巫女様が恋をした模様です
「…大丈夫か?」
老神官以外の男性の声を間近で聞いたのはこれが初めてかもしれない。自分とは違う、低い声。今はそんなことを考えている場合じゃない。だけど、私は一瞬にしてその声に捕らわれた。心臓が急に鼓動を早めて苦しくなって何も言えなくなる。うるさいくらいに。こんな感情初めてだ。
顔を上げるけど、逆光なのと私の頭にかぶせられた幾重にも重なったベールのせいで相手の顔はちゃんと見えない。
「何事だ!」
「敵襲ですよ」
あぁまたこの声だ。心臓がキューっと締め付けられる。落ち着かなくてもぞもぞする。
「敵襲だとっ!?巫女はどうした!?」
「無事ですよ。下手人は東門の方へ逃げて行ったので早いとこ連絡したほうがいいんじゃないっすかね」
そうだった、今私は襲われたのだ。目の前の人の声に心を奪われてすっかり忘れていた。
「ほれ、立てるか?」
差し伸べられた手。すこしためらったけど、手を握ると上に引っ張られ、強制的に立ち上がる。
まだ逆光で顔は見えないけど、私が見上げなければならないほど背が高い。
「怪我はないな?」
声も出さずに頷くと、後ろから護衛の騎士が私を囲んだ。
「貴殿も下手人を追え」
騎士の言葉に適当な返事をしながら、その人は去っていった。
その後の事はほとんど覚えていない。
その人のことし考えられなかった。