名探偵
ちょうど海沿いの通りにカフェの看板を見つけたので、その駐車場に車を停めて朝食をとる事にした。
テラス席からは海が見え、潮の風が通る気持ちのいいカフェだ。
ソーセージにスクランブルエッグと食パン。
振るとドバッと出るビンのケチャップもある。
昨日イメージしたとおりのアメリカンブレックファーストを食べ終え、フミちゃんと一緒にコーヒーを飲みながら、今から行く場所の順番の相談をする。
島全体は4時間ほどあればぐるっと一周できる大きさなので、一日あれば全部回れそうな感じだ。
「気に入ったところがあったら、そこでちょっとゆっくりしようね!」
「いいよ」と僕が答える。
「わたし、こんなところでずっと住みたいなぁ~。全部忘れられる気がする。」
「ほんと。 夢の中にいる気分だね。」
「現実って怖いよね。カズ君もそう思わない?」
ちょっと答えに詰まったが、
「うん。怖い。」とだけ答えた。
まず、目指すのは川平湾。
ここには海中のサンゴや魚が見れるように、船底を透明ガラスにしてあるグラスボートがある。
ネットでも数多くの方がおススメスポットに挙げている場所だ。
太陽が高くなり始め、日差しが強くなってきたので、サングラスをかけ少しBGMを大きくし、快調に車を走らせる。
いい感じなんだけど、、オープンカーって暑いのね。。。
川平湾に着いたのはお昼前。
川平湾の海の色は青というより緑という印象だ。
早速、船底が透明なグラスボートに乗り込んで、海の底を覗き込む。
正直、細かい傷や汚れがついていてクリアに見えないが、
緑色の海の底にサンゴや魚の泳ぐ姿が見れた。
フミちゃんはとても喜んでいて、「ネモ!ネモ!」って見える魚を全てネモと呼んでいる。
隣に座っていた小学生低学年ぐらいの男の子に「ニモだし。クマノミはオレンジと白だし。」と冷静にツッコまれ、「すごいね~、私より物知りだね~」って、子供の頭を撫でて、また「ネモ!ネモ!」ってはしゃいでいた。
船から手を伸ばして触れた海面は思っていたよりも温かくて、南国の海なんだなと感じた。
川平湾を後にして、二人は島の最北端、平久保灯台を目指す。
この岬は絶景だった。
岩に手を置いていないと飛ばされそうなほど風が強かったが、ちょうど良いサイズの腰掛岩が見つかり、灯台とその全体を上から見下ろせるその岩に腰掛けた。
しばらくの間、あまりお互いに話はせず、海と白い灯台を見ながら、お互いそれぞれの頭の中でそれぞれのことを考えていた。
現実って怖い。ってのと戦っていたのかもしれない。
合図はしなかったが、二人は手を繋いでごつごつした岩の転がる道を駐車場まで戻り、次の目的地に向けて出発した。
初めて見る石垣島の景色はどの場所も海や山や空や雲がとても透き通っていて、広がりを感じる。
時間の感覚も日本ではないように流れていく。
フミちゃんと石垣牛のいる農場や玉取展望台、白保のサンゴ村などなどを次々と周り、二人で写真をいっぱい撮った。
景色はもちろん、車の写真、ランチの写真、ビーチに転がる白いサンゴと牛のフン、たくさんの二人の笑顔。どれも、いい写真ばっかりだ。
自分たちにへばりついた現実を無理やり引き剥がすように、二人は夢中で遊んでいた。
楽しい時間は過ぎるのが早く、少しずつ日が傾き、オレンジ色の日差しに変わっていく。
本日の予定訪問先を網羅し終え、車をゲストハウスに向けて走らせていると、フミちゃんが僕に尋ねた。
「ねぇカズ君。 あんまり自分のこと話さないけど、何かあったの?」
「まぁ、いろいろと。。身から出たサビというか、まぁ。」
「わたし、知りたい」
「う~ん。。。」
「話すとラクになるのよ!わたしもカズ君と話してたらすごく楽になったもん!」
そういえば、出会った時からフミちゃんは別れた彼氏の話や、仕事を辞めたときのことを話してくれた。
「そっかぁ。 でも、、聞くと僕のこと、嫌いになるかも。」
「いいよ。それは『僕の話』でしょ。 わたしはカズ君のことしか知らないし、カズ君のこと好きだよ!」
そうか。フミちゃんは『僕』と『カズ君』を分けて見てくれているんだ。
「分かった。じゃぁゲストハウスに着いたら、お酒でも飲みながら僕の人生の間違いについて話しますか。」
「イェ~ィ!! 他人の不幸話は蜜の味~!!」
(おいおい、フミちゃん。。。)
帰りに寄ったファミマで買ったおつまみとビールを並べ、ゲストハウスの縁側に腰掛ける。
昼間僕たちを焦がすほど照らした太陽の余韻がもうすぐ消え、夜が始まる。
「さて、じゃぁどこから話しましょうか?」と僕が尋ねる。
「全部よ全部!わたしが僕の問題にお答えします! 僕のこんがらがった紐を解く手がかりは些細なことにあるのだ!」
名探偵 フミちゃんの登場である。
僕は自分の生まれた街、両親の仕事、学生時代のサッカー部の話、大学受験に留学、そして就職活動と仕事の話。
まずは一通りの生い立ちを話す。
フミちゃんは「ふむふむ」とあごに手を当てて聞いている。
次に結婚、亀裂、不倫、転勤、妊娠の話をする。
フミちゃんは「おー、まじか。それで?その次は?」とグイグイくる。
そのグイグイ来るお陰で当時、感じていたことや、苦しんでいたこともまるで、
『僕』という他人の人生を話すようにスムーズに話ができた。
話はついにこの石垣島まで辿り着き、フミちゃんの反応を待つ。。
「ほーう。で? 僕のその続きは?」
「え? 続き?」
「そうよ。続きがあるんでしょ?石垣島の話の続き。」
「フミちゃんとの話?」
「それでもいいけど、それはわたしとカズ君の話でしょ? 僕の話の続きよ。」
「僕の続きかぁ。。」
やばい、完全にノープラン。
今は逃避行が自分の最大の目的なのだ。
しばらく間をおいて、フミちゃんが静かに口をひらく。
「続きが出来たら聞かせてね。続きがないのが今の僕の問題よ。」
すごい。。 名探偵 フミちゃん。




