カミングアウト
次の日も朝8時に起こすようフミちゃんからの指示を受け、7時半にアラームをセットする。
まだ、夜10時だが超絶に眠たい。
慣れない一日の疲れが押し寄せ、ベッドに吸い込まれるように意識を失った。
朝7時半、アラームの音で目が覚める。
クリニックの先生の顔が浮かび、『朝起きて夜寝る』がフミちゃんによって自然と出来ていることにフフッと笑みが出た。
今日は布団を買いに行きたい。
1週間以上この薄っぺらい敷布団で我慢してきたが、もう限界である。
ふかふかの敷布団を買うのだ。
8時になり、フミちゃんの所に行くともう既にフミちゃんは起きていた。
「おはよ~、カズ君」
「おはよ! 朝ごはん食べに行こ!」
「化粧するからちょっと待ってね~」
リビングでテレビを見ながらフミちゃんを待っていると、長老が満面のニコニコ笑顔で現れた。
「お、おはようございます。。」
「おはよう。で? どうだったのよ?昨日あの子と。」
「え、別に、なにも」
「おいおい~ ありゃー待ってる顔だから、今日はしっかりな~」
「は、はぁ。。」
長老はもうニコニコが止まらない。
朝から変なプレッシャーをかけられたもんだ。
「おまたせ~」
フミちゃんが出てきた。今日は昨日より化粧が薄いような気がするが、首周りのゆったりしたTシャツを着ている。座るときに少し前かがみになると胸の谷間が覗く。
長老が「ほらな」って言って、笑顔でこっちを見る。
なんともまぁ、気恥ずかしい気分になったので、そそくさとフミちゃんと朝食へと向かった。
昨日とは違うカフェで朝食をとり、コーヒーを飲みながらまったりする。
このカフェも海の見える風通しのいいカフェだ。
石垣島にはいい感じのカフェが多い。
昨日のドライブの途中に通りがかったメイクマンというホームセンターに向かい、丁度よいサイズのマットレスを購入した。
オープンカーの後ろの席に積み、ゲストハウスに戻る。
駐車場に着くと、オーナーが庭の草木に水遣りをしていた。
「どうしたんですか?そのマットレス。」
「いや、ちょっと寝心地が。。」
「そうですか。それはそれは。」
バツの悪い顔をしながら、オーナーは水遣りを続けた。
縁側からリビングにフミちゃんと二人でマットレスを運んでいると、
リビングには宿泊者の皆さんが勢ぞろいでこちらをニコニコ眺めている。
アーティス:「おっ!準備万端だな!」
島さん:「いいなぁ。いつからだよ~ふたりは」
長老:(ふむふむとにこやかに頷いている)
アーティス:「声には気を付けてくれよ!カーテン1枚なんだからさ(笑)」
島さん:「いいなぁ~、若いって」
みんな。。このマットレスはそういう目的ではない。。
もし、そういう目的ならこんな昼間に目立つ運び方をしない。
ひとまず、自分の寝床まで運び、セッティングしてみるとジャストフィット。
横になってみるとフワフワで痛くない。 うん。いい感じ。
「わたしも寝てみたい!」
「いいけど、、」
ちらちらと横目でリビングの様子を伺う。
「いいなぁ、これ! わたしこっちで寝たい!」
僕の寝床に潜り込んでゴロゴロしている。
やばい。長老が気付いた。
親指を立てて、グッドってサインを出している。
(だから、もぉ。。違うんだって。。)
島さんの声が聞こえた。
「今日は俺も休みで、みんなもいるみたいだし、いっぱい飲みますか!?」
「待ってました~~! 島ちゃん自慢の密造酒!」とアーティスがはしゃぎながら、「俺もギター弾いちゃうよ~」とギターの弦をビンと弾いた。
フミちゃんも僕の寝床から出てきて、
「いいねぇ~、ゲストハウスっぽくて楽しそうじゃん!」
と、ノリノリ。
そのフミちゃんの笑顔に
「よっしゃ!買出し行きますか!」と答えざるを得なかった。
みんなに欲しいものや好きなつまみを尋ね、紙に書いてスーパーかねひでに向かった。
なぜか、アーティスも付いてきた。
オープンカーに乗ってみたかったらしい。
氷やソーダ、お菓子を買い物かごに入れ、ひとまずお支払いは僕が済ませておいた。
ゲストハウスに戻ると、リビングの机や座布団が飲み会用にセッティングされていた。
新しく今日から来ている宿泊者のカップルとオーナー夫婦も輪に入り、昼間から大宴会が始まった。
まずはビールで、『アリ、乾杯!』
お次は泡盛、『アリ、乾杯!』
も一ついきます、『アリ、島さん!』
意外にも密造酒が口当たりもよく、まろやかで美味しかった。
みんな、フミちゃんに興味津々で次から次に質問している。
どこから来た?とか、好みのタイプは?だとか。
長老だけは質問というか「かわいいね~」とか、「肌が綺麗だねぇ~」とか、感想に近いことを言っていたのだが。。
みんなお酒がまわり始め、それぞれの将来の話になった。
島さん:「俺は日本一のラム酒王になる!」
アーティス:「いいねぇ!俺は日本一のギタリストになる!」
オーナー:「じゃ、おれは現状維持で。」
オーナーの奥さん:「現状維持では困ります!」
フミちゃん:「質問! それは、オーナーさん今、幸せってこと?」
オーナー:「サイコーに幸せ。だってさ、嫁さんがいて家があるんだぜ。他に何が要るのさ」
オーナー奥さん:「あんたッ! お金、毎月カツカツでしょ!」
長老:「あの~、、でも、奥さん、家賃の値上げは。。。」
アーティス、島さん:『長老に賛成~』
「はぁ~もう!」と言って、奥さんが泡盛を一気に飲み干す。
「しょうがない!わたしも幸せだ!飲むしかない!」
その飲みっぷりと、奥さんの弾ける笑顔にみんな一斉に拍手した。
島さん:「ところで、カズ君は何になりたいの?」
ちなみに、この飲み会から僕の名前は『カズ君』で統一されていた。
僕:「うぅ。。はっきりしてないですけど、そうですねぇ、、今までとは違うことがしたいです。」
島さん:「違うこと? 性転換とか?(笑)」
アーティス:「そうだそうだ!フミちゃんみたいな可愛い子とデートしといて何もないってことは。。。おまえ、まさか?」
僕:「ないない!そういうことではないっす!」
長老:「あ~。バンコクは良かったなぁ~(しみじみ)」
一同:『え??』
フミちゃん:「バンコクってタイですよね? 長老、タイに行ったことあるんですか?」
長老:「行ったもなにも、奥さんタイ人だったもん」
一同:『え~~っ!!』
長老:「奥さんと別れた後は彼氏がいたんだけど、それも長続きしなくてねぇ。。」
僕:「へ? (聞き間違いか??) カ、カレシ? ですか?」
長老:「うん、男同士も良いもんだよ」
ぉ、おぉ。。
場の空気がおかしい。。
特に長く一緒に住んでいる島さんとアーティスは口を開けたまま動かない。
僕:「まじっすか。。」
フミちゃん:「でも、好きになったら、別に性別関係ないんじゃない? 可能性は無限大よ!」
(ポ、ポジティブ解釈だねフミちゃん)
長老の突然の衝撃的なカミングアウトにみんながギクシャクする一方、長老の方は普段通りのひょうひょうとした表情でグラスを口に運んでいた。




