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9 お義兄様と聖女と英雄

「ふふ……ふふふ……」


愛しいアニーの美しい絹糸のような髪を撫でながら、私は湧いてくる歓びを抑えきれなかった。

可愛い可愛い私のアニー。

ついに自分から、私の掲げる檻の中に飛び込んで来てくれた──。


彼女が聖女に選ばれた当初こそ予定外だったが、それすら、既に予定調和。おかげで、より強固な守りにできる。

手折られた花が、二度と野では咲けないように。彼女はもう、私なしでは居られない。


「両想い」だと告げた時の、あの、愛らしい表情かお。私に好かれたいという、いじらしさ。あどけないほどの一途な好意。そして……真っ赤に上気した頬と潤んだ瞳から蕩け出した、悩ましいばかりの清純な色香。

すべて私が引き出した。私だけしか見たことの無い……私しか見ることのない、アニーの新しい素顔だった。


反芻するだけで血が沸き立つ。

今すぐアニーのすべてを私のものに……。


「なぜこんなところに警備が居る!?」


しかし、それにはもう少し、手間をかけてやる必要があった。最高の形でアニーの隣にあり続けるため。今はまだ、彼女が檻に飛び込んだだけ。その扉は未だ、開いているから。


「早く通せ。確かにこの部屋から聖女の奇跡を感じたのだ」


にわかに騒がしくなった廊下を見遣る。

もうすぐだ。もうすぐ、檻の扉が閉まる。教主という、強力な権力を後ろ盾に。そのための手順はもう、始まっている。


「…………おまえ? …………ソプラソス・ドゥオ・オルナメントゥ?」


「はい、猊下。お久しぶりです」


バタリと荒々しく開かれた扉から現れた人影が、眼鏡越し、怪訝そうにこちらを見据えた。


「なぜソプラソス・ドゥオ・オルナメントゥが神殿の地下に……。それに、そっちは……キュアノス・デム・オルナメントゥ? いつから…………いや、いい」


確信していた。この幽閉劇が、教主の目を盗んで行われている、と。そして、これが握っておくべき弱味だ、と。

最愛のアニーを一人にするのは辛かったが……脱出しなかったのは偏に、この瞬間ときのため。

予想外にもアニーが自ら糸口を紡いでくれたから、予定より早く、予定より遥かに好条件でこの瞬間が訪れた。


「誰か……そこの衛兵。今すぐ枢機卿共を連れて来い! 今すぐここに、全員だ!!」


瞑目した後珍しくも激昂する教主猊下を、私は穏やかに迎え入れる。勝利の味を噛みしめながら。


「さすが……猊下はお気付きになられたのですね」


アニーの傍を譲る気はない。その意志をこめてベッドの端に腰掛けたまま、そっと毛布を引き上げて彼女を隠した。

ここではないどこかの知識で組み上げた眠りの魔術は、魔力枯渇寸前だったアニーに、よく効いている。だからと言って、天使の寝顔を共有してやる義理もない。アニーはその毛先一本までも私のものだ。


「……ハァ。まさか、このような形で知ることになるとはな」


私の浮かべる笑みの意味にも気付いているのだろう。苦虫を噛み潰したような憎々しげな表情が、次第に理知的な為政者のそれに変わっていった。


「……仕方あるまい。

神殿はソプラソス・ドゥオ・オルナメントゥを支持する」


「ありがとうございます」


さすが魑魅魍魎の巣のあるじ。話が早くて助かる。

アニーに興味があるようだったが、頭の良い彼のことだ。この状況を理解した以上、二度と手を出して来ることはないと信じられた。


「神の言葉が違えられることはない。聖女により選ばれた貴公こそが聖女の対。英雄だ」


「光栄ですね」


「よく言う」


聖女の対は、世界によって呼び名が違う。それに気づいたのは、アニーに神託が下るよりも前だった。

聖なる力を宿す清らかな女性。場合によっては、生命を育む大地や水を表すことすらある、その尊称。対になるのは、勇者であったり、英雄であったり、魔王であったり。絶大な力を秘めたその男性は、聖女に敵対するかどうかで、呼称が変わった。


「騒乱を望まぬと言った心に変わりはないか?」


デウシス猊下の鋭い視線。その中に僅かに混じる嫉妬の色に、私は気分良く頷いた。


「私が望むのは、我が聖女キュアノスの平穏です」


「……そうか。ならば良い」


これで、神殿は私とアニーを守る盾となる。王家の干渉を妨げる、最強の盾だ。


アニーの魔力の開花に立ち会えなかったのは無念の極み。本当なら、開花後すぐに聖女の対だと知らしめたかった。

けれど……結果は最上と呼べるもので。


幼い頃からの刷り込みと幻石の誘導を経て、アニーはきちんと私を選んだ。

それも、圧倒的な聖女の魔力を行使して。媒介のない転移魔術など、この世界では奇跡以外の何物でもない。


不勉強な王族は知らないだろう。

この世界の聖女は自らの意思で対を選ぶ、と。逆に言えば、聖女の選んだ男性は圧倒的な力を授かるのだ、と。ここではないどこかを無数に垣間見て来た私と、神の言葉を守る神殿だけが知る事実。

だから教主は敢えて、私のことを「英雄」と呼ぶ。私利私欲に走った「魔王」に堕ちていかないように。


「猊下……これは……?」


強ばった顔の枢機卿が一人、また一人と連れられて来た。戸惑うような反応の彼らは教主派で、彼同様に事情を知らない。

青ざめたり素知らぬ顔を突き通すのが、教義派か。


「貴殿らに問う。なぜ斯様な所に次期オルナメントゥ侯爵が居る?」


12人の枢機卿が全員揃った時、デウシス教主は腹立たしげに口を開いた。さぁ、高みの見物。お手並み拝見と洒落こもう。


「次期オルナメントゥ侯爵? 検証は既に終わったのではなかったか……?」


「いやしかし、この部屋にあの服装……間違いなく神殿のものだ」


「聖術士の登録の後に帰したと聞いたが……」


教主の厳しい双眸に晒され彷徨う視線が、次第に幾つかの先に絞られていく。


「神は些細なことを仰られない。だが、こちらから訊けば応えてくださる。我は神に問うべきか否か、其方らはどう思う」


冷気となった教主の魔力が、数人の教義派枢機卿を締め上げた。歳若い教主に締めあげられる老人の図は、正直絵面があまりよろしくない。

しかし、この状況こそまさしく、私にとっては望ましい「貸し」の証。後天的に聖魔術を開花させた貴重な症例であり、次期侯爵である私を幽閉していたのだ。しかも、今し方、私の存在は英雄として格上げされた。


「ぐ……っしかし猊下……!」


「聖魔術は神殿の手により管理されるべきなのです……!」


「聖女とその義兄の利用価値は……っ」


「世迷言など聞かん」


手こずるようならばこちらから暴露することも考えたが、小者は所詮、小者でしかない。


「おまえ達のせいで神殿は英雄殿に多大なる借りを作った。聖女はもう、手に入らん。今後、我らは聖女に選ばれし英雄、ソプラソス・ドゥオ・オルナメントゥへの支持を表明することとなる。英雄の慈悲にでも期待せよ」


これも聖女アニーの恩恵だろうか。高圧的な教主の言葉の奥に、そこはかとない無念を感じとることができた。枢機卿達の纏う無念とは、別種の悔しさ。

感情が読み取れるとは、なんて便利なのだろう。さすが、私のアニーは素晴らしい。


あぁ……かつてなく晴れやかな気分だ。

聖女に関しては王族よりも有利だという神殿の傲り。この世で唯一人、神の声が聞けるという慢心。そのすべてを蹴散らして、私はアニーの隣に立つのだから。


十年越しの想いが報われた。

もとより手放すつもりなど毛頭なかったが……いざとなったら人知れず閉じ込めてしまおうと思っていたが……名実共に、アニーは私のつがいになった。


「反論は許さん。其方らの仕打ちに聖女は追い詰められ、性急に英雄を選んだのだ。王城への対処は勝手にやれ。失策を挽回して見せよ」


カシャン──。

耳の奥に、幻の音が響いた。

アニーの飛び込んだ檻の、扉が閉まる音。神殿から吹く風が、ついに檻の扉を閉めたのだ。


あぁ、なんて喜ばしい……!!


愛しいアニー。キミしかいらない。キミだけが、私の情熱。

この灰色のくだらない世界だって、キミさえ居れば光輝く。

私のアニー。これからキミがどんな一面かおを見せてくれるのか、考えただけで胸が高鳴る。どんなキミも、愛すと誓おう。泣いていても、笑っていても、例え物言わぬ骸になろうとも、私はキミを愛しているのだから。


婚約して、式を挙げよう。

……いや、それでもキミを狙う輩は出てくる。それでも檻を守る壁には足りない。

どんな爆風にも揺らがぬように。決して、キミが逃げ出すことのないように。


そうだ──。


新しい世界を作ろうか。聖女アニーのくれた、英雄の力で。

二人きりで住む世界を。平穏な、アニーと私だけの、世界を。

そして、そこで永遠に二人きりで愛しあおう──。



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