涙
京都に来て4ヶ月ほどが経ち、僕は妻を旅行に誘った。
「今度、お盆休みで時間あるから、北海道行ってみない?」
「なに?突然。 まぁ、いいけど、なに?」
「なにって、、まぁ、なんとなく」
通り過ぎてしまった分岐点まで戻れるかは分からないが、今のこの遠慮し合う妻との関係をはっきりさせたくて仕方がなかった。
もしかしたら、結婚当初のような関係に戻れるかも。
もしかしたら、これが最後の旅行になるかも。
もしかしたら、妻に刺されて死んじゃうかも。。
休みに入り、京都から福岡まで新幹線で戻り、一人でホテルに泊まって翌日の飛行機の便を待つ。
妻とは朝9時に空港で待ち合わせ。
久しぶりに会った妻はジーパンにTシャツというシンプルな格好で、僕が見たことない服だった。
「よっ。ごめんな、待った?」
「いや、待ってはないけど、、痩せた?」
「かな? よく自分では分かんないけど、毎日、眩暈と下痢だね」
「あはははっ」
久しぶりに二人でちょっと笑った。
僕はちょっとストレスが溜まってくると下痢が続くことを妻は知っている。
相変わらずね。って笑いだ。
予定時刻通りに飛行機は離陸し、今日泊まるホテルや着いてからのスケジュールを機内で確認する。
妻も僕も北海道は初めての場所であり、新婚当初によく二人で海外旅行に行ったことを思い出して、懐かしくて、そして少し恥ずかしい気持ちになっていた。
そして同時に、話さなくてはいけない話をするタイミングと場所のことも考えていた。
着いた札幌市内のホテルの部屋からの眺望はイマイチだが、値段の割には比較的ゆったりした部屋だ。
洗面やシャワールームも白色をベースにしたモダンなデザイン。
そして、ネットで予約した通り、綺麗にシーツにくるまれたシングルベッドが2つ用意してあった。
妻は疑問だった様で「あれ、ツインの部屋? ダブルでも良かったのに」と言ったので、
「ツインとダブルの意味がよく分からなくて。。」と、僕はとぼけて返した。
機内で確認したスケジュール通りに観光場所、レストランをまわり、二人とも始めての北海道の雰囲気を楽しんだ。
その途中、たまに妻がため息をついていたことに気付いていたが、気付かないフリして、その度に新しい話題に切り替えた。
新しい職場のこと、上司のこと、同僚のこと、京都の街並み、お客さんのこと。。
中でも喜んでたのが新しい上司、『ゲリラヘッド長嶺さん』の話だった。
長嶺さんは丸ぶちメガネをいつもずらして掛けていて、ちょうど鼻の一番先端、顔の真ん中辺りでなんとか引っかかっている。
丸顔で頭に毛はなく、目が細い。
禿げてきた自分が嫌でスキンヘッドにすることを選んだらしい。
毎日早起きして頭を剃るらしいのだが、1週間に1度は頭のどこかから血が出ている。
営業朝会の最中に今日はどこから血が出ているかを探すのが、朝会の楽しみである。
いつも頭のどこかでゲリラ戦が行われているのが『ゲリラヘッド長嶺』だ。
止まっていた時間の間に溜まっていた色んな話をした。
北海道の美味しい食事でお腹いっぱいになり、ちょっとお酒も入り、二人はほろ酔い気分でホテルに戻った。
シャワーを一緒に浴びるのはどうも違う気がしたので、先に浴びて妻を待つことにした。
髪を乾かし終え、暗くなった部屋で窓側のベッドに座ってTVをみている妻。
僕はもう一つのベッドの布団にもぐり込み、「おやすみ」と声を掛けた。
が、妻からの返事がない。
ボリュームを絞ったTVの音だけが小さく聞こえている。
しばらくして妻の静かな泣き声が聞こえた。。
(こ、これは、何かしなければ。。。)
僕は今から自分の取る言動が今後の二人の未来を大きく左右することが、はっきり分かった。
正解を知りたかった。
今、僕は分岐点に立っている。。
僕はその日、1年半ぶりに妻を抱いた。
妻も僕もその夜はずっと涙を流していた。