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千里の夢 ✣­­­­ 過去夢の力で妖の血を引く幼なじみを破滅から救う恋物語 ✣ ࿐.˚  作者: 鳥兎子
第十三章 蛍籠ノ寺子屋編(ほたるかごのてらこやへん)
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第二百四十二話 鬼火語り


 この『真実』は、葬るべきだ。祇流ワンは、真剣に自分の語り札を見つめている。彼が振り返る前に、私は炎陽へ紫電を撃つ! 猫髭を、一瞬の風圧が掠める。蝋燭の火が消え、驚愕した炎陽の真偽札は焼き焦げた。

 

 私の願いは、『人も妖も隔てなく、大切なひと達と桂花宮家に帰ること』。万が一にも、お爺様に真実が知られてしまえば叶わなくなってしまう。炎陽とも帰りたいと、願う自分に気がついた。

  

「ごめん、炎陽。貴方の為に、この語りは『無効』にさせて。いいでしょ、獏? 」


「当事者同士が同意するなら、構わない」


 溜息を吐き、炎陽は静かに頷いた。分かってる……先延ばしの策にしか過ぎないって。鼻をひくつかせ、祇流ワンが小首を傾げた。


「何か焦げ臭くないか? 」

 

「な、なんでもない! 次の語りは、祇流ワンに任せるよ」

 

 白い巻尾が揺れ、つぶらな瞳が細まる。焦茶の肉球で上げられたのは、『樹洞』と『妄執』の語り札だった。

   

「妖狩人として、調査任務を単独で受けた折の事だ。欅の樹洞に詣でる参拝者が、次々に行方を絶つという。樹洞への山道は近づく度に荒れていき、歩みを浮つかせた。伽羅にも似た芳香がしたからだ。杉の根元に、山のように捨てられた供花のせいかと思った。田舎だから、供えた後始末が雑なんでな。花枯れた上を見遣れば、老婆が()していた。迎えに来てくれたんか、坊やと……息が聞こえて駆け寄る間際、目玉に蝿が涙のように蠢いていた。温和な笑みだった。先に喰われたのは精神らしい。


 ―― くすんだ深淵が匂い立つ。

 

 樹洞から俺を見ていたのは、香木の地蔵だったのさ。手向けられた燭火の熱が樹脂を焚き、血のように赤い前掛けが招いていた。死者のまやかしで、獲物を誘う妖として。香煙が笑う前に、俺は地蔵を斬っていた。赤く落ちた首の裏、❪言わ猿❫の花押を見た。俺はお天道様を仰げたが、二度と木像を崇める事は無いだろう」


 煉と秒の差で、私は挙手が間に合った。危なかった!


「『偽』だと思う。都峨路先生が授業で教えてくれた通りなら、妖狩人が一人で任務を請け負う事は無いから。仲間が殺されて、危機に陥らない限り」


 貴重な妖狩人を喪わない為に、連携しているのだろう。苦笑した祇流ワンは『偽』の札を晒し、灯火を吹き消した。


「全く、出来の良い生徒だな。その通りだ。万が一増援が来なければ、引き返すように命じられている。千里嬢ちゃんも、香でまやかす者には気を抜くな」

 

 煙が揺蕩う中……祇流ワンは悔しむどころか、私を真っ直ぐに射抜く。私に伝えたい真実が混ざっていたのだろうか、と思案し……香座敷の前で怯えを殺していた、祇流ワンを思い出す。彼が見上げたのは、黒柴犬を抱いた香遊(コウユ)。瞳に映したのは、榾火(ほたび)に朽ちる真だった。祇流ワンを一瞬睨んだ獏が、私を見つめた。

 

「次は、千里が語ったらどうだ? 」


「えぇ、もう出番なの? ドキドキするな……」


 私が捲った語り札は『地鼠』、智太郎は『縁の下』だった。私達は互いに目配せし合った。

 

「私達が、九歳の時の出来事だよ。桂花宮家の縁の下に、潜り込んだ子が居たの。バレたら怒られちゃうよって呼びかけても、出て来てくれなくて。仕方ないから、私達でお世話をする事にしたんだ。ね、智太郎」


「あぁ。食わず嫌いでも、千里の生力が届けば生き長らえられるからな。懐くまでの間は、持久戦だった」


「本当に怖かったんだよ。眠ろうとしても、真下から夜な夜な音がするし。チィチィ……ズシャッ、ズシャッ……って。覗き込んでも、眼光と呻き声しか返さなかった。心配で怖くて、私達はついに父様へ明かしてしまったの」


「縁の下から引っ張り出されたのは……妖狩人の爺さんだった。しわくちゃの手で錆びた小刀を握り締め、離そうとはしなかったな。縁の下を照らせば、地鼠の妖が息絶え絶えに散らばっていた。爺さんは夜な夜な、連なる地鼠を狩っていたんだ。たじろぐ千里をギラリと見上げて、卯月(うづき)様、任は果たしましたぞ……と告げた。ボケていても、千里の曾祖母への忠義心だけは忘れなかったんだ。縁の下の妖に気づいたのは爺さんだけだったし、流石に感心したな。頭を何度も下げる孫に連れられて、去っていったが」


「縁の下には、ほんとに力持ちがいたんだなって思ったの」


「それから時折、夜の縁の下へ耳を澄ました。爺さんの執念か、地鼠の祟りか。今も荒い風鳴が、あの縁の下には渦巻いているはずだ」 


 祇流ワンと僅かな差で、ビビりの煉が震える手を上げた。


「いやいや、信じたくないけど『真』ですよね!? 息ぴったりで、嘘なんてつけます!? 」


「ふふっ……そう思う? 嬉しいな」


 私は『偽』の札をチラつかせた。智太郎に助けて貰っちゃったな。二人で詐欺師になれるんじゃない? 灯火を消した智太郎が、鼻高々に獏を睨んだ。

 

「次は、お前が語ったらどうだ」 


「無論だ。遊戯は参加しなければ、意味が無い」


 獏は静かに、『潮騒』と『がらんどう』の語り札を見せた。


「寺の衆は幽霊話には事欠かないが、戦没者の御霊は別物だろう。かつて妖狩人は、徒人殺しを禁じた掟を守る為に、徴兵から逃れようとした。竜口家の指南役を筆頭に、支配下の半妖を代換え部隊として鍛え、日本軍へ捧げて。帰れずに死ねば、骨すら遺らないのは平等だがな。慰霊碑で追悼される兵士とは違い、半妖部隊と指南役はがらんどうの墓すら風化しゆく。忘れ去られて、祈られない。紫雲がたなびく暁には、潮騒を聞いてはならない。あいつの喜怒哀楽に呑まれ、海崖から身を投げたくなるから。陸には上がれずに、泡になるのだとか」


 無意識だろうか。『あいつ』と、獏は個人を口にした。

 

「質問は出来る? 」


「最初に挙手した者だけが可能だ」


 つまり、私だ。


「その指南役って、『竜口(たつぐち) (かいり)』の事だよね。獏が寝言で言ってたよ」


「……そんな奴は存在しない。竜口家の系譜にも、記載が無いのだから」

 

 獏は左天井で破れた舞台幕へ視線を彷徨わせたが……右上の時計を暫し見つめて、睫毛を伏せた。獏は目で、空想(ウソ)をつけなかったんだ。私は確信した。『竜口 浬』は、獏の空想なんかじゃない。


「『真』に賭けるよ。『空想時の視線は観察者に対し左上へ、追憶時には右上へ動く』んだって。記録なんて関係ない。私は、獏にとっての『真』かどうか知りたいの」

 

 獏は躊躇った後、『真』の札を明かした。私は自然と、微笑みを返していた。灯火が消える一瞬、氷銀(アイスシルバー)の瞳が朝凪のように澄んで見えたから。ようやく、近づけた気がする。竜口 浬は、獏の真情に根付く人物なんだ。

 

「はぁ……ラストはアタシですか。」


 煉が悩ましく見つめたのは、『手燭』と『呼び水』の語り札だった。


「『真』だ。ビビりの煉は語れない。『呼び水』だけに、精々チビる話だ」


 炎陽はニヤニヤと囁き、双尾を揺らしてみせた。


「ちょっと猫大将、宣言するには早いですよっ! チビりませんっ! チビる前に、千里サンをお花摘みに攫いますから! 休憩頂きますっ! 」


 あれよと私は煉に腕を取られ、遊戯室を退室した。静かな歩みに付き合ってみたものの、少しおかしい。


「煉さん……化粧室過ぎちゃったけど」


 振り向いた煉は、赤縁眼鏡を取る。燃える鱗鉄鉱(レピドクロサイト)の三白眼が、呆然と立ち尽くす私を映した。 

 

  


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