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始まりは突然に

善人とは

1 善良な人。行いの正しい人。⇔悪人。

2 お人よし。だまされやすい人。



自転車のペダルは乗るたびにその重さを変え、自分の心のバランスの理解に役立つ。


心のバランスの善し悪しに気付いたところで、その気付きを昇華させる選択肢がないことに更に気付いてしまい、ペダルは重くなり車輪の回転は鈍くなる。




今日は新入社員が本社での新人研修を終え、支店配属されるらしい。


新社会人として希望に満ち溢れ、新人研修で植えつけられたマインドコントロールをカバンに詰め込んで出社するんだろうな~。


僕にもそんな時期があったなぁ~


あっというまの3年間。

まだまだ会社の中ではペーペーだけど、それなりに仕事に対する自信もついた。

一方で、このままこの仕事を続けていくのかという漠然とした違和感も感じている。


自宅から10分ほどの会社の裏手の駐車場に車輪の小さな折りたたみ自転車を止め、首から提げた顔写真入りの社員カードで扉をひらく。

『ピッ』

この音で僕の一日が始まる。



昨晩のNY動向、為替、商品相場、ヨーロッパの各マーケット、日経新聞に発表された各企業の業績見通しに対するアナリストの分析。ひと通り、新聞、Quick情報、社内レポートに目を通し終わるのは午前8時。


この情報という武器たちが今日の僕の友達だ。


だが、残念ながら明日はこの友達が敵になりうることも僕は知っている。


情報は毎日めまぐるしく変化し、そして忘れられるのだ。



昨日、やっとの思いで達成した豪ドル債の販売目標は、本日から始まる新規募集の投資信託に目標が変わっている。

昨日のことは昨日のこと。

今日のことは今日のこと。


ASEANの株式市場への投資がテーマの投資信託の販売開始だ。


朝一番からASEANの成長にかける。

まずは、自分がその魅力を信じ込む力が必要だ。


僕はASEANの申し子。

ASEANのことなら俺に聞け!


ASEANの未来を、夢を、全力で語るのだ。


ASEANの熱波をお客様にお伝えするのだ!!


さてさて、まずは、チャイナプラスワンの流れ、ASEAN全体の公共事業投資、人口動態うんぬんかんぬんからはじまり、開かれ始めたアジアのマーケット、いずれはユーロのような経済圏、この機を逃すとは何事か!というところまで繋げていく。



はいはいもしもしお客様。


なになに? 資金の都合が今、悪い? 


何をおっしゃる。御殿様。

ご安心ください。

残念ながら、以前の担当者が提案して、含み損出してる株がございます。

これを売却して僕とASEANの夢を一緒に共有しましょう!

世界は今からアジアで羽ばたくので~す!



なになに? 昨日の豪ドルより良いなら、昨日の豪ドル買わずにその投資信託買えば良かった??

ノーノーノー。

何をおっしゃる。御姫様。


資産分散、これ大事。

しっかり考えて提案していますから。

先進国かつ資源国家の豪ドルを、しかも債券で安全性を高く保有しつつ、ASEANの成長も一部資産に組み入れることにより、より国際的に資産を分散した投資が可能になるのです。

なってしまうのです!



全力で語った結果、投資信託販売手数料が発生し僕の成績となる。




気合。根性。無我夢中。

怒号。叱責。達成感。



色んなものや感情やがごった煮となっているの営業場には約40人の営業社員が在籍している。

4人の営業課長がそれぞれ10名程度のチームを束ねる。

さらに、女性を中心とした10名のお客様サポートチームが席を並べる。

合計50名程度の営業場。

ここが我々の戦場だ。



少し古く、天井の低いビルで、1階は受け付けカウンター、2階は営業フロア、3階は会議室、喫煙室そして支店長室がある。



僕の在籍する営業2課は営業フロアのほぼ中央。


その営業2課長、杉田さんは40代半ばの大柄の男で高校時代は野球をしていたらしい。

イライラすると高校時代には伸ばせなかった前髪をいじる癖がある。

あだ名は、『くねくね』



杉田さんは自分が部長に怒られたら、その通りに部下を怒る、まるで直通パイプのような人だ。


その方が自分にストレスがたまらないという処世術のようだが、部下はたまったもんじゃない。

中間管理職ってもうちょっとクッション的な役割があるんじゃないでしょーか。


Mr.くねくね! そのあだ名で直通パイプってどういうことだよ。。。


そういうところが、まだ独身の理由の一つだな。



そして今日もまた、午前中の収益結果と未達数字を午後、どうやってリカバリーするかに悩み、その前髪をくねくねしている。






その時、営業場がざわざわっとして、部屋の空気が変わり、営業フロアの入口の扉が開いた。


前場が引けた午前11時半過ぎ、今年の新入社員がずらずらと営業場に入ってきた。


営業場全体を見渡せる支店長席の前に緊張した面持ちの若々しい男女が並ぶ。

男性が3人、女性が4人。


僕はパソコンの画面から目を離し、新入社員の列に目線を移した。


そして、その列の中の一人の女性社員に視線を奪われた。。


(ビュゴォォォォ~~~~~~~!!)

風速100メートルの風で吹き全てが吹き飛ぶ!


『ヒト、トキ、モノ、カネ』


これらの言葉はよくイコールで結ばれ、そしてこの世の中ではこれらが最も大切とされている。


だが、しかぁし!! 

ついに僕はこれらの大切だと思われている価値を完全に崩壊させてしまう。



時間は止まり、人は見えなくなり、僕の体もなくなり、急に早くなる心臓の音だけになる。


(ドクン!)(ドクン!)


その彼女は僕の一般的な価値観を崩壊させ、全てを止めてしまい、この世界に美だけを残す。



あどけなさの残る小さな顔。


小柄で華奢な肩と首。


吸い込むような黒い瞳。


後ろから差し込む柔らかい光と混ざる艶やかな黒髪。




それらが、この瞬間から僕にとってこの世の全てとなった。



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