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第二十五話 二人の青ノ君


「その記憶を消した誰かは、綾人くんと私に図書委員の時によく話かけてきた人だよ。綾人くんは覚えてないの」


美峰は綾人に縋り付くように聞く。


「まさか……水野翔か? 何であいつが美峰といたんだ」


綾人は記憶を消されていなかったらしい。

私はそれを聞きほっとする。

美峰は続ける。


「そう、その水野くんと私しか綾人くんのことを覚えていなかったから、私は千里ちゃんの噂を聞いて、綾人くんを探してってお願いしたの」


「水野翔が、俺の周りの人間の記憶を消したのか。……一体何故」


「後ろめたいことがなければ、こんな消え方はしない。今この境内に来ることが目的なら、お前が狙いなんじゃないのか」


智太郎が綾人に告げる。


「先代青ノ君のように、力を狙われるのは多いらしいけど、まさか」


「だから、力を自覚しはじめた今、急いで連れてきたって訳か。母親の願いがあだになってしまったな。そんな事より今は、水野翔を探すことが優先なんじゃないのか」


「そうだ……総一郎!」


綾人が呼ぶと、襖を開け総一郎が現れる。


「今の話は聞いたか」


「既に捜索を始めております。私が門を守りながらの失態……不徳の致すところでございます。恐れながら、葉である私と、青ノ巫女姫様の記憶を操作できるとなると、中々に手練であると推測されます」


「私達が出来ることがあれば手伝います。私達が連れてきてしまった責任があります」


私が言うと、 総一郎は頷く。


「是非お力添え頂けると有難い。それに、青ノ巫女姫のお力があれば、直ぐにでも見つけられるかもしれません」


「私……? 綾人くんの能力では駄目なの?」


「努力はするけど、結構まだ不安定なんだ。千里の過去夢とバッティングしたのは、力の練習中の時だったし」


「綾人くんでも難しいのに……私に何ができるの?」


「美峰は、青ノ巫女姫は……青ノ鬼をその身に鬼憑りさせる事が出来るんだ。詳しくは僕の母さんが教えてくれる」


美峰が戸惑いを隠せずにいると、総一郎の後ろから現れたのは、私が赤い夕暮れの夢で見たあの綾人の母だった。

夢で一緒に見たよりも年月が経っているせいか、溌剌さは無くなり泰然自若な印象がある。


「初めまして、大西玲香と申します。皆さまには綾人をご心配頂いたようで、申し訳ございません。本来、青ノ君として目覚め始めた綾人が力を狙う者から、守るために連れてきたというのに、このような事態になってしまうとは……」


玲香は美峰に向き直る。


「先代青ノ巫女姫としてもっとゆっくり貴方とお話させて頂くつもりだったのだけど……このような事態になってしまってはそうもいきませんね。青ノ君が目覚めた以上、青ノ巫女姫として青ノ鬼を鬼憑りできるのは貴方だけ。青ノ鬼様に救いを請いましょう」


「元はと言えば、私が水野くんを連れてきてしまったんです。……私ができることがあるならば協力します」


美峰は覚悟を決めた様子だが、見ているこちらは心配で仕方ない。

鬼憑りとは、簡単にできることではないだろう。

平屋建ての屋敷を出て、ある小さな建物に皆で入る。


「ここは……?」


「神楽殿だ」


隣にいる智太郎が教えてくれる。

通常であれば、外に舞が見えるように暖簾を開いていただろうが、今は閉めている。

私たちは、端に用意された座布団に座る。

向かいには総一郎と綾人もいる。


リン……と鈴の音が鳴った。


奥から巫女装束に千早を着た美峰が現れる。

よく見かける白と赤ではなく、白に青色をした巫女装束を着ている。

千早は瑠璃と露草色のグラデーションの牡丹と、萌黄色の葉が咲き乱れるデザインなっている。

首から下げた細長い木製の板には、何か文字が刻まれている。

左右の髪には瑠璃色の牡丹と銀の札飾りの花簪。花簪から伸びる、2本の紅鬱金色の長い紐の先に鈴が二つ下がっている。

進む度、鈴と銀の札飾りが鳴る。

……そして特徴的なのは、顔に着けた鬼の面だ。

青い二本角に、花びらを模した瞼の下には、青い大きな一つ目。盛り上がった牙も恐ろしいが、大きな一つ目がどこの角度からも目が合うような気がしてぞっとする。


私達の目の前で美峰は一度ピタリと止まる。

美峰は、両手をゆっくりと伸ばすと、どん、と足踏みをする。鈴が強く鳴る。

回転しながら、袖をたなびかせ舞が始まる。

それを見て私は違和感を感じる。

美峰は舞なんてできただろうか?

もしかして以前習っていた可能性もあるが、知らない可能性の方が高いだろう。

即興で習ったにしては複雑な舞。

美峰をよく見ると雰囲気が違う。

衣装や舞のせいもあるだろうが、それとは違う。

鬼の一つ目がこちらを見た。

手に汗を握り、黒曜や大蛇を前にした時のような、畏怖の感情を覚える。

……これは既に妖だ。


美峰に宿った青ノ鬼は、どん、と最後に足踏みしたと思うと手にした青い扇を下へ向ける。


『地下を見よ』


美峰のものとは違う、男のような篭った声。

人間とは違う声に私は耳を抑えたくなるのを必死に我慢した。


『二人の青ノ君』


青ノ鬼は告げると、面は解けて落ちる。

カラン、という音で朦朧としていた美峰の瞳に焦点が合ってくる。


「美峰!」


綾人が駆け寄ると同時に美峰は崩れ落ちる。

美峰は綾人の腕の中で、声を発する。

私達も美峰の元へ駆け寄る。


「美峰、大丈夫?」


「よくやった」


綾人が微笑むと、僅かに美峰が微笑む。


「よかった。綾人くんの力になれて……」


その言葉を最後に美峰は瞳を閉じる。


「大丈夫、気を失っただけです」


奥から玲香がやってきて継げる。


「二人の青ノ君とは……一体なんの事かお分かりになりますか?」


私が皆に問うと、玲香も総一郎も躊躇うように一瞬の間がある。


雨有(うゆう)……先代青ノ君を慕っていたある女がおりました。雨有はその女に執着されていたようでした。異国の女でした。初めはこの場所に下働きとして働いておりましたが……」


玲香は苦い顔をする。


「雨有は彼女を受け入れず、私と婚約をしましたが、その女は自分こそが青ノ巫女姫であり雨有と結ばれるのだと主張しておりました。雨有が亡くなり、その女も身重だった為ここを辞めたのです。その女の夫は分からずじまいでしたが、嫌な噂が流れておりました。……その女は雨有の子を身ごもったのだと。当時はばかばかしいと思っておりましたが、青ノ鬼様の予言が告げるのは恐らくその事かもしれません」


「俺たちが一緒に来た人間は確かに異国の血を引いた人間だったような気がする。……まさか恨みでもあるのか」


智太郎が頭を抑え何とか思い出す。


「水野翔はハーフだったよ。あいつが……俺の腹違いの兄弟かもしれないのか」


綾人は複雑そうに顔をしかめる。


「青ノ鬼の血を継いでいる、となると彼の能力で綾人さんの周りの人間や私達の記憶を消したのでしょうか」


私が言うと、総一郎は頷く。


「本来青ノ君は一人ですが、二人と告げた青ノ鬼様のお言葉通りであれば、彼がもう一人の青ノ君ということでしょう」


「青ノ君が二人だと、どうなるんだ」


智太郎が問うと、総一郎は顔を伏せる。


「……かつて青ノ君が双子でお生まれになった事がございました。青ノ巫女姫がお一人しか現れなかったこともあり、血で血を洗う戦いの末、兄の和虎様は死に、弟の辰矢様が青ノ君の座をお継がれになりました。第十八代目の時代の事でございます。綾人様の曾祖父です」


今のところ、青ノ巫女姫は美峰だけだ……。

同じことにならないと誰が言えるだろうか。


「翔が俺を殺そうとしている……のか」


「だが、何故地下を狙うんだ。何かあるのか?」


智太郎に総一郎は答える。


「狙われるような何かがあったとは記憶しておりませんが、寧ろこちらを罠にかけるつもりなのかもしれません」


警戒するのはむしろ追いに行こうとする私達を捕らえようとすること。綾人が目的なら、相手の思う壺という訳だ。


「美峰は私が介抱しますから、貴方達は地下を」


綾人から気を失った美峰を預かると、玲香は私達に告げる。


「分かりました」


神楽殿を抜ける直前、総一郎が智太郎に何かを投げる。

智太郎の手のひらを見つめると、鍵があった。


「これは……」


「それは蔵に繋がる鍵です。境内に蔵は二つあり、その下にしか地下はございません。二手に別れて探しましょう。私達は本殿の蔵に向かいます。貴方達は屋敷の隣の蔵をお願い致します。綾人様は私がお守りしますので」


「分かりました」


「千里も智太郎も油断しないで!」


綾人が総一郎と共に走りながら、叫ぶ。


「そっちこそ!」


智太郎も叫び返す。


「行こう」


私達は頷いあい、蔵への道を急いだ。







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