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千里の夢 ✣­­­­ 過去夢の力で妖の血を引く幼なじみを破滅から救う恋物語 ✣ ࿐.˚  作者: 鳥兎子
第十一章 忘雪ノ遺香編(わすれゆきのいこうへん)
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第百九十九話 桜を愛していた


 ――形代の本能が、目指すべき場所を視せる。白銀の雪花を降らす白虎(わたし)は、桜隠しの疾風となり咆哮した!


 白虎(わたし)の雪花届かぬ、羽衣石(ういし)家の領地……山間の桜丘。緋寒桜 (ひかんざくら)は俯き、狂い咲く。濡れたように撓垂(しなだ)れて、正絹のようにしなやかな緋紅色(ひこうしょく)が『蝶狩り』へと(いざな)う。張り詰めた面持ちの羽衣石 那桜(ういし なお)が紙繭の封を解けば、『青白磁色の蝶』の群れが桜と舞った。刃にて囲う無骨な花人衆に、春風に乗った忍び笑いが囁かれる。花の精と紛う、女の声だった。


「ようやくお出ましか! 私を何年待たせる気だ! 」


 筆頭の尾白 隆元(おじろ りゅうげん)が、上下両刃の『白虎(びゃっこ)三節棍(さんせつこん)』を()の間へ振るえば、()(*٭✿)市女笠(いちめがさ)は裂かれた! 後方へ落ちる、虫の()(ぎぬ)が透けた向こう……包帯で覆われた異質な(かんばせ)が、潤う唇で弧を描く。若芽(わかめ)色の壺装束から見えるはずの手も覆われ、風化硝子のような虹色銀化の光沢を放つ淡い長髪と包帯が靡いて魅せた。


春愁(しゅんしゅう)へ心身を委ね、花冷えに肌を晒せぬ無礼をお許し下さい。お詫びに、妖狩人(あなた)達が憧れていた『隠世』の心地を教えて差し上げます」


 虹鱒(ニジマス)の半妖の女……(のどか)が、己の根源(しんぞう)に触れた瞬間。満ちた輝きは妖狩人達の形相を凍てつかせた。『蝶』と桜の花弁が()()に引き寄せられるように妖狩人らを囲い、瞬きで和は()()()のだ! 妖狩人達が虹閃に次々と裂かれ、『隠世』の見えぬ内壁に血の驟雨(しゅうう)が伝う! 肢体の輪郭を虹線にて顕現させ、三稜鏡(プリズム)を組み込んだ太刀を血振りした和は、光学迷彩にも似た【透明】を解いた。何故、()()()()が『隠世』を生み出せるのか。

 

「自ら逃げ道を無くすなんて、笑止! 羽衣石家の『蝶』は(あなた)の天敵だと知らないの? 」


 男達の(どよ)めきを貫いたのは、那桜の一声! 桜吹雪と『蝶』の群れが和へと渦巻く!

 

「存じておりますよ。滅び蝶の君」  


 ()()()()()()()()()、『蝶』達を花火の如き太刀筋で散らした和が、呆然とする那桜を『生力由来術式の虹太刀』で斬り裂く寸前……虹閃を弾いたのは、(わたる)の『後継の白虎(びゃっこ)三節棍(さんせつこん)』だった!

 

「その包帯も、『生力由来術式の札』とみた! 命懸けで生力を肌に纏い、妖力を秘すとは小賢しい! 『白虎ノ三節棍』の虎落笛(もがりぶえ)を前にして、妖のお前が意識を保てるのにも小細工があるんだろうな! 」

  

「私は薄布の境から、貴方達の()()()()()()()だけ」

 

「まさか、耳を潰したのか! 忌々しい女だ! 」

 

 舌打ちした隆元が『白虎ノ三節棍』を強靭な尾の如く振るえば、白柄に銀の虎縞が浮かび輝く。桜木の間を疾走する和に、渉は三節棍の鎖を引き出し遠投した!呼応する尾白家親子(かれら)の三節棍は、和の左手足を鎖で捕縛し、(きっさき)の第二投が放たれる!


 ――雪花と駆け抜ける、()()()()()()()()()。驚愕した親子へ、『尾白家(かれら)の生力由来術式の形代』である私は頷く。蒼黒(そうこく)鵲眼(しゃくがん)に白虎を映した渉は、咲雪(わたし)の名を信じ難いように呼んだ。


 『白魔ノ虎(わたし)』が乱入に咆哮すれば、白虎・三獣図! 逃れられない和は、白虎(わたし)の牙と対なる三節棍に穿たれた……はずだった。


 白虎(わたし)が咥えていたのは、瑠璃牡丹柄に透ける千早。対なる鋒で抉れた幹の隣で、青い巫女装束の女が私達を睨んでいた。元妊婦の彼女は、咲雪(わたし)が『蛍烏賊(ホタルイカ)の海辺』で出会った『(あお)巫女姫(みこひめ)』ではないか! 隆元は苦く眉をひそめた。

  

「おのれ虹鱒(ニジマス)の半妖め……徒人(ただびと)の手駒まで潜ませていたか!」


「いきなり刃を向けるなど、不躾な! (あお)(かみ)様に仕える『(あお)巫女姫(みこひめ)』である私は、弐混(にこん)神社の大西 玲香(おおにし れいか)です。誰が、()()()()に降る必要があるのですか! 」

 

 まさか、仕込まれた()()だと言うのか。針形の仕込み火箸で『蝶』を串刺しにしていた『青ノ巫女姫』は隆元を睨み付け、苦無(クナイ)を放つ! 切っ先が狙う背後には、(まなこ)を見開く那桜! 隆元は三節棍を引き抜き弾くも、一部の苦無は『蝶』を仕留め、那桜の頬を掠めていった!


「『(メツ)』の術士まで狙うなど御法度であろう! 『蝶の間引き』では無く、『滅絶』が目的か! 」

 

「『蝶と術式』を全て滅する()()を邪魔立てしなければ、命までは取りません。弐混神社(わたしたち)の【異能】を欲して仇なす『宮本家』に属する、『羽衣石家』次第です」


 忍び嗤う気配に樹上を煽り見れば、【透明】を解いた和が現れ、『青ノ巫女姫』への疑心暗鬼を肯定するように見下ろした。咲雪(わたし)へ行ったように……妖狩人らの疑心暗鬼を形代(たにん)に擦り付け、手駒のように見せるのが『首謀者』らの十八番(おはこ)なのだろう。

 

「残念ですが……徒人を殺せない妖狩人の掟に従う隆元(あなた)の相手は、その女であって(わたし)ではありません。精々、『蝶』ごと羽衣石 那桜を滅されないように、踊って下さい。(あるじ)と私は『尾白家の術式』が()()()手に入る、『後継の白虎の三節棍』を選んだのですから」


 和が虹光(こうこう)纏う鋒で示した眼下には、嘲笑を返す(わたる)。嫌な予感に、白虎(わたし)は尾が逆立つ。


「妖を素手で殺せる程に強靭な隆元(ちちうえ)を諦め、俺を殺しに来たと。()()に殺せる程、脆弱だと胸算されるとは心外だな」


「ならば、貴方の強さを証明して下さい。()()()()()()()()()を、私に果たされたくはないでしょう? 」


 渉は鵲眼に鋭光を宿し、瞬く間に(かんばせ)を強張らせていった。


「まともに聞いたら駄目! 渉を孤立無援にさせる為の罠よ! 『後継の白虎の三節棍』を、白虎(わたし)に渡して! 」


 白魔ノ虎(わたし)が生力由来術式を介す虎爪(こそう)で叩き抉った地面が、激昂の白へ凍結する! 私の心音が荒れる中、渉は苦々しく首を横に降った。

  

「頷いたら、俺を守る為に咲雪は奴らに降り……望み叶わぬ時は、再び己の生力を形代に込めてまで、戦いに命を賭けるつもりなんだろ。絶対に許す訳が無い! 咲雪を脅かす盗っ人の首を喰い千切るまで、猟犬(おれ)は狩りを放擲(ほうてき)しない」


「渉は……置いて行かれる残酷さを知らないから、言えるのよ。守られることに甘んじたくないというのは、そんなにいけないこと? 」


「なら、分かってくれるだろ? 俺の守りたい気持ちを。手の内から零れるくらいなら、いっそ檻の中に安寧を閉じ込めたい……咲雪を誰にも奪われたくないんだ」 

 

 愛しい残酷さを突き通してでも、私を守る気なのか。だが、私が被る憎悪のせいで戦場(いくさば)(いざな)われているのは、樹上へ跳躍した渉だ。嘲笑う和を睨むがまま、火種が燻る私も折れることは出来ない。絶佳(ぜっか)を臨む一手で覆してやる。

 

「可愛い嫉妬ですね、咲雪。死の間際まで、泣かせてあげたくなります」


「生憎、天敵の(さえ)以外に敵を悦ばしてあげる気は無いわ! 」

 

 桜吹雪と疾走を開始した、樹上の和と渉を追う! 跳躍した白虎(わたし)は曲芸の如く、戦う隆元と青ノ巫女姫の刃閃の輪を潜り抜けた! 突進する白虎(わたし)に悲鳴を上げた那桜を咥えて背に放り、掻っ攫う!

  

「しっかりして、那桜! 和を狩るには、貴方の『蝶』が必要なの! 」


「その声……まさか、咲雪!? 私は『蝶』で、あの女を滅せられなかったのよ。勝算なんて……」

 

「諦めるのにはまだ早い。包帯(ふだ)を解いて、彼女の顔を全て見たいと思わない? 領地を把握している羽衣石家の貴方なら、私達に有利な絶佳を知っているでしょ」


 那桜の(まなこ)に、新たな春陽が満ちた。光風を切り裂く私も、大地を蹴れる衝動がまだ生きている。


「ええ。望む絶佳へ案内するわ」

 

 渉の振るう白尾の鋒に咆哮を伴えば、透ける雪華で緋紅の花弁が散る。桜襲(さくらがさね)に泳ぐ、虹鱒の半妖の彼女は『蝶』をも斬り裂く。和と攻防を繰り返し、誘うは……()()()()()()()()()。満開に俯く緋寒桜を逆さに観た者へ、終焉の装いを。 

 

「華ならば、鮮烈な散り際がいいのです。香炉灰を押さえぬ、瑞々しい桜蘂(さくらしべ)(はなむけ)て……貴方達の前の『(のどか)』という甜香(てんこう)を聞いてください」


 藍白と若芽色に(ほの)かな緋紅映す、淡い玉虫色の干渉。虹色銀化の長い髪を靡かせ……振り返る和は、不思議な程に穏やかな声音で語り始めた。

 

「半妖の兄妹(わたしたち)()()()()として生を受けていたのなら、悔いる生涯ではありませんでした。私が半妖の死の運命(さだめ)に散るはずだった冬。兄様が願いを賭してくれたのに、原初様から根源を授かった私の覚醒は遅すぎたのです。対なる虹蜺(こうげい)……虹の雌雄龍に羽化すら出来ず、私達は欠けてしまった。仮死状態の私を咲雪の【感情視】から秘す為にっ……兄様は死んだの! 」

 

 刀身を炙る虹被膜は、疾走した和の瞋恚(しんい)。反薄明に割れる薄緑蛍石(フローライト)の軌跡が、渉に閃く瞬間を待っていた! 形代(わたし)(はらわた)を斬り裂く灼熱の感覚を遮断し、ひらひらと誘惑する包帯(ふだ)ごと、和の耳元を噛み割く!

  

「それでも……っ……半妖の死の運命(さだめ)を覆すことは出来ませんでした。血族では無い原初様の根源は半妖(わたし)にとって、一時の蘇りの夢となった。貴方達の見る私は……散り際の幻なのです」


 腹を抉られた(うつ)ろごと、ふらついてしまう。白虎(わたし)を呆然と支えた渉は、新たな瞋恚(しんい)にて彼女を睨んだ。


(おまえ)は、『首謀者』たる原初の妖の根源(しんぞう)を全て継いだのか? 」


 和が耳を抑えても、血に染まる包帯(ふだ)は解けていく。諦念に離された(ヒレ)耳の色は、透ける莟紅梅(つぼみこうばい)。虹鱗と紅紫色の虹条(にじすじ)が、両の(まなじり)を彩る。術式を拒絶する緋紅の(ヒビ)は、垢抜けない幼さ残る顔立ちを()(*٭✿)に支配しており、私は胸を突かれた。ほんのりと細められた紫水晶(アメジスト)の瞳に、いつか【感情視】で焦がれた郷愁。亀甲竹(きっこうちく)の林の民家で兄を待っていた彼女は、柔い笑窪(えくぼ)を浮かべて(わら)っていた。

  

「教えてあげません。ですが、私を殺さねば(あなた)は帰れない。『完璧な根源(しんぞう)』と意思を継いだ私が原初様として蘇る『一の可能性』も、私が『欠けた根源(しんぞう)』を原初様にお返しに行く『二の可能性』も滅ぼすのです。私が貴方を殺して生き残れば、兄様を【感情視】で殺した咲雪を殺しに行くのだから。可愛い智太郎もね」


「兄が死んだ現実逃避に、咲雪へ憎悪を拭いつけるのか。幽霊として、大人しく彷徨っていれば良かったものを! 二度と蘇れぬよう、幽界へ葬ってやる! 」


 疾走する渉は鎖を引き戻し、白柄を繋ぐ。上下両刃の槍となった『後継の白虎(びゃっこ)三節棍(さんせつこん)』を旋回させ、虹太刀を天高く弾き飛ばす! 開眼した和の(はらわた)は貫かれ、 ついに鮮血が散る! 針のような虹光の閃きに、眩んだ渉は顔を顰めた。

 

 白虎(わたし)(たけ)き咆哮を合図に、袖を天へ振った那桜が生き残った『滅びの蝶』を呼び寄せ、青白磁の吹雪と成す。王手の感傷が、私の口を衝いた。


「貴方達は、私達に許されない事をした。間者に【感情視】を使った事も、私は後悔なんてしていない。けれど、これだけは伝えさせて。(のどか)……貴方が(わら)って待つ家に帰りたいという夢を、貴方の兄は最期まで押し殺していたわ」 


「やっぱり、そうだったのね……兄様は馬鹿よ……。ならば、この()()を私が後悔する事はないわ」


 蝶吹雪が喰らいつき、紫から赤へ解けゆく副虹(メス)遡河魚(そかぎょ)である彼女を覆っていく。血塗れた唇に苦痛を滲ませて微笑む和が、己に突き刺さる『後継の白虎(びゃっこ)三節棍(さんせつこん)』を掴んだ瞬間。()()()()()()()()絶崖が(とどろ)きに割れ、和は峡谷へ身を投げた! 引き摺られた渉が、三節棍を離した時には遅い。花筏臨む峡谷へ、吸い込まれてしまう! 駆ける白魔ノ虎(わたし)の凍結術式では、絶崖の崩壊が止まらない! 生力が足りないのだ!


白虎(わたし)に触れて、渉! 生力が有れば、氷の絶崖を生成出来る! 」


 峡谷へ跳躍した瞬間、【透明】が解けた。白虎(わたし)に手を伸ばす渉の脇腹には……虹の小刀が突き刺さっていた。傷口を掌握する『(シン)』の術式の許容を超えて、(あか)く濡らす小刀(あれ)は和の最期の妖力なのか。怖気に白く翻る意識が、咲雪(わたし)生力(いのち)を呼び寄せ消費しようとする。

 

「俺の生力は枯渇した。咲雪はこれ以上、命を削って生力を使ってはいけない。虹鱒の半妖の兄妹(かれら)のように、俺の前で儚く消えないでくれ……! 」


 烈火に乞う渉が頬に触れ、我に返る。澄浄(クリア)な蒼黒の鵲眼に、白虎と満開の緋寒桜が映り込んだ。術式を生成した(あるじ)を前に、形代(からだ)が軋む理由は一つしかない。


「絶対に術式を解かないで! 私を『人の世』に結び付けた渉が言ったじゃない、自分の為に生き汚く足掻けって! 私の命は貴方の物よ! 」


「駄目だ。咲雪の儚い命は、俺だけの物ではなくなった。……秋陽さんが、結んでくれた希望がある。俺は咲雪に出会うまで、望まぬ戦いの中でいつ消えてもおかしくなかった。だけど怖いのは消えることじゃなくて、何も残らないことだったんだ。俺が遺す波紋は、 夜の水面に柔く消えたりしない。黒硝子を滑らかに割って、貝殻の成長線に似た同心円状のうねりになる。……咲雪と智太郎の事だ」


「本当の事を言ってよ!渉は、私達の『桂花宮家(いえ)』へ帰りたいんでしょ!」


 柳煤竹色の柔い髪を、緋紅の春風が撫でた。

 痛みに耐えて、

 渉は少年のように屈託なく笑う。

 答えたような物だ。


「やめてぇぇえええっ!!」

  

「満開の地獄の底でも、君を想う」

 

 青白磁の蝶も、緋紅の桜も、

 白銀の雪華も、透明な涙も。

 清絶に砕け、明転に散った。


 暗転に目覚め、手を伸ばした檻の中……

 智太郎を抱く私だけが、

 呼気を荒く吸い込んだ。


「白昼夢なんて、信じないから」


 体温に焦がれた指先が、(くろ)に痺れる。

 鼓動のうねりに縋る私は、

 智太郎の白銀の柔い髪に触れていた。



――――*―*―*―(挿絵)―*―*―*―――――

  

挿絵(By みてみん)


―*―*―『羽衣石家の峡谷へ墜ちる、和』―*―*―

 

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