちゃんを思い出させる。完璧過ぎて……お義兄様だって、目を奪われないはずがない。
「こちらこそ。私の大切なキュアノスと仲良くしていただいて、ありがとうございます」
ここ数日、凄い速さで「聖女覚醒」と「英雄誕生」の噂が国中を駆け巡っていた。お義兄様が言うには、神殿の機動力と動員力、らしいけれど……居た堪れない。
わたしがお義兄様に助けて欲しいと願ったせいで……お義兄様に会いたいと、無茶な魔術を無意識に使ったせいで……お義兄様の逃げ場がなくなった。否応なしに、英雄と呼ばれるようになってしまった。
申し訳ない……なのになんで、わたしはこんなにも……嬉しいんだろう。不謹慎で、サイテーだ。
「それにしても不思議だこと。わたくし、夜会にはそれなりに参加して参りましたのに……次期オルナメントゥ公にお会いするのは初めてですわ」
「巡り合わせでしょうね。メタルム邸に天上の薔薇が咲いているというお噂はかねがね伺っておりましたよ」
「次期オルナメントゥ公をお慕いするご令嬢方は多くいらっしゃいましたから、わたくしも早くお目にかかれないものかと楽しみにしておりましたの。
あぁ、そうそう。遅くなりましたが、この度はご婚約おめでとうございます。キュアノスも、おめでとう」
「ありがとうございます」
ようやく登場人物が揃ったばかりの、このゲーム。けれどわたしは、開始早々にお義兄様エンドを選んだ……と、ゲーム世界に認識された、のだと思う。だって、いつの間にか終わってる。
わたし、お義兄様と婚約したらしいです、いつの間にか。
素直な感想としては、申し訳なさと感謝と安堵、その他諸々がカンストして、一大パニック。なのに、ここまでくると、人間、むしろあれこれ拮抗して冷静になれる……と、初めて知った。
「あ、あり……ありがとうございます……っ」
英雄という単語はあまり記憶にないものの、聖女とセット扱いなのだから、たぶん、そういうことなのだろう。
変なルートに入らなくて済んだのは喜ばしいけれど……わたしの一番恐れていたお義兄様の変化がこれから、起こらないとは限らない。
「あの、本日は……お砂糖を極力使わない珍しいお菓子をご用意致しました……。ローザリー様のお口に合うと良いのですが……」
明るい陽射しを優美なサンシェードで遮ったパーゴラは、咲き誇る花々が楽しめる特等席だ。そこに香澄ちゃんが好むようなお菓子と、香り高いお茶を並べた。
チーズのクッキーや、小さく作ったブルスケッタ、完熟フルーツのゼリー寄せに、ハニー漬けのナッツとマシュマロ。美容に関心の高いローザリー様なら気に入ってくれるに違いないメニューの数々だ。
「あら、こういった盛り付けも華やかでイイわね」
普通は1品1品供されるそれを、アフタヌーンティー宜しく、エディブルフラワーと共に飾り付けた。うん、庭園のローザリー様、めっちゃ絵になる。
「それで? お話しとはどういったことかしら」
薔薇の香料をふんだんに使ったマシュマロに興味を示すローザリー様に、「やっぱりそれだと思った」と内心笑みを零しつつ向かい合う。香澄ちゃんの好物だ。
無駄な時間を嫌う彼女らしい口火の切り方にも、親近感。
「あの……図々しいとは思いますが……」
「無駄な前置きは止めて頂戴。図々しいかどうかはわたくしが決めるわ」
「は、はい。えっと……あの、ローザリー様が仰っていた、『ローザリー様の道』について、伺ってみたくて……」
「……あぁ。なぜ?」
あの日、ローザリー様が聖女にスポットライトを譲ったことが、どうしても気になっていた。彼女は、物分りのいい、諦めのいいタイプじゃない。なのに、なぜ。
わたしを群衆に差し出し、立ち去ったのか。
「わたしが……聖女という存在が、ローザリー様にご迷惑をおかけしてしまったようで……」
先程から、お義兄様は何も言わない。けれど、見守ってくれているのを感じた。とても……とっても、心強い。
「別にあなたのせいではないわ。わたくしが決めたのだもの」
あの時、わたしは母に見捨てられたかの如く錯覚した。勝手になさい、と、放り捨てられ、敵視されたように感じてしまった。
ローザリー様はわたしの母親じゃない。わかってる。でも、わたしにとってのローザリー様は、どうしたって、香澄ちゃんで──。
「でも……そうね」
ふと、ローザリー様の艶やかな深紅の瞳がお義兄様を真っ直ぐ捉えた。
「わたくしの道は幾らか増えたわ。キュアノスがこの方を英雄に選んだことでね。だから、少しは答えてさしあげましょう」
「……え?」
もしやローザリー様、お義兄様に気が……なんて思ったところで、予想外の言葉。
ローザリー様はこのゲームの悪役令嬢の立ち位置だ。当然、主人公の選んだコースの邪魔をしてくる。だから、少し不安になった。
あの時だって……もしかしたら、嫌がらせなのかもしれないと考えた。わたしの心底、嫌がることを──。
でも、普通の令嬢なら、注目を浴びれば喜ぶはず……そう、思い直した。スポットライトをあてることは、一般的には嫌がらせじゃない。それに香澄ちゃんなら……例え嫌がらせのためだとしたって、絶対に譲らない。
──だから、いっそうわからなかった。
「……あぁ。失礼、もしやローザリー嬢は、国外に嫁ぐことを考えておられましたか」
ふいにお義兄様が口を挟んだ。おかげで、堂々巡りのドツボにハマりそうだった思考がクリアになる。けど。
「……ふふふ、天才とも名高い英雄様にかかれば、お見通しですのね」
「え? え、外国……!?」
悪役令嬢が身を引くような……そんな展開、あったっけ!? てか、なんでローザリー様ともあろうヒトが!?
「確か……近隣諸国では大小混ぜて四つばかりが王太子妃不在でしたね。現国王の側妃まで含めれば相当数が。……そのうち既にローザリー嬢に打診があったのは3つと聞き及んでおりますが……。良い進展があったようですね?」
「ふふっ、さすがですわ、よくご存知ですのね。我が家でも口外禁止を命じておりますのに、恐ろしいこと」
「いえ、いずれの国にも縁戚がおりまして」
「え……え、なんでですか!? だって、ローザリー様には王妃が似合って……わたし……っ」
「だから言ったでしょう。あなたが次期オルナメントゥ侯を選んだことで、わたくしの選択肢が増えたの。この国の王太子妃も然り、聖女と繋がりを得たい大国の皇太子妃も然り。決して、聖女様の下に立つばかりではない立場が選べるようになったのよ」
だって悪役令嬢なのに……自分から舞台を降りるなんて、あってイイんだろうか。引きこもりヒロインが言うことじゃないかもしれないけど……ストーリーが破綻している。
……今なら……もしかしたら、ストーリーは全然違うものの、一応お義兄様エンドと言える現時点でなら、ローザリー様も自由なのかもしれない、と思う。とはいえ、あの時点ではまだ、わたしは何一つ選んでなかった。
「ローザリー様が下だなんてとんでもないです……っ」
ローザリー様は孤高で気高い悪役令嬢。周りを蹴落としてでも自分の夢に突き進む、強い女性。嫌われても、罵られても負けない、香澄ちゃんみたいな……。
だからこそ、憧れた。わたしにはない強さと輝きに。
「あなた……わたくしの何を見てそう言っているの?」
そこまで親しくないクセに。何を、さもわかった風に……。
そんな声が、視線から聞こえてくる。
「あなたが見ているのは本当にわたくし? あなたの空想を押し付けられているようで不快だわ」
…………あれ? わたしもどこかで似たようなこと……「ロクに知らないクセに知ったかぶりされるのが嫌だ」って……。
「ローザリー嬢。キュアノスはただあなたを心配して……」
「えぇ、存じておりますわ。怖いお顔をなさらないで? わたくし、柔らかな物腰を学んではいるのですけれど……これでも困っていますのよ? 何処へ嫁ぐにしてもわたくしの個性は強過ぎてしまって……」
厳しいばかりの王妃に付いて来る者などいないでしょう?
そう言って、ローザリー様はホウッと色っぽく息をつく。その仕草は似合っているのに、言葉の中身だけが、やけに違和感を持ってわたしに響いた。
「それよりも、英雄様はキュアノスの心配をなさったらいかがかしら。……いえ、英雄様が思ってらっしゃるのとは別の意味ですのよ? わたくし、ずっと気になっておりましたの」
「何を、でしょう?」
「この子、頑固過ぎるのではなくて?」
……ん?
「思い込みが激しい、と表現することもできますわ。……もう少し柔軟な対応を覚えないことには、聖女のお務めも辛いのではないかしら」
「頑固な思い込み、ですか」
お義兄様が首を傾げた。わたしも一緒に首を傾げる。
わたしみたいな空っぽな人間が、頑固……? 頑固者って、確たる自分があるヒト達のイメージだ。香澄ちゃんとか。
「嫌だわ、そんな怖い目をなさって。同性だから見えることもあるでしょう? 家族では近過ぎて見えないことも、ね。……あぁ、もしかして、英雄様の目にはこの子が守ってあげなくては枯れてしまうか弱い花にでも見えてらっしゃるのかしら? うふふ、周りがなんと言おうがどう変わろうが、一人で自室に籠り続けた子を、頑固と言わずして何と言うのでしょうね?」
ローザリー様には最初の日、隠すところなくあれこれ話した。
だから、引きこもりなのを知っているのは当然だけど……まさか、引きこもりを「頑固」の一言に集約されるとは思わなかった。世界線の違いのせい、だろうか。でも……ローザリー様に断言されるとそんな気もしてくるからすごい。
「アニーは臆病なんです。部屋にいることに固執したわけではありませんよ」
「そうねぇ……怖い怖いって、誰もこの子のことを脅かしたりしていませんのに。いったい何を怖いと思い込んでいるのかしら?」
「……ローザリー嬢は、人の目や噂のような……形のないものを怖いと感じることはありませんか?」
怖いと思い込んでいる…………? そんなわけない。だって人間なんて……。
「もちろん、ありますわ。今も英雄様を前に、震えを必死で抑えておりますのよ? けれどね、だからこそ、わたくしは最高の自分を保つ努力ができるのです。恐怖心を無くしてしまえば、停滞しかありませんもの」
きっと、ローザリー様は怖いモノにこそ立ち向かって行こうとする勇敢なヒトなのだろう。翻ってわたしは、怖いモノから逃げるタイプ。
「誤解しないでくださいませね? わたくしは非難しているわけではありませんのよ。純粋にこの子が心配でならないの」
「……確かにローザリー嬢は誤解されやすい個性をお持ちのようですね。心して承りましょう」
ローザリー様がわたしを心配? え……ローザリー様が??? なんで? ……あ、手駒が減ると困るから? でも香澄ちゃ……ローザリー様なら、手駒くらい山ほどいるでしょ?
「そうね、例えば……『ローザリー様ならこう考えるはず』『ローザリー様ならこうするはず』『お義兄様ならきっとこうする』『だってお義兄様なんだから』……これを思い込みと言わずして何と言えば良いのかしら。ねぇ、キュアノス?」
「……え」
「あなた、わかりやすいのよ。無表情に徹するのが少し遅かったのではなくて?」
思い込み……? いや、経験に基づく予測だ。事実その通りだし。
「わたくし、決めつけられるのは嫌いなの」
でしょうね。だってローザリー様だし。
「……なんて言えばきっとあなたは心の中で、『だと思った』とか『ローザリー様らしい』とか思うのでしょう?」
……え?
「ハァ。それが思い込みだと言っているの。わたくし、別に他人からどう見られようが構わないのよ。決めつけたいなら決めつければいいわ。わたくしには欠片も影響しないもの。有象無象の戯言に感情を動かすほど、わたくし、簡単な女ではないつもりよ」
呆れたような重たい溜息。穿つようにわたしを見つめる深紅の視線に、腹から恐怖が湧いてきた。香澄……違う、ローザリー様に見捨てられる……!?
「ねぇ、キュアノス。わたくしがお節介を焼くのは今日限りだわ。わたくしも自分のことで忙しいの」
「……」
謝りたかったけれど、怒られる気がして……お礼を言うのも何か違うし、結局、口をハクハクさせて……押し黙った。
「わたくしは確かにキツい性格をしているわ。でもね、あなたに怖がられるほど、わたくしはまだあなたと関わっていないでしょう? なのに、なぜそれほど怯えるの? あなたの中には、『このヒトはこう』『自分はこう』という頑固な認識があって、『だからこうしなくちゃ』とか『そうするべきじゃない』なんて思い込みが山ほどあるように見えるわ」
否定したい。思い込みじゃなく、現実なのだと。
なのに、ローザリー様の深紅の目が悲しそうに歪められていて。
その美しさに目を奪われた。
「あなたはきっと近い将来、『聖女ならこんなことしない』と考えるようになって、その通りにできない自分を『やはり駄目だ』と嘆くのではないかしら。そして、延々と、駄目な自分という思い込みに固執し続けるのよ。
『やはり』って……嫌な言葉よね」
ご明察、とどこかで思った。
ぼんやりとローザリー様の美貌を……心底嫌そうに顰められた眉を見ながら、「やっぱりローザリー様は賢いな」と思って……「そうか、『やっぱり』って使うなって言われたのかも。わたし、やっぱりバカだなぁ。……あ、だから、『やっぱり』はダメで……」と、ぼんやりグルグル考える。
次回で本編は終了。
その後、エピローグが入ります。




