表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千里の夢 ✣­­­­ 過去夢の力で妖の血を引く幼なじみを破滅から救う恋物語 ✣ ࿐.˚  作者: 鳥兎子
第六章 寒鴉ノ冀求編 (かんあのききゅうへん)
116/247

第百十五話 鋼糸の仮面


 【午後八時二十分】


 黎映 誠 綾人 青ノ鬼

 癒刻時計塔 地下洞窟内部にて

 

 《黎映視点》



 黒と青の双眸を細めた青ノ鬼は、地面から突き出た大岩の上で優雅に腰を掛けている。下々の者に施しを与えるかのように、足を組む。

 綾人の紺碧の勁風(けいふう)と、誠の滅紫の蛇達がぶつかり合い、地震のような衝撃波が再び洞窟内を激震させるというのに、青ノ鬼は少女の(かんばせ)で笑みを深めた。

 

 綾人と誠の戦いと青ノ鬼の不敵な笑みは、私に焦燥と苛立ちを与えて眉間は絞られた。

 

「何故青ノ鬼(あなた)が、兄さんの気持ちを語るのですか」


「お前の兄である誠と同じ、人と妖の混沌の道を()く者だからだ。同じ混沌として、あえて言おう。『人』に執着しているのは、黎映の方だろ? 」

 

 青ノ鬼に与えられた一声に、私の脳裏で閃光が弾ける!

 

『お前は妖を混じえた事で母に捨てられたのに、俺に人で在ることを望むのか? 』

 

 そう誠に問われた時から、私の胸の内を不快に引っ掻いていた違和感の正体は、明るみに晒された。

 自らを否定した母のように、私は無意識に兄を否定していたのだ……。

 人の世界に誠を取り戻したいのは、『人』であった誠のように私が強くなりたいと思っていたから。

 

 ――自らの『人』の理想として掲げられていた誠が、妖に堕ちるのを認める事は、自分を(ばけもの)として認める事なのだ。

 

 だが再会した誠は、融合した大蛇に呑まれる事無く、妖になっても毅然と自我を保っていた。それに、私にとって兄さんが家族だという事は、人で無くても変わらない。

 言い訳だと分かっていても、図星を突いた青ノ鬼に歯向かうのを止められない!


「人で有ろうとする事の、何がいけないと言うのですか! 人で有れば、安寧の日々で生きる事が出来る! 妖は、平穏を得る事なんて出来ない! 」


「本当にそう思っているのか? 妖の血を混じえた綾人や智太郎、そして共に過ごす美峰や千里の前でも、お前は同じ言葉が吐けるか! 」


「……それはっ……」


 私は続ける事が出来なかった。未来視で垣間見た、千里と智太郎の日々は波乱が無いとは言えなかった。

 それでも彼らが過ごす日々は、乗り越えた波乱の上に、確かな安寧を築いていた。

 四人と共に癒刻(ゆこく)で過ごしたのは僅かな時間ではあるが、外の世界を夢見ていた私にも、望んでいた安寧は与えられた。妖を混じえた存在でも、望む平穏は得られたのだ。


黎映(きみ)は、(ぼく)の右目を埋め込まれた被害者だ。……奪われた右目を放置していた僕の責任でもある。最近まで、とうに滅んだと思っていたからだが。時は戻らないが、黎映(きみ)が望むなら何度だって謝ろう。だけど、もうその右目は黎映(きみ)の一部なんだ。自分の一部を認めるのは怖い事かもしれないけど、そのせいで兄と別れるのは嫌だろう? 」


 私は何の為に、桂花宮家の門を叩き、癒刻(ゆこく)の地へ来たというのか。全ては、誠を追う為だった。

 だが誠は、私の手を取ること無く拒絶した。

 今更、私自身が変わったところで、誠の意思が変わるのだろうか。重い息を肺に抱え、俯く。


「……私が自らを認めたところで、兄さんが私の手を取る事は無いでしょう」


「諦めるのは、まだ早いんじゃないか? 幸い、黎映には味方が居る」


「私の味方? 一体誰が……」


 顔を上げた私に、意地悪く微笑した青ノ鬼は顎で、誠と戦う綾人を指し示す。

 二人の戦いは、未だ互いの色を喰らい合う嵐の中にあった!


「黎映はただ一人の弟なんだろ、何故殺そうとするんだ、馬鹿兄貴! 」

 

 紺碧の二つの角を顕現している綾人が、噛み付くように叫ぶ。

 顔を顰めた誠は、這いずる滅紫の蛇達を溶かし、冬怒濤(ふゆどとう)の如く、荒々しく砕け散る滅紫の荒波に()す!


「不要になった道具を()()するのは当然だ! 」


 誠の咆哮と共に、滅紫の荒波は唸りを上げる毒の高潮で、紺碧の双眸を大きく見開いた綾人を呑みこむ!

 

 洞窟内を溶かす毒の異臭が鼻を掠め、私は胃が凍りついたようになる。

 

 だが滅紫の荒波は、内側から生じた紺碧の勁風(けいふう)の渦に、霧すら残らず消散された!

 不敵に口の片端を吊り上げる綾人の姿に、私は硬直が解けた。

 

「はっ……明らかに嘘だね。黎映が唯の道具ならば、何故躊躇っていた? その隙が無ければ、俺達は乱入し、黎映を助ける事が出来なかった」


 綾人の言葉は、私が兄さんに感じた一片の疑念だった。

 私の事を道具だと思っていたならば、何故私に信念を語ったのか。私を本当に殺すつもりならば……幾らでも機会はあったはずなのに。

 

  『お前が()()()()()()()程、脆弱だっただけだ』と兄さんは、私へ告げたが……今は真逆な事を言っていた、と気づく。

 だが、言葉で取り繕っても、躊躇いはもう隠せない。

 思えば私に開示した、弱者を恨む誠の信念すら、内に秘めた何かを必死に誤魔化そうとしているようだった。


「世迷言だ、強者となった私に躊躇いなど無い! 」

 

 誠の一声に、私の内なる疑念は確信へと導かれた。

 

 誠は滅紫(けしむらさき)を貫く金の逆三日月(さかさみかづき)の双眸を荒々しく見開き、赫赫(かっかく)たる光の蛇を綾人に差し向けた!


 綾人は紺碧の(アロー)を放つ!

 『(ばく)』の術式であるはずの光の蛇を貫き、地へと()()()()消失させた!

 

「世迷言を吐いているのは、(あんた)の方だ! なに変なプライドで、意地張ってんだ! 確かに、(あんた)は強い。だけど、それだけだ! 強くなりたいと思ったのは、誰かを守る為じゃないのか! 」


 綾人に光の蛇ごと信念を射られ、誠の逆三日月の瞳孔は揺れる。

 鋼糸(こうし)に編まれた強者の仮面が解けるように……誠は紺青の睫毛を伏せた。その口から、零れ落ちる言葉があった。

 

「力を追い求めなければ……強者で無くては、奪われ続けるからだ。()()は、いつだって強者に搾取されてしまう。強者だけの世界となれば、もう()()を抱く必要は無い」

 

 私が、そう思いたいだけかもしれないが……()()であった幼い黎映(わたし)が、父である弥禄(みろく)に鬼の魔眼を埋め込まれ、自由も能力も搾取され続けて来た事を、傍でただ見る事しか出来なかったと誠が()()しているように聞こえてしまう。

 

 誠自身が……かつて弱者であり、自分自身の後悔を抱いていたようでもあった。

 

 誠も、弱者である()()()()し続けてきたのかもしれない。

 

 黎映(わたし)が、母に(ばけもの)と呼ばれた、()()魔眼(いちぶ)()()してきたように。


「後悔しているんなら、何故やり直そうとしないんだ! 脳が擦り切れるくらいに、やり直す事を祈ったって……死んでしまったら、気づく事の出来なかった後悔を伝える事だって、二度と出来ないんだ! 本当に、『馬鹿兄貴』だよ……(あんた)も、(あいつ)も……」


 項垂れて呟いた綾人自身の、取り戻せない日々への後悔のようだった。私には、今はもう亡き人へ向けた、手向けの言葉にも聞こえた。

 

 顔を上げた綾人は、紺碧の双眸を強固な意思に燃やす!


「あんたら兄弟は、まだ生きている! やり直す時間があるのに、共に往けるはずの道をバラバラに逆走するな! 進行方向は、初めから路面表示されているだろうが! 」


「高速道路じゃないんですが……」


「逆走して、事故りそうになってるのは同じだ! 先輩ドライバーなら、安全運転しやがれ! 」


 思わず私が小さく呟いたのを、怒りに火がついた綾人は地獄耳で聞いていた。先程はあんなに叫んでも、声は届かなかったというのに。

 

「ふざけた奴だ……」

 

 滅紫(けしむらさき)を貫く金の逆三日月(さかさみかづき)の双眸を瞬いた誠も、私と同じように呆然と呟く。

 こんな時だというのに、兄弟なんだと再認識してしまう。

 抱いていた自分自身の否定の感情すら……兄さんと私は似ているようだった。

 胸の内を羽毛で擽られたようで、 私は下手くそな微笑を、『ふざけた奴』と呼ばれた綾人のせいにした。

  


閲覧ありがとうございます(*´˘`*)

応援、励みになります✨

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ