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プロローグ

原稿完結してるので、連載完結まで毎日予約投稿します。

R15は念の為。

一目惚れだった。


わずか八歳だったあの日の衝撃を、覚えている。

大叔父の家系だというその一家は、以前から年に数度、本家筋にあたる我が家に挨拶に訪れていた。伝統ある我が家には、そうしてやって来る親族が多い。

皆一様に貴族らしく整った容姿をしているが、その幼子は一際愛らしい質だった。

父親に似た真っ直ぐな金髪は、不思議と毛先だけ、桃色掛ってさらりと揺れる。母親に似た瑠璃色の大きな瞳は零れそうで、笑うと明るい海の色に輝いた。


将来の国王と一歳違いで産まれた、可憐な女の子。とはいえ、あの瞬間まで、彼女はあくまでも、将来の楽しみな親戚コマの一人に過ぎなかった。

そう、あの一瞬──。


きっかけは見ていないのでわからない。些細なことだったのだろうと思う。恐らく、子どもの無邪気な悪口か、おもちゃの取り合い。よくある騒ぎ。

新年の祝賀に、多くのヒトが集まった日だった。

私は次期惣領として両親と共に一段高い場所から、訪れた親族達を睥睨していた。

これも務めだと理解しているが、正直暇だしつまらない。侯爵家という権力にあやかろうとする浅ましさも、そんな俗物共をコマとして渡り合って行かねばならない己の将来も。くだらない。

退屈だ……。本の一冊でも読んだ方がよほど、有意義。


特に子どもの喚き声にはうんざりした。いくら顔見せのためとはいえ、躾を終えていない幼児を連れてきて、あまつさえ放置するとはどういう了見なのか。そんな輩、末席を名乗るのすら許し難い。

その時も、突如上がった甲高い喚き声と泣き声に苛立って、その親に一言苦言をくれてやろうかと目を向けた。


「……?」


けれど、飛び込んできたのは予想外の光景。いや、正確には、予想通りの光景と、予想外の一人だった。

騒ぎの中心にいるのは、年端も行かない数人の男の子と、二人の女の子。泣き喚く令嬢がどうやら、もう一人の令嬢を責め立てているようだった。どちらもまだまだ午睡の必要な年齢だか、確か、泣き喚く令嬢の方が年長だ。


私の目を奪ったのは、責められている幼子だった。

特徴的な髪色の彼女。

まだ四歳になったばかりのはずだ。なのに、その彼女の表情は……完全な、無──。


侯爵家の跡取りとして感情の制御を学ぶ私でも、八歳の今、あそこまで完璧な無にはなれない。

ほんのり張り付いた笑顔に感情はなく、大きな瑠璃色の瞳も何一つ窺わせない。名匠の作り上げた精密な人形のような、非の打ち所のない佇まいだ。

その小さな淑女の姿から目を離せずにいた私は、次の瞬間、呼吸を忘れた。


「っ!」


慌てて迎えに来た母親を見た途端、その無表情な瞳が色を変えた。

深く暗い、水底の色。

初めて見る、美しい青だった。その深海の瞳から一粒だけ零れた、大きな真珠のように煌めく涙。


こんな泣き方もあるのか──。

そう思った。私の目には泣き喚くより余程悲痛に、そして、尊く見えた。


何度も会ったことのある女の子だ。けれどその時。確かに私は、彼女の姿を心に刻んだ。

あの瞬間まさしく、海の底を映す瞳に惚れ込んだ。


明るい海の色も美しいが、深海の青はもっともっと綺麗だった。あの色が見たい。あの美しい涙が、もう一度……。



「……お義兄、ちゃま……?」


「そうだよ。寂しかっただろう? これからは私がずっと一緒に居るからね。悲しい時は、私の所においで。泣いても怒ったりしないから」


「お義兄ちゃま…………ふっ、ふうっ、うぇ……っ」


天は私に味方した。

それから間もなく、彼女の両親が不慮の事故で亡くなったのだ。


ヒトの不幸を喜ぶなど、下衆のやること。だから、私は心の底から彼女の悲しみに同調し、慰めた。彼女は、私の前では心を許し、美しい涙を惜しげも無く零れさせる。深い深い悲しみで水底に沈んだ瞳から滲む、尊い涙。きっと、神殿が崇める聖水とて、こんなに澄んで輝くことはないだろう。

両親は一族の惣領としての責任と私の懇願を受け入れ、彼女を養女に迎えると早々に決めた。元々娘を欲しがっていた二人が、義理の娘を溺愛するようになるのは思った通り、あっという間で。


私は世界で一番の宝物を、労することなく、手中に収めた──。


だが、人間というものは欲深い。私とてそれは例外でなく、次第に、彼女の涙以外も……その全てが欲しくなった。

可愛らしい笑顔も、囁き声も、涙も、怒りも……。

なぜ彼女は、その美しく愛らしい欠片を、周りの有象無象に振り撒くのか。彼女の欠片は、一片残さず私のものでなくてはいけないのに。なぜ隣に立つ私ではなく、どうでもいい他人になど、施してやる……?


誰よりも美しく素晴らしい義妹を、自慢したい。

けれど、誰にも見せたくない。大切に大切にしまい込んで、私だけのものにしたい。だって、彼女はただ一つ、私がこの空虚な世界で見つけた宝だから──。


あぁ、アニー。私がキミを幸せにしてあげる。

だから、安心して泣くといい。

どんなことからも、必ず私が守ってあげる。キミを傷つけていいのは私だけ。キミを幸せにしていいのも私だけ。

アニーが私の世界の全てであるのと同じように……アニーの世界の全ては、私でできている。早く、そう気付いて欲しい。


「……お義兄様……?」


ねぇ、アニー。

今日も私に、泣いて、縋って……?

弱々しいキミは、私だけのもの。

他人を拒絶し、決して会わずに……私だけを、永遠に見続けて……?


その美しい瑠璃色を、深い深い海に染めて──。



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