第七十話 軋む、吊り橋
美峰の想い展開あり
「やっぱり、千里ちゃんに選んでもらって正解だった」
貸衣装屋で、喜びを全身から溢れさせくるくると回る美峰が着ているのは、先程選んだ袴だった。長着は鮮やかな瑠璃色で白い牡丹や小花が、大小入り交じった円を描いている。青い蝶も花に寄り添うように飛んでいる。袴は、動く度に胡粉色の襞からチラリと瑠璃色が覗くバイカラーだ。裾から黒のヒールが少し高めのブーツが見える。重ね衿は肌に映える黄檗色。半幅帯は女の子らしい躑躅色で、ブルーと対極のマゼンダカラーは見るものの目を奪う。丁度美峰が元々付けていた、瑠璃色のリボンのカチューシャは袴にピッタリだった。
「美峰は元々ブルー系が好きなんでしょ? 」
はしゃぐ美峰が無邪気で私は苦笑する。私がアドバイスしたのは結局、小物くらいだった。美峰はすぐに瑠璃色の長着に一目惚れして、棗型の黒い瞳を輝かせたのだった。
「そうだね、寒色系が割と好きかも。だから、普段のアクセサリーとかも似たようなカラー選びがちなんだけど……今回は正解だった」
私に自慢するように、美峰は口元を綻ばせて横髪を耳にかける。美峰のピアスは、青百合のスワロフスキーから、三本の金属製の花糸が揺れ、先端に青いスワロフスキーが煌めくデザインだ。私もフラワー系のピアスは大好きなので、可愛くて煌めきに胸がキュン、となる。しかも、大きすぎず細めのデザインなので、綺麗めで合わせやすそうだ。青百合のピアスは艶やかな美峰の黒髪を更に強調していた。
「可愛い……」
「ありがとう、千里ちゃんと着物着られてラッキーだったかも」
うっとりと私が両手を合わせ瞬きすると、美峰は照れたようにはにかんだ。
「早く綾人に美峰を拝ませてあげないと」
私は頷くと、美峰は頬を赤く染める。小さく微笑み俯く姿は、着ている袴のおかげだけじゃなくて可愛い。
「綾人、袴姿なんて弐混神社の人達で見慣れてるから、何とも思わないんじゃないかな」
「神職用の白衣の袴とは全然違うよ。美峰が着てた青ノ巫女姫の衣装も似合ってるけど……普段は別だって」
「そうかな? 千里ちゃんが言ってくれると、何だか自信が出てきた気がする」
頷く私に、美峰は自信が出てきたと言いながら、苦い物を混じえた笑みを浮かべる。
「……どうしたの? 」
私が首を傾げると、美峰は溜息をつく。綾人と喧嘩でもしたのだろうか。そんな様子は無かったのだが。……それは私と智太郎か。正確に言えば喧嘩のレベルでも無いのだが。自分で自分の傷を抉りつつ……美峰を見つめる。棗型の黒い瞳は、一歩進む度に軋む吊り橋の上にいるかの様に、不安気に瞬いた。
「さっきも、青ノ鬼と入れ替わってたでしょ? 初めに鬼憑りした時から、随分安易に入れ替われるようになったんだけど……」
「鍛錬の成果だもんね。何か問題があったの? 」
青ノ巫女姫である美峰は、元々普通の女子高生でありながら、未来視の能力を持つ青ノ鬼の魂を、その身に宿す事が出来るようになった。綾人と違い、妖の血を引いている訳でも無い彼女は、人一倍努力が必要だった筈だ。
「逆に上手く行き過ぎている事が、問題というか……」
問題の深部が見えない私は眉を寄せて考え込むことしか出来ない。美峰は、闇の中で手探りに欠片を並べるように話してくれた。
「何から言えばいいか……。弐混神社に来る前から抱いていた不安にも繋がっている気がする。綾人が失踪する前位の時期かな。今まで、全然そんな素振り見せた事無かったのに、お母さんから突然……お父さんと離婚をする事になったって言われて」
美峰はそこで一度言葉を切る。その時の感情を堪えるように、震える瞼で瞑目した。彼女は肺を膨らませ、緊張で分断された息を吐く。もう一度呼吸をすると、今度はすっとした息になる。棗型の黒い眼は過去を載せて開かれた。
「私が小学校くらいの時には、お父さんがお母さんと別れて、別な人と暮らしたいって話が出ていたみたい。要するに浮気だよね。誤魔化して今までやって来れたけど、私の進路の話になった時に、必要なお金で揉めたらしくて。払うけど、もう解放してくれって……。今まで『お父さん』を演じてたなんて信じたくなかった。当たり前の日常が嘘で出来てたって知った時、ぐらついたって言うか」
「不安定な吊り橋に居る感じと似てるのかな」
先程感じた印象をそのまま告げると、美峰は自嘲するように口角を引き攣らせる。
「そうだね、まさにそんな感じだった。お母さんも、私には言わないけど気になっている人がいるみたいだし……正直もう居場所なんて無いと思ってた。だから、綾人が居なくなった時……必死で探したのかも知れない。水野くんを疑いもせずに」
その時の美峰にとっては、恐らく学校だけが居場所だった筈だ。放課後の図書委員の時間の綾人と美峰、気まぐれに現れる翔の三人で成り立っていた、僅かな安らぎが崩壊した時……彼女の世界も崩壊したのだ。美峰自身も以前、似たような事を口にしていた。
「私が青ノ巫女姫だって分かった時……正直嬉しかった。必要とされる事は生きている証なんだね」
美峰は笑おうとしたが上手くできずに、短眉の端が下がってしまう。私は自分の事を言われている気がして、思わず唇を結んで俯いた。金花姫としての立場に執着する事で、孤独を誤魔化してきた私と同じだった。美峰は前向きな言葉で表現したが、本質は双子のように酷似している。
「弐混神社の人達は優しいし、綾人と居る時は上手く呼吸が出来るの。帰る場所を見つけた迷い猫が、木陰の下で丸くなる感じ」
美峰は今度こそ、心の底から微笑む。だが、その笑みは直ぐに解ける。
「自分で選んだ道だから、誰かのせいにするつもりも無いし、後悔だってしていない。……だけど、選んだ場所は同じだった。今も私は、軋む吊り橋の上に居るみたい」
「それが……鬼憑り? 」
美峰は静かに頷いた。
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