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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お互いの温もり

作者: とりけら


それを手放せなくなったのはいつからだろうか。

そもそも、始まりすら曖昧だ。

気づいていたのに、気づいていないふりをしていたのかもしれない。

今、私の心を締め付けるこの痛みはなんなのだろう。

私に残っているのは、きっとあなたの温もりだけなのに。


ーーーーーーーーーーーーーー


「なっちゃんご飯だよ」


そう言いながら、橘詩織(たちばなしおり)が勢いよく私の部屋の扉を開けて部屋の中に入ってきた。


「しーちゃん!いっつもノックしてから入るようにって言ってるでしょ!」


私こと、橘夏奈(たちばななつな)は雑誌を読みながらそう言う。


「今更じゃん」


ぶーっ、と言いたげな顔を詩織はしている。


「マナーだよ、マナー」


やり直ししなさい、と私は手で追い払う動作をする。


「はいはい」


しーちゃんはしぶしぶ了承したような、やる気のない返事をしてから部屋を出ていく。

そしてすぐにコンコン、とドアを叩く音がした。


「はーい」


と、私は気の抜けたような返事をすると、


「なっちゃん、ご飯」


しーちゃんはぶっきらぼうにそう言った。


「今行く」


私は読んでいた雑誌をベットの上に置き、リビングへ向かった。




同い年で高校2年生の私たち、詩織と夏奈が一緒に暮らし始めてからそろそろ1年が経とうとしていた。

そもそも、親の再婚によって母親の連れ子である私と、父親の連れ子である詩織は急に一緒に暮らすことになったのだ。

初めは、私から積極的にしーちゃんに話しかけていたが、しーちゃんに警戒?されていたのだろうか一言二言の会話だけであったが、今では傍から見たら姉妹だと言われるくらい仲良しの関係になれたと思う、多分。

名前はあだ名の方が呼びやすいよねってことでなっちゃん、しーちゃんになった。けど、喧嘩とか口調が強くなる時は夏奈、詩織呼びになってしまう。

まぁ……なんだかんだで2人仲良く過ごしている。

このままお互いに家を出ていくまではずっと変わらない、楽しい日々が続くんだろうなって思っていた。

だから、今日も今日とて特に変化のない日だと思っていたんだ。




「夏奈、詩織、落ち着いて聞いて欲しいんだけどね」


夕飯を食べ終わった後、なにやら神妙な顔をしたお母さんとお父さんから話があると言われ、私たちは自室に帰らずにリビングにいた。


「何?」


「どうしたの?」


お母さんは1度、お父さんの方を見てから私たちの方を見て口を開いた。


「私たち、離婚することになったの」


『……え?』


急な一言に私たちは驚いて、二人とも同じ言葉が出た。


「それでね、私が夏奈を、お父さんが詩織を引き取ることになったわ。もう決まったことなの、ごめんなさい。夏奈、この家を出るのは1ヶ月後よ。それまでに準備しておきなさい。」


その話を聞いて私たちは何も言えず、ただただ固まっていた。




2人とも自室に帰った後、しばらくしてから私の部屋にしーちゃんがやってきた。

またノックをせずに入ってきたが、指摘する余裕はない。

私たちは床に座りながら、会話もなくただしばらくの間沈黙が続いた。

ふいに、しーちゃんがその口を開いた。


「いくらなんでも急、すぎるよ……」


しーちゃんが俯きながらそう言う。


「でも薄々わかってたじゃん、最近お母さん達喧嘩多かったし」


そんなことになるような兆しはあった。

あぁ、見たことある景色だって思っていたから。

だからもうどうでもいいやって考えてしまうのは自然な事だった。


「そっちじゃなくてっ!……私たちが、離れ離れになる話」


一緒に暮らし始めて、1年が経とうとしていた。

せっかく仲良くなれたのにと思う気持ちの反面、しょうがないという諦めの気持ちが私の中にはあった。

だから、


「しーちゃん、もしかして泣いてるの?」


なんて、失礼な質問をしてしまったのだと思う。

しーちゃんは手で涙を拭い、目をゴシゴシとかいた。


「あたりまえじゃん……。なっちゃんは、なっちゃんは悲しくないの……?」


拭っても拭いきれないほど、しーちゃんは涙を流していた。

私が思っていた以上に、しーちゃんは子供だったのかもしれないと思った。


「わ、私だって悲しいけど、だってしょうがないじゃん……」


私たちにこの現状を変えることが出来ない。

受け入れることしか出来ないのだ。

昔の時と、同じように。


「もう、いい」


そう言ってしーちゃんは立ち上がり、私の部屋から出て行った。


「……私だって悲しいに決まってるじゃん」


当たり前のことだった。

悲しいに決まっている。

ただ、その気持ちを表に出してはいけない。

だって、仕方の無いことなんだから……。




お風呂と寝支度を済ませ、もう寝ようと思っていると急にノックの音が聞こえた。


「はい」


私がそう言うと、ガチャと扉が開く音とともにしーちゃんが部屋に入ってきた。


「なっちゃん」


そう言ったしーちゃんの顔は、酷いものだった。

ずっと泣いていたのだろうか、目が赤く少し腫れている。髪もボサボサだ。


「どしたの」


私は恐る恐るしーちゃんに声を掛けた。

しーちゃんはしばらく沈黙した後、


「思い出、作ろ?」


小さな声でそう言った。


「思い出?」


小さな声で私は聴き取りづらく、聞こえた言葉を復唱する。


「うん、思い出」


しーちゃんは頷きながらそう言う。

……思い出?と私は素直に思った。


「思い出って……どんなの?」


だから私は聞き返してしまった。


「色々、たくさん」


色々、たくさん。

なんて曖昧な表現だろうか。


「具体的にって意味だったんだけど……」


少し呆れたように私は言う。

しーちゃんは少し頭を悩ませた後、


「いっぱい色んなとこ行こ」


と言った。

……あんまり変わってない気がする。けれど私は気にするのをやめた。


「べ、別にいいけどさ、お金は?私、あんまり持ってないよ」


思い出を作るのは構わない。

しかし色んなところに行ったり、買ったりするのにはお金がかかる。

私は少し現実的な話をしてしまった。

するとしーちゃんは、


「もしもの時のために私、貯めてたの」


そう言ってしーちゃんは私の部屋を出て行き、そしてすぐに何かを持ちながら帰ってくる。

重そうなそれは500円玉貯金箱だった。

どうやら貯金箱いっぱいいっぱいに入っているらしい。

しーちゃんはつづけてお年玉はまた別に貯めていると言った。

私なんてすぐに使ったというのに、どこでこんなにも差ができてしまったのだろうか。


「だから、思い出、作ろ?」


さっきまでとは違う、力強い視線で私を見ながらしーちゃんは言う。

私はその視線に圧倒されてしまい、


「い、いいよ」


とたじろぎながらそう言った。


「じゃあ決まりね!おやすみ!」


私の部屋に入ってきた時の落胆ぶりはどこにいってしまったのだろうか。

元気な声でしーちゃんはそう言って、私の部屋から出ていった。


「お、おやすみ」


多分しーちゃんに私の声は聞こえていなかっただろう。

私はひたすら最後のしーちゃんの勢いに呆気を取られてしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


それからというもの、私たちは色んなところに出かけて色んなことをした。

買い物に行ったりカラオケをしたりボーリングしたり遊園地に行ったり……。

2人で作れる思い出はほとんど作ったのではないかって思えるほどだった。

私は初め、しーちゃんに引っ張られてばかりであまり楽しめていなかったが、だんだんと何もかもを忘れてただ純粋に思い出づくりを楽しんでいた。


ーーーーーーーーーーーーーー


そして今日は、私たちが出会って1年が経つ日だ。

今日も変わらず朝から寒い。ロングコートにマフラーをしているのに全然足りないと思ってしまうほどだ。

私たちは午後からショッピングモールに出掛け買い物を楽しんでいると、気づいたら外は暗くなっていた。

クリスマスの名残だろうか、商店街を照らすイルミネーションが綺麗で、私たちはイルミネーションを見渡せる少し高台に位置するベンチに座った。

少し風が吹くだけで顔が凍ってしまいそうなほど寒い。

私は身を縮こませながらイルミネーションをぼーっと見ている。

周りを見渡すと、男女のカップルが大半を占めていた。

だから私は、ふと口を滑らせてしまった。


「……デートみたいだね」


純粋にそう思った。

周りの男女のカップルと私たちの今の環境は似ている。

だから小声で、独り言をつぶやくようにしーちゃんの方を見てそう言ったのだ。

すると、しーちゃんは急に私の右頬に右手で触れた。

手袋をしていて少しチクチクするが、手の温もりが伝わってきて暖かかった。


「私は、ずっと……のつもり……けど」


その温かさに浸っていたから、しーちゃんの言ったことがよく聞こえなかった。

私はしーちゃんがなんて言ったかわからず、


「ん?なんて言ったn……」


と聞き返そうとすると、途中で言葉が消えてしまった。

いや、消されてしまった。

急に近づいてきたしーちゃんの顔は、呆気なく私の口を塞いできた。

今日は特別寒い日だ。きっと顔全体が、唇でさえ冷えきっていたはず。

なのに、塞がれた唇はとても暖かった。

何秒間キスをしていたかわからない。

それがキスだとわかるのに数秒かかったのだから。

私は気づいた瞬間、すぐに詩織をどかした。


「ちょ、ちょっと詩織!?」


私は何が起きたのか、一応はわかっているはずなのにどうしてこうなったのかわからず慌てていた。

でも、詩織の顔はどこかゆったりとしていて、トロンとした目で私の見て、


「私、なっちゃんの事が好きなの」


と、言った。

本当に何もかもが急すぎて、


「……」


私は理解することで精一杯で、言葉が出なかった。

詩織は私の様子を気にすることなく言葉を続ける。


「ずっと好きだったんだよ……だから急に離れ離れになるって言われて、色んなものが崩れていくような気がして」


ずっと、っていつからなのだろう。

ずっと、そういう視線で私のことを見てきたのだろうか。


「だから、思い出たくさん作って、崩れないようにって」


思い出を思い出で繋ぎ止める。

私の見ていた景色と、詩織の見ていた景色は、全くの別物だったに違いない。


「なっちゃんじゃないと、私、だめなの」


やめて。

私にはわからない。

詩織の考えていることがわからない。

詩織の考えていることを理解したくない。


「夏奈がいないと、私、だめなの……」


詩織はそう言ってから、私にもう一度キスをした。

ほぼ無理矢理だったから、私はさっきよりも早く詩織のことをどかした。


「や、やめて!」


少し大きな声が出てしまった。

私自身も大きな声を出す気は無くて、自分で発した言葉なのに自分自身も驚いてしまった。


「ご、ごめん」


私はそう言って、詩織を置いてその場から逃げた。

私は走った。

どこに行くわけでもなく、ただ走った。

私にはわからない。

詩織と一緒にいた時間は確かに楽しくて、大切な思い出だ。

でも詩織が思っていたことと、私が思っていたことは違う。

しおりが求めていることと、私が求めていることは違う。

違うはずなのに。

違うはずなのに、あの告白の時にすぐに断る返事が出来なかったのはなぜなのだろうか。

私はこれからどうしたいのだろうか。

そもそも、私が詩織に求めていることって何なのだろう。

ゆっくり考えている時間はない。


もう、お別れの日は明後日なのだから。


ーーーーーーーーーーーー


この気持ちに気づいたのはいつからだろうか。

そんなの、はっきり覚えている。

出会った瞬間。つまり一目惚れ。

出会った時のなっちゃんはとてもキラキラしていた。

離婚という辛い環境の中でも、彼女は堂々としていて悲しみなんかひとつも感じなかった。

私はお母さんが居なくなってこんなにも悲しみに溢れているというのに。

夏奈のことが少し恨めしいと憎む気持ちがありながらも、キラキラとしていて綺麗だなって、かっこいいなって、好きだなって思った。

夏奈と初めて会った時、


「私、夏奈って言うの。よろしくね!」


ってそう声を掛けられた時、私は多分、光を見るような目をしていたんだと思う。


私の恋心のせいで、夏奈と初めはまともに話すことが出来なかった。

夏奈は積極的に私に話しかけてくれるのに、私の返事は基本的に一言だった。まぁ、私が一方的に照れてしまったいただけなのだが。

でもそんな私のせいで、ある時夏奈は、


「もしかして、あんまり話すの得意じゃなかったりするのかな?そうだとしたらごめんね。私無神経で……」


と、悲しい顔をしながらそう言ったのだ。

その夏奈の顔を見た瞬間、私は私自身をひどく恨んだ。

やめてくれ、そんな顔をしないでくれ、夏奈はずっと笑っていてくれ、私のせいだ、って。

この時から私は積極的に夏奈と話すことにした。

私から夏奈に話しかけると、彼女は笑顔で私を見てくれる。

その顔がとても愛おしくて、用がないのに彼女の名前を呼ぶことがしばしばあった。


ただ、夏奈と話す回数が増えていくにつれて、私たちは家族なんだという現実を突きつけられていた。

血が繋がっていなくとも、私たちは姉妹。

顔が似てなくても、話し方が違くても、性格が違くても、私たちは姉妹。

問題はそれだけではなかった。

私は女の子のことを好きになったのだ。

そんなの、夏奈が受けいれてくれるのだろうか。

可能性はないとは言えないが、とても低いだろう。

私に付けられた足枷は酷く重いものだった。

それでも私は、何もかもを隠してただの家族として生きてきた。

それが辛いものだったとしても、夏奈は必ず家にいる、顔を見ることが出来ると思えばなんてこと無かった。

だから、急に言われた離婚という言葉は私の心を酷く傷つけたのだ。

夏奈まで私の前からいなくなってしまうのか。

私に残るものは何も無い。

このまま何も無く、お母さんと別れる時のようにさよならを告げるのか。

そんなことは出来ない。出来るわけが無い。

たとえ手に入らないとしても、言葉で伝えたい。

引かれたとしても、私の気持ちを知って欲しい。

思い出作りという提案は、私が告白するための時間作りのためだった。

なんなら思い出作りの間に夏奈が私の気持ちに気づいてくれれば良いと思っていた。

ただ、まぁ、そんな都合のいいことはなくて。

思い出作りの初めの方は、いつ言おうかタイミングを常に見計らっていてなかなか楽しめなかったが、後半の方は夏奈に流されて楽しんでしまった。

純粋に、夏奈と一緒に遊ぶことが楽しかったのだ。

でも、楽しさの後には寂しさが必ず残る。

ずっと一緒にいられない。帰らなければいけない。さようならを告げなければいけない。

その寂しさは、私の心をいつも強く締め付けていた。


そして、私たちが出会って1年が経つ日。

不意に告げられた夏奈の言葉に、私は憤りを感じた。


「……デートみたいだね」


(……デートみたいだね?わたしはずっと、デートだと思わないようにしていたのに。ねぇ、私はあなたのことが、夏奈のことがずっとずっと好きだったんだよ?あなたには分からなかっただろうけど、絶対分かるはずがないけど)


だから急にそんなことを、デートみたいだなんて言われたら感情が溢れ出すに決まっていた。

当たり前だ。思いの重さが違う。

私が望んでいるのは姉妹という関係じゃない。

その重さがどれだけのものか、あなたは分かっているのだろうか。

だから私は告白をした。行動をした。

ほとんど勢いだった。

最悪だ。ロマンチックの欠けらも無い。

夏奈が拒否するのなんて当たり前だ。

私に残っているのは唇の、夏奈の唇の熱だけだ。

そんな僅かな温かさでも、私にとっては十分だった。

だって、確かに手に入れることが出来たのだから。

夏奈の背中がだんだんと遠くなっていく。

私は視線を空へと向けた。

真っ暗の闇。

それは私のこれからの人生を表しているようだった。


ーーーーーーーーー


それを手放せなくなったのはいつからだろうか。

そもそも、始まりすら曖昧だ。

気づいていたのに、気づいていないふりをしていた。

今、私の心を締め付ける痛みはなんなのだろう。

私に残っているのは、あなたの温もりだけだ。

…………違う。

まだ時間はある。

その温もりを私は、絶対に忘れてたくないから。

離したく、ないって思ったから。



告白された次の日の夜。

私は詩織の部屋のドアをノックせずに開けて、


「詩織!」


と、彼女の名前を呼んだ。

詩織は椅子に座って本を読んでいる。


「なっちゃん……どうしたの?」


詩織はきょとんとした顔でそう言う。

昨日のことを引きずっているのか、少し元気がない声だ。

そんなのは関係ない。


「ちょっと来て」


私はそう言いながら詩織の手を引っ張った。


「ちょ、引っ張らないでよ。……自分で、歩けるから」


詩織にそう言われ、私は詩織の手を離した。


私たちは、家の近くの公園にやって来た。

夜も遅いからだろうか、公園には誰もいない。

私はブランコに腰を下ろした。詩織も私の隣のブランコに腰を降ろす。

パジャマの上にロングコートを着ただけの服装だったからかなり寒い。

風は吹いていなかったが、霜が降りるほどの寒さだ。

少しでもブランコを漕ぐと、顔全体が凍ってしまいそうだ。

しばらく沈黙が続いたあと、私から切り出した。


「私、わからなかった」


何もかもがわからなかった。

いや、わかろうとしなかったのかもしれない。


「……」


詩織は、ただ黙って下を向いていた。


「女の子に告白されたのは初めてだったし、それが妹なんて」


それにキスまでされた。

全て、初めての経験だ。


「……」


詩織はずっと下を向き続けている。


「自分がどうしたいのか、どう思っているのか、知らないうちに曖昧にして、隠して」


私は自分の気持ちから逃げていた。

起こった事実から逃げていた。

それは、両親が離婚した時からずっと。


「でもね、でも……分かったよ。私の気持ち」


告白されたあの日、家に帰ってから私は自室に籠った。

何が起きて、何をされたのか。状況を1つずつ自分の中で整理した。

そして、私が何を思ったのか考えた。

なぜあの時すぐに告白の返事をしなかったのか。

それは、嫌な気持ちがしなかったから。詩織なら良いかもって一瞬でも思っていたから。

なぜ2回目のキスの時、詩織をどかしたのか。

それは、いきなり過ぎて状況を理解出来なかったから。

今までの思い出作りは楽しかったか。

楽しかった。多分、いや、絶対、詩織と一緒だったから楽しかった。

詩織と離れ離れになるのは悲しいのか。

悲しいに決まっている。私の中で、詩織は大切な人、大切な存在なのだから。なってしまったのだから。

最後に、私に残った気持ちは何なのか。

そんなの、分かりきっているだろう。


「私、詩織のことが好きだよ」


そう言った瞬間、ずっと下を向いていた詩織が急に顔を上げ私の方を見て、


「……えっ?」


と、呟いた。

詩織は驚いた顔をしている。

その詩織の顔を見た私は、詩織が聞きやすいように、分かりやすいよう、


「私も、詩織のことが、好きだよ」


ゆっくりと、もう一度繰り返した。


「なっちゃん……」


詩織の目には、公園の街頭に照らされてきらりと光るものがあった。


「今は、夏奈って呼んで」


なっちゃんは、家族の時の呼び方だ。

今この瞬間、私たちは、家族じゃない。


「夏奈……」


詩織はそう言って、ゆっくりと私に顔を近づけてくる。

あの時は詩織からだった。

今度は、私から。

私は詩織の右頬に私の右手を添えた。

私の手も、詩織の頬も、どちらも酷く冷えている。

そして私から、唇を重ねた。

熱い。

あの時よりも熱い。

それは気持ちが通じあったからなのか、単純に体温が高いからなのかはわからない。

けれど、とても心地が良かった。

もう離したくないと、心の底から思った。


ーーーーーーーーーーー


「忘れ物はないわよね」


お母さんがもう何度目かわからないほどその質問をしてくる。


「大丈夫だって言ってるじゃん」


住んでいた家から出ていくのは私とお母さんだ。

私たちはおばあちゃんの家に行くらしい。

この場所から車で2時間ほどかかる、遠い場所だ。


「じゃあね、夏奈」


「またね、詩織」


軽い挨拶をしてから、私たちは家を出ていった。

私たちの間には、軽い挨拶で十分だった。

大丈夫、はっきり分かる。

彼女の手の感触も、唇に残る熱も全て。

離れていても、私たちは繋がっている。

だって私たちは。


お互いの温もりを忘れることなんて出来ないのだから。

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