憩(いこい)の面々
ガサガサっと音がして目が覚めた。
誰かがリビングの机にビニール袋を置いたらしい。
暫くして「プシュ!」と缶をあける音がした。
「あ~ッ うめぇ!」
男の声だ。
そんで、これは恐らくビールだな。
まだ、外は明るくて夕方のオレンジ色の光がリビングに差し込んでいた。
新参者だから挨拶しなきゃなと思い、穴ぐらから這い出してリビングへと向かった。
「こんにちは、今日からここに泊まることになった者です。」
「あーそうなんだー!よろしく!!」
二人しかいないのにやけにでかい声だ。
「おれは35歳、名前は赤木。ギターやってます!」
おーこいつが『アーティス』か。
アーティストになれないから、アーティス。
「どっからきたの??」
「京都からですが、、出身は福岡です」
「あーそうなんだー!いい街だよね~行ったことないけど! ギターできる?」
「いえ、楽器は何も。。」
「俺もね~出来ないんだよね~ギター。 楽譜が覚えられないんだよね~」
「は、はぁ。。」
「誰か俺の代わりに楽譜覚えてくんねーかなー。指動かすのもめんどくせーしさー」
おいおい、こいつは何を言っているんだ。
ギターやってます!じゃねぇよ。
ちょうどその時、黒いTシャツに軍手、頭に白いタオルを巻いた小太りのおじさんが帰ってきた。
「ただいま~」
「おかえり~島ちゃん」アーティスが答える。
あ~この人が島ちゃんか。
僕が挨拶をすると「どもっ!!」と、答え、「シャワーお先デース」と言い残し、シャワールームへと消えた。
美味しそうな匂いがリビングに漂い始め、キッチンからカチャカチャと音が聞こえる。オーナーの奥さんが晩ご飯の準備を始めているようだ。
チャーハンかな?食欲をそそる匂いだ。
僕は急にお腹が空いてきて、買い物に出かけることにした。
歩いて10分ほどのところにある地元のスーパーに向かいのどかな島の道を歩く。
高い建物はなく、空が広い。
空気も潮の香りと混ざった自然の匂いがする。
僕は思いっきり深呼吸した。
「スーパーかねひで」には地元の食材をはじめ、様々なものが置いてあった。
なかなか京都や福岡ではお目にかかれない食材もたくさんある。
所変われば品変わると言うけど、ここまで離れるとかなり違う。
休職中は会社の規定で月の基本給与の7割がもらえる。
20万円ほどなのだが、これは有難かった。
カップ麺や水、ビール、お菓子など手当たり次第に買い物かごに入れていく。
買い物袋4つ分にパンパンにして、薄暗くなった道を戻った。
僕が戻ると申し訳程度に頭に残った白髪をポリポリしている男性がリビングでテレビを見ていた。
『長老』に間違いない。
ちょっと目が死んでいる感じが気がかりだが、お腹にたっぷり脂肪がのっている。
「はじめまして。今日からしばらくお世話になります。」
「よろしく。たくさん買い物してきたね~」
「えぇ。ほとんど何も持ってきてないので。」
「なに?夜逃げ?」
「いや、ちょうどまとまった休暇が取れただけです」
「へぇー、まとまったねぇ。。じゃぁ仕事してんだ。 いいねぇ。」
「び、ビール買ってきたんですけど、どうですか?」
その腹は間違いなくビールが好きな腹だ。
「ありがとよ」と笑顔が返ってきた。
ほらやっぱり。
長老は気さくに自分の身の上話をしてくれた。
東京の出身だが、色んな街を流れ流れて漂流して辿り着いた先がこの石垣島だった。
子供は2人いるらしいが、今どうしているのかは知らない。
奥さんとも離婚後は音信不通。
この島に来て8年。この家に住んで4年。
話をする長老のアクセントは島の人のアクセントと同じだった。
アーティスはここに来て1年ほど。
元々は同じ東京の出身だそうだが、彼が今までどんな人生を送ってきたのかは長老もよく知らない。
知ってることは彼がギターを持って夜中、海に行くこと。
島ちゃんはお酒好きが高じてサトウキビからラム酒を作っているらしい。
素材となるサトウキビからこだわる職人肌の人間ということだが、製造許可はないので彼のラム酒は密造酒になるらしい。
みんなで集まって飲むことはないが、若い観光客が来たときにバーベキューをしたりすることがあるらしい。
写真で見たやつだ。
長老の話は淡々としていて、オチはないが、聞いていて聞きやすい。
僕はお菓子とオイルサーディンとビールで腹が膨れてきたので、長老に挨拶をして穴ぐらに戻ることにした。