表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千里の夢 ✣­­­­ 過去夢の力で妖の血を引く幼なじみを破滅から救う恋物語 ✣ ࿐.˚  作者: 鳥兎子
第十三章 蛍籠ノ寺子屋編(ほたるかごのてらこやへん)
231/235

第二百三十話 秘かな切り火


 黎映達と再会の約束をして、図書館を発った。私が「犠牲を甘んじる覚悟なんて要らないよ」と告げれば、沙亞耶は真摯に頷く。紫水晶(アメジスト)の瞳に、艶々と清光を宿して。一生懸命な前向きさが、愛おしいな。

 

「誰かを救えるお姫様になる為に、『信じる想い』を貫いてみるね。遠くへ行っちゃう前に、しょうちゃんを知りたいの」


 獏を追いかけ、沙亞耶は階段へ駆けて行った。私も登れば、二階は初等部だった。教室と廊下を隔てる、硝子折戸は六曲一双。六枚に折りたためる透明な屏風だ。和紙硝子の荒波は、二重の金縁がズレて立体感を生み、金箔が祝す。異彩を放つのは、七宝焼の把手(とって)。瑠璃と翡翠色の金波で、白兎が跳ねるのだ。思わず、私は立ち止まってしまう。釉薬の夕暉(せっき)が反射し、古代紫、東雲色(しののめいろ)猩々緋(しょうじょうひ)が硝子へ捻れ踊るみたい。火打ち金を磨る、切り火の祈り。透明な背骨だけを連鎖する原索動物(げんさくどうぶつ)、サルパの躍動。並ぶ机は沈黙しているのに、透明な日常が銘々(めいめい)に睨んでくる。


「まさか……千里サン? ようやく見つけましたよ! 」


 ハッと顔を上げれば、獏と沙亞耶が居ない。代わりに私へ駆け寄ったのは、兎川(うかわ) (らん)! 栗梅色のポニーテールが揺れ、兎耳のように浮き毛が跳ねた。赤縁眼鏡の奥、瞳は透き通る(あか)を縦に編む。慌てていても、猫口が微笑んでいるようで可笑しいな。


「やだ、はぐれちゃったな……でも、煉さんと会えて丁度良かった」


「長すぎる迷子ですよ! 智太郎達と手分けして探していたんですからね、社長に鬼TELさせて頂きます! 」


「黒曜達とも離れていたのは確かだけど、さっきまで漣廻寺の獏達と一緒に居たんだよ。……私、二重の迷子だね? 」


「獏か。学園長室にズカズカ入って行くから思わず止めたんだが。学園長がカンペを忘れたから、代わりに取りに来たらしい。……もう『庭』へ行っちまったが」


 重厚な声の正体は、杖を突く五十路(いそじ)の男。肩に触れる赤胴色の髪が、彫りが深い褐色肌の顏にうねる。宮本(みやもと) 都峨路(つがろ)は、夏期講習の指導者として招かれたのだったな。鈍色の狼眼(ろうがん)が底光りするせいで、『先生(づら)』には見えないが。お利口な授業を蹴っ飛ばしそうな、悪餓鬼の笑みを寄越した。


「よぉ、お嬢ちゃん。こんな所まで来ちまって……ジジィ共からは庇ってやれねえぞ」


「都峨路さん! 獏達、行っちゃったんですね!? 」


「『模擬戦』が始まるから、庭へ集まるのは皆一緒だ。お嬢ちゃんも向かえばいいさ。俺たちは、煉とバッタリ会うとは思わなかったがな。だろ、祇流(きりゅう)? 」


 煤色の襟足を刈り上げた四十路(よそじ)の男が、私に会釈してくれた。宮本 祇流は、精悍な顔立ちに刻まれた右頬の古傷と、木製の義手の左腕が、古強者(ふるつわもの)の様だが……不思議にも激弱なんだっけ。義弟としても、宮本家の人望厚い忠犬としても、都峨路を『先生』たらしめる影の立役者になりそうな。


「意外ですな。煉は、漣廻寺を避けていなかったか? 姉の嫁ぎ先なのに」


「だからこそ避けてたんですよ、祇流サン。姉と姪に、アタシは会わない方がいいんです。それに、漣廻寺の経蔵には()()んですよぉ……お化けが! 親が夜間の妖狩りへ向かう為に、アタシが漣廻寺に預けられた七歳の夏。見たんです! 」


 煉は青ざめた顔で、両手をだらんと垂らしてみせる。が、屈強な男達には効果が無かったようだ。都峨路が眉を寄せる。


「漣廻寺に、妖狩人の子供が預けられるのは定番だな。墓があんだけありゃ、出るだろ。何ビビってんだ、元妖狩人が」 


「いやいや妖とお化けは別物でしょう! 妖は実体がありますが、奴らには無いんですよ! 夜中の杉廊下の奥……蔵戸の灯光を覗いたら。黒い面布に白墨字の男が言ったんです、『来たか、玉兎』って! アタシが腰を抜かしたら、スーッと消えやがったんですよ! 」

 

「それ、本当に幽霊なのかな? 」 


 私は小首を傾げる。沙亞耶は【透明】の異能者だったし、漣廻寺に同じ異能者が居たのだろうか。何か関連性がある気がする。例えば、私と黎映の【過去夢】のように。

 

「幽霊ですって! 実体験したから、もう経蔵には寄りたくないです。祈凛乃(きりの)姉さんと沙亞耶に会わないようにするだけで、精一杯ですし」


「姪っ子って……沙亞耶ちゃんだったのね! お姉さんが嫁いだのって、櫂海 (たくみ)さん!? 何で煉さんは、沙亞耶ちゃん達を避けてるの? 」


「兎川家の血脈には、妖の因子があるんだろ。己の中の猛火を自覚すれば、半妖のように短命に捕まっちまう。徒人としての幸せを願うなら、周りが秘匿で守るべきだ。同じ血脈の煉が妖の因子を自覚したことを知れば、自分の中の妖に気づくかもしれない」


 覆水盆に返らず。幸せな上辺を、ひっくり返されてしまう。獏が置いて逝かれたくない人は、やはり沙亞耶なのだ! 妖狩人が術式の根源たる妖や跡継ぎを秘匿し、己の家門を守護してきた理由が分かった気がした。淡々と語る都峨路にも、妖の因子があったはず。煉は苦笑を返した。


「やっぱり……アタシが八分の一の妖(ワン・エイス)であるのを自覚した事、都峨路サンにバレてましたか」


「お互い、恨めしい先祖に血を鍛えられた子孫だろ。己を騙し騙し、生き長らえるしかない。俺が一番早死すると思っていたのに、咲雪も那桜も逝っちまった」


「都峨路サンは、自分を騙すのが上手いんですね。アタシは器用に生きられません」


「だが、煉は今も生きている。お前の命を拾った親切な妖の誰かさんに、よろしく言っといてくれ」


 【感覚操作】をもつ黒曜の配下となった事で、煉は生き長らえた。黒曜の存在に勘づいていても、都峨路には清濁併せ呑む度量があった。大切なひとの生を願う、『秘かな切り火』は皆の胸中にある。

 

「生き長らえるべきは、煉だけじゃありません。俺を拾ってくれたアンタへ恩を返す前に、くたばらないで下さいよ」


 祇流は腕を組み、都峨路を睨む。手綱を噛む忠犬に、花咲翁は皮肉に笑み崩れた。

 

「へいへい。飼い犬の面倒を最後まで見るくらいには、生き長らえてやるよ」

 

「都峨路さんには聞きたい事が沢山あるけれど……宮本 縁子(よりこ)さんって、誰か知ってます? 」


 どうやらお爺様には、姉弟子が居たらしい。聞いた時から、宮本の姓が気になっていたのだ。 


「ああ、親父の……宮本 什造(じゅうぞう)の妹だな。什造、縁子、正治、隆元の順で、正治の実母を師範として仰いでいたらしい。桂花宮家当主が、女だった時代の話だ。兎角その縁で、俺は死んだ親父諸共……あの正治(ジジィ)には世話になりっぱなしだ」


 先々代の青ノ君を殺め、【異能】を奪ったとされるのは都峨路の父親だ。美峰達が確かめたい真実を、眼前の男は抱えている。直接聞くべきか否か……【過去夢】で触れて確かめてみる?


「この間も。イカレ親父が遺した蔵書を、漣廻寺が高値で買ってくれると言うから売り払ったら、正治(ジジィ)の怒雷が落ちたな! ガハハッ! 今頃、血眼で図書館を探してるんじゃないか? 」

  

「んなっ! 何やってんすか、アンタ! 血濡れていようが、妖狩人の蔵書は最大の家宝でしょうが! 」


 祇流が目を剥いて叫ぶのも、無理は無い。蔵書には、術式が綴られている事だってある。漣廻寺の蔵書量を不思議に思っていたけれど、廃した家門から引き取ったか、高値で集めるかで蒐集したらしい。やはり、黎映達と【過去夢】で図書館を探るべきだ……と思えば、校内放送がピィンと鳴る。


 

 ―― え~、皆様お待たせ致しました。間もなく模擬戦が始まりますので、夏期講習をご希望の方は、植物園へお集まりください。


 

「学園長のお出ましか。……植えた桜が心配だ。酒盛りついでに、見学してやるか」


「そこは『都峨路先生』として、真面目に参加してくださいよ……全く」

   

「行きますよ! 千里サン! 」

  

「え、ちょっとま」


 私は愚鈍にも、思い切り躓いてしまう! 三人めっちゃ早い。どんどん姿が遠ざかる。妖狩人の脚力に、私の筋力は叶わないらしい。こんなことで妖力を使うのもな……と思い悩んでいると。物陰から、手が伸びた! フードを被った誰かに背後から捕まえられ、私の悲鳴が塞がれた!

 

「叫ぶな! やっと見つけたと思ったら、俺を不審者にするつもりか!?」


 猫耳フードの奥に輝くのは、花緑青の猫目! 白銀のショートウルフカットの髪筋が、ふわふわと私の頬を擽る。少女と見紛う繊細な風貌の少年は、私に凛とした意思をくれるんだ。慣れ親しんだ体温と檸檬茅(レモングラス)の香の爽やかさに、強ばりが溶けていく。


「智太郎! 来てくれたんだね! 」


「来てくれたんだね、じゃないだろ! 勝手に居なくなっておいて! 」

 

 焦る程に心配してくれて嬉しいって思ってしまうのは、いけないことだけど……真摯に見つめられたら、頬が綻んでしまうな。


「ふふ……みんなにTELしすぎだよ、智太郎」


「焦りもするだろ。こんな写真とメッセージが、千里のLINEから送られてきたら! スマホを忘れていったお前が送るには、悪質すぎる! 」


 智太郎は牙を剥いて、スマホ画面を突き出した! 映るのは、セーラ襟に赤ラインがある黒袴の少女。濡羽色の長髪を、ハーフアップにしていた。杉と墓を背に、驚愕で翼耳をピンと立て、紅紫色が青紫に変幻する杏眼をまん丸にしている。……獏に、いきなり撮られた私だ。『返して欲しくば、追いかけろ』の脅迫文付き。


「獏だ。なんで、私のアカウント知ってるの!? 」


 私しか知らないパスワードをどうやって……まさか、【異能】で白き落陽の夢へ入った時に、私の記憶を知ったの? 秘密を暴くなんて、厄介だ。


「喰いつくべきはそっちじゃないだろ、誘拐犯に危機感を持てよ! その様子じゃ、獏とやらに懐柔されまくってるな……」


 溜息を吐いた智太郎の肩に乗るのは、一羽の黒鴉。私が夜へ逃げ出しても、()まない縁からは逃げられない。

 

「黒曜も……来てくれたんだね」


 私が曖昧に微笑めば、翼がビクッと竦む。 

  

「私は『黒曜』じゃない。ただの鴉だ」


「ん? 」


「コイツなりに、お前の『来ないで、黒曜』という命令を掻い潜っているんだ」


 翼を毛ずくろいして、黒曜は艶々した円な瞳で私を映す。 


「千里に告げなくてはいけないことがある。集う妖狩人を守護するべき漣廻寺……ここは、隠世だ」


 温かく巡っていた血が、凍りつくみたいだ。私達には、今も重厚な霊気が伸し掛る。結界への信頼が、変貌するのを感じた。されども、縁は血と廻る。箱罠だと自覚しても、私達は渦潮へ向かうしかない。心縛る再会が手招いているから。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ