第六十一話 猫耳と鼓動
鴉の現れると言う、癒刻温泉へ向かう為……人払いの札を無事に完成させ、先に玄関で待っていた黎映と後藤は、ポカンと私達を見る。正確には……智太郎の頭に生えているものを、だが。
「……猫耳……? 」
黎映が呆然と呟く。智太郎の妖の姿を知らない彼には、何故智太郎が猫耳を生やしているのか全く分からないだろう。だが、後藤は別だった。
「妖化、はまだ必要無いのでは」
後藤は遠慮がちに私と智太郎を、交互に見る。狐ちゃんで、もふもふと満足する私と、不満げに床の端を睨みつける智太郎。今回は、後藤にも察せないらしい。私は説明して上げることにした。
「ちょっと喧嘩しちゃって。智太郎には罰として、癒刻に着くまでこのままで居てもらうことにしました」
「……それが、罰ですか? 」
相変わらず後藤は理解出来ていないらしい。仕方ない……理解させてあげよう。
「智太郎……」
私が呼ぶと、智太郎の白い耳がぴくりと反応する。可愛い。
「なんだ……」
相変わらずこちらを見てくれないが、強硬手段だ。
「違うよね」
私が微笑みのまま顔を覗き込むと、床の端を睨みつけながら、微妙な自意識との戦いを繰り広げる……猫耳の智太郎が居た。白い猫耳にふわふわした白銀の髪。六花のように繊細な白い睫毛を瞬いて、赤い瞳が自信なさげにこちらを一瞥する。見方を変えれば、憂いを含んでいるようにも見えた。いつもの鋭さはどこへやら。すっかり私にしてやられた智太郎は、覇気が無い事もあって、少女のような風貌がいつもより引き立ち、随分可愛らしい。キラキラと繊細な光が纏わりついている、錯覚すら見える。
「……なんだニャー」
「やっぱり、可愛い」
棒読みだけど、許してあげよう。私は胸に手を当て、勝手に悶える。相変わらずポカンとこちらを見る後藤と、ピンと理解したらしい黎映に気がつく。
「猫耳萌えですか! 」
「流石! 分かってくれた? 」
そう。智太郎におじい様に拳銃を無くした事を黙っている対価として、要求したのは……語尾に『ニャー』を付けて、妖化して猫耳を生やすこと。絶妙なコントロールにより、最小限の妖力で猫耳を生やす事が出来たので、私は堂々と対価を叶えてもらっている。地下牢の時からの、念願が叶ってだいぶ満足だ。狐ちゃんの少しの犠牲は目を瞑ろう。
「まじで、地獄だ」
私がちらと智太郎を再び見つめると、智太郎は六花のような繊細な睫毛の奥……赤い瞳で遠慮がちに私を上目遣いに見つめる。心無しか潤んでるようにすら見える。ふわふわの白銀の髪さえ、何時も見ているのに触りたくなる。ダウンコートのホワイトグレーのファーも相まって、ちょこんとした白い耳が生えると、本当に猫みたいだ。キラキラと繊細な光が纏わりついている錯覚が、また見えてしまう。
「……だ、ニャー」
「……ぅ、心臓が」
キュン死したらどうしよう。顔を赤らめ胸を押さえる私に、智太郎はげんなりし、絶望したように小さく溜息をつく。白い耳もぺたり、と萎れる。
「早く向かおう……ニャー」
「着いて欲しくないなぁ」
智太郎と全く逆の事を願い、雪よけを付けた草履を履く。玄関の扉を開き、皆が出れるように先に出ようとした時……何故か私の手が触れる前に、玄関の扉が開く。鼻先で急に空気が動き、驚愕の意味で心臓がはち切れそうに鼓動する。心臓痛めつけすぎだよ!
「千里ちゃ……あれ? もう居る」
きょとん、と黒い棗型の瞳を丸くさせる美峰と目が合った。その奥から、除雪された道を駆けて来る黒髪の少年は綾人だった。何か大荷物を引いている。
「美峰こそ、どうしてここに? 」
「……千里のお友達ですか? 」
その声に振り返ると、黎映が面紗の奥、赤と白の瞳を細め美峰を見つめているのに気がつく。私は胸がひゅっ、と竦むのを感じた。心臓は、本当に止まってしまうかもしれない。美峰に鬼憑りできるのは、青ノ鬼。未来視を持つ存在で、鬼だった頃の右目を人間に奪われた。その右目を本人の意思では無いとはいえ……埋め込まれたのが、私の後ろに居る伊月黎映だ。青ノ鬼は、右目を奪った人間に復讐する気は無いようだが……黎映の考えはまだ分からない。美峰が青ノ巫女姫だとバレると、非常に厄介な事になる。
「黎映、待っててくれる? ちょっと話してくるから……! 智太郎、来て! 」
「分かった」
智太郎も急いで靴を履く。あ、語尾にニャーが付いてない……じゃなくて! 混乱する私は美峰の背を押し、玄関から庭に連れ出す。
「美峰、先に行くなよ……! 」
綾人が遅れて私達の元に追いつく。雪振る中、全力疾走したせいで白い息を吐いている。よく見ると、綾人は二人分のキャリーケースをガラガラと音を立てながら引いていた。……そりゃあ、息も乱れるよね。心の内で綾人に同情した。
「何でお前ら、ここに来たんだ」
智太郎が渋い顔で二人を見つめる。だが、美峰と綾人はポカンと智太郎の頭に生えたものを見つめる。
「何で智太郎は、猫耳が生えてるの? 」
綾人が呆然と呟くと、智太郎は溜息をついて私を見る。
「……話しが紛らわしいから、もう解くぞ」
「……分かった」
もうちょっと堪能したかったけど、仕方ない。今は緊急事態だから、諦めよう。渋々許可を出すと、智太郎の猫耳は無くなってしまった。……また今度リベンジできるといいんだけど。
「私達……これからある場所に出かけないといけないの。二人は私達に用事なの? 」
私は綾人の持つ二人分のキャリーケースを一瞥し、思案しながら美峰に向き直る。私達と同じ様な旅行の道具が入っていそうだ。まさか……?
「用事も何も、私達は二人を援護しに来たんだよ」
美峰は腰に手を当てながら、凛々しく答えた。
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