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千里の夢 ✣­­­­ 過去夢の力で妖の血を引く幼なじみを破滅から救う恋物語 ✣ ࿐.˚  作者: 鳥兎子
第十三章 蛍籠ノ寺子屋編(ほたるかごのてらこやへん)
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第二百三十八話 蒼黒なる上映


 しんしんと光の鱗粉が、硝子窓から降り注ぐ。仄青い薄暗さは、気品を立ち込めていた。シロは、図書館側へ駆けて行ったはず。図書館を集合場所にし、学園の一階を手分けして探せば出会えるだろう。先を歩む美峰は、廊下の緩やかなカーブを辿る。黒髪がセーラー服を撫でる度に、白艶を青く偏光した。窓格子が檻みたいな影を、雪肌の後ろ手に(かざ)す。


「聞きたいことがあるの、()()()

   

  青玉(サファイア)の燈が開眼し、振り返る! 花唇から牙がほの嗤う。手を引かれ、視聴覚室に連れ込まれた! 巨大なスクリーンが脅かし、窓際の飛燕草(デルフィニウム)が瑠璃と青紫に淡く光る。小さな映画館みたいだった。鉄紺色のカーテンより舞い込んだ光が、教卓に座った少女の輪郭を月白に晒す。二角を顕現し、青ノ鬼は優雅に見下ろした。


「僕に何が聞きたいのかな、千里」

 

「貴方は、殖える『流魂蝶』の危険性を知っていたはず。何故、美峰に『蝶』を与えたの? 」


「『蝶』に身体(うつわ)が脅かされているのは、僕も同じだ。美峰に従属させれば脆弱な妖になるだろうと、甘く見すぎていたよ。現に僕は、美峰の中で『蝶達』を斬りまくってヘトヘトなんだ」


「生力由来術式じゃなくても、妖力で『蝶』は斬れるの? 」


「妖力のみを喰らう『滅びの蝶』の群れとは違い、『流魂蝶』は妖力と生力を喰らえるからね。強化された代わりに弱点が増えて、差し引きゼロなんだろう」

  

 青ノ鬼は、やれやれと両手を晒す。青ノ鬼は美峰を見捨てたりしていなかった……香遊が語った疑心は、杞憂だったのだろうか。

 

「美峰の気持ちを汲んだとしても……青ノ鬼自身も脅かされているのに、『蝶』を従属させる必要があるの? 」

 

「君の為なら、当然だろ」


 両手で頬に触れられ、眼前に引き寄せられた。呼吸が上手くできない。濃藍の睫毛が花香を煽ぐのに、触れる掌が激しく凍てつくようだったから。私が守りたい彼女と同じ可憐な顏で、青ノ鬼は切迫を浮かべた。透明に虹彩が青く咲き、左眼へ吸い込まれる。

 

「僕は、妖を喰らえる『蝶』を完璧に手中へ封じたいんだよ。僕は何度も何度も何度も何度も、君が死ぬ未来の欠片を視てきたんだからな。この世界から視れば確定していない未来でも、死を招く分岐は陰惨だった。猫屋敷で色獄の花嫁として嬲り殺される末路に、あの兄弟に凍えた大ノ蛇栄螺堂で主として飼い殺される結末……。その中でも『蝶』が齎した最期は、絶望すら渇いていた! 」

 

 青ノ鬼は白腕を翳し、青き花吹雪で【未来視】を呼び起こす! スクリーンに映しだされたのは、逢魔が時。山影を喰らう躑躅色の水平線が、本紫の天上を鮮烈に焼く。彼女が()いた濡れ羽色の髪先は、大菊の走り花弁のように広がった。あれは……忌まわしき私だ。


 桂花宮家で飼われ続けていた金花姫は守人と出逢う事なく、父親とは分かり合えなかった。自由への渇望のままに父親と妖狩人の生力を奪い殺し、己の運命を恨み『禍神』と化した。生き物の『可能性』を奪う原初の妖に成り果てた彼女への対抗策として、弐混神社が『流魂蝶』を放った世界は人も妖も死に絶えた。桂花宮家の地下牢から逃れた死装束のままに、埜上 智太郎は夢遊病のように彷徨う。


 彼の白銀の猫耳を、私は変彩金緑石(アレキサンドライト)の杏眼で捉えた。桂花宮家の地下に妖が飼われているという噂は知っていたけれど、会った事なんて無かったのに。川を目指して逃げる少年からは、知らないはずの温かさを感じるのだ ―― 背後から捕らえた智太郎の唇へ爪を立て、恋を知らぬ私が無垢に嗤う。化け物(わたし)が手首を掴んで覆いかぶさっても、花緑青の瞳の輝きが絶えないなんて、羨ましい。見知らぬ私の代わりに、泣いてくれるの? 貴方が責めるべきは、私を救えなかった弱い貴方じゃなくて、眼前の化け物であるべきなのに。強烈な飢えで自我が霞み、涙なんて渇いてしまった。違う世界であれば、きっと幸せに生きられたんだろうね……私が指間腔から滴らせた真っ赤な甘露は、貴方の『清麗な可能性』だ。


『こんな形の再会なんてしたくなかった。もう、私の事も忘れちゃったんだね。……さよなら、千里ちゃん』


 太鼓橋の上……青ノ巫女姫と出逢った。私の四肢が、蝶吹雪に喰われていく。これで、誰も殺さなくて済む……私を終わらせてくれた蝶の主は、スクリーンの中の【未来視】を手刀で消した眼前の少女と同一に見えた。手首をぷらつかせ、青ノ鬼は禍根を捨て去る。君を二度と蝶で殺すものか、と囁いて。


「羽衣石家の奴らを殺してくれた事実だけは、『首謀者』に感謝しているんだ。羽衣石 省吾が操る『滅びの蝶』に、原初の妖である君が散らされる未来ごと消せたから」 


「那桜と省吾の死を傍観したのも、美峰に『蝶』を閉じ込めたのも……全部、私を生かす為だって言うの? 」

 

「僕は、君が時の狭間で死に絶えるなんて耐え難い。君が誰と結ばれようが……正気の君が生きてさえいれば、僕の勝利だ」

 

 青白い顏で捧げられたのは、飛燕草(デルフィニウム)。花言葉は、『誰もがあなたを慰める』。

 

 ―― 大切なひと達より、私を貴く祀る情なんて燃えてしまえ!


 飛燕草を紫電で焼き払い、私は花弁を踏み躙っていた! 呆然と涙を流す青ノ鬼に、ハッとする。直視できなくて、私は視聴覚室を飛び出した! 生かされてしまった私が想うべきは、消失した未来なんかじゃない。真っ白な光に眩む道中、クロが待っていてくれた。思わず抱けば、涙を懐っこく舐められる。私が真っ直ぐに歩くべきは、この世界だ。



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