i Phoneを探す
桜は満開。
まるで夢の中に入ったようにフワフワした感覚と映画のワンシーンのように桜の花びらが舞う京の都。
僕に何の感触もない。
パラレルワールドに来たのかな。
揺れるタクシーの中から街の景色を眺めながら、会社を辞めることを僕はもう決めていた。
まだ、いつかは分からないけれど。
「博多通りもん」を200個。
1個100円ほどするので2万円という出費。
京都支店の皆様方にご挨拶のお菓子を持って初出勤。
福岡の倍以上の人数が入る営業フロアにはギラギラした目つきのトップセールスが揃って、こっちを見ている。
お金と数字に飢えている全国から集まった狼たち。
僕がどれほど数字を作れる人間かを見極めようとしている。
てか、そんなに見ても博多通りもんしか出てきません。
一人に一つちゃんと買ってあるから、安心しろ。
証券会社という会社は変な会社で、同僚でありながら、チームでありながら、同業他社の集まりのような不思議な集団である。
もし、同僚が退職することが決まれば、その同僚が担当していた顧客の残高の取り合いになる。
預かり資産とポテンシャルの大きな顧客は上司が持っていき、残った中堅顧客を同期で分ける。
要は同僚がいなくなると自分の預かり資産が増える。という側面がある。
同僚が仕事を辞めようかと思っているという相談を受ければ、そうか!直ぐ辞めてくれ。という思考回路になる。
無事、初出勤の挨拶とお菓子配りを終え、やっと自分の配属された営業課と自分の席についた。
今日からここに毎日座るのか。
(あ~やだやだ。)
僕の前任者、吉野さんから顧客情報の引継ぎを受けながら、全顧客の預かり資産と各顧客の保有ポートフォリオをみていた。
吉野さんは大阪の小さな支店に異動するらしい。
吉野さんによるとポテンシャルの高い、アクティブな顧客は引継ぎ前に上司に抜かれたらしい。
そう、それがこの世界だ。
ただ、今から与えられる目標数字を吉野さんから引き継いだお客様だけでこなすのは、無理があることは直ぐ分かった。
でも、もういいのだ。
僕は近いうちに時期が来たら、この会社を辞めて自分の足で出て行くんだから。
新天地で一人暮らしの生活が始まる。
がらんとした部屋で静かに次の朝の出勤時間を待つ。
妻は京都に付いて来なかった。
なんと、僕と彼女のことを妻は知っていたのだ。
隠していたつもりが余裕でバレていたようだ。
Appleの i phoneは便利だが、便利すぎるのも考えものである。
忘れやすい僕は携帯と同期させている自宅のパソコンに自分のパスワードをポストイットに書いて貼っていた。
携帯を紛失した場合に発見できるように、その携帯電話の場所の位置情報が表示される『 i phoneを探す』という機能があるらしい。
妻は僕を1年以上も追跡していたのだ。
なんでも出来るんだな、「そう、i phoneならね。」
僕の嘘はずっと筒抜けで、取り繕ったつもりが、上手く切り抜けてきたつもりが、結局は妻の我慢の上にいただけだった。
我慢してくれていただけだった。
もう1年以上妻と一緒に寝ていないのは、当然だった。
全部知ってて一緒に寝れるわけないよね。
それでも一緒居ようとしてくれていたのに。
京都への転勤後も光の彼女との関係はまだ続いていたが、ある日、彼女から『バランスを取るために彼氏ができた』との連絡があった。
僕が妻帯者であり、彼女だけが一人でいるのはフェアじゃないので、彼氏が必要ということだった。
どう理解していいのか僕の頭の処理能力を超えている。
が、『フェア』という言葉が妙に僕の反論したい気持ちを抑えた。